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これが僕らの異能世界《ディストピア》  作者: 多々良汰々
第二次星片争奪戦~イギリス編~
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第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part17

〈グラウの回顧―後編―〉


「ほらグラウ、今日の夕飯だ!!」


 屋敷は広くても、そこに住んでいるのは俺とユスの二人だけ。だから炊事、洗濯、掃除はそれぞれ役割分担をしていた。特に炊事に関しては、あいつはガキの俺が厨房に立つことを嫌っていたから、仕方なく全部あいつに任せていたわけだ。


 その日は厨房から海鮮……カニのあの独特な食欲をそそる匂いがしてきたんだ。だから珍しくユスが奮発してカニ鍋でもしてくれたのだとワクワクしていたんだが――


「うへぇっ!?おい、ゴラッ!何食わせようとしているんじゃッ!!」


 俺は期待していたんだよ、赤い甲羅のゆでられたカニを。タラバガニなら足8本。ズワイガニとかだったら足10本。しかし目に飛び込んできたのは――巨大な円盤状の皿にのった、揚げられて焦げ茶色になった八本足の節足動物たちであった。


 そう、やつの名はタランチュラ。大型の種の体調は10cmもある、非常に知名度の高いクモである。やつはクモではあるが蜘蛛の巣を作るわけではなく、筒状の巣を作る。そして昆虫、ムカデ、蛇、ネズミを獲物とする。ちなみに毒蜘蛛として有名だが、別に致死性はないとのこと。


「あん?食えねぇーっていうなら食わなきゃいいだろ?だがアタシは食うぜ?」


 そう言うとユスは一匹親指と人差し指で掴み――パクッと食べてしまったのだ。唖然とする俺と対照的に、あいつはサムズアップをしてきた。“美味しい”、そう言いたかったのだろう。


「ほら、食ってみろって。死にはしねぇ、というかむしろ全然イケるからよ?」


 そんなことを言われたところで、俺にはタランチュラ=危険なクモという認識が先立ち、首を横に振り続けた。

 抵抗すること1分。ユスはしびれを切らして――俺を羽交い締めし、無理矢理そいつを口の中に入れてきやがったんだ。


「やっ、やめろ……ぐふっッッ!?」


「よく噛み、よく味わい、そして飲み込め」


 今まで口にしたことのない異物の侵入に、吐き出しそうになった。しかしユスが口を塞いできたためにそれは叶わない。だから俺には、それを咀嚼するという道しか残されていなかった。

 さくさく。案外食感は悪くなかった。例えるなら匂いが似通っていた通りカニ、もしくはエビにも近い味だった。


「どうだ、感想は?」


「悪くはない……かも?」


 いいや、普通に美味しかった。だから今度は自分の手でそいつを掴んで口へと運んだ。一匹、二匹……結局ユスとともに、皿を真っ白にするまで食い尽くしてしまったんだ。


「いいか、グラウ。見た目はグロテスクであっても、案外うまいってもんは世界にいっぱいある。このタランチュラの唐揚げもそう、東南アジアのでは孵化直前のひよこを茹でたバルートなんて料理もある。そいつらはまだ味の保証がある。しかしだ、グラウ。いざサバイバルってなったら、そんな料理を恋しくなるほど食えるものは少ないんだ。沼地じゃムカデが優秀なタンパク質の補給源になったり、ジャングルじゃシロアリをちまちま食って腹を満たさないといけないなんてこともある。わかるな?」


「そんな状況になることなんて――はい、あるかもしれません」


 あいつがギラリと睨むとき、素直に従わなければ拳が飛んでくることは理解していた。


「オマエは一人前にならなければならない。どいつはそのまま食えて、どいつなら焼けば食えるか。そういうのは知識だけじゃ駄目だ。腹に覚えさせろ。いいな?」


「……わかったよ」


「よし!」


 ユスは俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。子供扱いされているようですぐにその手を払うが……でも、悪い気はしていなかったのも事実だ。


「というわけでだグラウ。タランチュラは制覇したから…次はイナゴでもいくか。ちょうど今日、日本から佃煮が届いて……っておい、何露骨にいやそうな顔しているんだよ?」


 当時は知らなかった。タランチュラの唐揚げがカンボジアのおやつとなっていて、日本ではイナゴの佃煮が郷土料理として親しまれているということを。はじめ見た目には抵抗があるかもしれない。だがどちらもうまいのは保証しよう。だからあんたにもおすすめするぜ、アナベル?



 あいつは気紛れな性格をしていた。ほぼ毎日訓練はさせられていたが……時たま俺を車に乗せ、目的地を俺に教えることなくドライブに出ることもあった。


「着いたぜ、植物園だ」


「はぁ?なんでこんなところに……」


 俺にはわからなかった。世界各地の植物が展示されている場所になんて、ユスが俺を連れてきた意味が。だってそんな場所に行ったって、戦闘に役立つことなんて――


「毒のある植物でも教えに来たのか?」


 きっとそれが答えだろうと俺は結構自信があった。でもユスは“何言っているんだ、オマエ?”とでも言いたそうな不審な表情をして――


「単純にオマエの植物に関する知識を深めるためにここに来たんだよ」


 さも常人の様な答えを言ってきたものだから、俺は逆に仰天したんだ。あのユスがそんなことを目的に来たんだぜ?いきなりどうしたのかとあれこれ問い詰めていたら、ユスは呆れた顔で俺を植物園に連れてきた理由を詳しく語り出した。


「いいか、グラウ。女ってのは、強い男に惚れる…確かにそれも事実だ。しかしそれだけじゃないんだよ。どうでもいい雑学を多く知ったやつにも女は惹かれるんだよ。だからオマエはそれを併せ持て」


「別にモテなくてもいい――」


「本気で言ってんのかこの意気地なしがッ!!アタシの息子ってんなら、女の一人や二人で収まるなッ!!十人、百人惚れさせてやがれってんだッッ!!」


 母親の言うことじゃないよな。どう考えても。


「でも、そう言うユスには男が誰も――」


 だが、それもまた子供の言う台詞じゃなかった――植物園の前で、俺は地面をなめさせられることになるなんて思わなかった。


「例えばだ。人名ってのは花の名前に由来していることが結構ある。そういう無駄知識を女の前でひけらかしてみろよ、きっと一発でオマエに惚れるだろうよ」


 ちなみに植物園の中で“アナベル”って花も見た。ライムグリーンの綺麗な存在感のある花だったぜ。


「そして見た目だけじゃない。匂いも記憶しろ。花の匂いからその女の香水の匂いを当ててみろよ。きっとオマエにメロメロになるだろうよ」


 すまないアナベル。あんたからは磯の匂いしか――余計なお世話?……それはすまなかった。俺もそうだったな。


「というわけでさっさと立ち上がれ、今日はここの植物全部覚えてから帰れよ」


 そんな無理難題をたたきつけてきながらも、あいつは一つ一つの植物について詳しく俺に教えてくれたんだ。まさか将来そんな知識が役立つときが来るなんて、当時の俺には想像もつかなかったんだがな――



 だが、別れって言うのはに唐突に訪れるものなんだよな。俺が15歳になった頃。ユスは……とある理由で凶弾に倒れた。そして病院のベットの上――


「ユス……」


 俺は彼女の手を握りしめ、ガキの様にわんわんと泣いた。


「泣くんじゃねぇーよ、グラウ。オマエは男だろ?」


 もう残り時間は残り少ないというのに、あいつは最期まであいつだったんだ。


「グラウ、いいな。アタシはオマエに、教えられる限りのことはすべて教えたつもりだ。もちろんオマエはまだ未熟だ。でも、それでも……オマエはアタシの立派な息子だ」


 いつものようにニカッと笑ってきたが…痛みのせいで、頬が引きつっていたことには、流石の俺でも気がついていた。


「グラウ、アタシの息子……まだまだオマエの前に立って、オマエを導いてやりたいが――時間のようだ」


 ユスは激しくむせ、そして吐血した。そして背中をさするが……“もういい、大丈夫だ”と、手を払いのけられて――


「ユス……あのさ……」


「なんだ?」


 ユスが必死に痛みを顔に表さないようにするのが、見ていて辛かった。だが、だがらこそ、あいつを安心させてやりたかったんだ。


「あんたの姓、受け継いでもいいか?」


「ふっ…好きにしろ。だが……背負う覚悟は出来ているのか?」


 覚悟。そんなもの出来ていなかった。ユスの、“英雄”の息子として生きていく覚悟なんて。でも、例えその場しのぎであったとしても――


「ああ!」


 力強く頷いた。そうしたら、ユスも表情を取り繕うことを止めたんだ。


「そうか……ならば継げ!今日からオマエは、グラウ・ファルケだ!“英雄(アタシ)”の遺志を継いで、世界を生きろッ!」


 それでも俺を鼓舞するような言葉で俺を奮い立たせた。驚いたよ、だってユスには…もうそんな力なんてなかったはずなのに。


「ユス……誰よりもあんたのことを愛している……」


「ああ、アタシも愛しているぜ、グラウ。オマエの活躍…これから先は、草葉の陰から見ていてやるよ……」


 あいつの手を握り返す力がゆっくりと弱くなっていく――そして、ユスは天使に祝福されたかのような安らかな顔をして……息を引き取った。

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