第4話 そして灰色の鷹は漆黒の空に飛んだ Part13
〈アナベルの回想―レッド・シスル編―〉
わたくしとエリックはシーヴァーさんに連れられ、レッド・シスルの軍事基地へとやって来ました。そこにいるのはスコットランド中の異能力者……というわけではなく、いずれわたくしたちの部下となる非異能力者の兵士のみなさんでした。シーヴァーさんはスコットランド政府から、極秘裏に異能力者を招集せよとの命令を受けており、ロクスバラでの活躍からわたくしたちを真っ先に組織に招き入れようと思っていたそうです。
「アナベル、それにエリック。時間は多くある。承諾することを強制するつもりはない。じっくりと考え、そして答えを出してくれ」
わたくしたちは一ヶ月という期間の経過後、レッド・シスルに加入するか否かを決定することになりました。
その間わたくしたちには政府から援助金が支給されました。そのお金を使い、わたくしとエリックはグレートブリテン島を縦断する旅をしたのです。それは楽しい時間でした。わたくしにとってはハネムーンのような時間に感じて――その時間はすぐに終わりを迎えました。
「エリック……どうしましょうか……?」
一ヶ月が過ぎて、わたくしはエリックに訊ねました。レッド・シスルに入れば……多くの人を殺すことになります。その手は汚れ、元の平穏な世界に戻れなくなる。きっとお父様とお母様に会うことは二度と叶わなくなる。心ではもう、答えは出ていました。わたくしはレッド・シスルに入団しない。でも、わたくしは――何よりも大切なエリックが、どのような決断をしたいのか、それが知りたかったのです。
「ぼくは……レッド・シスルに入ろうと思うよ」
「どっ、どうしてですかエリック!?」
本当は理由なんて聞くべきでは無いのでしょう。でも、わたくしは我慢ならなかったのです。きっとエリックだってわたくしと同じ選択をすると思っていたから。
エリックは空を仰ぎながら、どこかもの憂い気な瞳をしながらわたくしに語ったのです。
「ロクスバラでの一件。あんな悲劇、二度と繰り返されて欲しくないんだ。だからぼくはレッド・シスルに入る。世界を守ろうということなんて考えてはいないよ。ぼくはスコットランドが好きだ。だからせめてこのスコットランドだけでも、ぼくの力で平穏をもたらせたら、ってね」
エリックは一度目を瞑り、それからわたくしを見てきました。ええ、彼の瞳に宿る覚悟に気が付かないはずはありません。彼はもう固く心に誓っていたのです。その身を賭してでもスコットランドのことを守ろうと。
「で、でも……いずれ星片を巡る戦いが起これば、その時はスコットランドを守るなんて大義は――」
それでもわたくしは食い下がりませんでした。エリックに傷ついて欲しくないから――でも、彼は首を横に振ってきたのです。
「大義とか、そういうことじゃないよ。星片があれば、スコットランドの国際的な地位は向上する。そうすれば、強い異能力者がスコットランドにやってきてくれて。この土地を守ってくれるかもしれないしね」
彼は未来を見据えていました。このスコットランドという国のことを何よりも考えていた……彼は愛国心に満ちていました。
わたくしは悩みました。エリックが一人の戦士となることに。でも、彼の意思は変えられない。そんなことは、ずっと彼に付き添ってきたのでわかっていました。ですから――
「エリック。ならばー―わたくしも、あなたと共にレッド・シスルに入団しましょう」
「アナベル!?でも、きみは……」
「わたくしがあなたを守ってみせます!エリック、安心して背中を預けて下さいまし?」
そう、彼が危険な目に遭うというのなら、わたくしがその危険を振り払えば良いのです。確かにわたくしは汚れていく…でも、愛するエリックと一緒ならそんなことなんて怖くは無い。
「アナベル……わかった。でも、これだけは言わせてほしいな」
「なんですの?」
「ぼくがきみを守る。だってぼくは、きみのボーイフレンドだから」
エリックがぎゅっとわたくしを抱きしめてくれました。いつもよりずっと長く、互いの温もりを交換し合ったのです。
※
わたくしたちがレッド・シスルに入団してからのこと。レッド・シスルの異能力者は続々増えていきました。そしてレッド・シスルは表向きには一般の治安維持部隊として、そして裏では星片争奪戦の準備を着実に進めていきました。
ですが――忘れもしません。今から一年前、わたくしの誕生日の一日前のこと。第二の悲劇がわたくしとエリック、そしてレッド・シスルを襲ったのです。
「ふふっ……イギリスの異能力者部隊はな、一つでいいんだよッ!!」
その日はシーヴァーさん以下数名の異能力者が不在でした。そのことを知っていたのでしょうか……ロイヤル・ナイツはレッド・シスルを壊滅させようと、わたくしたちの軍事基地を襲撃してきたのです。
人数は圧倒的にこちらの方が多く、団長不在とはいえわたくしたちに十分に勝機がある……はずでした。しかし彼らの練度は卓越しており、特にロイヤル・ナイツが異能力者たちにより、わたくしたちはなすすべも無く追い込まれていったのです。
「仕方ない、かな……」
仲間たちが次々とやられていく中、エリックは何か決断をしたようでした。わたくしは彼がこの窮地を脱する方法を思いついたのかと、彼に聞いてみると――
「ぼくがここで彼らの足止めをする。その間にアナベルたちでシーヴァーさんを引き連れてここに戻ってきてはくれないかい?」
エリックが一体何を言っているのか、わたくしは頭が真っ白になりました。だって、いくらエリックだとしても、手練れのロイヤル・ナイツの異能力者たちを相手に拮抗することは困難。かつ、それを率いている人物は彼らの団長ブライト・ベディングトンでしたから。
「っ!エリック!そんな作戦を受け入れられるわけありませんわっ!!」
わたくしは叫びました。だって、そんなことをすれば――エリックは確実に、彼らに殺されてしまう!
「アナベル……」
けれども彼は、必死に嘆くわたくしのことを抱きしめて、そして――いつものように屈託の無い表情をして、わたしの心を落ち着かせようとしてくれたのです。わたくしはただ言葉を失ってしまい、それから自然に涙をこぼしてしまいました。
「アナベル、やってくれるかい?」
いったいどれくらいの間彼の腕に抱きしめられていたのでしょう。エリックの声に、わたくしは朝に目を覚ました時のようなぼんやりとした感覚に陥りました。そしてわたくしは答えました――
「わかりましたわ。直ぐに、シーヴァーさんを連れて戻ってきますわ!!」
そして作戦が決行されました。大半の団員はわたくしとともにシーヴァーさんの元へ。一方エリックに付き添うのはたった数人。もしもその数が反対だったらなんて、そんなことを今でも思いますが――
きっとエリックは当に覚悟していたのでしょう。わたくしたちを逃がす代償として――自分の命が失われることを。
「エリック、無事ですか、エリック!!」
それから約1時間後。わたくしたちはシーヴァーさんを連れて基地へと戻りました。そしてエリックと共に残った兵士の情報の元、彼がいるという訓練場にむかいました。けれど、そこで――
「遅かったな……全ては終わったぞ、シーヴァー」
「アナ…ベル……ぐふっ!?」
ブライトの剣によって――エリックは腹部を貫かれていました。溢れ出る鮮血……彼はその場に倒れました。
シーヴァーさんが急ぎブライトを狙いました。しかし彼らはレッド・シスルの基地から逃亡。残されたのは破壊された基地と、そして仲間たちの遺体のみ――
「エリックっっ!!」
わたくしは一目散に彼の元へ向かいました。そして彼の右手を握ろうとしたのですが……その手は既にありませんでした。ぼろぼろになるまで彼は戦っていたのです。
「アナ…ベル……ごめん、きみと一緒に、もう…一緒にいられそうにない……」
「エリック!そんなことを言わないで下さいましっ!!あなたはわたくしにとって……運命の人。わたくしはあなたと添い遂げると決めていたのに……」
無念?憤怒?後悔?……絶望なんて言葉ですら語り尽くせません。わたくしはただ、エリックと平穏に暮らせればと思っていたのに。そんな願いがもう叶わなくなる――
「アナベル……右のポケット…そこに入っているものを取り出してくれないかい?」
「わかりましたわ、エリック――これは!」
それは結婚指輪……ではありませんでした。でも、それは何よりも大切な、彼のくれたもの。
「本当は明日きみにわたそうと思っていたんだけれど……どんなリボンがいいかって、他の女の子の団員に聞いて回ったんだ……でも最後はぼくが決めたよ。きみなら、きっとシンプルな黒色のリボンが一番似合うって」
そう、今もつけているこの大きな黒色のリボンはエリックがくれたものです。
エリックは痛みに耐えながらにこりと微笑みを浮かべてきました――。
「そんなものを渡しておいて…言う台詞ではないんだけれど……アナベル、ぼくに縛られる必要なんてないから……だからアナベル、どうか幸せになって――」
彼がゆっくりと瞳を閉じました――
「エリックーーーーーーーっっ!!」
叫べども彼は返事をしてくれません。それが彼の最期の言葉でした。
わたくしが彼の死から立ち直るのには長い時間がかかりました。いいえ、今だってまだ――でも、あの頃よりは冷静に彼の死に向き合えているとは思います。
レッド・シスルはロイヤル・ナイツの襲撃により甚大な被害を受けました。その二年間をかけて成長した組織でしたので、たった一年、この第二次星片争奪戦までに完全に回復は出来ず――その結果、わたくしたちが採ったのは“偽装作戦”。ロイヤル・ナイツを騙り、イギリス政府の異能力者部隊を大規模に見せることで、他の勢力を尻込みさせる。そしてロイヤル・ナイツと一騎打ちをし、あの時の雪辱を晴らす。
エリック亡き今、もちろんわたくしにはレッド・シスルに残っている理由はありません。ですが、それでもわたくしはレッド・シスルとして争奪戦に参戦しました。その理由こそ、グラウ・ファルケ、あなたがわたくしに聞いた、星片に執着した理由でもあります――