第2話 銃声が奏でるは開幕の調べ Part2
〈2122年 5月7日 2:25AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約34時間〉 ―グラウ―
「本当に一人で大丈夫か、ゼン?」
俺、ネルケ、そしてソノミが拝殿の前で横一列に並ぶ中、ゼンは一人首を回し、足をかかえ、身体をほぐしている。
「まるで子供に一人でお使いに行かせようとして、でも心配だからやっぱり止めよう…っていう親みたいっすね。問題ないっすよ。だいたい先輩連れていったら足手まといになるんで」
「それもそうだが……」
ゼンの言うことを否定することは出来ない。まぎれもない事実だ。
彼に頼んだのは偵察。ネルケがここに来るまでに、神社から東に行ったところにある団地に他の勢力が陣を作っているところを見かけたらしい。状況は刻一刻と変化している。そもそも彼らはどこの勢力なのか、その規模はどれほどか……そして未だ彼らは無事にそこにいるのか。そのことをゼンに調べてもらうように頼んだ。
ゼンが斥候としての適性が高いのは確かだ。彼が異能力を使い透明になれば、誰も彼がどこにいるのか気が付くことはないだろう。しかし彼を手放しに向かわせることにはためらいがある。
彼は言ってしまえば人の話を聞かない。彼にとって「するな」は、「しろ」に聞こえるようだ。彼のそういう性格のために、ソノミと犬猿の仲なわけだが。
「それに先輩。お邪魔でしょう?」
別に俺はゼンを邪魔など一切思っていないが、ゼンがそれを俺に向けて言っていることはなんとなくわかった。なのだが彼は、ネルケの方を向いていた。それに気が付いたネルケは首を横に振った。
「まっ、安心してくださいよ。きっと、何もしませんから」
「ゼン、きっとじゃなくてだなっ!」
もう一度注意しようと彼の肩を掴もうとしたが、ひらりと躱された。よろめく俺をしり目に、ゼンは一人石段の方へと歩きだし、背中を向けて手を振る。
「それじゃあで~す」
追いかけようとしたころには、既に彼は異能力を使い始めていた。指の先から、踵から、次第に彼の身体が消えていく。そして彼の姿は見えなくなった。
俺はやるせなさに大きくため息を吐いた。
「大変ね、グラウ」
その様子を見かねてネルケが隣にやってきた。
「あれがゼンの異能力だ」
「すごい異能力ね。まさに彼は透明人間なのね」
まったくその通りだ。透明人間。SF、怪奇小説などで繰り返し用いられてきた架空の存在の一つ。それは現実に存在しないからこそ恐ろしく、かつ人々はそれに憧れるのだ。そう、本来なら透明人間は空想の存在でしかなかった。しかし現にこうして透明人間は俺たちの仲間。人間にとって非現実なことは次第に減ってきているといえるだろう。
「さて、と」
振り返り、縁側に行き、置いておいたボディバックを手に取る。そこからスマートフォンを取り出す。そしてネルケとソノミのいるところまで戻り、それを操作する。
「あら、記念撮影でもするのかしら?」
「しない。ちょっと待っていてくれ」
ホーム画面からギャラリーを選択。それから彩奥市の地図を選択し、背面のボタンをスライドする。
「なに、これ?」
はじめてこの機能を見れば驚くのも仕方がないことだろう。スマートフォンの画面が空中に、彩奥市の地図が立体的に表示されている。
「ラウゼもよくこんな機能作り出すよな」
ソノミと俺も「画像の立体化」を見たときは目を疑った。いったいどんな技術が、と。
「ゼン、聞こえているな」
『うっす』
左耳に入れた小型の通信端末はゼンへとつないでいる。移動中で話を聞くのに集中しろとは言えないが、彼にも参加してもらわないと困る。
「それじゃあ作戦会議を開始する。と言ってもみんなも大筋は把握していると思う。これはあくまで確認。それと最新の情報を伝える程度にすませる」
ずっとスマートフォンを手で持っているのは疲れるため、それを俺たち三人の中心におき、見やすいようにと地図を拡大する。
「現在俺たちがいるのはここ。彩奥市北西の壬生神社。で、星片が落ちたのは北東――」
「モアナ遊園地、ね」
「ああ、そうだ。まぁ、未だそこに星片があるとは限らないがな」
「彩奥市の地理の確認はいい。グラウ、私たちの敵の情報を話せ」
彩奥市の全体像からゆっくり話そうと思っていたが…ソノミが言う通りにしようか。
「俺たちの敵は合計5つの勢力だ」
「あれ、4じゃないの?事前情報だとわたしたち含めて5勢力だったと思うけど?」
首肯。ネルケの言う通り、事前に渡されたミレイナさん調べの情報ではそうなっていた。
「どうやら俺たちと同等の人数で彩奥市に入った連中がいるそうだ。そいつらも含めて順に確認していこう」
一度息を整えて、話を始める。
「この星片の勝利者に最も近い勢力――」
「日本か?」
俺の前にソノミが答を言った。
「そう。異能力規制法がある以上、どこの国も本来は異能力者部隊の創設は禁止されている。だが……それは表向きでのこと。日本もその例外ではない。日本の異能力者組織『毘沙門』。ソノミ。毘沙門ってなんだ?」
「毘沙門天という神のことだ。七福神の一柱として知られている。戦国武将の上杉謙信が信奉していた軍神でもあるな」
なるほど。神にあやかって組織の名前を付けたということか。
「毘沙門の推定戦力は約三千人。うち異能力者は5名」
「非異能力者が圧倒的な数ね……その数と直接対峙するのは避けないといけないわね」
いくら異能力者と言えども無敵ではない。それに俺たちの中で集団を相手にすることに向いた異能力者は一人もいない。三千人を同時に相手にするようなことは無謀だ。
「もちろん。俺たちの作戦は戦うことを避けることを主眼においているしな。それで、彼らは北東のオフィスビル群に本陣を置いているようだ」
「ということは、彼らが一番先に星片を入手した可能性は低いということか……日本がいったいどこまでやるだろうか……」
「気になるの、ソノミ?」
「別に。まぁ、同じ国の人間だとはいえ、手加減をするつもりはない」
同じ国、か。日本人が日本人の相手……悲しいものだな、戦争は。
俺もいつかは……って、そうなったとしても、俺は気が付かないのだろうが。
「次にいく。現状彼らが星片を握っている可能性が高い…WOの異能力者部隊、世界防衛軍、通称WG」
「彼らが星片を握っている可能性が高いということは、彼らは遊園地に陣取っているってこと?」
「ああ。彼らは本当に運がいいものだな」
正直一番厄介な勢力の所に星片が落ちたとも言えるが。
「彼らは約千人。異能力者は10名」
「10……WGは各国の有力な異能力者を片っ端から引き抜いたと聞く。手強いな」
テレビで報道されることのない裏の世界では、毎日のように黒い取引が行われている。それは昔から変わらないことだが、近年のトレンドは異能力者だろう。『人型兵器』。非異能力者たちの中には俺たちをそう呼ぶものまでいる。彼らは異能力者を一種ステータスのように見ている。多くの異能力者を雇うほど、莫大な資金を持っていることの証明になる。それに……力は権力の第一要素だ。
「次。意外と言えば意外な連中だな。テラ・ノヴァ…異能力者の地位向上、非異能力者と異能力者の同権を訴える世界規模の活動団体」
「平和的な団体だったわよね。彼らも星片に目が眩んだということかしら?」
テラ・ノヴァは二年前に結成された団体だ。その活動は主に、各国政府に対して異能力者の処遇の改善を求めるというもの。彼らは暴力に頼らない。それを好意的に見る非異能力者も多く、賛同者を徐々に増やしていった。確か、彼らのリーダーは…グレイズ・セプラーと言ったか。その若きカリスマは、何を考えているのだろうか。
「さぁ、な。彼らは50人程で彩奥市に入ったようだ。その内異能力者は10名。毘沙門やWGに比べると数は落ちるが、厄介な勢力であることは変わらない。ふうっ……」
話し続けて喉が渇いた。一息入れることにしよう。
ボディバックを前面に回し、ギブミエナジー缶を一本取り出す。タブを開き、カチっと小気味よい音が鳴る。そしてグイっと、口の中へと注いでいく。
「ふぅっ……うまい」
喉の渇きを潤すのには、やはりこれに限る。
「お前は本当にそればっかり飲んでるよな」
「ギブミエナジー…確か最も22世紀最も不味い炭酸ランキング断トツ一位よね、それ」
「はぁ、そうなのか?いや、それはギブミエナジーの評価としておかしい。飲めばわかるぞ?」
とりあえず右隣のソノミに差し出すが、首を横に振られた。と、しているうちにネルケが奪うかのように缶を持っていった。
「ゴクゴク……うっ!?」
急に眼を見開いたと思ったら、缶を口から離し、手で口を覆う。それから覚悟を決めたかのように、ゴクリと音をたて、口に含んだギブミエナジーをいやそうに飲み込んだ。
「おい、大丈夫かネルケ…やっぱりやめといた方がよかったんじゃ……」
その様子を見かねてソノミがネルケの背中をさすりはじめる。
「だっ、大丈夫よソノミ。後悔はしてないわ。関節キスもできたし…でもお口直しがほしいわね」
「私のでいいなら、お茶でも飲むか?」
「ええ、いただくわ……」
ソノミが赤い水筒を取り出し、ふたを開けると湯気がたった。それからふた中身が注がれ、ネルケはそれを受け取り次第勢いよく飲み干した。
「ふうっ…おいしいわね、日本のお茶は」
「先に飲んだものがあれな分、よりいっそう感じるだろうな……大変だったな、お前も」
「おい」
なんだこの疎外感は。完全に蚊帳の外だ。先ほどまで微妙な関係だった二人が、急に仲が良くなったように見える。
「グラウ…あなたのことは好きだけれど、ギブミエナジーは認められないわ」
ネルケからギブミエナジーが返却される。思ったより、中身が減ってなくないか?
「そんな不味いか?ゴクゴク…いや、美味しいのだが?」
「お前の味覚が狂っているということだろう」
「ええ、きっとそうね。レモンのように酸っぱくて、薬のように苦い。それでいて炭酸飲料……あなたが飲むのをやめれば、きっと販売中止になると思うわ」
俺の味覚うんぬんを言われてもなんとも思わないが、ギブミエナジーをそこまで酷評される流石に心外だ。これはあいつがご褒美によく買ってくれていたもの。俺とあいつは運動した後はこれだったというのに……まぁ、他の人がなんて言おうが、俺がこれを好きなことは変わらない。俺はこれからも愛飲し続けるだろう。
『さっきから何をしているんすか、グラウ先輩』
露骨に不機嫌な声。ああ、ゼンもこの会話を聞いているんだった。
「悪い。話を戻す」
咳払いをし、和んだ空気に緊張感を与える。
「残るは2つだが、どちらも前3組織ほど情報量はない。まずはデウス・ウルト。異能力者の抹殺を目論む宗教団体」
「この星片の争奪戦に異能力者は必ず現れる。それがやつらの参戦理由か?」
「わたしもソノミと同様のことを考えたわ。かなり過激な集団と聞くわね。異能力者を捕まえては拷問にかけ、苦しませた後に殺害する……」
「彼らがよくわからないのは、教祖と上級の門徒たちは異能力者だということだな。彼らの人数は不明だが、南西のどこかに隠れているようだ」
迷い込んだ異能力者を取り囲んで殺す。そんなことを目論んでいるのだろうか。彼らは星片を狙っているのか、はたまた異能力者の命を狙っているのか。彼らにしかわからない。出来れば遭遇したくないものだ。
「最後。マフィア、テウフェル家」
「テウフェル家……ヨーロッパ全体まで進出した巨大なマフィアね。不思議と彼らは悪事を働かないそうね」
「彼らのボスのデルモンドが温厚だからと巷では言われている。どうやらその息子のなんとか言うのが、手下数人を連れて彩奥市に入ったようだ」
「異能力者なのか、そいつは?」
「だろうな。非異能力者がたった数人で結界の内部に入ったところでなぶられるだけだ。そのことぐらいは知っているだろう」
ようやくすべての組織について話し終えた。ギブミエナジーを飲み干し、話を締めくくる。
「みんなわかっているだろうが、俺たちはたった四人。他の勢力と正面を切って戦うのは分が悪い。だから俺たちは最後の最後まで息を潜める。そして他の勢力同士が消耗したところを襲撃し、星片を奪取する」
「姑息だな」
ソノミの言う通りだ。俺たちは漁夫の利を狙う。
「これはスポーツの試合じゃない。サッカーで手を使ってはいけなかったり、バスケットボールでドリブルをせずに三歩以上歩いてはだめ、というような禁止行使はない。これはルール無制限。最後に星片を握りしめて結界の外に出たもののみが勝者だ」
「正々堂々の真逆ね。でも、いいわ。そもそもわたしたちの戦いだってそうだから」
「ああ。まぁ、勝つために手段を選べる状況じゃないしな」
「と、言うことだ。ゼン――」
俺が彼に尋ねようとしたとき、ゼンは低声に告げてきた。
『敵、いました』
「なに、本当か?」
ゼンの声がネルケとソノミにも聞こえるように、スピーカーモードに切り替える。
『たぶん第二団地と第三団地との間にWO。うん?あっ、新手もいるっす。あれは…毘沙門?』
二つの勢力がまさに今、ぶつかろうとしているということか。
「ゼン。俺たちもそっちに向かう」
『えっ、なんで?』
「とりあえず彼らのうちどちらが星片を握っているかを確かめたい。そのため一人拘束し、情報を吐かせる」
『それならオレだけでよくないっすか?』
「だめだ。ゼン、じっとしていろ」
敵は集団行動をしている以上、一対複数になる可能性が高い。ゼンなら異能力でなんとかなるかもしれないが、敵にも異能力者がいる以上万全を期さなければ、危険な状況になる可能性も考えられる。
『………』
だが彼は答えてくれない。いつものことだが。
「待っていろよ、いいな」
念を押してから通信の設定を戻した。
「と、言うことだ。ネルケ、ソノミ。俺たちも団地へ向かう」
スマートフォンの映写機能をオフにしカバンにしまい、装備を整える。
「ようやく戦う時が来たか」
ソノミは肩を回し、英気を養っている様子。
「あなたにわたしの力をみせてあげるわね、グラウ」
自らの唇に手を当て、チュッという音を響かせるネルケ。投げキッスをしてくれるのは嬉しいが、緊張感が足りないように思う。
何はともあれ、手を出さないでいてくれよ、ゼン!