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夢の世界は幻に消えて……

 それは今から十数年前のこと。人間の世界に大きな変化が訪れた。


 人は空を飛ぶことは出来ない。人は空を飛ぶための器官が身体に存在しないからだ。イカロスの翼は、空を自由に飛び交う鳥たちのそれと同じものにはなり得なかったのだ。だから人間は空を飛ぶために技術を進歩させ、航空機を発明し、空を旅することを可能にしたのだ。


 人は火を何の道具もなしに発生させることは出来ない。火は今や人間には欠かせない現象の一つである。はじめは自然発生の火を利用し、そこから摩擦を利用する方法、火打石を利用する方法……技術発展の末に、人はボタン一つで火を起こすようになった。


 人は必ず死ぬ。人間の寿命は公衆衛生の向上など多くの要因をともなって伸び続け、今では平均寿命が80を超える国は珍しくはない。しかし死は不可避である。かの始皇帝は不老不死になるために、かえって寿命を縮めたのだ。


 空を飛べる人間はいない。パイロキネシスを持つ人間はいない。死なない人間はいない。そのどれもが当たり前だった。当たり前だったからこそ、人は努力をすることで新たな創造を続けてきた。当たり前だったからこそ、不平等なりにも平等を享受できた。当たり前だったからこそ、秩序は維持されてきた。その当たり前はこれから先もずっと続くかのように思われていた。



 最初に現れたのは、異常なまでに脚力のある人であった。国際短距離走の大会でこれまでの世界記録を2秒も短くした彼は、「努力の塊」と呼ばれていた。しかし彼をよく知る人たちは知っていた。彼は幼少期から足が速かったわけではないことを。そして彼が決して努力などをしてはいなかったということを。


 次に現れたのは、相手の気持ちを読み取れる人であった。その人はある国の外交官を務めていた。彼が他の外交官と違ったのは、交渉の席で毎回、相手方の考えをすべて言い当て、必ず自分方の利益を最大化してしまうということであった。いつからか彼は一躍有名になり、各国の報道機関から出演オファーをもらうようになった。


 それから世界には多くの不思議な力を持つ人間が同時多発的に増加し始めた。それは些細なものから、非常に危険なものまで。その力のすべてに共通していたことは、それまでの常識を打ち破るような、超常的で、異質な能力であったということであった。そして人はいつしか、その能力を「異能力」と呼び、異能力を持つ人々を「異能力者」と呼ぶようになった。


 異能力者は異能力を持つことを除けば、他の「人間」とは何も変わりはなかった。その外見も、その内面も。誰もが異能力者を同じ人間だと考えていた。ある時までは――



 デス・ダイヤモンド戦争。一時は落ち着いたはずのダイヤモンドを巡る争いの歴史が再燃した戦争。そして人類史上最悪と言われた戦争。


 その戦争はアフリカ大陸において五百年の歴史を持つラフス王国、新興国家サノ連邦との間に勃発した。はじめはただの戦争――すなわち歩兵と歩兵が殺し合う、近代兵器と近代兵器がぶつかり合う、これまでの歴史上幾度となく繰り返されてきた形態で行われていた。しかし、異能力者がその戦争に投入されたことで戦争は変容を遂げた。殊、戦いに特化した異能力者が参戦したことで、それまでの戦術を無意味なものとなった。その戦争では、もはやただの人間では異能力者を殺すことは出来ず――戦車を生身の異能力者が撃破するという未曽有の事態すら、戦地のいたるところで起こった。そしてより凄惨であったのは異能力者と異能力者の衝突であった。それはまるで空想の世界を現実に投影したような、目を疑わずにはいられない戦いであったという。


 デス・ダイヤモンド戦争は泥沼化し、何全何万の命が喪われ、この世界の地獄がそこに出現した。その戦争が終結するころには、「異能力者は危険な存在」であるとの認識が世界共通のものとなっていた。果ては「異能力者は人間ではない」、そんな言説が肯定的にとらえられるようになっていた。


 その現状を鑑みて、全世界の統一組織である国際秩序機関は異能力規制法を施行した。異能力規制法の目的規定には、「異能力者の自由を制限し、人間の秩序と平和を守る」と記された。法の反映として、異能力者たちは幼少期から差別、就職で不利になる、昇進が出来ないなど、あらゆる面で不遇を強いられた。そして何より、「異能力の行使を禁止」されたことで、彼らは自らの特異性を発揮することが出来ないでいた。


 その差別的社会構造から、多くの異能力者は異能力を使わないことで、普通の「人間」のようにして一生を過ごすことを選んだ。しかし、デス・ダイヤモンド戦争が明らかにした異能力者の危険性は、異能力者がただ人類を脅かすだけの存在と知らしめたのみではなく、多くの含蓄を含んでいた。


 各国政府、そして裏社会の組織にとって、異能力者は都合のよい存在であった。これまでの兵器と違い、異能力の行使をしない限り彼らは普通の人間と変わりはないため、その危険性が即座に認知されることはない。故に異能力者は人の形をした兵器であった。確かに異能力規制法は成立した。しかしそれに忠実に従う国家は存在しなかった。他国が異能力者を雇った時点で、自国も異能力者を組織に組み込む必要があった。そうしなければ、他国の異能力者によって自国の軍を蹂躙されるのは容易に想像のつくところであったからだ。


 表向きには差別を行いながら、しかし裏向きには異能力者を裏の組織に引き込む。その状況を変えようとする組織もあった。一方で異能力者を「人類の敵」と主張し、彼らの抹殺を目論む宗教も誕生した。異能力者を巡り世界は揺れ動き、情勢は刻一刻と変化をしていった。


 そしてその変化もまた、新たな局面を迎えることとなった。



 今から三年前。宇宙から太平洋上に落下した謎の物体。国際秩序機関はその調査を独占的に行い一部の情報を公開した。その物体は《星片》と名付けられた。10cmほどのそれは光を通さない濃い紫色のひし形の結晶であった。それを構成する物質は地球上には存在しなかった。その物質の反応は特異であるため《不安定物質(ランダムマテリアル)》と呼ばれた。《不安定物質(ランダムマテリアル)》の特異性は再び世界の常識を破壊した。それは人間の思念を反映して変化をする――


 公開されたのはここまでの情報のみであった。それ以上の調査結果は、その結果を鑑みて国際秩序機関の上層部においてのみ共有するとした。だが彼らの思惑通りにすべては進まなかった。とある《星片》の研究員が、彼らの隠した重大な機密を暴露したのだ。



 《星片》が3つ揃ったとき、それは人の願いを叶える。



 その一つでは大きな効力は得られない。しかしそれが3つ集まり共鳴した場合、《不安定物質(ランダムマテリアル)》は安定的に働き、直後の人間の思念をそのまま世界規模に適応する。すなわちどんな大きな願いでも、どんなに小さな願いでも、どんなに清き願いでも、どんなに汚れた願いでも、3つの《星片》が揃えば実現してしまう。


 そして《星片》は後4つ世界に降り注ぐと観測されている。国際秩序機関はその秘密を隠匿することで、何らかの願いを叶えようとしている。


 研究員の命がけの暴露は世界各国を騒がせる一大事件となった。国際秩序機関はそれを研究員のデマとし否定したが、先進国家による秘密裏の調査によってそれが本当のことであることが明らかにされた。



 そして時は現在に至る。三年の時の経過の中で、各国、各組織は《星片》を巡る策謀が張り巡らした。決して表向きには異能力規制法に抵触しないようにしながらも、次の《星片》を確実に自らのものとするために「最先端の兵器」である異能力者をその内側に招き入れながら。



 奇跡の欠片をめぐる異能力者の戦いの火蓋は、間もなく切り落とされようとしていた――

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