傷とマイナス・二
『薬』を受け取った水落は、少し心配そうな顔をしながら訊く。
「病院に行ったほうが……」
「俺のことについて調べられるのは困るからね。無理だ」
水落の言葉を遮るように黒瀬は答えた。そして続ける。
「その『薬』で、君は死ねるようになる。それで良いだろう。気にするな」
そう言うと、黒瀬は早足で歩き始める。足は石のように重かった。それと同時に、どうやって帰ろうか、と黒瀬は悩んでいた。
「帰れないでしょ」
水落が黒瀬を呼び止めた。黒瀬は水落のほうへ顔を向ける。電車もバスもこの時間だと動いていないだろうし、他に帰る方法が思いつかない。水落の言葉は正解で、黒瀬の心に突き刺さる。
沼に落ちてしまったかのように悩む黒瀬に、水落が言う。
「呼んでもいいよ、車」
嫌味のようで、救いのような言葉だった。右肩の出血も止まり、持ってきたティッシュでふき取ってみたが、服に染みてしまった部分は赤色のままだった。
だが、血のついている部分は狭いので、左手で押さえれば隠すことができる。しかし、依頼人に頼るのは自分の中の何かが許してくれない。二つの方法が脳裏を渦巻いていた。
そして、その渦巻きを乱すかのように水落の言葉が脳裏に響いた。
「必要かな?」
黒瀬は両目を左手で隠すように押さえた。そして、顔を下に向けて答える。
「……お願いします」
*
三人の男性は不満を持っているような表情を白銀に見せていた。
「なんで、追わないんですか?」
聞いた白銀は、不気味な笑みを浮かべて答える。
「黒瀬を復讐することが今回の目的だ」
「だから、殺すべきだと……」
「最初はそう思ったが、右肩を負傷している彼にとって、今後の活動は大変だろう」
白銀は相手の言葉を遮って言った。そして続ける。
「つまり、彼は姉と同じような苦しみを味わうことになる。まあ、それで良いかなと思ってね」
三人の男性は溜息をついた。呆れているようだった。そんな姿を見ながら、白銀は声の高さを少し低くして、付け加えるように言う。
「これでダメなら殺すから」
その言葉を姉は無表情で聞いていた。彼女は車いすに乗って、固まったように動かない。死んでいるように見えるが、心臓は動いているのだ。白銀は姉のことを心中では『生きる屍』と呼んでいる。
それに、ここで黒瀬を追って、誰かに見られると僕が困る。白銀の脳裏にはそのような考えも浮かんでいた。
三人の男性で、唯一怪我をした男性が苦しそうな口調で白銀に訊く。
「戻りませんか?」
その問いに白銀は、
「そうだね」
と答えた。そして、白銀は携帯電話を取り出して、仲間に連絡し始める。
「白銀です。車の準備を頼むよ。あとさ、僕も黒瀬を仲間にしたいと思うよ」
軽々しい口調だった。姉は少しだけ顔をしかめて、白銀の話を聞いていた。
白銀は続けて言う。
「姉の復讐もあるけど、仲間にしたいと思う気持ちのほうが強くなってきたよ」
とここまで白銀が言うと、今度は相手が話し始めた。白銀は黙って聞いていた。相手が言い終えると、白銀は相手に向かって訊いた。
「では、黒瀬の住んでいる場所はわかったかな?」