再開は急展開・一
横浜駅に着くと、羽田駅への切符を買って、電車に乗る。時刻は午後十一時。平日なので、人ごみは少ない。
電車の座席に座り、羽田駅に着くのを待っていた。何も考えずに落ち着こうと思っているが、水落が言った「死ぬことができない」という言葉が脳裏から離れない。
だが、あの毒は殺傷能力が高い。百パーセント死ぬだろう。実は、黒瀬が取り出したガムシロップの口に毒を塗っておいたのだ。容器からシロップをコーヒーの中に入れるときに、毒が塗られている口を通る。そして、アイスコーヒーを飲む。即効性なので、即死だ。
これで死ななければ、水落は超能力者とかそういう存在だろう。黒瀬はそう思った。今の黒瀬の心中に罪悪感という感情は無い。人を殺すことに慣れてしまったのだ。人間失格への道を黒瀬は走っている。もう失格かもしれないが。
問題は店員だ。だが、帽子を深く被っていたので、顔のことは詳しくはわからないはずだろう。ガムシロップも回収したし、俺がいたことを示す証拠品も残してないから、成功といえるだろう。現時点では。
そう思っていると、いつの間にか羽田駅に到着していた。黒瀬は電車から降りると、羽田駅の出口へ向かって歩き出す。やはり、休日より人は少ない。
羽田駅を出て、自宅へ向かって歩き出す。黒瀬は普通の人よりも速く歩く癖があるので、六分で黒瀬が住んでいるアパートに着いた。平均的な速さで歩いてみると、何分かかるのか少し気になる。
アパートの二階、黒瀬が住んでいる部屋は南側にある階段から一番遠いところにある。そこまで歩くと、黒瀬は鍵を右ポケットから取り出して、鍵穴に差し込んで左に回す。カチ、と音が鳴った。
そしてドアを開けて、部屋の中に入る。一人暮らしをしていると両親が心配するんじゃないのか、とアパートに住んでいる人達が訊いてくるが、そのときは「親は一人暮らしを認めてくれているから大丈夫です」と言う。本当は、黒瀬が中学二年生のとき(黒瀬が人に重傷を負わせる前)に両親は交通事故で死んでしまったのだが。しかし、本当のことを言えば、周囲は過剰に反応するだろう。黒瀬はそういうのが嫌いなので、事実は他人には一回も言っていない。
部屋の中にあるのは、パソコン。最近、調子が悪い。風邪でも引いたのだろうか、と心中で呟いてみる。その左横には小説とか漫画などの本が収納されている棚がある。他にはテレビや時計。台所には冷蔵庫などの必要不可欠なものだけが揃っている。
こういう仕事をしていると、人間関係が浅くなる。さらに、人の暗い部分や闇の部分を見ることが多いので、人間不信に陥りやすい。テレビで政治家などを見ていると、裏では悪いことをしているんだろ、などという考えが脳裏に量産するように浮かんでしまう。
黒瀬は本棚から適当に漫画を一冊だけ取り出すと、床に座って読み始める。暇人では無いと言えば嘘になる光景だ。名前の通り、黒瀬の心は人を殺しても罪悪感を持たないという黒い部分が多い。それは自覚していた。だが、直すつもりは無い。というより、直す必要が無いからだ。
そして、夜がやってきた。黒瀬がいる部屋は静止したかのように沈黙に支配されている。しかし、電気をつけていないこの部屋が暗くなると、黒瀬は少し悲しみを感じてしまったので、電気とテレビをつけることにした。
『東京の江戸川区で殺人事件が起きました。被害者は江戸川区在住の村山仁史さん、二十八歳が、公園で遺体で発見され――』
ニュース番組だった。
ふと時計を見て時間を確認する。六時三十分か。夏はまだ明るかったのに。秋が本格的に始まったのだと思った。
夕食は冷凍食品。たくさん買っておいたので、数日間は店へ行かなくてもよいだろう。ということで、夕食は電子レンジを使うだけで完成できる。料理をすることは人を殺すよりも難しい。
数分で完成した夕食を食べながら、パソコンの電源を入れる。さて、今日は依頼があるのだろうか。ちなみに、昨日来た『お願いします』という題名のメールは待ち合わせ時間が一週間後だ。
こんなことをしているときでも、水落のことが脳裏から離れない。彼女は死んだのか? 生きていることに少し期待してみたくなる。ファンタジーとか非現実的なものには少し興味があるし、面白そうだから。