どこまで落ちる・三
「矛盾か。詳しく訊いてみよう」
白銀は笑みを浮かべて言った。黒瀬は白銀を見つめる。
「白銀。君は俺に時々、仲間にしようと勧誘をする。だが、殺そうとする時もある」
「なるほどね。で、何を言いたい?」
「姉の復讐に燃える人間が今、俺を殺さないのはおかしい。つまり、姉の復讐は嘘だ」
白銀の表情に変化はない。今の言葉が無意味のように思える。予想通りの発言だったのだろうか。白銀は余裕の表情を黒瀬に見せていた。
「まあ、正解と言っておく」
その口調に怯えや恐れというものは無い。そして続ける。
「姉が傷を負ったのはラッキーだった」
白銀は逆に喜んでいたのか、と思わせる発言だ。黒瀬の脳裏に疑問符が浮かび上がる。どういうことだ、と訊いてみると、彼は親切に答えてくれた。
「いつもの生活に飽きたんだよ。それで、何か起きないかな、と思っていたんだ。すると、姉が見事に傷を負った。僕は――」
彼は言い続ける。だが、何となく黒瀬にはわかっていた。復讐の名を借りて、白銀は殺し屋になることを決めたのだろう。人間は何か原因というものが現れないと、行動できない場合が多い。
黒瀬は白銀に真剣に訊いた。
「殺人とか、それに近いことに興味を持っていただろう?」
白銀は笑みを浮かべて答える。
「その通り」
そうだったのか。俺に近いかもしれない。黒瀬はそう思い始める。……しかし、俺と白銀は違う。その理由が何か、黒瀬にはわからないが、そんな気がした。
「仲間の一人が、黒瀬は使える、って言うからね。試しに殺してみようと思った。本当に使える人間なら、生き残るし」
黒瀬は黙っている。白銀は続ける。
「仲間は、死ななかったから合格と言っている」
試験を受けるために行ったのではない。『薬』を手に入れるためだ。そういう思いを込めて、黒瀬は白銀に向かって言った。
「合格しても、仲間には入らない」
黒瀬は白銀を部屋から押し出そうとした。右肩を撃たれたせいで右腕には力が入りにくい。黒瀬は左腕に力を入れる。
すると、白銀は速い動きで、黒い何かを取り出して黒瀬に向ける。それは銃だった。
「そうだよな」
白銀の悪意の混じった低い声が、黒瀬の耳に入る。身体が震えた。銃口が黒瀬の顔に向けられている。そして、少しずつ近づけていく。黒瀬は銃口を見つめる。自分が怯えていることに気づいた。銃口から、目では見えない速さで弾が襲ってくる――想像したくないのに、何故か脳裏にその光景が浮かぶ。身体の中から痛みのような何かが身体全体に伝わってきた。
白銀に目を向ける。睨むように黒瀬を見つめながら、銃を持っている。足が少しずつ後退していることに黒瀬は気づいていなかった。
黒瀬の顔に近づく銃口が口元に軽く当たる。当たった部分から、弱い電流のような何かが身体全体に流れる。身体がまた震えた。後退する速度が上がる。
その時、視界に水落が入ってきた。どういうことだろうかと思い、周りを見回した。黒瀬は今、気づいた。だが、信じられなかった。こんなに後ろに下がっているとは……。
そして、足が少し震えている。白銀の持つ銃の銃口が鮮明に見える。怯えという感情が黒瀬の心を支配していた。
白銀は黒瀬を見つめながら呟いた。
「仲間は認めても、僕は認めない」