どこまで落ちる・二
水落は口を完全に閉じる。そして、暗い顔を床に向ける。希望とか、そういうプラスの考えを全て消し、二度と受け入れることが無いような姿だった。何か言っても、それが彼女の耳を通らないような気がする。
そんな姿を見せられたら、俺も生きることが辛くなってくるよ――、と心の中で言ってみるが、彼女には届かない。
テレビから流れてくる笑い声が、耳に届いて、頭を刺激する。だが、効果は無い。黒瀬はリモコンを持って、電源のスイッチを押した。そして、訪れたのは沈黙。だが、時は流れている。それはわかっているのに、時計の秒針が右回りに動き続けていることが、逆に間違っているかのように思えた。
そして、数分が経過した。その数分が何分なのか、詳しく知ろうとは思わなかった。だが、その時だった。ピンポーン、と空気を壊すようなチャイムが部屋の中に鳴り響いた。水落の真下に向いている顔が少しだけ上がる。
最初はドアを開けようとは思わなかった。だが、チャイムは何回も鳴った。黒瀬は仕方なく、玄関に向かった。歩くのが辛かった。しかし、チャイムは鳴り続ける。何回、押しているんだよ。
ドアを少しずつ、恐れているように開ける。すると、相手がドアを無理矢理、手を使って大きく開いてきた。冷たい風が襲ってくる。
黒瀬は固まった。聴力が失われ、動くことを忘れた。見えるのは、茶色の髪をしていて、格好良くて、笑みを浮かべて、白に近い色の服を着ている少年の姿だけ……。
白銀だ。
「邪魔かな?」
と白銀は言った。何も言えない。
「黙るなよ。怒るとか、慌てるとか、そういう反応は無いのか? 水落もいるからな」
何を言いたいのか理解できない。黒瀬は、思ったことをそのまま口から出す。
「何で、白銀が?」
「調べた。水落に教えたのも僕」
「何で、水落に?」
質問の内容がかなり省略されていたが、そのことに黒瀬は気づかなかった。
白銀は答える。
「まあ、君を呼ぶために使ったんだ。あとは、彼女が相手なら、君も僕には言えないようなことを話すかな、と思っていたよ」
そういえば、俺、何を言ったかな。考えていた時間のほうが長いような気がする。
水落を見てみる。顔は下向きだが、目は少しだけこちらを見ている、と黒瀬は思えた。
少し落ち着いてきた。他人から見ると、そう見えないかもしれないが、脳裏に溜まっていた負の感情が少しずつ消えているように感じた。
「水落を最終的にはどうするつもりだ?」
「何もしないよ」
「つまり、彼女の悩みは解決してくれないということか」
黒瀬は白銀を見ていたので、水落がどういう顔をしていたのか、わからない。まあ、知る必要も無いが。
白銀は考えているような表情を黒瀬に見せていた。そして、口を開く。その口に笑みが隠れていたことに気づいた。
「それは君が、」
仲間に入れば水落を助ける、か。そんなこと……
「信用できないな」
黒瀬は白銀を睨んだ。そして続ける。
「あと、思っていることが一つある。それを訊いても良いか?」
その問いに、白銀は不気味な笑みを浮かべながら感想を言う。
「積極的だね」
彼は続けて「良いよ」と答えた。黒瀬は三秒くらい口を閉じ、そして呟く。
「矛盾だ」
物語も終わりに近づいてきました。思ったよりも早く終わりそうです。
主要登場人物が三人だけにしたことが良かったのか悪かったのか、それは僕にはよくわかりません。自分のことを主観的にさえ見ることができない人間ですから、もしかするとこの作品にもそんな僕が隠されているかもしれません。
歪んだ頭で作り出したこの物語で、少しでもプラスの感想を持ってくれているのなら、それは本当に嬉しいことです。
色々と書きたいことはありますが長くなるので、今回はここまでにします。『プラスマイナス』を読んでくれていてありがとうございます。