表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

どこまで落ちる・一

 部屋の中も少し寒かったので、暖房を入れた。最初は寒かったが、少しずつ暖かくなってきた。

「喉、渇いた」

 突然、水落が言った。ここは喫茶店ではない、と言いたかったが、少し酷いかもしれない。

 黒瀬は溜息をついてから訊いた。

「何が飲みたいの?」

「お茶でもコーヒーでも何でもいい」

 そう、と黒瀬が返事すると、台所へ向かい、冷蔵庫を開けた。二リットルのペットボトルのお茶が最初に見えたので、それを左手で持つと冷蔵庫から取り出して、閉める。


 ペットボトルのお茶を左手に、二つのガラスのコップを右手に持って、テレビのある部屋に戻る。水落は座ってテレビを見ていた。勝手に見るなよ。

「何、見てるんだ」

 机の上にお茶などを置き、コップにお茶を入れながら訊いた。彼女はテレビを見続けながら答える。

「面白い番組」

 テレビの画面に映っているのは、お笑い芸人だった。変な動きをして、笑いを取っている。これが面白いのか、と黒瀬は疑問に思う。だが、水落は全然笑っていない。無表情だった。黒瀬が座ると、水落の口が開いた。

「最近、楽しいことない」

 暗い口調だった。そして続ける。

「死にたい」

 それを聞いた黒瀬は頭の中に一つの考えを思い浮かべた。身体を死なないように強化する薬には副作用があるのではないか。そして、その副作用は心に関係しているのではないか。

 死への欲求、生きることへの無関心、この二つのどちらかが副作用だと黒瀬は思った。身体を強くする代わりに心を弱くする……プラスマイナスゼロだ。違う、マイナスか。

 そんなことを思っていると、それを遮るように水落が訊いてきた。

「あのさ、知りたくないの?」

 そう言われて、黒瀬は思い出す。それと同時に口から言葉が出た。

「何で、ここ、知ってるんだ?」

「教えてもらった、白銀に」

 元気のない声で言うと、彼女は続ける。

「黒瀬を仲間に誘うことができれば治す薬をあげる、って言ってた」

 黒瀬は心中で大きな溜息をついた。嘘しか言わないような男を信じるのか、と黒瀬は水落を疑った。


 水落は迷いの表情を見せながら、黒瀬に近づいてきた。そして、小さな声で怯えるように呟いた。

「これって、信じてよかったかな」

 ダメだった、と思うが、口から出ない。というより、言いにくい。喉で言葉が止まってしまう。

 だが、何も言わないというのも変だ。黒瀬は思いついた言葉を少しも修正しないで、そのまま言った。

「誘惑だ」

「……え?」

 水落は驚いたように返事した。目が大きく開いている。まあ、そうだろうと思っていたよ。

「まあ、恋人になれ、白銀の」

 黒瀬は断定するように言った。そして続ける。

「半分冗談だけどね。でも、白銀の言う通りにしても無意味だと思うよ。だとすれば、こちらから行くしかない」

 そして、黒瀬はお茶を一気に飲み、ペットボトルのお茶を冷蔵庫に入れようと、右手で持った。そのとき、黒瀬は脱力感のような何かに襲われた。ペットボトルが右手から離れる。ドン、という鈍い音がして、ペットボトルが横に倒れる。キャップを閉め方が弱かったせいか、お茶がペットボトルの外に流れてきた。

 水落はその光景を吸い込まれるかのように見ている。黒瀬は右ポケットに手を入れて、悲しそうな表情をしながら呟いた。

「俺には、何もできないよ」

 サファイアを取り出す。黒瀬は続ける。

「右手が、壊れたんだと思う」

 悲しく輝いているサファイアを黒瀬は水落に返そうとした。黒瀬の言葉の意味が理解できていなかったのか、水落は驚きの表情を黒瀬に見せていた。

「この依頼は無しにしてくれ。金なら払ってもいい。まあ、金なんて君はほしくないと思うけど」

 右肩を撃たれた副作用がこれか、と黒瀬は思った。水落は信じられないような口調で寂しそうに言う。

「そんなことを言ってほしくなかったよ」

「仕方ないよ。俺の右肩は……」

 死んだから、と冷たく言った。しかし、彼女はサファイアを受け取らない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ