傷とマイナス・四
白銀が仕掛けた罠に落ちたようだ。その罠に、水落も巻き込まれたようだが。可哀想だ。白銀と水落に接点は無いというのに。俺を捕まえるためならば、他人を犠牲にすることも仕方ないと思っているのだろう。まあ、俺も自分の命を守るために白銀の姉を使ったのだから、人のことが言えないと反論されれば、言い返せないのだが……。
黒瀬がそう思っている時も、時の流れは止まらない。気づけば、パソコンの横に置いてある時計の短針が5の文字に向けられていた。
つけたままにしてあるテレビをふと見てみる。音量を少なめにしてあるので、何を言っているのか聞き取りにくいが、笑い声が耳に少し入ってくる。黒瀬はリモコンを奪うように取ると、電源のボタンを怒りを晴らすかのように力強く押した。
テレビの画面が黒色になったことを確認すると、リモコンを机の上に投げるように置いた。そして、深い溜息をついた。
時計の短針が6を越えた。今日は引きこもりのような生活を送っていた。かなり暗くなってきたので、電気をつけた。食欲は、身体をほとんど動かしていなかったせいか、全くと言ってよいくらいに無い。
時計の秒針は休まずに動いているのに、この部屋は時間の流れが止まっているように思える。テレビをつけてみたが、画面の中では時は流れているのに、この部屋では止まっているような錯覚に陥る。まるでこの部屋に流れる時が死んでしまったかのようだ。
しかし、秒針は右回りに少しずつ確実に進んでいく。短針や長針も目では見にくいが、確実に進んでいる。そして、短針は7の少し前を指していた。時刻は六時四十五分。
そのときに、ピンポーン、という音が黒瀬の耳に入った。訪問者だろうか。何もしないで座っていると、また鳴った。
面倒だ、と思いながら、黒瀬はインターホンの受話器を取って、乱暴な口調で訪問者に訊いた。
「誰ですか」
「私」
……誰だよ。声は女性のようだが。
「名前をお願いします」
「水落……覚えてるよね?」
「まあ、覚えていますよ。……、え?」
これはどういうことだろうか。黒瀬の脳裏に疑問符が次々と浮かんだ。何故、この部屋を知っていたのか訊きたいが、口が上手く動いてくれなかった。
黒瀬は慌てて、玄関に向かった。しかし、その勢いはそれ以上は続かなかった。ドアを開けようとする右手が妙に震え始める。
それでも、ドアの取っ手を右手でつかんでから、ゆっくりと開けた。三十センチくらい開くと、訪問者が隙間から覗いてくる。
たしかに、水落だった。彼女は両手を握手するように合わせて言う。
「寒いね」
それは部屋の中に入りたいということを遠回しに伝えているのだろうか。まあ、外が寒いことは、隙間から入ってくる風が証明してくれているので、黒瀬は水落を部屋の中に入れることにした。
色々と訊きたいこともあるし、環境は整えておかないといけないだろう。だが、何か嫌な予感がする。
黒瀬はドアを閉めると、水落をテレビやパソコンが置いてある部屋へ連れて行った。