中編
前・後編で完結と言いましたが、量が多くなったで中編を挟みます。。
「アデール! 久しぶりだな。君が来てくれるとは思わなかったよ」
「クロード、本当に久しぶり。全然変わってないのね。」
数日後、アデールは魔導士団へ募集要項を詳しく聞くために王城を訪れた。
王城へは、公式行事に出席するエリクの同伴として今でも出入りする機会があるが、魔導士団へ顔を出すのは結婚して以来だ。
コレットはエミリアに預けてきたが、これは本当に勇気のいることだった。
いくらコレットがエミリアに慣れているとは言え、初めてアデールから離れるのだ。
娘の泣き叫ぶ姿が目に浮かび心が痛む。エミリアにも相当な負担になるだろう。
しかしエミリアは、これも練習のうちだと快く引き受けてくれたのだ。
現在の魔導士団長であるクロードはアデールの同僚である。
彼も5年前に共にドラゴン一族との激戦を経験し、無事帰還した英雄の1人である。
精悍な顔つきは、所謂魔導士の貧弱なイメージを覆すものであり、アデールが在籍していた当時は年頃の女性から絶大なる人気を誇っていた。
アデールは、今や魔導士団トップに登り詰めたクロードの執務室で彼と対峙している。
「エミリアと会ったそうだな? 彼女が言っていた通り、現在の帝国魔導士団は人材不足でな。優秀な団員は本来若手の指導に回ってもらうんだが、いかんせん帝国復興に人手がかかるために育成にかける余裕がない。そこで、元団員に声を掛けている状況なんだ」
「あの、厳密に言うと私は声をかけられていないままここに来てしまったのだけど……。図々しくなかったかしら? 」
「そりゃ、本当なら一番に声をかけたかったのは君だよ。君は俺が一番信頼していた仲間だし、実力だって申し分ない。しかし、君には家庭があるから」
少しの間、クロードは複雑そうな表情でアデールを見つめる。
何事か、とアデールが尋ねようとすれば、ふいと視線を逸らされる。
さて、具体的な話をしよう――、クロードはそう言うといくつかの書類を応接テーブルに広げた。
「勤務時間は朝の10時から15時。君も知っての通り、この時間帯は緊急事態がない限りは訓練に割り当てられるから固定だ。但し、勤務日数は君の希望に合わせる。家庭の都合があるだろうから週に2、3日でも構わない。一日あたりの報酬は……これでどうだ? 」
クロードはテーブルに置いた書類の中の1枚をアデールに手渡す。
「……こんなに? それに、勤務日数もそんなに優遇してもらっていいの? もし無理に私に合わせてくれてるならそれは不要よ」
慌てるアデールに、クロードは苦笑いで返す。
「君は自分を過小評価しすぎだ。君はあのドラゴン討伐から生還した英雄の一人であり、我が魔導士団きっての実力者だ。これくらいは当然のことだと思うが? 」
「ありがとう。……有事の際、私が戦地に赴くこともあるのかしら? 」
「いや、それはない。君の職務はあくまで若手の指導だ。どんな有事があろうと、君が実戦に出ることはないと約束する」
「ありがとう……。ここだけはエリクも反対しているし、私も娘のために引き受けることができない。役に立てなくてごめんなさい。でも、私やってみたい。エリクと相談して、正式にお返事するわ」
「あぁ、待っている。君が来てくれたら本当に嬉しいよ。」
クロードが目を細める。
彼の黒髪の間から覗く微かに熱を帯びた視線に、アデールは気付かないまま満足気に面談を終えた。
王城を出てすぐにエミリアの屋敷に向かった。
とにかくコレットのことが心配で仕方なかった。
アデールを求めて泣いていないか――彼女は泣きすぎてよくひきつけを起こす。
いざ着いてみると、コレットは大人しくエミリアに抱っこされ、中庭を散策しているところだった。
「あら、もう終わったの? ゆっくりランチでもしてきたらよかったのに」
ケロっとした顔でそういうエミリアにアデールは拍子抜けした。
しかし、何時間かぶりに母親の顔を見たコレットは、アデールの顔を認識するなりその瞳に涙を溢れさせた。
「ママーーーーー!! うわぁぁぁん!!」
「あらあら、さっきやっと泣き止んだところだったのに」
エミリアは肩をすくめてそう言った。
その晩、アデールと引き離された反動でいつにも増して彼女から離れようとしなかったコレットを何とか寝かしつけ、アデールは居間でエリクの帰りを待つ。
今日は外出したこともあって疲れていたが、エリクにどうしても了解を取り付けたいという思いで何とか堪えることができた。
「……アデール? こんなところで寝ると風邪をひくぞ。」
身体を揺り起こされる感覚でハッと意識が戻る。
エリクを出迎えるはずが、ソファで眠ってしまっていたようだ。
「あ、エリク、おかえりなさい! いやだわ、エリクを待っているつもりだったのに私ったら……」
「気にするな。話したいことがあったんだろ? ……軍への復帰のことか?」
静かに問いかけられ、寝起きのアデールの頭も一気に正気に戻る。
アデールは、エリクの不興を買わぬよう必死でアピールした。
自身の身の危険がないこと、家庭に支障を及ぼさない範囲での勤務にすること、コレットを試しに今日エミリアに預けてみたが、しばらくずっと泣いていたものの、次第に気持ちを切り替えてその場に落ち着いて居られたこと。
それでもエリクは難しそうな顔をしながら聞いていたが、最終的には言ったのだ。
「分かったよアデール。君がやりたいなら俺は反対しない。」
そこからのアデールの毎日は目まぐるしく変化した。
コレットの保育を正式にエミリアに依頼し、報酬はいらないと固辞するエミリアに対して、なかば強引に保育料の取り決めを行った。
まずは完全な仕事復帰の前にコレットを慣らすため、毎日1、2時間彼女をエミリアに預ける。
エミリアの負担を気にしたが、主に面倒を見るのは侍女だから、とエミリアは事も無げに言う。
彼女の言葉に甘え、コレットを預ける間は結婚してから封印していた魔導の力を呼び起こす訓練を行った。
魔導士に必要なのは一にも二にも集中力だ。
どれだけ精神をフラットに保ち、一つの魔術を紡ぎだすのに集中するかが肝要なのだ。
育児真っ盛りの中では不可能だったこの作業を、アデールは時間を埋めるかのように行ったのだった。
はじめのうち、コレットは毎日のように悲痛な泣き声でアデールから離れようとせず、エミリアが半ば強引に2人を引き離した。
コレットにも辛いことだっただろうが、我が子に苦行を強いているアデール自身にも大きく罪悪感がのしかかり、軍への復帰を後悔しかけた。
しかし2週間も経てば、さすがにまだ泣きはするものの、コレットはアデールと離れることを受け入れ始めたように見えた。
預ける時間を徐々に延ばすこともでき、アデールは少しずつ心の余裕を持つことができた。
そんな慣らし期間を経て、アデールは念願の無事魔導師団への復帰を果たすこととなったのである。
「アデール」
ある日の昼休み、アデールが持参した弁当を講師用の休憩室で広げながら寛いでいたところにクロードがやってきた。
「クロード、お疲れ様。どうしたの?」
「いや、しばらく忙しくて君の様子を見にいけなかったから、大丈夫かと思ってな」
クロードは笑いながら休憩室の簡素なイスに腰かける。まだまだ国の復興に時間がかかる今、備品等にかける予算がなく、女神とまで謳われたかつての同僚にこのような部屋しか与えられないことをクロードは今更ながら恥じた。
「ええ、お仕事させてもらってから1カ月、自分の魔力をうまく扱えるかが一番心配だったけどそれもどうにかなってるし、今の魔導士団はいい人材が揃っているわ。みんな素直で勉強熱心ね」
「皆、君から指導を受けることを心待ちにしていたからな。ドラゴン一族に打ち勝った英雄というだけでなく、こんなに美人が来るとは思わなかったらしい。魔導士団全体の士気があがったのは思わぬ副次的効果だ」
「そんな……。こちらこそ、こんなチャンスをもらえて本当にありがたいと思ってるの。生活にすごく張りが出たし、私はまだ家庭の外でも必要とされてるんだって分かったから」
「……アデール、君は何か辛い思いをしていたのか?」
無意識に思いつめた表情をしてしまっていたのだろうか、クロードの気遣うような声色にアデールは自分の失言に気付く。
「ううん、全然? ……最初はエリクも最初は心配してたけど、家庭との両立もそんなに負担でないって分かったら安心したみたい。コレットもすっかりエミリアやお世話してくれる侍女の皆さんに懐いてるの。今は週に3日の勤務にさせてもらってるけど、もう少ししたら勤務を増やしてもいいかなって思ってるのよ」
これは本当だ。最初はどうなることかと肝を冷やしたが、立ち上がりは思いのほか順調だった。
心配したほどアデールの体力も魔力も衰えておらず、あんなに毎朝悲痛な声で行かないでと叫んでいたコレットも、今や早くエミリアの家へ行きたいとせがむ。
一番の気がかりだったエリクの様子も、はじめはきごちない様子だったが、見るからに彼女が昔のような明るさを取り戻したのを見て少しは安心したようだ。
妻でも母でもない、アデールという一人の女性としての人格が、まるで長い眠りから解き放たれたような感覚だった。
事件が起こったのは間もなくだった。
ある時城内を歩いていると、中庭を挟んで向かいから誰かがアデールを見つめているのが見えた。
樹木に半分隠れているが、制服から、王室付きの侍女であることが分かった。
容貌までは確認できなかったが、なぜか恨みの込もった目でアデールを見ている気がした。
戸惑いながらも偶然だと自分に言い聞かせたが、来る日も、また来る日も同じ女性からじっとりとした視線を向けられ、ようやくアデールは彼女が自身に何か訴えたいことがあるのだと自覚した。
そしてある日、アデールが気分を変えて見晴らしの良い城の頂上付近で休憩を取ろうと外階段を昇っている時、とうとう背後から声をかけられた。
「アデール様ですよね」
アデールは驚いて振り向く。しかしもはや、その声があの女性であろうということには確信を持っていた。
あらためて女性を近くで見ると、まだ少女と言ってもいいくらいに若くあどけない顔をしていた。
肩で切り揃えた艶やかな黒髪がそよ風に揺れる。
ちょうどアデールから見て階下にいるので、彼女を見上げる格好になっているせいもあるのかもしれないが、しかしそれだけが理由とは言い難いほどねめつけられているように感じるのはおそらく気のせいではない。
「はい、そうですが……。あの、どなたでしょう? この前からよくお見かけしますね? 」
あなたの悪意には気づいています――そんなことを暗に示したつもりだった。
「ええ、わたくし、フィリア・ノールと申します。……アデール様、エリク様とは別れていただきたいのです」
「は……? 」
少女の突然で不躾な物言いに、アデールはただ目を丸くするしかなかった。
もちろん、そんな用件だとは予想だにしていなかった。
「フィリアさん……だったかしら? どういう意味? 私たちは既に結婚して子供もいるわ。」
「存じております。」
フィリアは思い詰めた様子で両手をみぞおちの辺りできゅっと握る。
ひょっとして、若い女性にありがちな、恋の憧れが引き起こす思い込みの強さのせいなのだろうか――アデールはそんなことを思った。
「でも、アデール様。エリク様は私のことを愛してくださっています。」
「フィリアさん、彼に憧れる気持ちはよく分かるけれど、あなたは若いのだから、もっと……」
違う――とフィリアが金切り声をあげてアデールの声を遮る。
「バカにしないでください。エリク様は本当に私を愛してくださっているのです! アデール様、エリク様は毎晩帰りが遅いでしょう? 本当にお仕事だと思いますか? 」
可愛らしい顔に似つかず、フィリアが心底意地の悪い笑みを浮かべる。
その性質の悪さにアデールは眉を顰めた。
「エリク様は私のことをかわいいと言ってくれます。アデール様とは違うと、そう言ってくれるんです。それに、アデール様はもう随分とエリク様とご・無・沙・汰・でしょう? 私がエリク様を満足させて差し上げてるからですわ」
アデールはもう笑えなかった。
小娘の狂言だと一蹴しようとする自分とせめぎ合うかのように、エリクを疑うもう一人の自分がいる。
そんなはずはない。
アデールとエリクは運命が定めた伴侶だ。絶対に勝てるはずがなかった戦いを切り抜け、神からも国民からも祝福された2人なのだ。そこらにありふれる恋人や夫婦とはわけが違うのだ。
その日、アデールは自分があの後どのようにフィリアと会話したのか、休憩後の勤務をどうこなしたか全く思い出せないまま家路につき、エリクと顔を合わせぬよう、逃げるようにコレットと寝室へ逃げ込んだ。
朝になれば、この悪い夢もきっと覚める。そんな気がしたのだ。
残念ながら、朝、目が覚めた瞬間に、これが夢などではないと思い知らされた。
胸のつかえが少しも楽になっていないからだ。
いつも起きる時間よりも相当早いが、既に眠れる気のしなかったアデールは一人キッチンで佇む。
どうやってこれを解決すればいい?
若いフィリアの妄想だと笑い飛ばして無視するか?
それは正解ではない――心のどこかでそんな警鐘が鳴らされる。
では、エリクに直接問いただすか?
アデールは、とにかくこの、嵐の中の高波のように荒ぶる心をどうにかするため、エミリアの元を訪れようと考えた。
幸い今日は仕事は休みだ。
しばらくしてエリクがいつもと少しも変わらぬ態度でおはようとアデールに声を掛けたが、彼女はエリクの顔を正面から見ることができなかった。
一通り話を聞いたエミリアは、険しい顔をして自身の膝の上に置かれた両の拳を見つめていた。
普段だったら大抵のことは何でもないと笑い飛ばすエミリアだけに、アデールの不安はますます募る。
今日はアデールが中庭に面した応接室を希望した。
どうせ愉快で話をするのなら、せめて庭の美しい花々を眺めたいと思ったのだ。
「エミリア、あなたは今でも軍にいる人間と交友関係があるから、色々知ってるでしょ? ……エリクに関する噂とか、何か聞いたりしてない? 」
エミリアはなおも目線を落としたままだったが、やがて覚悟を決めたように目の前のアデールに向き合う。
「……何度か聞いたことがある。エリクが夜に自分の執務室にメイドを連れ込んでるって。 」
やはり――。
アデールはガツンとした衝撃を後頭部に感じた。
「でもアデール、夜勤のメイドが掃除のために軍幹部の執務室に入ることはおかしくないし、そんな噂話を私に教えた人達だって、ほとんど信じてなかったわ。もちろん私も」
いつも自身に満ち溢れているエミリアがオロオロと狼狽える。
クロだ――アデールは直感的に思った。
「ひどい……ひどいわよね。私は、結婚してからずっとエリクに尽くしてきた。エリクが幸せなら私も幸せだと思ったから……自分の意思を殺してまでも彼に尽くしたの。それなのに……」
悲しい涙を流す時は目の奥がツンとするものだと思っていたが、実際は自覚なく大量の涙がサラサラと滝のように頬を伝う。
その涙が頬を伝って膝の上に力なく置かれた両のこぶしを濡らしても、アデールはただただ感情のままに涙を流し続けるしかなかった。
「アデール、自分で結論を出しちゃダメよ。まずはエリクと話をしなきゃ。事実と違うことだってあるだろうし、話し合わなきゃ真実は分からないわ。」
エミリアはうつむきながら静かに泣き続けるアデールをそっと抱きしめた。
かすかに震えるアデールをその腕に感じ、エミリアの胸はズキリと痛む。
アデールはこの5年、エリクだけを見てきた。
コレットが産まれてからは、いつも家にいないエリクに文句の一つも言わず、家事と育児を黙々とこなし、疲れが爆発しそうになれば時々エミリアを訪ねるくらいの慎ましやかな生活をしていた。
そんな彼女の幸せも苦労も、エミリアは側で見てきたのだ。
もしも本当にフィリアの言うことが本当なのであれば、決して許されることではない。
できることなら、今すぐエリクの首根っこを捕まえて問い詰めたい。
事実無根であればそれに越したことはないが、それでもアデールをここまで悲しませたことについては思い切り罵ってやりたい。
実際には夫婦の問題にエミリアが口を出すわけにはいかず、エミリアは歯がゆい気持ちで唇を噛みしめた。
エミリアの屋敷を出た後、アデールは真っすぐに帰るのが嫌でコレットの手を引いて散歩をした。
春らしく、街の歩道の脇には様々な色とりどりの花が整然と植えられている。
まだ、所々ドラゴンの襲撃の爪痕を残すガレキの山が残っているものの、こうした花々は人々の心を癒すだけでなく、国の活気を現す象徴ともなるのだ。
しかし、今のアデールにはそんな景色の色が全く入ってこない。
せいぜいが濃いグレーと薄いグレーで濃淡をつけるような、その程度にしか認識ができない。
ついに苦しみが自分の視力をもおかしくしてしまったかと思った。
もっと心を痛めるのが、コレットがアデールのただならぬ様子を敏感に感じ取っていることだ。
手を握りながら頻繁にアデールの顔色を窺い、その顔に何か悲壮なものを感じ取るのか、泣きそうな顔をしてもっと強く腕にしがみつくのだ。
アデールの心の不安定さはコレットをも蝕む――そう気づけば、怖くて避けていたエリクとの話し合いも急がなければという気持ちになった。
だから、夜更け過ぎにエリクが帰宅した時、アデールがおかえりなさいと言った瞬間にエリクがぎくりとしたのは、きっとアデールのそんな焦りが声に表れてしまっていたのだろう。
「アデール、まだ起きていたのか? 最近の君は夜更かしだな。どうした?」
エリクは自分が不覚にも驚いてしまったのをごまかすように言った。
「エリク、話があるの。座って」
「? 話? 今じゃないとダメなのか?」
「そうよ。今すぐ。あなたと話をしなければいけない」
アデールはあえて深刻さを含んだ声色でそう言った。
特に意図はなかったのだが、無意識にカマをかけようとしていたのかもしれない。
「……分かった。どうした?」
ほんの少し緊張した様子のエリクがソファのアデールの隣に腰掛ける。
「エリク、フィリア・ノールという女性を知ってる?」
エリクの喉が微かに上下するのを見逃さなかった。
「昨日、話しかけられたのよ。いいえ、話しかけられたのは昨日が初めてだったけど、ここ最近ずっと彼女に睨まれ続けていたの。……どうしてか分かる?」
エリクは答えずに、しかし何かを深く考えるようにきゅっと眉間に皺を寄せながら瞳を伏せていた。
もうそのしぐさだけでアデールには十分だった。
「エリク、あなた……あの侍女と寝たのね?」
「…………済まない。」
エリクはごまかすことも言い訳することもなく、いとも簡単に事実を認めた。
そして、それはアデールを逆上させた。
「済まないって……!! 済まないって何によ! あなたは私もコレットも裏切った! どうしてよ! どうしてなのよ……!」
「アデール、本当に済まない……。フィリアという侍女と関係を持ったのは……本当だ。許されることではない。ただ、信じてほしいんだ、心変わりをしたわけでは……」
「心変わりじゃなくて遊びなら何でもいいわけ!?」
アデールはコレットが起き出してもおかしくない音量で叫ぶ。
「エリク、私は、あなたとは運命の伴侶だと思ったから結婚してからずっとあなたに尽くしたの。あなたのことを愛していたし、あなたはドラゴン一族に打ち勝ってからもずっと国を背負って戦ってる。そんなあなたの支えになりたかったから、私は自分の心の内も辛さも全部飲み込んできた。大体……こんな本があったから!」
いつか読んだまま、ずっとローテーブルに置きっぱなしだった少女向けの本を思い切りエリクに投げつけた。
「私とあなたの物語はおとぎ話としてたくさんの本になってる。私は、いつも思ってた。私たちは神からも国民からも祝福されたのだから、一生あなただけに命も心も捧げるって……。バカみたいね。本当にバカよ私は!!」
「アデール、本当に済まない。君のことをないがしろにしたことはない。今も昔も、俺は変わらず君のことを愛してるんだ。ただ、俺の弱さが彼女を受け入れてしまった……」
エリクはアデールの肩を掴んで必死に言った。
しかし興奮したアデールは止まることができない。
「触らないで……!」
興奮した頭で何とかそれだけ言うと、アデールは家を飛び出した。
エリクと同じ部屋で寝るなど考えられなかったし、あそこまで罵って同じ空間に居られる自信もなかった。