守人の父
守人の誉れは、何事にも優先される。
跳ぶ。街の屋根を伝って、目的地へと急ぐ。若干の動きづらさを、向かい風とともにフェルは感じていた。無理もない。フロックコートは、戦うためではなく、祝うための服装なのだ。
愛娘の結婚式だった。ジューンブライドである。傷がつかないよう守り、誰も傷つけないよう教えを示してきた子が、本日より新たな道を行く。由緒ある教会は納得の荘厳さで、未来ある二人の誓いの場として最適だと、嬉しく感じていた。
新郎に引き合わせた、まさにその瞬間、勢いよく教会の扉が開かれ、従士より出動命令の連絡を受けたのだ。近くの川辺に、不死が複数体出現し、無垢な人々が危害を受けている、という内容だった。妻、娘、新郎の順に視線を移すと、フェルは教会の出入り口まで静かに歩いた。ゆっくりとその扉を開け、そして閉めてから、フェルは高く跳んだ。
守人は、いついかなる時でも、人類に仇なす不死と対峙しなければならない。そしてその戦闘に勝利することは、守人にとって最高の名誉である。長い年月を越え、通奏低音となっている守人の不文律だった。
守人の家族として、妻はもちろん、娘も理解してくれている。新郎は、もしかしたら自分の突然の不在を憤っているかもしれない。時間をかけて、わかってもらうしかないだろう。新郎は、まだまだ青さが目立つが、芯はあるとフェルは認めていた。自身が守人でなくとも、その家族になるということがどういう意味を持つか、いずれ心が理解するはずだ。
それにしても、とフェルは唇を噛む。
「八つ当たりくらい、させてもらうか」
指定された場所へ、降り立つ。同時に、腰の裏に佩いていた剣を引き抜いた。
剣はあちらこちらが砕け、刃も根本近くまで折れている。しかし、鋼を幾重にも重ねて打ったような重心の強さを、握った柄から感じる。
念じる。折れた刃の先端から、全体を覆うようにして青い光が放たれた。そして、剣本来の形を補うように、光がかたどられていく。
雷の刃を持つ、剣である。守人となり、一人前として認められた折、与えられた剣。はるか古代のおとぎ話に出てくる姫君の名を冠し、清雷剣トルルリと名付けられていた。
着地した姿勢のまま、眼を前方に配る。複数体というのは、あくまで初報だったようだ。十をゆうに超える数の不死が、川の両岸にいる。海からここまで侵入してきたのだろうか、烏賊や蛸のような足の生えたものが多かった。死体も少なからず散見され、川は朱に染まりはじめている。事態は深刻だが、ほかの守人はまだ到着していないようだった。どれだけ被害を減らせるかわからないが、ひとりでやるしかない。
干戈を交える前の習いとして、普段からフェルは、不死が来世こそは健やかに生きられるよう剣に祈っていた。祈る先は、ゼウスである。自分が雷を扱うからこそ、そう思い定めていた。
しかし、今日だけは、祈る神を変えた。
「女神ジュノーのご加護を、我が娘に」
おめでとう。幸せにおなり。
いつもと違う祈りに付して、フェルは寿ぎを呟いた。
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イラストは 有末リオ 様に描いていただきました。
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