腕を引かれて、そして、惹かれて~1~
シャルマントとフィエルテの幼少期~付き合うくらいまでの話です。
「大丈夫?」
道で泣いていた少年は優しい声に顔を上げる。見知らぬ道の隅でうずくまっていた少年を優しく見つめていたのは瑞々しい若葉のような瞳だった。
「うっ、僕……」
「やだ、男の子なの?」
迷っていることを伝えようとしたが声を出したとたん、優しい瞳は鋭くなった。少年はその変貌に思わず涙が引っ込む。
少女は腰に手を当て、少年を見下ろした。
「男の子のくせに、だらしない! わたしめそめそする男はきらいなの!」
「うっ……」
そんなこと言われても、見知らぬ道で帰るべき道が分からなくなってしまったのだからしょうがないじゃないかと少年は思う。男だって泣きたいときぐらいあるのだと言ってやりたかったが、情けない状況だということもあり、何も少年は言えなかった。
少年がまた俯き、うずくまってしまうと少女はそわそわし始める。そして、ため息を吐くと右手を少年に差し出した。
「いつまでもそうしてるつもり? ほら、掴まんなさいよ」
恐る恐る少女を見て、差し出された手を伺っていると少女の顔はどんどん不機嫌なものになっていく。それに気が付くと少年は急いでその手を取った。
女の子の力とはこれほど強かったかと少年は驚く。少年はぐいっと引っ張られ、立ち上がる。少女の目の前に立つと背は同じくらいであった。少女はじろじろと少年を見て、「けがはなさそうだ、じゃあ、迷子かな」などぼそぼそ呟く。
すると急に少女の顔が近づいてきた。突然のことにどうしたらよいか分からない少年は固まって顔を赤くする。
「きれいな瞳ね。宝石のサファイアみたい」
それだけ言ってすっと顔は離れた。どうやら、少年は褒められたらしい。
「ねぇ、名前は? ……あ、わたしはフィエルテ」
「……フィ、フィエ?」
「ああ。フィーテでいいわ。そっちで呼んで」
先ほどまで泣いていたことやいろいろありすぎて少年は声が上手く出せないでいた。それを上手く発音出来なのいのだと少女は勝手に納得してしまう。
「で、あなたは?」
「……シャ、シャルマント・イスト──」
「シャルマントね。とりあえず、警備隊のところに連れて行くから、ついてきてね」
「え、あ、ちょっと……!」
まだ名乗っている途中だというのに、少女は遮り、そして、掴んでいた手を引き、ずんずん進んでいった。
急に引っ張られるものだからシャルマントは転びそうになる。なんとかバランスをとってフィエルテの横に並んだ。ふわふわと揺れるブラウンの髪が視界にうつる。横顔は結構女の子なのに、行動や力がシャルマントにはどうも頷けない。でも、なんだかんだ言いつつ迷子のシャルマントに手を差し伸べたのはこの少女だった。通り過ぎていく人よりも、悪態つきながら助けてくれることが、シャルマントには嬉しかったのだ。
「何笑ってんのよ。ちゃんと歩かないと置いてくわよ」
やっぱり、助けてくれるならもっと優しい方がいいとシャルマントは頭の中で訂正する。
「君はレーシの子? ここには詳しいの?」
「なんだ、ちゃんと話せるの?」
「あ、うん……」
「わたしはレーシの少しはずれに住んでいるの。よく1人でここへ遊びに来るから、迷子にはならないわ」
2人は手をつなぎながら道を歩いた。人通りはそんんなに多くもなく、並んで進めるほどだ。だから、シャルマントは思い切って話すことにした。
返ってきた言葉には若干意地悪のようなものが含まれている気がしたが、シャルマントにはそれはあまり重要ではない。
「1人で!? すごいね」
「すごくないわ。わたしはもう8さいなのよ」
シャルマントはフィエルテの年齢を聞いて言葉に詰まる。
「シャルマントは?」
「……え、その、9、さい、です」
自分が男で年上なのに情けないと少年の言葉は自然と途切れ途切れになった。
そんなシャルマントの心情を知ってか知らずか、フィエルテは横でふきだす。
「あははははっ! なさけないなー」
「わ、わらいすぎだ! 僕は、は、初めてだったのだ!」
「初めてにしたって、周りの人に聞けばいいじゃない」
「……そうだが」
確かに周りの人に聞くことも出来たであろうが、シャルマントはどうも出来なかった。それは自分の生い立ちのせいでもあるかもとよくよく考えて思うことになる。
王族にもいろいろあり、限られた人間しか信用できなかった。街の大人が怖いなどと言ってはまたフィエルテに馬鹿にされそうでシャルマントは黙る。信用ある従者とはぐれてしまったのが不運だった。
「また街に来ることがあったらわたしが案内する! 迷子にならないように、ね」
まだ笑いをこらえながら、フィエルテ意地悪くシャルマントに言った。シャルマントは悔しかったが、実際迷ってしまったし、泣いていたので反撃できず、頷くほか無い。
「……た、頼んだ」
「あははっ」
シャルマントの横でフィエルテは大声で笑う。女の子なのにはしたないと周りは言いそうだが、シャルマントはなんとなく、目を逸らせずにいた。
「あ、ガラスの靴!」
ぼーっとしてしまっていたからだろうか、次の瞬間、手を強く引かれたシャルマントは転ぶ。
「……いて」
「あ、ごめん。大丈夫?」
幸いなことに怪我はなかったが、痛いのは確かだ。こみ上げてきた涙をぐっとこらえ、ズボンに付いた土や砂を払う。
「いや、僕も悪かった。……それで、何だって?」
ぼーっとしていたとはいえ、なんどもみっともないところを見られ、むすっとしたシャルマントは話題を変えようとする。
シャルマントに聞かれ、ぱぁっと顔を明るくしたフィエルテはまた、シャルマントの手を取った。フィエルテが連れて行ったのは小さな店で、ショーウィンドウの前まで来るとあるものを指差した。
指差した先にはガラスの靴があり、周りの品とは一段上に置かれている為、さらに存在感が増す。フィエルテはそれをじろじろと見ていた。
「フィエルテはガラスの靴に興味あるの?」
「ない」
思わず、「ないのかい!」と言いそうになったがシャルマントはその言葉を飲み込んだ。
「ガラスの靴には興味ないけど、きれいじゃない」
「……まあ、ね」
「ここまできれいに作ってるのは初めて見た。たぶん履けないけどね」
「普通のガラスじゃ履いたとたん壊れるからね。本物は魔法使いが用意したから普通のじゃないんだ」
フィエルテはもういいのかショーウィンドウから顔を離し、また、道を歩き始めた。
シャルマントはガラスの靴をどう思っているか聞こうとしたが、お姫様になりたいのかと聞いていることになりそうでやめた。自分が王子だと言ってもいないのにそんなこと聞くのは公平じゃない気がしたからだ。
そんなことをシャルマントが考えていたことも知らず、フィエルテは手を引く。振り回されるようにシャルマントはついて行った。