ハッピーエンドを掴み取れ
晴天。どこまでも晴天。
イストワールの中心の街レーシは朝から浮き足立っていた。それもそのはず、今日はシャルマント・イストワール王子が選んだ娘が姫となるかどうかが決まる。
ガラスの靴のサイズは、庶民にまで浸透していない。しかし、王族が知っているため、王子が選ぶのは靴のサイズと同じ足の娘しかいなかった。つまり、“靴の姫選び”はそのまま婚約の発表の場となるのが普通である。
靴のサイズを知りながら、あえて、合わない足の娘を公式な場にお披露目することなど街の者には考えられないことだった。
城のホールには大勢の人々が集まる。貴族を始め、ホール2階には一般庶民も立ち入ることが許されていた。ホールはあっという間にどんな娘か見に来る者や姫となる瞬間を見に来ようとする者、そして、娘を心配する者など多くの人で埋め尽くされる。
「……緊張してきた」
「大丈夫だよ、フィーテ。精霊殿も大丈夫ってさっき言っていたじゃないか」
淡いピンク色の女性らしいドレスを着たフィエルテは胸に手を当て、何度もため息を吐く。いつもの強気はどうしたのだとシャルマントはからかいたくなった。
「それとこれは別。黙って」
が、この調子で睨まれた為、シャルマントはやめておくことにした。ここで余計なことを言って、フィエルテの機嫌を損ねるのは得策ではない。言ったが最後何を言われるか、されるか分からないのだ。
2人が裏でピリピリしているのなどお構い無しにどんどん準備が進んでいく。ホールの中央にあるステージにはガラスの靴が赤いクッションの上に乗せられていた。シャンデリアの光を受けて輝く靴に人々は何度も心踊らせる。
そして、急に辺りはしんとなった。
1人の貴族がステージの脇に姿を表し、“靴の姫選び”の開始を告げたためだった。シャルマントとフィエルテがステージから呼ばれる。
「フィーテ、手を」
安心させるように優しく言うと、フィエルテは大きく息を吐き、表情をきりりとさせた。そのままシャルマントの腕に手を乗せる。ステージ上のガラスの靴を見つめるフィエルテの瞳は一歩間違えば睨んでいるかの様にも見えた。
「シャルマント・イストワール王子が選ばれた娘、フィエルテ殿、前へ」
ステージに上がり、シャルマントは端でステージ中央へと歩むフィエルテの姿を見守る。
「では、ガラスの靴に……」
城のホールがわけの分からぬ緊張状態となる。もう婚約は決まったも同然と思いつつ、どうやら仕方のないことであるようだ。
フィーテがドレスの裾を持ち、足をガラスの靴に入れようとした。
『はいはーい』
緊張の走るホール内に突如響いたのはゆるみきった声だった。ホール内はざわつき、こんな場面で話し出すとはどんな馬鹿者かと姿を探す。
そして、人々は目にしたのだ。光放つガラスの靴を。フィエルテも眩しさのあまり目を覆い、シャルマントはフィエルテに駆け寄り自らの陰にフィエルテを隠す。
強い光を感じなくなり、人々がステージに視線をやると、そこには先ほどまで居なかった人影があった。徐々に目が慣れていき姿をはっきりととらえられるようになる。
現れたのは銀色の髪に銀色の瞳を持った青年だった。しかも、なかなかの美青年だ。
『お集まりの皆様、ごきげんよう。おいらはガラスの靴に憑いた精霊でございます』
丁寧に礼をしながら言った精霊が顔を上げる。ニヤリと笑っており、人々は呆気にとられるばかりだ。
人間の姿となった精霊は確かに人間に見えるのだが、どうも人より輝いて見えていた。これが精霊と思わざるを得ない1つの証拠になっている。
『おいらは思うのですよ皆様。王子が選んだ姫をなぜ、おいら……つまり、ガラスの靴が良し悪しを決めなくてはならないのでしょう』
さらに精霊は浮き上がり、くるりとその場で一回転してみせる。人々はさらにざわつく。
シャルマントとフィエルテの2人もその堂々とした余裕のある姿を見て、お互い顔を見合わせた。
『もうこれ以上おいらに押しつけでいただきたい! 第一、自分の伴侶も自分の目と心で判断できない、自信のない王子になどこの国を任せて良いとお思いですか?』
しんとなるホール。人々は考えていた。確かに、ガラスの靴に最終的な判断を投げてしまっていたのではないのかと。
一方、そうは思うのだが、現国王も居る手前、はっきり言ってやるなとシャルマントは精霊を見て思った。
『ガラスの靴でハッピーエンドを迎えた物語はもうとっくの昔に終わっている。この2人のハッピーエンドはこの2人がつくっていくんだ』
精霊は2人と向き合いふわりとステージに降り立った。精霊は手を取り合っている2人を見て微笑んだ。
そしてまたホールの人々に視線を戻した。
『じゃ、皆様。出会ったばかりですがおいらはここで失礼しますよ』
精霊は光の円い玉となり、ガラスの靴の中へ飛び込んでいった。
『シャルマント・イストワール王子とフィエルテ殿に祝福を!』
ホール内に響きわたった声と共に、ガラスの靴は粉々に砕け散ってしまった。
人々は立ち上がり、驚きがホール内に満ちる。貴族たちは慌ててガラスの靴に駆け寄ったが、もう、元に戻すことは無理だと、一目見て思うほどに粉々だった。
話を聞いていたシャルマントとフィエルテだったが、あまりにも潔いというかいつもと変わらない呑気な姿にしばらく動けなかった。
フィエルテは息を吐き、粉々になったガラスの靴を見る。見る影もない姿になんだか申し訳なくなってしまった。せめて最後にお別れを言おうと一歩踏み出したところでフィエルテは少し躓く。視線を下に移し、ドレスの裾を持ち上げれば、足元に少し大きなガラスの破片が落ちていた。
「かっこよかったわよ、精霊さん」
軽くガラスの破片に口づけてフィエルテは破片を大事にしまった。
「全く、とんでもない精霊殿だ」
「ええ。……折角こんな場にしてもらったのだからハッピーエンドをつくっていかないとね、シャルマント」
そう言えばと、フィエルテは言う。
「私に言うことがあるのでは?」
シャルマントは昨日のことであると分かった。言わないで置くわけにはいかず、まず、息を吐く。
「フィエルテ、君を愛している」
フィエルテは微笑んだ後、一安心したのかいつも強気な表情でシャルマントを見つめる。その表情に安心しつつも、弱気で女性らしいフィエルテをもう少し見ていたかったと思ったが、内緒にしておこうとシャルマントは決めた。
混乱と驚きの中、シャルマントは婚約を高々と告げ、異例の“靴の姫選び”は幕を閉じる。
これ以降、イストワールでは王子が自分自身で判断し、姫を選ぶこととなった。そして、その先駆けとなった2人の物語もこれから、語り継がれていくだろう。
「みて、シャルマント。あのガラスの破片を丸くしてもらってペンダントにしたの」
「綺麗だね」
ガラスの玉はきらきらと輝いている。首に着けられたそのガラスの玉をシャルマント手に取り、フィエルテを見つめた。
『いやぁ、恥ずかしい』
フィエルテが瞳を閉じ、唇が触れ合うという時に聞き慣れた声が聞こえ、2人は瞬時に離れた。
声がした方向に目を向けるとそこには銀髪、銀の瞳の美青年が立っている。しかも、ニヤニヤと人を馬鹿にしたような表情を浮かべながら。
「何故いる!?」
『酷いなぁ。強いて言うなら、フィエルテのキスの力、かな? あんな気持ちのこもったキスされたらね、こっちに帰ってこないわけには行かないじゃん?』
精霊はにししと歯を見せて笑い、シャルマントは開いた口がふさがらなかった。フィエルテはまさか自分のしたことでこうなるとは思ってもおらず、軽く頭を抱える。
『やっぱさ、王子じゃなくておいらにしようよ。カッコいいって言ってくれたじゃん』
「それとこれは話が違う。却下」
『えー、フィエルテ冷たい』
「精霊殿、第一あなたは何歳ですか、それに精霊なのですよ? ……まあ、そんなことはどうでもよくて、妻から離れて下さい」
『大丈夫、精霊でいったらキミたちと同じくらいだよ。それに、精霊でも愛の力でどうとでも──』
面倒くさい2人の恩人、いや、恩精霊はどうやらこれからも2人を行く末を見守るようだ。
シャルマントとフィエルテがハッピーなエンドを迎えられたかは、あえて明言するまでもない。
おわり