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ちょっと話についていけない



『ガラスの靴の声、さ』



 ガラスの靴の声とは何だろうか。そうか、イストワール何かしらの技術発達がなされて、靴まで喋るようになったのか。これは称賛に値する。その技術者に至急褒賞を与えなければならないな。……などとシャルマントは混乱の中考えた。


『おーい。おいおーい! しっかりしてくれよな。お前この国の王子だろ? 姫選びも近いのになんて面だよ』


 シャルマントは絶えず聞こえてくる声にどうしたらいいか分からない。現実かどうかも計りかねている。現実かどうかを確かめるために、強く頬をつねった。


「……いひゃい」

『……本当に何してんの』


 頬をつねると普通に痛く、現実なのだと思うしかなかった。強くつねりすぎた頬は若干赤くなってしまっている。

 呆れた声は相変わらず聞こえて、シャルマントはガラスの靴に歩み寄った。


「本当に、ガラスの靴……?」

『本当だって。おいらはガラスの靴。まあ、ガラスの靴っていうか、ガラスの靴に憑いた精霊の方が正しいかな』

「……精霊……なるほど」

『ガラスの靴も長い年月になるでしょ? しかも1人だけでなくいろんな人に履かれている物だから、いつしか精霊が憑いちゃったってこと』


 シャルマントはよくよく目を凝らして見ると、ぼんやりとした丸い光の玉のようなものが、ふよふよ浮いていることに気が付いた。冷静になってみるといろいろなことが見えてくるものだと、平常心の大切さを何故かここで再確認する。


『それでさ。王子は何でおいらに謝ったわけ?』


 シャルマントは問われて言葉に詰まる。精霊が憑いている物を壊せばその精霊もただでは済まない。最悪精霊が消えてしまうことがあると、シャルマントは何かの本で知っていた。

 知っていながら、「ガラスの靴を壊すため」なんて言えるわけもない。どうしだってフィエルテと結婚するためには壊さなければいけないから、壊すことを分かって下さいとも言うのか。それもシャルマントには到底言えそうになかった。


「……それは、だな」

『はぁ。隠しても無駄だけどな。恋は盲目ってヤツ?』

「なっ……!」


 精霊はケラケラと笑う。


『ごめんごめん。おいら、だいたい分かっちゃうんだよね。その上であえて聞いてた。意地悪して申し訳ないね。でも、王子って優しいことが分かったよ。おいらのことなんか差し置いて問答無用でガラスの靴壊しちゃえばいいのにさ』


 シャルマントは開いた口がふさがらなかった。その様子を見て精霊はますます笑う。

 シャルマントが理由を答えず、そのままやり過ごすようであれば精霊もその妨害をしようとした。しかし、シャルマントはなんて言おうか、それも精霊を気遣おうと何を言うべきか考えていた。そんなシャルマントに精霊は気をよくしたのだ。


『王子のくせに物騒だなー。王子にそこまで思わせる娘ってどんな人?』

「強がりで、少し暴力的な娘、だな」

『ちょ、ちょっと。全然分かんない』

「私も良く分からない。言葉にすると難しいんだ。だが、愛しているのは分かる」


 シャルマントはいつも強がりなフィエルテのことを思い浮かべる。足を削ごうとしていたことには驚いたが、彼女をそうさせる原因が自分であるということに喜びも感じた。

 自然と頬がゆるんだシャルマントを見て精霊はやれやれと呟く。


『はいはい。仕方がないなぁ。協力してやるよ』

「……良いのか? 下手したら消えるぞ」

『しょーじき、飽きたし。靴に収まらなくて涙する、娘たちをもう見たくないしね』


 精霊の言葉にシャルマントは「やるなぁ」と感心する。そして、精霊からの協力はとても心強かった。

 ふよふよと浮いていた光がガラスのケースを飛び出してシャルマントの周りをくるくる回る。


『1つだけ。……その娘に会わせてよ』

「構わないが……?」

『あとさ、どうせ壊すんなら“靴の姫選び”中にしちゃおうよ。だいだいてきに散った方がおいらも壊れ甲斐があるってものだよ』

「算段はついているのか?」


 くるくると回っていた光はシャルマントの眼前で停滞する。


『もちろんさ』

「分かった。聞こう」

『じゃあ、よーく聞いてね──』


 ふよふよと浮かぶ光を見つめながら、シャルマントは不思議な気持ちになった。ガラスの靴に謝らねばならないと思ったことは偶然でも間違いでも無かったのだ。ガラスの靴には精霊が憑いており、謝ったことで協力まで得られている。神は自分とフィエルテを後押ししてくれているのだと思った。

 半時くらい精霊の話を聞き、シャルマントは精霊に礼を言ってその部屋を去った。


 そして、精霊はフィエルテと対面する。


「申し訳ない、私は外せない用事がある。後は2人で」


 シャルマントはフィエルテをガラスの靴の部屋に送ると素早く部屋を出て行ってしまった。フィエルテは寂しく思ったが、儀式は明日なのだから仕方がないと納得する。

 フィエルテはガラスの靴を見つめた。シャルマントから話を聞いたときは夢でも見たのかとシャルマントの頬をつねったが、どうやらそうではないらしい。ゆっくりとガラスの靴に近づくと、光の玉がフィエルテの目の前に現れた。


『ふーん。キミがフィエルテ』

「ええ、そうよ」


 フィエルテは驚いて声を上げそうになったが、気を持ち直し、あくまでも平常心で精霊と対峙した。

 2人を手伝ってくれるのだからもっと柔らかく接しようともするのだが、フィエルテはそこまで器用ではない。


『キミのことはここからでもなんとなーく分かっていたよ。街の方から、強くガラスの靴を壊したい!! って念が来るもんだからどんな危ないヤツかと思ってた』


 フィエルテは危ないヤツというところでむっとした。確かに、物騒なことを思っていたのは否定できないが危ないヤツとまで言われると気持ちは良くない。


『興味、あったんだよね。でも、拍子抜けしちゃった。こーんな可愛い娘さんだったんだもの』

「……私がそういう言葉で照れるとでも?」

『おや? なーんだ照れてくれないの?』


 もし、精霊の姿が見えていたら、明らかにニヤリと笑ったような表情をするのだろうとフィエルテは思った。精霊の言葉にドキリとしないわけではなかったが、どうにもからかわれているようで嫌だったのだ。


『王子一筋。なるほど、王子の言っていたこと分からなくもないなー』


 だが、さすがにこれには耐えられない。


「……なっ、何っ!」


 フィエルテの頬に朱が差す。シャルマントが精霊と少し話をしたと聞いていた為、その上での言葉であれば平静を装うのは無理な話だった。シャルマントは一体何をこの精霊に言ったのかフィエルテは混乱する。

 精霊はまさかこんな言葉で照れるとは思わず、赤くなったフィエルテに驚いた。それと同時に本当に王子の気持ちが分かったような気がした。


『ねぇねぇ。王子やめておいらに乗り換える気、ない?』

「は?」

『おいら、人間の姿になれればそれなりにカッコいいと思うんだよね。どう?』

「何言ってるの……?」


 光はふよふよとフィエルテを惑わすようにフィエルテの周りを回る。


『ねえ、どうかな? ねぇ──』


 ばんっ!


「精霊殿」


 勢い良くドアが開き、そこには笑顔が貼りついたシャルマントが立っていた。


「そろそろよろしいか?」

『お、おう。……あはは、そうだね。時間だね! じゃ、じゃあ明日は派手に行こうか!!』


 後半は逃げるように早口で言うと、光はガラスの靴へ飛び込んでいった。


「……シャルマント精霊に何言ったの」


 部屋から出て行き、廊下を歩いているとフィエルテが唐突に聞く。

 シャルマントは精霊と初めて話したときのことを思い出した。


「それは、明日ちゃんと言おう」


 シャルマントはにこりと笑った。しかし、はぐらかされたことが気に食わないフィエルテはシャルマントを小突くのであった。




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