弱気な君はあと何回見られるのだろうか
荒ぶっていたからか、泣き疲れたのか、フィエルテは寝息をたてながらすやすやと眠っている。涙の跡に優しく手を触れるとくすぐったそうに顔を手から背けた。
クスッと笑って、布団を優しく掛け、部屋を出て行く。
「あの子大丈夫でしたか?」
「ええ、今は眠っています。……突然お邪魔してしまい申し訳ありません。今日フィエルテが荒れていたのも私のせいです」
フィエルテに良く似た彼女の母親の姿に、まだ慣れないシャルマントは言葉をゆっくりと紡ぎ出す。その言葉を聞くとフィエルテの母親は柔らかく笑った。
柔らかく微笑む姿も勿論、シャルマントは慣れていない。
「イストワールの王子様に謝られたり、娘が振り回したり。本来ならこちらが謝罪すべきですわ」
「とんでもない。私がフィエルテに振り回されるのは別に……」
「ふふふ。あの子には勿体ないわね」
フィエルテの母親はシャルマントに腰掛けるよう促し、いい香りの紅茶を出した。
フィエルテの母親はそのまま自分もシャルマントの向かい側に座る。
「ガラスの靴は、あの娘の足には小さいのかしら」
視線を落とし、そう尋ねたフィエルテの母親にシャルマントは胸が痛くなるのを感じる。息が詰まり、その問いかけに答えたく無いと、現実を口にしまいとしていた。
それに、フィエルテの母親に告げてしまっては紛れもない真実になりそうで、シャルマントは言い出せないでいる。いくらあらがっても仕方のないことだと思っているのだが、先程のフィエルテを見て、益々シャルマントは言いたくなかった。
「……それは」
「シャルマント王子。娘によくしてくれた事感謝するわ。もし、靴にあの子が選ばれなかったら、他の方と幸せになって」
シャルマントはその言葉に悲しみや怒りのような感情を抱いた。どうしてそのような残酷な事を言うのかと、シャルマントはフィエルテの母親を見つめる。
しかし、彼の目に映るのは苦しげな彼女の母親だった。
「こんな時ばかりはこの国の美しき物語を恨んでしまいそうになるわね」
「……そうですね」
窓の外を見つめるフィエルテの母親を見て、シャルマントはそんな事しか言えなかった。
「忘れないでくださいね、先ほどの言葉。もしもの時はそうする他無いのです」
「忘れていい」
いつの間に起きてきたのだろうか、フィエルテはシャルマントに後ろに佇んでいた。部屋に響くいつもより低い声は女性より、男性の声に近い。フィエルテは2人を睨むように見ていた。
驚いた2人はフィエルテを大きく見開かれた瞳で捉える。
「フィエルテ……!」
「私は嫌。だったら、この足削ってやる……!」
「ちょ、待って、落ち着いて! フィエルテ!」
フィエルテは台所へとずかずか歩き包丁を取り出す。その姿に慌てたシャルマントと彼女の母親が取り押さえに駆け寄る。
「意味ないもの、こんな大きかったら、いらない! 靴がその時入りさえすればいいの! だから、歩けなくたって!」
フィエルテは半狂乱になって包丁を掴む。シャルマントと母親はこのまま放っておけば本当にやりかねないと思った。
「離しなさい!」
「君が包丁を離せ! 頼む、
自分を傷つけるのは駄目だ!」
「フィエルテ、だめ、お母さんは許しませんよ」
シャルマントが無理やり彼女の手から包丁を奪い取ると彼女はシャルマントを睨んだ。
「なにが……」
「フィ、フィーテ……?」
「納得してんじゃないわよ! 悔しくないの!? 私は絶対に諦めたくない。私はシャルマントとの未来を諦めない。何よ、何で未来をガラスの靴に託さなきゃいけないのよ! 腰抜けか! 自分の伴侶ぐらい自分で責任持てや!」
母親に抑えられているので、まだいいが手を離せばシャルマントに掴みかかりそうな勢いだ。
「私はシャルマントのお嫁さんになるの。それを邪魔するなら、古だか、伝説だかなんだかのガラスの靴なんてぶっ壊せばいいのよ!」
ここまでフィエルテは一気に話すと息を荒くしながら、床にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ……」
「フィーテ……。俺だって君と一緒がいい。君の事を愛し──」
「そうよ!」
シャルマントの言葉を遮り、フィエルテは目を輝かせて顔を上げた。
「ガラスの靴なんて、壊せばいいじゃない」
この言葉にシャルマントと彼女の母親はしばらくフリーズした。