腕を引かれて、そして、惹かれて~3~
フィエルテは今日もシャルマントを待っていた。
待ち合わせ時間は12時。時計の針が重なるときで、場所は噴水の近くのベンチ。確認しなくても2人の中で変わることのない約束である。
「フィーテ!」
「シャルマント!」
手を振りながら走ってきたシャルマントを見つけると、フィエルテはベンチから降り、手を振り返す。
「最近やっとなれてきたんだ」
「最初は夕方になっても来ないから嘘かと思ったわ」
迷子のシャルマントを送り届け、その際の約束を守り、フィエルテはずっと噴水のベンチで待っていた。しかし、フィエルテが待てどもシャルマントは姿を見せない。日も暮れ始め、帰ろうかと思ったところにシャルマントはようやく現れたのだ。
理由はもちろん、迷子。さすがに一度来ただけでは覚えることが出来ず、迷ったのだ。途中までスィーヴルに送ってもらえばいいのにとフィエルテは思うのだが、それはシャルマントのプライドが許さないらしい。
「3年も経てばなれるのは当然よ」
「……うっ。それはそうだが」
「はいはい。王子なんだから言い訳はみっともないわ」
フィエルテは黙るシャルマントを見てニヤリと笑う。シャルマントは言い返そうとするが、言葉がでず、頭を抱えた。
フィエルテは上機嫌でシャルマントの右手を取り、その手を引く。
「さ、今日は岩山を登るわよー!」
「フィーテ、君本当に好きだね……」
「お城にいる王子さまには難しいかしら?」
シャルマントが呆れるように言う。それに対抗してフィエルテは挑戦的な目でシャルマントを見た。そんなことを言われるとシャルマントも黙っているわけには行かない。
「僕は王子だ。それぐらい出来ないでこの国は守れな──」
「うん、じゃあ行くよ」
まんまとフィエルテにのせられ、シャルマントは岩山に行くことになった。
初めのうちは街を歩き回ることが多かったが、活発なフィエルテはだんだんと飽きてしまったようで、街の外にもシャルマントを連れて行くようになった。そして、少々危ない遊びをしていたのだ。2人とも大きな怪我をしたことはないが、小さな傷や服を汚して帰ってくるのはよくあることだった。
「やっぱり今日も私の勝ちかしら」
ゴツゴツした岩山をフィエルテはひょいひょいと登っていく。シャルマントは悔しく思いながら、呆れたように見ていた。
「楽勝、楽勝。情けないぞ、シャルマント!」
呆れていたが、やはり悔しいものは悔しいらしいとシャルマントは気が付く。
「……っ!」
シャルマントは力を入れ、岩の上に立ち上がると、フィエルテをまねて飛んでいく。フィエルテもシャルマントに抜かれまいと岩を蹴った。しかし、どんどん差は詰まっていき、フィエルテはシャルマントに追い抜かれる。今まで競ってきたがそんなことはなかった為、フィエルテは驚いた。
シャルマントは悔しさをバネにどんどん進んでいく。気が付いて振り向くと、息を切らしながら登ってこようとするフィエルテの姿が後ろに見えた。
「フィーテ、僕の勝ちだね」
シャルマントは得意げになって言う。フィエルテはむっとして力を振り絞り、シャルマントを追い抜こうとした。
「っ……きゃぁあ!!」
しかし、すでに体力の限界が近かったフィエルテは岩を掴み損ねてしまう。身体はふわりと宙に浮き、浮遊する感覚にフィエルテは恐怖した。
「フィーテ!!」
フィエルテは次に訪れるであろう衝撃に目をつむったが、それはいつまで経ってもやってこなかった。恐る恐るフィエルテが目を開けると、シャルマントがフィエルテの左手をしっかり掴んでいたのだ。
「フィーテ、僕の手を、握って。引っ張り、上げる!」
フィエルテはシャルマントの右手を握る。シャルマントはそれを合図にフィエルテを引っ張り上げた。引かれた力がフィエルテの思うよりも強く、驚いてシャルマントを見つめる。額に汗をかきながら、引き上げたシャルマントにフィエルテは心の中がざわついた。
フィエルテを引き上げ、2人とも安定するところに来るとへなへなと座り込んだ。岩山を飛び回り、心臓に悪い出来事の後だっただけにそれは仕方のないことだった。
「フィーテ、やっぱり、危ないよ。だって君は女の子じゃないか」
息を整えたシャルマントは俯いたままのフィエルテに言う。
「一歩間違っていたら死んでしまうよ。今日は僕も悪かったけど、これからこういうのはやめよう。ね?」
同意を求めるように言うとフィエルテはこくりと首を縦に振った。
「……帰ろう、フィーテ」
立ち上がったシャルマントはフィエルテに右手を差し出した。フィエルテは一瞬手を取ることを躊躇い、そのまま手を取ることなく立ち上がる。
帰り道、何故かおとなしいフィエルテをシャルマントは心配した。もしかすると怖くて何も言えないのか、ともシャルマントは思うが、実際のところは全く分からない。
「……シャルマント。今日はごめん。ありがとう」
「フィーテ、大丈夫? 家まで送ろうか?」
「い、いい」
シャルマントが顔をのぞき込んでくるとフィエルテはなぜだか鼓動が早くなるのに気が付いた。だからフィエルテは一歩下がり距離をとる。顔が熱くなり、赤くなっているであろう表情を見られるのが嫌だった。
フィエルテは何故急にこうなるのかわけが分からない。
「本当に……?」
「大丈夫。じゃあ、また」
何故か逃げるように去っていったフィエルテの背が見えなくなるまで、シャルマントはそこに立ち尽くしていた。
それからというもの何故か少し違和感のある態度がフィエルテに現れる。シャルマントはその理由に気がつけぬまま、時を過ごすのであった。
そして、フィエルテは自分の心の変化を感じるようになった。




