一日目・昼
朝、六時きっちりに、カチリと部屋の鍵が回る音がして、開錠されたのが分かった。
要は、試しに時間外にドアノブを回してみたのだが、ガチンと何かが引っかかる音がして、全く開く様子もなかったのを確認していた。つまりは、出てはいけないのではなく、出られない、閉じ込められると言うことだった。
明け方には目が覚めて、鍵が開くのを待っていた要は、開錠された音と共にすぐに外へと足を踏み出した。
すると、同じように同時に部屋を出て来た者達と、目が合った。ドアを開くまで全く廊下の音が聴こえなかったので要はびっくりした。他の者達も、同じように驚いたようで、要を見て真司が歩み寄って来た。
「要くん、おはよう。」
要は、軽く会釈を返した。
「要でいいです。真司さん、これもしかして防音設備がしっかりしてますか?」
真司が答えるより先に、後ろから出て来た彰が言った。
「昨夜廊下の気配とか、隣りの部屋の物音とか聴こえないかと壁に耳を押し付けて聞いてみたが、何も聞こえなかった。だから、部屋に居たらもう何も外で起こっていることが聴こえないってことだ。」
みんな続々と出て来て、不安そうな顔をしている。料理長の、田畑が歩いて来て、言った。
「朝食を作りますよ。食材が驚くほどあったので、発注ミスかと思ってたんだが、恐らくこれを見越して乗せてたんだろう。食堂へ上がって待っていてくれ。」
要は、先に竹田裕則と一緒に食堂へと上がって行く背を見送りながら、言った。
「…ということは、これは計画的な犯行ってことか。」
彰が、軽く笑って要の肩をぽんと叩いた。
「計画してないとこんな大層なことは出来ないだろうな。さ、とにかく腹が減っては何も出来ない。食堂へ上がって、朝食を待ちながら話そう。集まって何かするなら、食堂が一番くつろげるだろう。昨日のあの応接間には、はっきり言ってまだ入りたくないな。」
要は、頷いた。確かに、あの部屋にはいい感情はない。どうせ夕方の投票の時には行かなければいけないのなら、今は食堂へ行きたかった。
「はい。オレも、話し合うなら食堂でした方がいいと思います。どうせ投票の時は、行かなきゃならないし。」
彰は、そのまま彰の肩に手を乗せて、一緒に歩き出した。
「君は礼儀正しいな。頭も良さそうだ。話ごたえのある子が居て良かったよ。じゃあ行こう。」
要は、彰の笑顔の影に、何か冷たいものがあるような気がした。ただ、彰は何か、自分と同じような匂いがする。要が考える筋に沿って、同じように先に考えていて同じことを言う。つまりは、思考の動きが同じで、こんな僅かな間に信じてしまいそうになった。
だが、要は心の中で釘を刺した。確かな証拠がないのに、信じてしまうのは危険。むしろ、自分と同じように考える男が、もしも敵陣営だったら手ごわい事になる。
なので、要は彰に笑いかけて話しながらも、心の中では誰も信用していなかった。同じ共有の、真紀以外は。
食堂は、綺麗に片付けられていた。恐らく、昨日の夜時間の間に誰かが片付けたのだろう。
昨日はなかったソファなども運び込まれてあり、食堂というより居間のような感じになっている。ここで、日中過ごすのは向こうも予想の範囲らしい。
それにしても、こうして準備されているということは、この船にそれなりの人数が乗っていて、どこかに潜んでいるということだ。
考えられるのは、入ってはいけない階下の方だと思われたが、そこには行こうにも行くルートが作られていなかったので、床でも破って行くより他、方法は無さそうだった。
だが、そんなことをしたら間違いなく殺されるので、誰もそうしようとは思わなかった。
料理を終えた田畑が、あちらから声を掛けた。
「飯が出来たぞ。みんなもう客じゃないんだから、各自取りに来てくれ。」
そう言われて、皆がぞろぞろとキッチンの方へと向かう。しかし、青い顔をしている給仕スタッフの文香は、動こうとしなかった。
要が、それに気付いて言った。
「どうしたの?ええっと…文香さん、だっけ。」
要は、昨日前に貼り出された名前と番号一覧をちらと見てから、言った。文香は、見るからに具合が悪そうだったが、言った。
「私、食欲がないからいいわ。」
向こうから、自分のトレーを持って戻って来ていた真司と博正が足を止めた。
「なんだ、食わないのか?」
要は、首を振った。
「ううん、オレは食べるけど、文香さんが具合悪そうだから。」
博正は、少し文香に近付いて言った。
「食っといた方がいいぞ。バテたら狼の思うつぼだろうが。それともお前、人外か。」
文香は、ますます顔色を悪くして、何度も首を振った。
「そんな!私は村人よ!」
博正は、それを探るようにじっと見ていた。同じぐらいの年恰好なのだが、結構な威圧感がある。そして、博正は言った。
「…だったら、食っとけ。言っとくが、他と違う動きをしたら、オレだけじゃなくみんなに疑われるぞ。村人だったら、怪しい行動はやめろ。間違って吊っちまうだろうが。」
そうして、さっさと椅子の方へと歩いて行った。真司が、そんな博正の背中を見てから、文香を見た。
「すまないな。あいつは普段はあんな風じゃないんだが、この状況だからピリピリしてるんだ。だが、言ってることは間違ってない。今は、疑われるようなことは避けた方がいい。それに、食べて力をつけておいた方がいい。ちょっとでもいいから、何か食べておけ。」
真司は、博正を居って席へと向かった。要は、文香を促した。
「さ、行こう。」
そうして、要もおいしそうなスープとパン、スクランブルエッグとベーコンを持って、自分も席について食事を摂った。
まるでお通夜のように静かな食事は終わり、田畑と裕則がさっさと慣れた手つきで自動食洗器へ食器を入れた後、まるで決められたかのように、皆でソファへと座った。
文香はまだ青い顔をしていたが、それでも食事をする前よりは顔色はよくなっている。皆を見回した彰は、身を乗り出して口を開いた。
「さて、みんな役職を知っているだろう。人狼は自分が人狼だなどと言わないだろうが、村役職がある。昨日、狼の襲撃は無かったが、占い師の占いはあったはず。今日はこの中から一人、吊対象を決める必要があるんだ。情報を持っている者が居るなら、疑いを掛けられない間に出て来た方がいいんじゃないかと私は思うんだが。」
皆が、顔を見合わせる。自分の役職をカミングアウトするということは、それだけ狼に襲撃される可能性が上がるということだ。特に占い師などは、襲撃される可能性が高かった。しかも、狩人一人に対して占い師は二人居るのだ。一人が守られ、一人は守られない可能性もある。
博正が、身を乗り出した。
「急に言っても出づらいだろうから、オレと真司がみんなの関係性をメモってるんだ。ちょっと教えてもらっていいか?」と、貼り出してあった名前一覧を持って来た。「じゃあ、オレ達のことから言うか。オレと真司は、当選して来た同じ大学の友達だ。知ってるところで、圭一さんと雅江さんは夫婦だよね。で、後は従業員の…」
田畑が、軽く手を上げた。
「オレが料理長の田畑で、こいつが助手の竹田裕則。裕則って呼んでやってくれ。」
彰が、言った。
「私が給仕など従業員を統率する責任者だ。そっちの子たちは大学生のアルバイトで、このイベントのために本社が雇ったから昨日初めて顔を見た。ええっと、増田亜希子さん、成田真澄さん、柏原文香さん。関係性というなら、そういう感じだ。」
博正は、それを丁寧に紙に書き出して行った。
「で、そっちの若い子は?」
要は、自分の方を見ているので、言った。
「オレは要。高校三年生。姉ちゃんが昨日殺された洋子、姉ちゃんの友達の倫子と三人でここに来たんだ。」
博正は、頷いた。
「じゃ、次。そっちの女の子は?」
振られた、真紀が弾かれたように顔を上げた。
「え、ええっと、私は大学の友達とここへ来ました。昨日殺された由美に誘われて、そっちの芽衣と一緒にここに。」
博正は、ふんふんと頷いてさっさと紙に書き記して行っている。じっと黙っていた、若いがっつりした男が言った。
「オレは、榊啓太。大学の友達同士でここへ来た。そっちの、本田昭弘と、隣りの矢田賢治と一緒に。」
身長は啓太と同じぐらいの、体は細っこい男が軽く手を上げて博正に合図する。その隣りにいる中肉中背の男も会釈した。博正は、それも書き記した。
「よし。で、これで最後か?」
「私。」端に座っていた、30代ぐらいの女性が手を上げた。「谷口留美子よ。当選したけど、友達はみんな予定が合わなくてもったいないから私一人で来たの。」
博正は、それもまた紙に書き記して行った。
「これで、二十人だな。で、二人居なくなったから、今居るのは18人。役職を絞るようですまないが、オレもいろいろ考えてるんでいうぞ。昨日の立原洋子さんは、カードを見た橋口由美さんが口にした言葉から村人だった。彼女は役職持ちじゃなかったってことだ。だが、もう一人、橋口さんの役職は分からない。もしかして人狼だったり妖狐だったりしたらラッキーだが、そんなことはないだろうけど、それでも占い師とか霊能者だって可能性もないわけじゃない。役職が最初から欠けている可能性もあると思って話し合って行った方がいいだろうな。」
すると圭一が口を挟んだ。
「待て。」皆が、一斉に圭一を見る。圭一は言った。「君が仕切るのはおかしいだろう。ここに居るのはみんなグレー、つまりは人狼か村人か妖狐か分からない者達ばかりだ。だが、唯一村人だとわかっている役職が居るはずだ。そいつらが、村を仕切ることをオレは提案する。」
博正は、肩をすくめた。
「まあオレは村人だって自分ではわかってるけど、確かにその通りだな。つまり、あなたは共有者を出すべきだと言ってるんだな?本人の意思に任せるんじゃなく。」
圭一は、断固とした顔で頷いた。
「確かに襲撃の心配もあるかもしれない。だが、オレは確実に信用出来る者達に場を仕切ってもらいたいんだ。」
彰が、横から言った。
「もっともな意見だ。じゃあ、共有者は居るか。別に、出たく無ければ出なくてもいい。命が懸かってるからな。もしこの圭一が人狼だったら、それを狙ってるのかもしれないし。」
圭一は、顔を赤くした。だが、昨日のように叫び出したりはしなかった。
「…言ってればいい。オレは、誰も信用しないと決めたんだ。」
要は、それをじっと観察していた。今のところ、怪しいと思うような行動をしている人は居ない。積極的に場を動かして人狼を探そうとしているのは、博正と真司、彰のように見えた。だが、人狼であってもそんな風に装うこともあるし、村の役職持ちを探してあぶり出そうとしていることも考えられる。
要は、圭一を見た。圭一は、どうも昨日から感情的になっている。恐怖からこうなっているのかもしれないが、人狼を引いてしまってテンパっているとも考えられる。どうするか…。
要は、考えながら、何かこの光景に覚えがあるような気がしてならなかった。そうどこかの、島だったような気がする。同じように、知らない人達で集まって、そうして自分は共有者だったような…。
要は、そんな夢も見たかもしれない、と首を振ってから、姿勢を正してスッと手を上げた。
「オレです。オレが共有者です。相方は潜伏させます。」
皆の視線が、一斉に要に向けられた。