人狼ゲーム
「どういうことだ?!」
圭一が、その画面に向かって怒鳴る。だが、画面には何も映らず、同じ声だけが流された。
「ようこそ、これから、ゲーム内容をお知らせ致します。応接室の方へお移りください。」
じっと黙っていた由美という大学生の女が、友達らしい真紀と寄り添いながら言った。
「でも…ゲームだって言うんなら、とにかく応接室の方へ行った方がいいんじゃない…?」
じっと黙って聞いていた、真司という二十代後半らしい男が立ち上がった。
「そうだ。このままでは先へ進めない。とにかく、応接室とやらへ行こう。」
彰が、頷いて皆を先導した。
「こちらだ。行こう。」
そうして、彰に続いて皆は、バラバラと階下にあるという応接室へと向かったのだった。
そこは、広さは食堂と変わらなかった。
だが、真ん中に大きな楕円形のテーブルが一つあり、その回りにたくさんの椅子が配置されているという、変わった造りになっていた。
モニターが、天上から四方に一つずつ合計四つ着いている。
床は、絨毯敷になっているのに、なぜかテーブルの回りだけ絨毯が無い状態で、下の金属がむき出しだった。
全員がそこへ入ると、全てのモニターがパッと着いて、青い画面になった。そして、さっき食堂で聞いたのと、同じ声が言った。
「それでは、皆さまは腕輪の番号と同じ椅子へとお座りください。ゲームの説明を始めます。」
皆、顔を見合わせる。だが、最初に入った真司と彰が頷き合って、さっさと椅子の番号を確かめて座りに行ったので、皆も仕方なくそれに従って、自分の番号を探して椅子へと腰かけた。
その椅子は、狭いのに肘掛があって、冷たい床に作り付けられた座りにくい椅子だった。座ってみるときっちり20あり、全員がテーブルを前に向かい合うような形になる。
そして、四方にあるのでどの位置からでもモニターが見えた。
それが見えているかのように、というか、見えているのだろう。声が説明を始めた。
「これから、皆さまに、人狼ゲームをして頂きます。役職の配役は皆様がお休みの間にそれぞれの洋服のどちらかにカードを入れさせて頂きました。」
それを聞いた一同は、びっくりしたように急いで自分の体をあっちこっちまさぐった。要も、覚えのあるような不安感を押さえながら、冗談ではないかという思いも半分、だが、これは間違いなく冗談ではないのだという確信に似た思いが半分で、自分の上着のポケットをまさぐった。
すると、胸ポケットから、真っ黒な背景に赤い人狼のシルエットが描かれた、カードが一枚出て来た。回りを気にしながらそっと裏を見てみると、そこには明るい絵柄で、「共有者」と書かれていた。そして、その下には、同じ共有者の名前…「田村真紀」と手書きの文字で書かれてあった。それを見て顔を上げると、真紀も不安げに要の顔を見ている。
…きっと、あっちにもオレの名前が書いてあるんだ。
要は、思ってそっとそれをまた胸ポケットにしまった。すると、隣りの洋子が叫んだ。
「なに?!これ!」洋子は、半狂乱だった。「やめてよ!帰りたいのよ!こんな…こんなゲーム、したくない!」
斜め向かいに座っていた倫子が、慌てて言う。
「洋子!落ち着いて、とにかく話を聞かなきゃ!カードを仕舞って!」
だが、洋子はどうしたのかパニック状態で、カードを手に持って振り回しながら叫び続けた。
「嫌なのよ!こんな…怖くて怖くて仕方がないの!やめて!私はゲームなんかしないわ!」
しかし、声はそんなことが起こっていないかのように、冷静な声で続けた。
「それが、皆さんの役職になります。カードは、他の人に見られても、見ても追放の対象となりますので、厳重に保管して他の人の目につかないように気を付けてください。」
皆はサッと青い顔をして、自分のカードをそれぞれに仕舞った。しかし、洋子は立ち上がってモニター画面へと歩きながらまだ叫んでいた。
「うるさい!私はそんなの絶対に守らないから!私は…私はゲームになんか参加しない!」
そう言って、テーブルの上にカードを放り投げた。
するとカードは上向きになって、綺麗に磨き上げられたテーブルの上を滑って行く。要は咄嗟に顔を背けて、それを見ないようにしながら、叫んだ。
「姉ちゃん!落ち着けって、見られても見ても駄目なんだ、みんなの迷惑になる!」
それを聞いた者達も、必死に顔を伏せたり目を閉じたりして、カードを見ないようにした。
だが、そのカードが滑って行って止まった先に座っていた橋口由美は、自分の目の前に滑って来たカードを見てしまい、そんな自分に驚いたような顔をしたかと思うと、慌ててカードをひっくり返して、その上を両手で押さえた。そうすれば、見なかったことになるのではないかといった風情だ。
「…村人?」
そう言ったかと思うと、由美はガックリとまるで壊れた人形のように前のテーブルへと突っ伏した。それと同時に、立ち上がっていた洋子もぐらりと倒れて、後ろの椅子へとガクンと座るように倒れた。
「きゃあああああ!」
悲鳴が上がる。もはや誰が声を上げたのかもわからない。要は、二つ向こうの洋子の椅子へと走って、洋子の肩を掴んだ。
「姉ちゃん!姉ちゃん、しっかりしてくれ!」
向こう側では、隣りに座っていたコック姿の田畑雄二と、反対側の隣りの彰が、顔を覗き込んでいる。そして、彰は由美の脈を探って、険しい顔をした。
「…死んでる。」
離れた位置に座っていた、田中芽衣が両手で顔を押さえて、叫んだ。
「そんな!由美!由美…!」
立ち上がることも出来ないようで、足をガクガクと震わせて、友達の元へ駆け寄ることも出来ないらしい。どうやら、一緒に来た仲間のようで、最初から一緒に居たのをみんなが見ていた。同じように、一緒に居た田村真紀が、涙を流して由美に取りすがった。
「何が起こってるの…?!私達は、ディナークルーズに来ただけなのに!」
要は、必死に洋子を抱き寄せた。
「姉ちゃん…!姉ちゃん、なんでこんなことに…!」
倫子が、要に駆け寄って目を潤ませてその背を撫でた。
「要…とにかく、パニックになっている場合じゃないわ。どうしてこうなったのか、あなたの命を守るためにも、話を聞かないと。」
要は、涙を流しながら倫子を見た。
「倫子…。」
倫子は、頷いた。
「洋子のことは、後できちんと寝かせてあげましょう。今は、生きている私達のことよ。さあ、椅子に戻って。」
要は、まだついているモニターを見上げた。そして、頷くと上着を倫子に掛けて、何も映していない瞳が、これ以上人目に晒されないようにと隠した。
こちら側の真紀も、由美に自分の上着をかけて、テーブルに突っ伏している頭を隠した。それを待っていたように、女声が無表情に言った。
「№12と№20はルール違反により、追放されました。それでは、ゲームの説明を続けます。」
追放…。
急に、物になってしまった二人の体をなるべく見ないように、皆は体を固くして椅子の上に縮こまった。どうやったのか分からないが、この声の主か、それともどこかでこのゲームを観ている者は、手を触れずに自分達を始末する方法を持っているらしい。
声は、シンと静まり返った応接室の中に響き渡った。
「役職の内訳を説明致します。この中には、人狼4人、狂信者1人という狼陣営と、占い師2人、霊能者2人、狩人1人、共有者2人、村人6人という村人陣営、そして、妖狐2人の妖狐陣営の3つの陣営の人達に分かれております。ただいまのルール違反により、2人が脱落しましたので役職が欠けている場合もございます。占い師は本日夜の占い有り、人狼の襲撃は本日はありません。明日から、夕方6時にこのテーブルの自分の番号に座って、疑わしいと思われる人物一人に、投票してください。投票は腕輪から行います。選ばれた1名は、追放となります。そして、夜行動の時間が午後9時から11時。この間なら、他の人達との通信も可能です。決して午後9時以降は部屋から出ないようにしてください。人狼のみ、午前0時から4時まで部屋の外へ出ることが許されます。午前4時から6時までは、誰も部屋から出ることが出来ません。6時になると、部屋のロックが解除され、外へ出ることが出来ます。以上のことを守られない場合、追放となります。」
皆、黙ってただどこか1点を見つめて聞いている。声はお構いなく続けた。
「人狼は、夜の活動許可時間に部屋の外へ出て、誰か一人を襲撃することが出来ます。そして、狂信者に腕輪の機能を使って指示を出すことが出来ます。腕輪の機能については、後でご説明致します。」
要は、涙に濡れたままの目を上げた。この中に人狼が居る。もしかしたら、本当に殺されるかもしれない。真剣に、探さなければ。
だが、誰一人としてピクリとも動かなかった。
声が、先を続けた。
「妖狐は、人狼の襲撃を受けることはありませんが、占い師に占われると追放になります。そして、その場合占い師の結果は人狼ではない、と表示されます。占い師は、夜の行動時間に誰か一人を選んで占うことが出来ます。占い方法は、各占い師の部屋に詳しく説明されております。霊能者は、前の日の夕方処刑された人物が、人狼かそうでないかと知らされます。狩人は、毎夜自分以外の誰かを一人、守ることが出来ます。同じ人を連続で守ることは可能です。村人は、何の能力も持ちません。議論を聞いて、適切な判断をしてください。」
それを聞いて、隣りの若いコックの裕則が呟くように言った。
「適切な判断ってなんだよ…。」
要は、目を細めてそちらをちらと目だけで見た。確かに、村人ならそう思うだろう。何も分からず、どこかに居る本当の占い師を見極めて頼るより判断のしようがないのだ。
女声は続けた。
「続きまして、腕輪の機能についてです。これをご覧ください。」
そこで、4つのモニターに一斉にパッと映像が現れた。皆が腕に着けられている腕輪と、同じ物が表示されている。声が続けた。
「腕輪は、通信、投票の際に使われる大事なツールです。通信したい場合は、相手の番号を入れ、通信ボタンを押して頂くと、相手に繋がります。切る時は、同じボタンを押すことで通信が途切れます。また、着信した場合は、通信ボタンを押すことで受信することが出来ます。切る時は、同様に通信ボタンを押してください。」
画像には、数字キーと通信ボタンを示す矢印が出ている。皆がそれを見て、自分の腕輪と見比べている。これは、命に関わると判断したらしく、皆必死で、真剣だった。
「次に、投票の仕方です。」皆の肩がギクリと動いた。声は続けた。「投票したい相手の番号を入れ、最後に、0(ゼロ)を3回入力してください。投票が完了しましたら、腕輪からそのようにアナウンスが流れます。午後6時の前になりますとカウントダウンが始まり、6時ぴったりに投票が締め切られます。遅れた場合、また自分の席についていない場合、追放となります。」
裕則が、おずおずと言った。
「あの、部屋ってどこですか。」
すると、驚いたことに声が応えた。
「部屋は、これからご案内致します。必ず自分の番号の部屋に入るようにしてください。別の人の部屋に入って休んだりした場合、追放となります。」
給仕スタッフの文香が、控えめに言った。
「友達同士でも、一緒に寝ては駄目ですか。」
それにも、声は答えた。
「友達、ご夫婦同士でも、同室は認められません。夜時間が始まった時、各自の部屋へ戻って居ない場合は、追放となります。」
要は、なんとなくホッとした。声が応えたことで、全くの機械的なゲームでもないと分かったからだ。だが、自分の姉ともう一人が死んでしまったのも事実。
気を抜いてはいけない、と、要は気を引き締めた。
すると、モニターに出ていた画面がスッと消えた。
「ご説明は以上です。ゲーム終了時に勝利陣営のかたは戻って来ることが出来ます。詳しい説明は、お部屋の案内パンフレットをご覧ください。それでは、この応接室の隣りから繋がる客室の方へと移動して頂きます。基本的に船のどの場所へ入って頂いても構いませんが、この階以下には入れなくなっております。入ろうとなさっても無理ですが、入ろうとしただけで追放になりますのでご注意ください。それでは、また明日の投票時間にお会いしましょう。」
声は、そこでぷっつりと切れた。