六日目
朝の儀式は、静かに進んだ。
6時の開錠、廊下での点呼、居ない人の確認。
思った通り、真紀はベッドで眠った状態で見つかった。もちろん、首には深い傷があり、出血も多く、もはや呼吸も心拍も感じ取れなかった。
要は、その真紀を丁寧に新しいシーツでくるみ、そっとその部屋を後にした。昨日散々話したのだ…真紀は、死んだのではない。眠って、勝って帰るのを待っているのだ。
恒例の、食堂で集まっての報告では、彰が啓太に黒を出した。皆の表情は変わらなかったが、田畑は複雑な顔をした。そして、要は次に、賢治を見た。
「霊能結果をお願いします。」
賢治は、戸惑うような顔をした。そして、言いにくそうに言った。
「あの…みんな、昭弘を黒だと言っていただろう。だが、昭弘は黒じゃなかった。白、人狼ではない、と表示されたんだ。みんなが疑うのは分かる。でも、そう出た。だから、オレは彰さんの言っていることが本当だと思う。」
真司と博正が、スッと眉を寄せる。倫子が、分かっていたという風に言った。
「そう言うだろうと思ったわ。やっぱり、あなたは人狼か狂信者だったのね。あんな不自然な行動をする真狩人が、どこに居るのよ。そんな結果を出したら、あなたまで疑われるのがわかってるのに、どうしてそんなウソをつくの?もしかして、吊られようと思ってるの?…あなたが狂信者で、彰さんが、人狼?」
賢治は、何度も首を振った。
「違う!どうして嘘をつく必要があるんだ!オレは真霊能者だ。嘘をついてるのは君だろう!それに、そもそも啓太が真狩人ならどうして昨日噛まれなかったんだよ!」
「彰さんが黒出ししたいからに決まってるじゃないの!かわいそうに、共有者はその代わりに昨日犠牲になったのよ!」
「うるさい!」要が、急に怒鳴った。びっくりした倫子は、口をつぐんで要を見た。要は、倫子をにらみつけていた。「かわいそうにだって?!倫子、お前が言うな!」
その剣幕に、賢治も驚いている。倫子は、居心地悪げに要から目を反らした。
「あなたは…私を信じてないのね。いいわ、後で分かることだから。」
博正が、息をついて言った。
「とにかく、今日の吊りはまた夕方にでも決めようや。早めに集まって…ああ5時ぐらいでどうだ?」
要は、黙って頷いた。博正は、頷き返した。
「よし。じゃあそれで。それまで、みんな自分の意見をしっかりまとめて来よう。オレもそうするよ。」
たった8人になってしまったみんなは、それぞれ思い思いに、食堂を後にしたのだった。
夕方まで、することが無い。皆を説得しようにも、自分ひとりではどうしようもなかった。要は共有者だが、彰寄りだと誰もが知っている。だからこそ、真剣に話を聞いてはくれなかった。ただ、田畑だけは、ぽつりとこんなことを言った。
「…彰さんは、料理馬鹿なオレを拾ってくれた恩人だ。どこでも続かないから、お前はあっちこっち旅する料理人になればいいだろうと言って、船とか鉄道とか、単発で出掛ける料理人として雇ってくれた。オレは料理は出来るが、長く集中出来ないし毎日店に出るような仕事は出来ないんだ。そんな厄介なオレに、仕事をくれたから、あの人が本当はそんなに酷い人でもないのは知っている。もちろん、いろいろヤバイことをしてるんじゃないかって話も聞くが、それでもなあ。信じていいかもと、ちょっと思ってるんだ。」
やっぱり、彰さんは根っからの悪者じゃない。
要は、そう思った。だからこそ、何とかして真司と博正と話がしたかったが、自分では説得は無理だった。やはり、彰が話してくれないことには、あの二人には響かないのだ。
要は、どうにかして彰に、話す気になってもらえないかと、考えながらかなり早い時間にも関わらず、応接室へとやって来た。
すると、そこには先に、彰が来て一人、窓際で座っていた。
「…早いな、要。」
彰は、そう言って薄っすらと笑った。要は、彰を見て少し、泣きそうになった…彰が、純と同じだとしたら、皆に誤解されたままなのが、とても悲しいことのような気がしたのだ。
彰は、黙って立ち尽している要を見て、苦笑した。
「どうした?こちらへ来ないのか。」
要は、ハッとして彰へと歩み寄った。彰は、要を見て言った。
「何を泣きそうな顔をしているんだ。心配しなくても、どうにでもなる。君は何も心配することはないんだ。」
要は、彰を見た。
「彰さん、博正さんと真司さんから聞きました。あの、あの二人は部下なんですね?」
彰は、軽く眉を上げたが、フッと笑った。
「あいつらが、そう?」要が頷くのを見て、彰はフッと笑った。嘲るようにも見える。「部下ではないな。あれは、私の作品だ。だからこそ、話も聞くし口も利く。普通なら、あんな話の通じない人種と話をすることなどあり得ない。どうせあれらには、私など異形の化け物に見えているだろう。わざわざ誤解を解いてやることも無い。私は、誰がどう思おうと私であるからだ。」
作品とはどういうことだろうと思ったが、要はその話し方と内容に、やっぱり自分が思っていたのは間違っていなかった、と思って身を乗り出した。
「彰さん、確かに彰さんが見ている世界と、みんなが見ている世界は違うのかもしれません。でも、ちょっとは理解出来ることもあると思うんです。面倒でも、分からせないといけない時もある。諦めずに、理解させようと努力して欲しいんです。オレには、説明してくれたでしょう。他の人にも、同じなんですよ。」
彰は、驚いたように要を見ていたが、面白そうに笑った。
「…そうだな、君が言う通りかもしれない。だが、私がこの歳になるまで、それをしなかったと思うのか?」要は、戸惑った顔をした。彰は、苦笑した。「私だっていきなりこの歳だったんじゃない。学生の時もあったのだ。小学校中学校と、それなりに回りと理解し合えるように努力した。だが、無理だった。私が一瞬で分かることも、奴らには何時間も、場合によっては何カ月もかかった。私が出した答えが、数か月後に間違いではなかったと分かった時の皆の目を想像出来るか?私は、異質なもの扱いだった。何をやっても、そうだった。頭だけなら良かったが、運動神経も人より良かった。私は誰より優秀で、教師でさえも私からの質問に怯えて私を避けた。そして、私は中学卒業を待たず、海外へ留学した。優秀だからもっと学びたかったからか?いや、ただ逃げたのだ。IQが異常に高く、政府からの援助で学ぶ金には困らなかった。親は私を持て余し、居場所を聞くことも無く、10代で私はただ、世界各国の研究機関を回った。日本人で異様に若い私は、誰にも相手にされなかった。なので、ひたすら研究ばかりをしていたよ。唯一話が出来た教授はドイツの大学の人だったが、変わり者でね。細胞を研究しているのに、自分の体がガンに侵されて行くのも、良しとして放置し、最後まで観察し続けた。最後に遺した言葉は、人はなぜ死ぬと思う?だった。細胞は意思を持っている。それを自在に操ってみたら面白いのじゃないか、とね。私はその言葉を持って、日本へと戻って来た。そして、今の組織を見つけ、資金も使い放題で好きな研究をし放題だという私にとってはこれ以上にない条件だったので、ここに落ち着いたのだ。世界にも一人しかいなかった私を理解出来る人が、この狭い島国に居るなどと思ってはいない。私は私だ。好きなようにする。表面上は合わせることが出来る…曲りなりにも世界を渡り歩いて来たからな。だが、所詮理解し合えないのだ。努力する価値もない。」
要は、彰を見上げた。この人は、やはり普通の人生を歩んで来た人ではなかった。誰よりも賢くうまれたばかりに、回りに異質な目を向けられ、いつしか回りと関わることを諦めたのだ。海外へと飛び立った時には、恐らくもう彰という人の心は閉じていたのだろう。
「でも…今、オレには話してくれました。」要は、言って潤んだ目で彰を見上げた。「オレだって、彰さんから見たら馬鹿で愚鈍でしょう。でも、見えたことを説明してくれたじゃないですか。彰さんは、一生懸命な人には応えてくれてるんです。ご自分で意識していないから分かってないだけで、圭一さんだって、彰さんのことは信じようとしていたでしょう?あなたから、歩み寄ったからじゃないですか。オレは、彰さんが心底悪いと思ってません。相手が彰さんを一生懸命知ろうとしないから、彰さんもそれに応えないだけなんです。あなたには、結構早くからいろいろな道筋が見えていたはずですよね。でも、全てを言わず、混乱しない程度のことだけオレに話してくれてました。道筋が変わって来たら、その都度こうだと教えてくれて。オレ、本当に感謝してるんです。だから、彰さんを信用したいんです。」
彰は、要の一生懸命に訴える姿に、顔を歪めた。この顔は、なぜか昔の自分を思わせる。この、他より賢く生まれて、恐らくは同じように回りから特別扱いされているだろう若い要に、こうして必死に訴えかけられると、自分の中の眠っていた自分が、応えなければと焦らせる…。
「…分かった。」彰は、言った。「仕方がない。だが、このゲームの間だけだ。誰かに必死に訴えかけるなど、エネルギーと時間の無駄でしかないからな。それでも、これに参加している以上、私も回りと折り合う必要がある。何より、負けるのは性に合わない。君のためにも、話してみよう。」
要が、ホッとして彰と共に立ち上がると、入口から、真司と博正が顔を出した。
「その必要はない。聞いてたよ。」
二人は、険しい顔をしてそこに、立った。




