五日目・昼
要は、よく考えてみると、倫子とはこのゲームが始まってから、腹を割って話していなかったと思った。
部屋で一人考えていても答えは出ない。真紀と話しても、真紀は普通の村人の考えしか出来ないようで、ただ混乱しているだけのようだった。
なので、食堂へ出て来てみると、倫子が一人、隅のテーブルついて、黙々と何かを書いていた。要は、思い切って話しかけた。
「倫子。」
倫子は、ハッとしたように顔を上げた。
「要。」と、書いていたノートから顔を上げた。「どうしたの、お腹空いた?さっき、数日ぶりに田畑さんがシチューを作ってくれてたから、キッチンに行ったらあると思うよ。」
要は、頷いて何気なくノートへ視線を落とした。
すると、そこにはびっしりと、要のノートの負けないぐらい考察が書き込まれてあった。それは、昨日今日のことではなく、初日から、村人目線で事細かに倫子が考えていたことが書き記されてあった。
「これ…倫子が?」
倫子は、苦笑した。
「ええ。ずっといろんなことをみんなと話して、書いて行ってたものなの。あなた、真司さんとか博正さんとか、彰さんとばかり話していたでしょう。偏ってしまうのは困るだろうと思って、他の人達がどんな風に考えてたのかとか、書き記していたの。あなたにも見せなきゃと思っていたんだけど、大筋あなたと同じような考えだったし、私が間違っていたところもあったから、何も言わずに来てしまったけど。」
要は、ノートの視線を落とした。博正が、皿を手にやって来て言った。
「要、お前飯まだじゃないか。あっちに田畑さんが作ってくれたのがあるぞ。」
要は、博正を見上げた。
「うん…あの、これ見て、博正。」
博正は、眉を寄せて視線を落とした。
「ああ?お前のノート…いや、違うな。倫子のか。」
知り合いでもないのに呼び捨てなのは博正のキャラなので要は気にすることもなく、座るように言った。
「ここに。どう思う?」
博正は、言われるままにそこに座って、ノートを見た。そして、ページを繰っていろいろ見てから、それを要に突き返した。
「ああ。まあよく考えてるな。」
要は、頷いた。倫子が、言った。
「あなた達は、狭い範囲でしか物を見てなかったのよ。よく考えてみて、役欠けがあった時点で、占い師が両方真って可能性も、霊能が両方真って可能性もなかったのよ。もちろん、狩人だってそうよ。私は、いろんな方向から見て考えてたわ。こうなって見て、初めて思ったんだけど、もしかしたら、彰さんは狼かもしれない。」
博正が、眉を上げた。
「あんなに堂々と出て来るってのか?」
倫子は、頷いた。
「彰さんの性格を考えてみて。あの人なら、人狼でも黙ってないと思うわ。前にガンガン出て、攻めて行くタイプだと思う。」
博正は、シチューを口に運びながら、言った。
「お前目線の人狼位置はどこだ。」
倫子は、頷いた。
「彰さんか、賢治さん。私、占いは欠けてなかったんじゃないかって思うんだ…雅江さんは、狐に見せかけられて、殺されたんじゃないかって。」
要は、首を振った。
「昭弘さんが狼だと思うなら、それはおかしいよ。だって、昭弘さんを白って出してたんだもの、雅江さんは。今日昭弘さんを吊って、明日の色が黒ならあり得ないだろう。」
倫子は何度も首を振った。
「よく考えてみて。賢治さん、霊能に出たから誰も占ってないわ。これからも占えるのは、彰さんだけ。芽衣さんは噛まれたのに、賢治さんは残ってる。その賢治さんの霊能結果って、本当に信じられると思う?もし、役欠けがあって、狐か、狼もしくは狂信者だったら…。」
要は、急に不安になった。そんなことは、考えたこともなかった。そう言われたら、確かにそうだ。狼陣営なら、黒か白かは手に取るように分かる。芽衣が生きている間は、芽衣に合わせていたのだとしたら…。
「…真実の中に紛れた偽りほど分かりづらいものはない。そう彰も言ってたな。確かに賢治のことは、オレもノーガードだった。だが今更だ。そんなことまで追ってたら、間に合わないだろう。」
倫子は、首を振った。
「今がそのチャンスだと思う。今日は明らかに人狼の昭弘さんを吊って、それで色を見るの。それであの人の陣営が見えて来るんじゃないかしら。」
要は、口をつぐんだ。何かが、違う気がする。だが、何だ?
「…ということは、倫子目線、彰さんと賢治が人狼と狂信者で、昭弘さんが人狼ってことか?占い師は、圭一さんと雅江さんで、霊能者は芽衣さんと由美さん。じゃあ狐はどこだ?」
倫子は、顔をしかめた。
「それが、確かなことは分からないの。ただ、留美子さんが一日目の会合の後、あてにならないって呟いて、すごく怒って部屋へ帰って行った時があって。あの時みんなのことかと思っていたけど、妖狐の相方のことを言ってたのかもって思って。そうなると、留美子さんと、後は、あてにならないって言われそうな、圭一さんにも雅江さんにも占われていない人だから…ええっと、亜希子さんかな。博正さんと真司さんはあてにならないタイプじゃないし。でも、私の中では可能性はあるけどね。」
博正は、面白がるように笑った。
「オレは狐じゃねぇ。」と言ってから、ノートをまじまじと見た。「ふーん…そうか、そういう風にも考えるのか。だとしたら、狐は少なくても一匹は居ないって考えることも出来るし、お前視点でもそう悲観したものじゃないじゃないか。」
倫子は、大きく首を振った。
「狐位置は、あくまで推測よ。あなたかもしれないし、真司さんかもしれない。彰さんだったりしたら、困ったことになるわ。この辺りのことは、私の推理は本当にグレーなのよ。」
要は、今聞いたことを頭の中で反芻した。倫子が言っているのは、もっともな気がする。だが、なんだろう、何か違和感がある。彰さんのあの様子は、本当に人狼陣営の余裕だろうか。いや、少なくても彰さんには、余裕があるようには見えなかった。だが、確かに今日昭弘を吊ろうと言った時、彰さんは驚いた顔をしたのだ。もしかして、まだ残して置きたかったのか。吊りたくなかったのか。どちらにしても分からない。
堂々巡りの思考の中で、自分はいったい何を信じたらいいのか、と要は食事もあまり喉を通らなかった。
その日、部屋へ入ろうとしていると、彰が同じように部屋に帰るところだった。
要は、思わず声を掛けた。
「彰さん。」
彰は、こちらを振り返った。
「要。君はもう食事を済ませたか?田畑が何か作っていただろう。」
要は、頷いた。
「はい。もう食べました。あの、少しお話してもいいですか。」
彰は、片方の眉を上げたが、頷いて自分の部屋のドアを開いた。
「ああ。来るといい。」
要は、自分のノートを握りしめたまま、彰の部屋へと入って行った。
やはり、そこも同じ造りだった。奥の椅子へと座ると、彰は要を促した。
「座るといい。それで、何だ?今日は、昭弘吊り一択なんだろう。」
要は、頷いて前の椅子へと腰かけた。
「あの、それで彰さんはいいと思いますか?」
彰は、息をついた。
「正直、私は昭弘を今夜占うつもりでいた。狐の可能性もあるし、人狼ならラストウルフとして残しておいたらいいだろうと思ってな。実は狐はもう、昭弘で呪殺が出なければ吊ってしまったと考えているんだ。狼が噛みを派手にし始めたのは、恐らくそのためだろう。人狼目線、私の真は見えている。だから、私が占った位置は避けて率先して噛むはずだ。だが、まだ占ってない位置がある…つまり、博正だな。だから、そこを占わせて呪殺が出なければ、狼目線狐は居ない。安心して勝ちに行けるんだ。ちなみに私目線でも対抗狩人は透けている…啓太だろう?」
要は、驚いた顔をしながらも、頷いた。
「はい。」
彰は、頷いた。
「だから占わなかったんだ。狼も、私がそれを知っているのを知っている。だから、今夜昭弘を占わないなら、次は博正だろう。そうしたら、狼は勝ち筋が見えて来るってことだ。後3縄、今日昭弘に使い、明日と明後日の二回で人狼を吊り切らなければ、村は負ける。もし博正で呪殺が起こっても、偶数進行だから縄の数に変わりはない。だが、狼が二匹残っていたら、かなり厳しい事になる。皆がきっちり考えて投票しないとな。」
要は、思い切って言ってみた。
「あの、倫子は初日からノートをちゃんとつけてて、他の目線からもたくさん考えていました。それで、彰さんと賢治さんが、人狼と狂信者なんじゃないかと疑っているんです。」
彰は、ふんと鼻を鳴らした。
「疑ってるんじゃなくて、騙ってるんだ。私目線、占い師は真・狂・狐、霊能者は真・真、狩人は真・狼だ。もう一匹の狐は、恐らく留美子か亜希子だったんじゃないかと思う。そうでなければ博正だな。だが、あいつは全く警戒心もないし、人任せだ。生存欲もない。だから、狐だと思わない。他にあるとしたら今日吊る昭弘ってところだな。」
要は、それをメモりながら、言った。
「じゃあ、人狼はどこですか?」
彰は、フッと笑った。
「君はどこだと思うんだ。人狼は欠けてない。役職の動きを見ていたら分かる。霊能が出した結果は本物だ。としたら、私目線、どこだ?」
要は、眉根を寄せた。
「…裕則さん、文香さん、昭弘さん…倫子?」
彰は、笑った。
「そうだな。今の時点ではオレはそう思っている。だが、明日の結果次第でこれは変わる。」と、険しい顔をした。要が不思議そうな顔をすると、彰は言った。「分からないか?啓太だよ。私は狼の思惑には乗らない。今夜は、啓太を占う。」
要は、驚いた顔をした。狩人は、2COしかなかったのに。
「昭弘さんが偽なら、啓太さんは真でしょう?」
彰は、要を見た。
「要、よく考えろ。見るからに偽っぽい狩人が居たら、狼はどうする?後で利用できると考えて、出て来るんじゃないのか?わざと噛まずに残し、護衛成功の危険冒しても、今度の人狼はそれをやるヤツらだ。しかも、片方が狼陣営だと知っている村人が、最後まで狩人を残さないのは知っている。だが、狩人の護衛成功を守るため、村は最後の最後まで二人を置いておくだろう。そうなった時、真目を取れるなら、狼は勝ち残る。私はそれを狙った狼が居てもおかしくはないと思っているし、啓太はまだ圭一にしか占われていない位置だからな。私は、万が一を考えて、啓太を占う。だが、誰にも言うな。狼に備える隙を与えてはいけない。私は、今日も噛まれない。なぜなら、吊り縄消費に使いたいからだ。霊能者は結果を村に知らせて疑われるために残される。だから、お前は、お前を守れ。」
要は、顔をしかめた。
「でも…でも、真紀さんは?もし彰さんの勘が当たっていたら、啓太さんは人狼で、狩人の護衛がないと知っている真紀さんを襲撃するんじゃ。」
彰は、首を振った。
「真紀では駄目だ。あの子では倫子に丸め込まれる。村を勝たせたいなら、自分を守れ。それが、長い目で見てあの子のためでもあるんだ。分かったな?」
要は、下を向いた。彰の言うことは、要の心にしっかりと入って来る。倫子の話を聞いた時、理屈してはそうだと思えたのに、なぜかどこか違和感があった。それがなぜかと言われても、要には分からなかった。だが、最初からずっと頼って来た彰に、もしもこのまま騙されてしまって利用されても、いいのかもしれない、と、要はフッと思った。
そして、そんなことを思った自分に驚いて、慌てて首を振ると、息をついて、頷いた。
「分かりました。彰さんの考えは、オレにも納得が行くことばかりです。あなたを、信じます。」
すると、彰は見たこともないような、明るい表情になった。要が驚いていると、フッと笑って、言った。
「なんと。人に信用されるのが、これほどに嬉しいとは。」と、戸惑うような顔をした。「私は…これまで、誰の意見も気にも留めなかったのに。言いたい奴は、言えばいいと。愚かな奴らを、嘲笑って…。」
要は、苦笑した。恐らく、彰は今、本心を言っているのだろう。そういう生き方を、して来た人なのだ。
要は、この人を信じたい、と思った。誰が信じなくても、こんな風にしか生きて来なかった、だからどうやって皆と共存したらわからないこの彰という人個人を、信じたいと思ったのだった。




