四日目・夜そして五日目・朝
その日の投票は粛々と行われた。
亜希子は、文香とは違い、ちゃんと投票するために応接室へとやって来た。そして、全員を前に自分は村人だ、とだけ言い、博正の弁明を待たずに、全ての投票を集めて、自分の投票は要に入れ、そうして、暗闇の中へと悲鳴と共に消えて行った。
要がガックリと肩を落とす中、真司が寄って来て言った。
「君は悪くないんだ。今夜も、また誰かが襲撃されるだろう。早く人狼と狐を吊り切ってしまわないと、村が危ない。オレは、亜希子か留美子辺りが残りの狐だったんじゃないかと思うぞ。白が出たからって、落ち込むんじゃない。彰目線でも圭一目線でも、人狼はかなり追い詰められている。だからこそ、ここで精神的に負けたら駄目なんだ。」
博正が、寄って来て頷いた。
「今夜の襲撃が成功したら、10人になる。役職が何人残るか分からない。今まで残ったのは、恐らく狩人のどちらかに人狼が出ていて、人狼が破綻しないように噛み先を考えるからだろう。だが、狼目線で狐がいなくなったら、有無を言わさずあっちこっちを噛んで来る可能性があるぞ。それで、占い師のどっちが真なのか、それともどっちともが真なのかが分かって来るはずだ。要、頑張れよ。オレも真司もいつまで残るかわからんからな。」
要は、顔を上げて頷いた。
「分かってる。狐が居ないなら、人狼は積極的に噛んで来るだろうし、占い師だって危ない。でも…」
要は、唇を噛んだ。本当は、護衛を自分から外して、真紀と彰を守るつもりだった。だが、彰は自分から護衛を外せと言った。何か、勘づいているのか。それとも、彰は狂信者か人狼で、思惑通りに行っているから、護衛など必要ないと暗に自分にヒントを与えているのか…。
分からなかったが、それでも要は、彰を信じていた。あの人は、人狼でも、もっと分かりやすい形で皆を煽って、人狼仲間をガンガン切って、自分の真を不動のものとして独り勝ちすることを目指すような気がする。何より、雅江と芽衣の死体の違い…きっと、あれは人狼の襲撃ではなかった。彰の、呪殺だったはずだ。
もちろん、人狼がわざとそんな風に殺したのかもしれない。それでも、要は自分の信じたことを貫こうと思った。何より、彰の性格の考察に関しては、間違っていないように思うからだ。
「要?」
博正が、怪訝な顔で問いかけて来る。要は、無理に微笑んだ。
「分かった。オレだって人狼を追い詰めてる自信がある。だから、頑張るよ。今夜も。」
博正は頷いて、飯だ飯と言って真司を要を追い立てた。気が付くと誰も居なくなっていた応接室は、またシンと静まり返っていた。
次の日の朝、要はノートを握りしめてその時を待った。今日は、すぐに食堂へ行ってみんなの結果を聞こうと思っていたのだ。
服は、もう着替えていた。この数日で、よれてすすけて来ていたスーツのズボンだったが、それでもこれしか服がないのだから仕方がない。博正などは、もう着替えることすら諦めているようで、ここのところジャージ姿しか見ていなかった。
シャツの襟は汚れて来て見る影もなかったが、それでも要はこれを着続けた。これが、唯一自分と家族を繋ぐような気がしていたからだ。これを着せてくれた母のためにも、姉を連れて無事に帰らなければならない。
要の覚悟をあざ笑うかのように、カチリ、と鍵が回る音がした。
要は、脱兎のごとくドアへと駆け寄ると、音を立てて派手にドアを開いた。正面のドアからは、やはり真司が同じように出て来ている。真司は今日も無事だったとホッとしながら、一番気になっていた1の方向を見た。
「護衛は必要ないと言っただろう。」
彰が、出て来て立っていた。だが、その顔に笑顔はない。要は、見覚えのある風景に、何かが足りない気がした。
「ええっと…みんな、居る?」
ためらいがちに、真紀が手を上げる。
「私は居るわ。賢治さんも、ここに。」
役職だからだ。雄二も、ため息をついて言った。
「オレもここだ。いっそ噛まれた方が良かった…片方しか白をもらってないのに。」
倫子が言った。
「私も。そっちに博正さん、昭弘さんも啓太さんも居る。誰か欠けてる?」
要は、ハッとした。そうだ、彰と圭一は賢治を挟んで隣同士、いつもこちらを見たら、三人が揃っていたのだ。
「…圭一さん?」
要は、愕然とした。どうして、占い師を?確かに、二人共真だったら、護衛の入ってなさそうな方を噛むかもしれない。
彰が、黙って圭一の部屋のドアを開く。その後ろへ着いて行くと、ムッとしたような血の匂いがした。それをかいだ時、要の頭は悟った…圭一は、もう死んでいる。
思った通り、圭一は血の海の中でこと切れていた。だが、芽衣のようにベッドではなく、机に突っ伏して、片手は鉛筆を握りしめたまま、椅子に座った状態で襲撃されていた。
だが、顔には恐怖の色は見当たらず、ただ気を失っているだけのように見えた。それを裏切るのは、やはり床に飛び散った大量の血液だった。
博正が、歩み寄ってじっと圭一の体を調べた。
「昨日と同じ。頸動脈をひと突きだ。」博正は、あちこち歩き回って体を見回した。「右手には鉛筆、左手は…なんだ?何か握っていたのか。」
彰が、近づいてそれを見て、頷いた。
「こじ開けられたようだな。不自然な指の形で分かるだろう。見ろ、人差し指が、折れている。」
見ると、確かに人差し指だけ、変な方向を向いていた。真司が、小さくため息をついた。
「占い結果か、それとも襲撃を予測して何かメモっていたのかもしれないな。知らせたいことがあったんだろう。」
彰は、頷いてその腕を掴んだ。
「ベッドへ移してやろう。とにかく、皆結果を早く共有に渡すべきだ。」
そうして、真司と博正、彰が圭一をベッドへと運んでいる間、要はもはや無表情に立ち尽している他の人達に向かって言った。
「もう、占い師まで人狼の手が伸びて来ています。早く話し合った方がいい。早いけど、このまま食堂で待っているので、着替える人は着替えてすぐ来てください。」
それぞれに頷いて、皆は食堂へと集まった。
ジャージ姿のままの人もチラホラ見える。そんな中、要は言った。
「占い師の圭一さんが襲撃されました。残りの占い師の、彰さん、結果をお願いします。」
彰は、頷いて鋭い視線を倫子へと向けた。そして、言った。
「倫子を占って、人狼だと出た。彼女は黒だ。」
皆が、一斉に身を固くした。要は、賢治を見た。
「賢治?」
賢治は、首を振った。
「亜希子は人狼ではない。白だ。」
真紀が、ためらいがちに口を開いた。
「今日は、倫子さんを吊るってこと?」
要は、頷いた。
「それで色を見たら、彰さんの真も確定すると思う。」
だが、倫子が顔を上げた。
「待って。」皆が、倫子を見る。倫子は続けた。「私は、今の結果でやっとわかったわ。彰さんは、人狼か狂信者でしょう。圭一さんが真占い師よ。二人の意見が食い違っている…圭一さんは、昨日私に白を出していたわ。どっちかが狂信者か人狼で、どっちかが真占い師ってことよ。」
真紀が困惑した顔をして要を見る。要は、言った。
「それでも、倫子を吊って色を見たらそれが分かるじゃないか。それからでも間に合うと思う。」
倫子は、首を振った。
「狐はどこ?占い師はどちらも確実な呪殺を出していないわ。狼が呪殺を演出することも可能だったのよ。本当に狐は一人死んでるの?それとも、もう二人吊れてるの?あと吊縄は幾つなのよ。」
要は、眉を寄せた。
「…四つ。」
しかも、偶数進行だ。今10人で明日8人。確かにこの中に狐が居たら、狼二人、狂信者1人、狐二人で人外が過半数を占める。占い師の真贋が着かないとしたら、その占い結果を鵜呑みにするわけには行かず、そうなると役職者以外は信じられないことになる。今日倫子を吊って、色を見るなど悠長なことは言っていられないのだ。
「なるほど、そういう筋書きか。」彰が、不敵に笑った。「私の真を落とすために、三日目から仕込んでいたのだな。悪いが私は、そんなことはとっくに読んでいた。昨夜は私を噛まないだろうと護衛は外させた。圭一は狂信者だろう。あれに、知恵を与えていたのはお前か。」
倫子は、彰を睨んだ。
「どうしてそんな風に決めつけた言い方をするのかしら。そもそも、圭一さんが狂信者ならどうしてあなたじゃなく圭一さんを噛むの?私には、真を殺されて追い詰められた狂信者が苦し紛れに打った黒に見えるわ。あなたの白だってもう信じられない。その白の中に、人狼を紛れ込ませているんだろうから。そう思うと、これまでの投票だって怪しいものよ。共有者と村人をうまく言いくるめて自分を信じさせて、その上でこんなどうにもならない局面で黒を打って村人を混乱させて破綻の道へ行かせるなんて。あなたが真なら、最初からあんなに強く出たのはなぜ?目立ったら占い師の中でも簡単に噛まれてしまうわ。だから、圭一さんや雅江さんは静かだったじゃないの。あなたは、始めから人狼が自分を襲撃しないのを知っていたんじゃないの?だからそうやって、ここまで生き残って来たんでしょう。」
彰は、珍しく声を荒げた。
「そう見えるように噛んだのはお前だろう!私は真占い師だ。人狼に加担などしておらん。この村は占い師が欠けていたのだ。由美が占い師の片割れ、圭一が狂信者、雅江が妖狐。私目線、お前を今日吊って明日から残りのグレーを潰して最後にそっちの生き残っている狩人を吊って、それでこのゲームは終わりだ!」
倫子は、ふんと笑った。
「何を言っても駄目よ。あなたは真占い師じゃない。でも、それだけ堂々と出て来てるんだから、狼陣営でも人狼ではないと私は思うわ。だから、吊るべきじゃない。今日は確実に狼だって皆が思う人を吊るわ。」と、昭弘を指した。「狩人COしてるのに、残ってるあなた。どう見てもあなたは人外だわ。今日は確実に人外を吊る必要があるんだから、昭弘を吊ることを提案します。」
昭弘が、息を詰まらせた。彰も、グッと眉を寄せる。要は、これは彰も想定していなかったことなのだろうと思った。昭弘は、慌てて首を振った。
「オレは狩人だ!生き残ってるのは、人狼がそう思わせるために残してるんだ!」と、倫子を指した。「こいつこそ狼だろうが!占い師が黒だって出してるんだぞ!オレは狼じゃない!」
要は、真紀の戸惑うような視線を受けて、同じように見返した。ここへ来て、何が本当なのか、分からなくなってしまった。倫子の行動は白い。そして、彰の行動が、黒く見えて来る…。
要は、一気に不透明になってしまった視界に、頭の中で必死にもがいていた。




