四日目・朝
襲撃のことを考えると、眠れなかった。
一応伏線は張っておいた…要は、一貫して狩人の片方には自分を守るように指示していた。そうすることで、片方が狐でなく狼陣営の者なら、破綻を恐れて自分を襲撃することが出来なくなる。
もし自分が選んでいる片方が本物だったとしても、襲われてももう片方が守っているので自分は襲撃されることはない。
そう思ってのことだった。
なので、狼は実質二人の狩人に縛られている状態になり、襲撃先には困って来るはずだった。
結局、昨夜も部屋の外では何の音もしなかった。もう毎日しているように、じっと待っていると、部屋の鍵がカチリと回った。
要は、同時に飛び出した。
他のドアも、一斉に開いて顔を合わせる。要の向かいに当たる4の部屋の真司とは、毎朝真正面で顔を合わせていた。
「どうだ、みんな居るか?」
真司は、出て来た面々を見た。博正の声が、向こうでした。
「…いや。隣りの、芽衣のドアが開いてない。出て来てないな。」
博正は8、芽衣は9だ。その言葉に、賢治が飛んで来て言った。
「まだ寝てるのかもしれない。昨日は、制限時間ぎりぎりまでオレと腕輪で話してたんだ。」
賢治は、同じ霊能者の芽衣とはここ数日とても仲良くしていた。緊張気味にドアノブに手を掛けると、思い切ったように開いた。
「芽衣?オレだよ。」
賢治が、声を掛ける。だが、次の瞬間、賢治は声を上げた。
「うわああああ!」
「なに?!」
真紀と亜希子が、こちらで身を縮めた。要は真司と彰と共に、急いでそこへ向かった。
「…やりやがったな。これが人狼の襲撃だ。」
博正が、先に賢治を追って中へと入っていて、ベッドを見つめて言う。
要は、人垣を除けて中へと入った。そして、ベッドを見て絶句した。
芽衣は、目を閉じてベッドに横になっていた。
まるで、眠っているかのような安らかな顔だったし、服も乱れておらず、シーツもきちんと体に掛かっていて、暴れた様子も全くない。
それなのに、首からはおびただしい血液が流れ出て、ベッドを真っ赤に染めていた。首には、鋭利な刃物でつけられたらしい、真っ直ぐな裂傷があって、頸動脈を分断していた。
「本当に…本当に殺すんだ。」
要は、呟くように言う。博正が、要の目から芽衣を遮るようにして前へと出た。
「これで人狼を心置きなく吊れるだろうが。殺されるんだ。仲良しごっこは終わりだ。」
それを聞いた、亜希子がびくっと真紀から離れた。必然的に近くなった倫子に気付いて、そちらとも慌てて距離を置く。
彰は、むせかえるような血の匂いの中、皆を促した。
「さあ、他に居ない奴はいないな?」皆が青ざめながらも、頷くと、彰は頷き返した。「じゃあ、着替えて食堂だ。昨日の結果と、今日の吊りを考えなきゃならない。」
そうして、皆は半ば強制的に部屋から追い出された。残って茫然とベッドを見下ろす賢治に、博正は言った。
「ほら、人狼を追い詰めるんだ。お前、役職持ちだろうが。お前にはそれが出来るんだよ。村が勝ったら、もしかして芽衣だって戻って来れるかもしれないじゃないか。蘇生の可能性もあるんだ。お前がぼけっとしてたら、芽衣が助からないぞ。」
賢治は、博正を見た。そして、浮かんで来る涙を押さえるようにして頷き、博正と二人で芽衣にそっと新しいシーツをかけてやると、そこを後にした。
今日の空気は、昨日以上に重かった。
雅江の時も、洋子や由美の時も、まるで眠っているよう、という言葉がぴったりの状態だったので、死んでいるという実感がなかった。
だが、今朝の芽衣は違った。
あの激しい出血の後が、ほとばしる鮮血を思わせて、体の奥から何やら暗いような熱を帯びた恐怖が這い上がって来る。
首にたった一太刀の、あの状態にも関わらず、どんな惨殺死体をテレビで見るより強烈だった。目の前で、人が殺されていたのだ。
要は、昨日いろいろなことを書き込んで、細かい字でびっしりになったノートを、手に持った。幸いなのか何なのか、要の両隣は既に二席ずつ無くなっていて、隣りから覗き見られる心配はない。要は、気力を振り絞って顔を上げた。
「今朝は、霊能者の芽衣さんが襲撃されました。では、占いの結果からお願いします。彰さん?」
彰は、難しい顔のまま言った。
「真司を占って白。理由は雅江の白だから、狐だったら厄介だと思った。」
要は、頷いてそれに書き込んだ。
「圭一さんは。」
圭一は、雅江が死んだ時でもこれほど動揺しないだろうという顔で、震えていたが、言った。
「倫子さんを占って、白でした。昨日皆さんから票を集めていたので、黒が出たらと思って。」
要は、頷いた。そして、賢治を見た。
「霊能結果をお願いします。」
賢治は、頷いた。顔は青いが、それでもしっかりとした口調だった。
「5は人狼ではありませんでした、と出ていただけだった。つまり、ルール違反者の役職はオレにも分からないんだ。文香さんの白黒は、だから分からない。」
要は、息をついた。
「それが目的だったのかもしれないな。文香さんも、どうせ死ぬなら仲間を守りたいと思うだろうし。そうなると、圭一さんの真占い師も確定させたくなかったってことか。つまり、占い師は両方真なのか?」
彰が、厳しい顔のまま言った。
「私目線の話をしよう。私目線の白と暫定白の役職を除いたグレーは、倫子、博正、亜希子、真紀、雄二。この中に、私は昨日の文香の行動から黒と見ているから、最悪人狼が一人、もしくは二人と、狐が一匹居るということになる。」
真紀が、首を傾げた。
「暫定?」
彰は、真紀を見た。
「賢治は占ってないが白だと思っている。昭弘も占ってないが黒だと思っている。だが、占っていないし破綻もしてないのでもしかして本物かもしれないということで、残しているんだ。今12人、残り5吊りでグレー全部を吊って役職まで手が回らないので、決め打って行かなきゃならんな。」
真紀は、頷いた。
「だったら、あなた目線で間に合うと思うわ。」と、真紀は、姿勢を正した。「私は、共有者です。」
要は、驚いた顔をした。自分が生きてるのに、出るなんて。
その表情を見て、真紀は苦笑した。
「ここまで潜伏出来たのが奇跡でしょう。もう、出てもいいと思うわ。これで、彰さん視点だと彰さんのグレーを全部吊った後、役職も吊って終わるでしょう?」
要は、真紀を責められなかった。ここまで、じっと潜伏してくれていただけでも感謝しなければならない。そろそろ、真紀に投票する人も出て来ていたのだ。人狼も、薄々気付いていただろう。潮時だったのだ。
「オレの相方は、真紀さんで間違いないです。なので、真紀さんは白です。」
亜希子が、慌てたように横から口を挟んだ。
「待って!彰さんのグレーって、私もってこと?!村人なのに、そんなの理不尽だわ!」
彰は、ため息を付いた。
「もちろん明日からも占い続けるから、君が占われるまで生き延びていて、白だと分かったら吊られない。簡単なことだ。」
要が、割って入った。
「これはあくまでも彰さん視点の話だ。圭一さん視点になると、変わって来るだろう。」
圭一は、頷いた。そして、手元にある小さな紙を見て言った。
「オレ視点では、真司、博正、昭弘、亜希子、啓太。この中に、最悪狐も混じって1、もしくは2人狼居る。ここに居なかったら、後は、役職の中か。」
真紀が、それを聞いて呟くように言った。
「それ…二人視点、亜希子さんと博正さんがグレーだね…。」
要も、彰も圭一も、みんな意味ありげに亜希子に視線を向けた。亜希子は、驚いて立ち上がった。
「やめてよ!私は村人なの、狐でも狼でもないわ!あなた達が占ってくれなかっただけじゃないの!どうして…どうしてそんな目で見るのよ!」
博正は、肩をすくめた。
「こうなったら腹くくろうや。村のため、まだ吊り回数だってあるんだ。オレは別に吊られても構わない。ただ、村には絶対勝てと言いたいがな。」
亜希子は、必死だった。
「この人が吊られてもいいって言ってるんだから、この人を吊ってよ!私は村人なの、そんな覚悟できないわ!」
だが、今日吊られ筆頭はどう考えても亜希子だった。博正の生存欲の無さは、役職持ちとは思えないからだ。
「…夜まで、弁明を考えて置いてください。あなた方の考え方次第で、吊られないかもしれません。村人なら、村人らしい行動をして来た訴えをしてください。特に…亜希子さん、あなたは、初日裕則さんに入れてない。博正は、裕則さんに入れている。そこに、大きな開きがあるんです。」
亜希子は、ショックを受けてまた椅子へと崩れるように座った。真紀は、その横で座っていたが、そっと立ち上がるとキッチンの方へと歩いて行く。
皆も、バラバラと立ち上がり、その日は皆、寡黙にそれぞれの時間を過ごしたのだった。




