本の世界~2-3~
「このロープをほどけ人間!」
「お前自分の立場わかってんのか?」
あれから目を覚ましたガーヴは自分が縛られていることがわかると、しばらくは解こうと暴れたが叶わず、そしてこの台詞である。命令形とは舐めてんのかこいつは。
「なんだ、私をどうする気だ?下等な人間風情が!」
「口の聞き方に気を付けろてめぇ!ぶっ殺すぞ」
「やれるもんならやってみろ!!」
「丈さん、さすがに殺したりするのはちょっと…」
カヤが抑えにかかるが、俺の怒りのレベルはどんどん上がっていく。
この野郎、随分と偉そうにしやがって。
さっきからうるせぇんだよ、こいつ!
「どうした?怖気づいたか?ならどうする、暴力でも振るうか?」
「少しは黙りやがれ!」
「例え牙を折られても心の牙までは折られんぞ!」
本当うるさいやつだなこいつ!
俺の中でてめぇの処分は決まってんだよ。
「でも兄貴、どうすんです?このまま逃がすんですか?」
「そうだな、逃がす。その前にやることあるがな」
「何だ、殴るのか?蹴るのか?やってみろ!私は負けんぞ」
「何をするんです?本当に殴るんすか?」
「いや、去勢」
「えっ」
「えっ」
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
・
数十分後、焦点の合わない目で虚空を眺める1匹の(元)オス狼がいた。
少し離れた場所でウズは尻尾を股に挟み、縮こまって震えていた。
時々、思い出したかのようにビクッと体を震わせると「鬼っす…兄貴は鬼っす」とうわ言の様に繰り返していた。
その横でオトワは必死にウズを撫でていた。まるで悪い夢を追い払うように一生懸命撫でていた。
俺の横にいるカヤは俺のほうを無表情で見つめている。その見つめる瞳に感情は無かった。
ただ一言だけ、大丈夫、私は見捨てないですから、という言葉は読み取ることができた。
俺はというと、きっちり仕返しをして実に晴れ晴れとした気分だった。
うん、実に気分がいい。この晴れた空と長閑な雰囲気をようやく味わえそうだ。
こうして「赤ずきん」の物語は終わった。
「カヤお姉ちゃん、本当に行っちゃうの?」
「うん、ごめんねオトワちゃん。お姉ちゃん、帰らないといけないの」
「また会える?」
「…うん、また会えるよ」
カヤとオトワは涙を目に浮かべながらお別れをしていた。
あの後、ガーヴはとぼとぼと森に帰っていた。
その背中にはそれまでの強気な姿勢は無く、哀愁を漂わせていた。
それを見ていたウズはただ一言
「…哀れっす」
とだけ呟いて見送っていた。
カヤとオトワが涙ながらに別れを惜しむその後ろでじじいと婆さんが見守っていた。
じじいは「ほっほっほ」と繰り返し、婆さんはニコニコとしていた。
最後までぶれない二人であった。
「兄貴、世話になったっす」
「これからどうすんだ?」
「…この森は居づらいんで、どこか別の場所を探そうと思うっす」
「そうか」
「まぁ、ガーヴはあんなんになっちゃったんでここは問題ないと思うっす」
自分で言いながらまた思い出したのか、ウズはぶるりと身を震わせた。
「兄貴はどうするんすか?」
「たぶんそろそろ来ると思うから、ここから離れるよ」
「来る?」
「俺の家に帰るだけだ。心配するな」
「…そうっすか。兄貴、ありがとうございました」
「おう、達者でな」
俺はウズに別れを告げ、カヤの傍に行く。
カヤとオトワは名残惜しそうであったが、このままここで消えるのもオトワにとって辛いことになりそうなのでカヤを促した。
「カヤ、そろそろ行くか」
「あ、はい。オトワちゃん、元気でね!」
カヤは目に涙を浮かべるも微笑みながら、オトワを抱きしめるとそう言った。
「カヤお姉ちゃんも元気でね!」
「ありがとう、じゃあね」
そして、俺とカヤは森の道を引き返していった。
お互い無言で歩いていたが、村までの半ばぐらいで俺とカヤの足元が光りだした。
「おっと、来たか」
「はい。帰りましょうか丈さん」
「帰ったら流に色々と聞かれそうだな」
「あはは、そうですね」
そして、俺とカヤは全身が光に包まれた。
これで元の世界に帰れるだろう。
まだ二回目とはいえ、俺はそう思いながらじっと待っていた。
「…くん…じょうくん…丈君!」
「んぁ?…流か?」
「丈君!大丈夫!?」
「…あぁ、大丈夫だ。流がいるってことは戻ってこれたってことか。カヤは?」
「そこに居るよ。丈君よりも先に目が覚めたのに丈君が目を覚まさないから焦ったよ」
視線を横に移すとカヤが居た。カヤも元は本の住人だったからどうなるかと一瞬考えたが一緒に戻ってきたようだ。
カヤはカヤで俺が目を覚ましたことで安心した様子だった。
「今何時だ、流?あれからどうなった?」
「丈君とカヤちゃんがいきなり本に吸い込まれたと思ったら、すぐにまた戻ってきたからさっきと一緒だよ。7時ぐらいかな」
…今回も時間が経っていないのか。カヤのいた世界では1泊したが戻ったときは同じ時間だった。
今回のことも考えると本の世界では時間が経ってもこっちの世界では時間経過は無いみたいだな。
そういや、本の世界では腹も減らなかった。やはり何か特別な世界なんだろう。
時間が止まっているような。よくわからん。
「まぁ、戻ってこれたようで良かった。…どうだ、これで俺の話を信じたか、流?」
「う、うん。目の前で見ちゃったしね…。まだ夢みたいだけど。でさでさ丈君」
「ん、なんだ?」
「この犬も一緒に本から出てきたんだけど、どうしたらいいの?」
割と最近、というかさっきまで一緒に居たような犬が流に抱えられていた。
まだ目は覚めていないらしい。
「…今すぐ捨ててこい」
「え、いいの?捨てちゃうの?」
「いいから早く」
目を覚まされると厄介だ。その前にどこかにやらんとまずい。
しかし残念ながら俺の願いは叶わなかった。俺と流が話している間に犬が目を覚ました。
信じたくはなかったが、その犬はやっぱりウズだった。
「……ここどこっすか?」
「犬が喋った!?」
「あっしは狼ですよ…あれ、兄貴にカヤさん?さっき別れたのになんでここに?」
「こっちの台詞だバカ野郎!なんでてめぇがここにいるんだよ!!」
カヤに続いてウズまでこっちに着いてきやがったのか!?
「ここどこっすか兄貴?」
「いいや、何も考えるな。とりあえず一緒に行こう」
「どこ行くんすか?」
「保健所って場所だ」
「丈君!?この子殺しちゃうの!?」
「あっし殺されるんすか!?」
「余計なことを言うな、流!」
こんな喋る狼なんざ、ばれたら大問題だ。早く手を打たないとダメだ。
「丈さん!ウズちゃんを殺すなんてダメです!」
「だぁぁ、てめえは黙ってろ!」
「兄貴ー、お願いでやんす!一緒に居させてくださいっす!」
「ウズ君っていうんだ、この子。すっごい可愛いじゃん!しかも喋るなんて!丈君、飼おうよ!」
「誰が飼うか!こんなやつ飼ったところでメリットがねーよ!」
「兄貴、飼ってください!」
「お前も黙ってろ!大体狼として飼われるとかいいのかよ!?」
「あっしは野菜さえもらえればいいっす!」
…そういやこいつベジタリアンだったな。すっかり忘れてた。
「丈さん、このままウズちゃん見捨てるのは可哀想ですよ!一緒に暮らしましょうよ」
「丈君、ね、ね!この子も本の世界の子なんでしょ?だったらここでさ、飼おうよ!」
二人から必死の様子で見つめられ、俺はため息をついた。
「……外では絶対に喋るなよ。あと俺は面倒見ないからな」
「じゃあ?」
「仕方なくだ仕方なく!こんな不思議生物世の中に放つわけにはいかねーから仕方なくだ!」
「えへへ、丈さんありがとうございます!ウズちゃん、これから宜しくね!」
カヤはウズを抱きしめてそういった。流も「私もー!」と言いながら同じく抱きしめにかかる。
ウズはウズで嬉しそうに尻尾を振っていた。
完全に犬じゃねーか。
「疲れた…俺は先寝るからな」
これ以上現実を直視したくなかった俺はベッドに向かった。
とりあえず一晩寝て明日考えることにした。やってられるかクソッタレ。
こうして、俺の家にペットが1匹追加されることになった。
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