本の世界~2-2~
「で、結局何してたんだよお前は」
「いつも通りに遊びに来てただけっすよ」
あの後、カヤや赤ずきんの女の子に止められて、何とか落ち着いた俺は話を聞くことにした。
まだベジタリアンとかほざくこの狼を完全に信用したわけではないが。
「そんなにちょくちょく遊びに来てんのかよ」
「そうっすね、2、3日に1回は遊びに来てるっすよ」
「うん、ウズちゃんよく遊びに来てくれるんだ」
「ウズ?」
「あっしの名前で」
「狼の癖に名前とか調子乗んなよ」
「なんで名前あるだけでここまで言われるんすかね、あっしは…」
うるせぇ、こちとら帰る方法がわかんなくてイライラしてんだよ。まだてめぇぶっ殺したら帰れるかもと思ってんだから。
やっぱ一回殺しとこうかな、ダメ元で。ダメならダメで別に俺は痛くねーし。
そんな計画を立てている俺の気持ちとは裏腹にカヤはウズを気に入ったようだった。
さっきから赤ずきんの女の子と一緒にウズを撫でている。
「ウズちゃん可愛いねー。ねぇ、君はお名前何て言うの?」
「オトワです。お姉ちゃんのお名前は何て言うんですか?」
「っ、お姉ちゃん!?…わ、私はカヤって言うの!よろしくね!」
お姉ちゃんと言われたのがよほど嬉しかったのか、頬の筋肉無くなったんじゃねーかっていうくらいのだらしない笑顔になっているカヤ。
…まぁ、あのチンチクリンの姿なら年齢より年下に見えるのが普通だからあんまり経験が無いんだろう。よかったな、お前より小さい女の子相手で。俺はそんなお前の姿を見て涙が出てくるよ。
「カヤお姉ちゃん達は何でここに来たの?」
「えっと、私達はその、道に迷ってたら家が見えたのでそれで」
「…それでなんであのお兄ちゃんはウズちゃんに銃突き付けたの?」
「えっ!?あ、あはは、それは…ほら、あのお兄ちゃんは狼が居たからそれで危ないと思ったから」
「ウズちゃんは危なくないよ?」
「そ、そうだね。うん、あのお兄ちゃんちょっと…危ない人だから。だからあんまりひぐぅっ!?」
「だからあんまり何だ?」
俺はカヤの後頭部を掴み、ギリギリと力を籠めていく。小さい頭で掴むのにも楽で良かったよ。お蔭で力が思う存分籠められる。
力が籠められるにつれて、身体の震えが大きくなるカヤ。
良かったな、頬の筋肉があって。ちゃんと引き攣ってるぞ。俺は安心したよ。
「お兄ちゃん、ぼ、暴力はダメだよ」
「……っち、わかったよ」
どうも小さな女の子に涙目でじっと見られると、さすがの俺も居心地が悪い。
手を放してやるとカヤは、大きくため息をついて安堵していた。
しかしどうしたものか。どうすればこの世界から帰れるんだろう。
状況を見れば「赤ずきん」の世界で間違いはないと思うが。
それはカヤも同じだったのだろう。落ち着いたのか、こちらを見上げてこれからどうするのか、目で問いかけてくる。
「……行くぞ。カヤ。当てが外れた。婆さんもこのガキンチョも狼に食べられることは無いだろ」
「あの、兄貴は何でこの2人が狼に食べられると思ったんすか?」
ウズが俺に問いかける。何だよ、兄貴って。
それに何で肉食のはずの狼にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ。当たり前の話じゃねーか。
いかん、また腹が立ってきた。落ち着け、俺。
「別に、ただそういう話を知ってるってだけだ。婆さんと赤ずきん被った女の子が狼に食べられるっていう」
「……もしかしたらガーヴの奴かもしれないっす」
「あん?誰だそのガーヴって?」
「ここの辺りを仕切っている奴っす。あっしが人の家に入り込んでいるってことを気に入っていない奴っす」
「…そいつもベジタリアンとかじゃねーだろうな」
「いや、肉食っす。そもそも狼で肉食べないのなんてあっしぐらいです」
良かったよ、俺の感覚が間違ってなくて。
狂った世界に入り過ぎて俺も狂ったのかと心配だったが杞憂だったようだ。
しかし、そのヤーブってやつ…気になるな。
ウズというふざけた存在の登場は予想外だったが狼が別に居るとなると話が変わってくる。
このまま俺の知っている物語の通りになる可能性もある。
「ウズ、そのガーヴって野郎の話を聞かせろ」
「暴力的な奴で、ここら辺の狼連中を力で従わせてるっす。そんで…あっしのことを嫌ってる奴っす。だから、あっしが人の家に入り込んでいるという話を聞いて、その家の人を襲う計画を立てているという話を聞いたことがあるので、それで気になったんっす」
ほぼクロじゃねーか。そいつ最初に出せよ。
「じょ、丈さん!そんな危ない狼放っておく訳いかないです!オトワちゃんを守らないと!」
「いや、婆さんも守ってやれよ。さっきからニコニコしてるだけで一言も話してないけど」
ずっとニコニコしていて、居るのか居ないのかわからん婆さんだった。
さすが、あのじじいの嫁さんなだけはある。二人でいるとどんな感じなんだろうか…いや、止めておこう。想像したら頭が痛くなってきた。
そんな一言も喋らない婆さんだったが、おもむろに立ち上がったかと思うと、俺に近づいてきた。
「ん、どうした婆さん?」
婆さんは俺の肩を叩くと扉のほうへ指を向けた。
…なんだ?どういう意味だ?
「丈さん、外から何か音が聞こえます。…その、唸るような…声が」
「カヤお姉ちゃん、怖いよぅ…」
「大丈夫だよ、おいでオトワちゃん」
怯えるオトワちゃんを抱きしめるカヤを横目に、俺は入り口に近づく。
ウズも毛を逆立たせながら入り口を見ている。
…垂れ下がった尻尾と怯えた顔が無ければ完璧だったんだがな。毛を逆立てながら尻尾垂れるとか器用なことするな、お前。
入り口に近づくにつれて、なるほどカヤの言う通り唸る声が聞こえる。
…こりゃ嫌な予感がするどころじゃねーな。
扉を開けると、まぁなんだ、予想通りの光景が広がっていた。
5匹の狼が家を囲むような形で威嚇していた。尻尾もきっちりと立っていた。
うん、後ろのとは違って狼らしい。
「出てこい、ウズ。居るのはわかっているぞ」
「この世界では狼が喋るのが当たり前なのか…。まぁいい、ウズ、呼んでるぞ。行って来いよ」
「兄貴なんであっしにそんなに容赦ないんすか?どうみても行ったらダメな状況なんすけど」
「冗談だ」
兄貴の場合冗談に聞こえないっす、と言いながら俺の後ろから前に出る。
「何の用すか、ガーヴ?」
「ほざけ、お前自分が何をしているのかわかっているのか?」
「…」
「狼としての生き方だけじゃなく誇りまで失くしたか、愚か者が」
どうみても仲間が迎えに来た、っていう穏やかな状況じゃなさそうだな。
「どうすんだ、ウズ?」
「…戻るっすよ。このままじゃ迷惑かけちまうんで」
そういって外に出てガーヴ の前まで行くウズ。
「で、どうしたらいいんすか?いつものように皆で苛めるんすか?」
「お前の相手は後だ。まずはあの家に居る連中を皆殺しにしてからだ」
「なっ!?ダメっす!!あっしはどうなってもいいんであの家の人達には手を」
「黙っていろ。狼が人に懐くなんて事実はその人間諸共消す」
ちっ、めんどくせぇことになってきた。ただで済むとは思ってなかったが狼5匹とは中々豪勢な状況だなおい。
とりあえず後ろに居るカヤ達だけでも何とか逃げられるようにしねぇとな。
カヤに他の2人を連れて逃げられるように準備をするよう後ろを振り返って声をかけようとしたら、後ろから犬の悲鳴のような音が聞こえた。
慌てて正面をみると、ウズがガーヴに組み伏せられていた。
「私に噛みつこうとするとはどういうつもりだ?まさか逆らう気か?」
「っ、あの家の人達には手を出すなっす!」
「笑わせる!獲物を殺すのが嫌で野菜しか食べないお前が私に逆らうとは」
「今はそんなこと関係ないっす!」
「関係大有りだバカが!そこで見ていろ、狼の生き方を見せてやる!おいお前ら、殺せ!」
その声に反応するようにじりじりと家に近づいてくる他の4匹の狼。
…上等じゃねーか、人間様の生き方見せてやるよ。
とりあえずまずは1匹と銃を向けようとしたら、ウズが吠えた。
「やめろっす!!」
「な!?まだ逆らう気か!?」
ウズが噛みつこうとして、ガーヴと揉み合いになる。親分のそんな状態が意外なのかウズが逆らった事に驚いたのか、戸惑う残りの4匹。
俺は俺で、2匹の戦いをじっと見ていた。
後ろでも息を呑む音が聞こえる。カヤも見ているのであろう。
しばらくはお互いに噛みつき合おうとし、一進一退だった2匹だが、やはりガーヴの方が力が強いのか徐々にやられ始めるウズ。
そして、ガーヴがウズの首筋に噛みつき、大きく首を振る。その勢いのままウズは吹っ飛び、こちらに転がってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ。あ、兄貴、早く逃げるっす。あっしがガーヴを抑えるんで」
「つってもボロボロじゃねーか。お前、弱いんだから無理すんなよ」
「兄貴…ここはもっと感動する場面だと思うんすけど」
知るかよ、俺は現実主義なんだよ。
「つってもまぁ…良い根性してんじゃねーか。喧嘩は弱いかもしれんが心は強えよ、ウズ」
「兄貴…」
「そこでゆっくりしてろ」
ウズを庇うようにして俺は前に出る。
「なんだ人間。今度はお前か?まぁ、先に死ぬか後に死ぬかの違いだけだがな」
「うるせぇよ、二次元野郎が調子に乗んな。三次元の俺を舐めんじゃねーぞ」
「何を言ってるのかわからんが、その銃で戦う気か?」
俺は答える変わりに銃を構える。
「言っておくが、そんなもの私には効かんぞ。弾を躱して首に喰いついてやる」
「心配すんな、頭カチ割ってやるよ」
「ほざけっ!人間風情が調子に乗るな!」
そういって俺の方に駆けてくるガーヴ。
そのガーヴの動きとタイミングを見て、俺は銃を撃った。
放たれた弾をガーヴは横にずれて躱す。弾はガーヴの横の地面を抉るだけに終わる。
「だから言ったであろうが!宣言通り、首を噛み千切ってやる!」
「あ、兄貴!危ない!!」
「丈さん!?逃げてください!!」
一直線に走るガーヴ。銃も弾が放たれて反動で上に上がっている。狙う首筋までの障害物はない。ガーヴの眼には俺の首に噛みつき、一撃で倒そうとする意志が映っていた。映るのは俺の首のみ。
その動きとタイミングを見て、反動で跳ね上がった銃を俺は思い切り下に振り下ろした。
「ギャンッッ!」
地面に叩きつけられるガーヴ。脳天に叩きつけたんだ、気絶してるだろ。
「だから言っただろうが、頭カチ割ってやるって。宣言通りだな」
地面に横たわっているガーヴに恐る恐る近づき前足でチョンチョンと突いて、気絶していることを確かめるとウズは俺を見て言った。
「兄貴…強いっすね」
「あん?当たり前だ、二次元に負けるか。三次元舐めんなよ」
「さっきも言ってやしたけど、何の話なんすか?」
「こっちの話だ。んで残った雑魚4匹はどうする?」
そろりそろりと後ずさりしていた雑魚4匹はビクッと立ち止まる。
何ていうか、現金な奴らだ。まぁ、親分がやられたから仕方ないのかもしれんがどいつもこいつも少しはウズを見習えってんだ。
「どうする、ぶっ殺すか?」
銃で肩を叩きながら俺はウズに聞く?
「怖いっすよ、兄貴。いや、別にそんなことしなくてもいいっすよ」
「ウズがそれでいいなら俺はどっちでも良いけどよ。おら、てめえら。ウズに感謝してとっととどっかに行け」
その言葉を聞くや否や、脱兎のごとく逃げ出す狼4匹。やっぱり現金な奴らだ。
ていうかガーヴ見捨てていくなよ。
「とりあえず、こいつ縛るか。カヤ、なんか紐みたいなやつ探してくれねーか」
「あ、は、はい。わかりました。あの怪我とか無いですか?」
「ねーよ、んなもん。どこ見てたんだよバカか」
…そうですか、とどこか納得いかない様子のカヤ。失礼な奴だな。
オトワは傷ついたウズを手当てしようとしていた。健気な子だ。カヤに見習わせてやりたい。
そしてニコニコした顔でロープを持ってこちらに向かってくる婆さん。最後の最後までよくわからん婆さんだ。
まぁ、何にせよこれで一段落着いたな。疲れた。
読んで頂きありがとうございます。
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