本の世界~2-1~
5話目になります。宜しくお願いします。
気が付くと、俺とカヤは町の真ん中に居た。この前と違う点は雪が降っておらず、暖かで陽気な天気と、町とはいっても家はまばらでどちらかというと村に近いという点。
それ以外は前回と変わらず全く見知らぬ風景であった。
「ここどこですか、丈さん?」
「俺が聞きたい」
くそ、油断した。まさか本が光っているのを見逃すとは。本に吸い込まれたことは覚えているので、ここもやはり何かの物語の中なのであろうか。本が光っていることに動揺してタイトルも何も覚えていない。せめて何の本かわかれば何かしら対策の立てようもあるが。
「ど、どうしましょう、丈さん」
「…こうなっちまったらしょうがない。とりあえず、ここが何の世界か調べよう」
もし、前回と同じで考えるのならば、この世界の主人公に干渉して何かを解決すれば元の世界に帰れる…はず。
如何せん、俺もどうなるかわからんが、隣で怯えているカヤを見ると、俺が騒ぐわけにもいかずとにかく何か行動しようと動き出す。
「どこに行くんですか?」
「とりあえず、この村を一周しよう。何かわかるかもしれん」
自分に言い聞かせるようにカヤにそう伝え、二人で歩き出した。
村は長閑な農村という感じで、暖かな陽気と相まって平和そのものだった。
こんな状況じゃなかったら少しはのんびりもできたが、状況が状況だけにのんびりもしていられない。
何か手がかりはないかと辺りを見回すが、それらしいものは全く見つからない。
少し焦る俺の気持ちを察したのか、カヤが声を掛けてくる。
「丈さん、とても気持ちいいところですね」
「あぁ、そうだな」
「その、あの、もしここから出られなかったとしてですね」
どこか緊張した面持ちでこちらを見るカヤ。顔を赤くして、深呼吸をして何かを伝えようとしている。
カヤのそうした様子を俺はどこか遠くを見るような気持ちで見ていた。というより、カヤの向こう側、少し離れた所を歩いている少女に目を奪われていた。
「わ、私は別にこのまま丈さんと二人でここで」
「見つけた」
「え?」
「手がかりだ。というよりたぶん答えだ」
「え、あの、丈さん?」
「行くぞ」
何かを言おうとしていたカヤの手を引っ張っていく。
「あの、何を見つけたんですか?」
「あれだ」
「あれって、…女の子ですよね?」
「あん?あぁ、まぁそうだな。…どうした?何をむくれてやがる?」
カヤを見ると、若干不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。
何で手がかり見つけたって言ってんのに睨んでんだよ、このバカは。
「別になんでもないです」
「嘘つけ、何でもないってことはないだろうが。…いや、まぁいい。行くぞ」
「あの女の子が手掛かりなんですか?」
「あぁ、おそらく間違いない。この物語は…」
俺が見つけた少女、その子は赤い頭巾を被っていた。
おそらくではあるが、この本の世界は「赤ずきん」だと思う。
そうじゃなければ紛らわしい恰好をしてるんじゃねーと、小一時間ほどあの少女に説教をしてやる。
そんな理不尽なことが決定しているなどつゆ知らず、赤い頭巾を被った女の子は村はずれにある一軒家に入っていった。
見つからないように家の裏口に回り、様子を伺う。
「じょ、丈さん、こんなことして良いんですか?」
「しっ!静かにしてろ」
息をひそめて中の様子を伺う。
中では少女と、そのお爺さんであろうか、一人の老人がいた。
会話も薄らとだが聞こえてくる。こんなこと言ったらあれだが、ボロい家で助かった。
会話に耳を澄ませる俺とカヤ。
「じゃあお爺ちゃん、お祖母ちゃんの所に行ってくるね」
「ほっほっほ」
「うん、ちゃんとお土産も持ったよ」
「ほっほっほ」
「大丈夫だって、いつも行ってる道だし、迷うこともないよ」
「ほっほっほ」
「うん、じゃあ行ってくるね」
そのまま外に出る少女。向かう先は森になっていた。おそらく、物語の通りに進んでいるのだろう。
…ていうかそれよりも何だ今の会話。ジジイのほうは「ほっほっほ」しか言ってねぇじゃねーか。あれで本当に会話出来てんのか?
「どうするんですか、丈さん?」
「とりあえず中に入って話を聞いてみる」
「…何だかとても嫌な予感がします、私」
「奇遇だな、俺もだ」
あの爺さんと話をすることを考えるとどう考えても嫌な予感しかしない。
いや、あれは家族だからああいう会話になっただけで客が来たら普通の会話になるかもしれん。
四の五の言っていても始まらないので、カヤと2人で家に入る。
「邪魔するぜ」
「お、お邪魔します」
「ほっほっほ」
「「…」」
どうしよう、嫌な予感が的中しやがった。このジジイ、耄碌してんじゃねーか。
「カヤ、言ってる意味わかるか?」
「わ、私に振らないで下さいよ。分かるわけないじゃないですか」
「ちっ、しょうがねぇ」
本の住民同士、もしかしたらわかるかもしれないと期待したが、やはりこのジジイが特別製のようだ。
俺は覚悟を決めて、ジジイに向き直る。
「じいさん、さっき出て行った女の子だがあんたの孫か?」
「ほっほっほ」
「その女の子だが、今から婆さんの所に行くんだろ?」
「ほっほっほ」
「…その婆さんだが、たぶん狼が変装していて女の子を食べると思う。だからそれを止めようと思うんだが」
「ほっほっほ」
俺はジジイの胸倉を掴んだ。
「丈さん!?ダメです、暴力はダメです!」
「離せっ!このジジイぶっ殺す!さっきからほっほっほしか言ってねーじゃねーか!フクロウかてめぇは!?」
「丈さん!気持ちはわかるけど落ち着いてください!」
「はぁ、はぁ、はぁ。わかったよ、クソが!ジジイ、俺は勝手にするから文句言うんじゃねーぞ!」
「ほっほっほ」
相変わらず「ほっほっほ」としか言わない鳩時計みたいなジジイだが、今回は手の動きがついていた。指差す方向を見ると…銃?
猟銃というのだろうか、映画の中だけでした見たことのない代物が壁にかかっていた。
「これを使えってか?こんなもの使ったことねーぞ。…まぁ狼が相手になるかもしれんし、一応持っていくはいくが」
「ほっほっほ」
「…大体なんで婆さんと離れて暮らしてんだよ。いい歳してんだから一緒に住めばいいじゃねーか」
「あれは10年程前のことだ。私と妻は互いに愛しており静かに暮らしていた。そんな中、娘夫婦が事故で行方不明になったという話が飛び込んできた。後に残されたのはまだ幼い孫娘一人。私と妻はもちろん引き取ったが、孫娘は成長するにつれてどんどん娘に似ていった。孫娘を見るとどうしても娘を思い出してしまう。妻は深い悲しみに囚われていた。だから私は孫娘と妻を離す決意をした。辛く悲しい決意だったが、今となっては孫娘が訪問するのを楽しみにするほどに妻は元気になった。だから、私と妻は今も離れて暮らしているが、幸せに暮らしておる。私もちょくちょく会いには行っておるしな」
「「…」」
「…ほっほっほ」
ジャキッ!
「丈さん、銃を人に向けたらダメです!たぶん洒落にならないです!」
この野郎喋れんじゃねーか、しかもめっちゃ喋るじゃねーか!舐めやがって、このクソ野郎が!ぶっ殺してやる!
「丈さん銃使ったことないとか言ってたのに普通に使えてるじゃないですか!?あ、ダメです、引き鉄に指をかけたらダメです!!」
「てめぇ後で覚えとけ!孫娘の前でぶっ殺してやる!」
「完全に悪役の台詞ですよ、丈さん!」
喚く俺を引っ張り、何とか俺を家の外に連れ出すカヤ。
くそ、無駄に疲れた。なんなんだよ、赤ずきんにこんなシーンねぇだろうが!ふざけんなよ!
前回といい、微妙に物語が変わっていやがるが、これが本来の話なのだろうか。どう考えてもふざけたことが多すぎんだろ。
かなり頭にきていたが、少女を早く追いかけないと俺らが追いつくより先に狼に食べられるかもしれん。
あのジジイは後でぶっ殺すと俺は心に決め、カヤと共に森の中に入っていった。
森に入ったが、少女の姿は見えなかった。だが、森の奥へと続く1本の道があった。
手がかりとなるのが前にある道だけなので、これを信じて行くしかない…か。
おそらくこの先に少女のお婆さんが住んでいるのであろうと信じたい。もし、道から外れたところにあったらお手上げだが。
カヤと一緒に足早に進んでいく。
途中、カヤが俺に話しかける。
「丈さん、さっき狼が変装とか言ってましたけどこれどんなお話なんですか?」
「なんだ、カヤは知らないのか?」
頷くカヤ。まぁ、確かに物語の中の人間が他の物語を知っていたらそれはそれでおかしいか。
歩きながら俺はカヤに説明をする。
「簡単に言うとだな、さっきの女の子とそのお婆ちゃんが狼に食べられる話だ」
「そんなに物騒な話なんですか、これ!?」
「いや、最後には助かるんだが…確かに言われてみれば物騒な話だな」
ガキの頃は特にそんなことを思わなかったが、改めて考えるとカヤの言う通りなのかもしれない。
そう考えると、絵本の絵柄って大事なんだなと思う。
「まぁ、そういう話だからよ。どうすれば元の世界に戻れるかはまだわからんが、さっきの女の子を助ければいいんじゃないかと思う」
「なるほど、お話通りにすれば元の世界に戻れるかもしれませんね」
一概には言えんがな。俺の目の前にそれを全否定した張本人がいるわけだし。
元の世界もへったくれもなかったじゃねーか、お前。
俺の視線をどう思ったのか、カヤは「そんなに見つめないでくださいよ」とか言いながら照れている。
こいつ結構アホの子なんだなと俺は認識を改めた。
そんなことをしながらも歩いていると、開けた場所に出た。
その先には家があり、ドアに手をかける例の少女がいた。
「ちっ、ギリギリじゃねーか。走るぞ、カヤ!」
「あ、待ってくださいよ!」
少女が家に入るのに遅れること数秒、俺とカヤも家に飛び込んだ。
飛び込んだ先にいたのは、目を見開いてこちらを見る少女と、ニコニコとした顔の婆さん。そして……1匹の狼がいた。
とりあえず俺は狼の頭に銃を突き付ける。ギリギリだったが何とか間に合ったようだ。
「おーし、そこを動くんじゃねーぞ。現行犯だ。今ぶっ殺してやるからじっとしてろ」
「な、なんなんすかあんたら!?何であっしが殺されないといけないんっすか!?」
「まず住居侵入罪でイエローカード、そしてお前が狼でイエローカード。2枚でレッドカードで退場だ。わかったか?わかったら死ね」
「な、何をいってるのか全く分かんないっす!」
「そういや何で狼の癖に喋ってんだよてめぇ。ぶっ殺すぞ」
「む、無茶苦茶っすよこの人!!」
怯えた表情で尻尾を巻いて震える狼はなぜか喋っていた。それにどうも迫力に欠ける物言いだった。狼じゃねーのかよ、こいつ。
「なぁ、一つ聞くがお前本当に狼か?」
「そ、そうっすけど」
「なんだ合ってんじゃねーか、よし死ね」
「嫌っすよ!?」
狼だとわかったならこいつをぶっ殺して物語も終わりだ。
俺はそう思って引き鉄を引こうとしたが、俺の腕を引く手があった。
振り返ると、例の赤ずきんの少女が涙目でこっちを見ていた。
「…狼さん…殺しちゃ…ダメ」
「丈さん、どう考えても丈さんが悪いようにしか見えないです」
カヤはカヤでこちらをジト目で見ている。
気付いたら俺の回りは敵ばっかだった。なんでこうなった…。
「いや、どう見ても狼が襲う直前の図だったじゃねーか」
「あっしが人を襲う?それはないっすよ」
「なんでそんなこと言い切れるんだよ」
「あっし、ベジタリアンなんっすよ」
ズガァーーン!
「撃ったーー!?この人本当に撃ったっすよ!!」
「うるせぇ、どこの世界にベジタリアンの狼がいるんだよゴラァ!!」
「そ、そんなこと言われても本当なんっすよーー!」
慌ててカヤが止めに入る。
「離せこら!あいつはぶっ殺さんと気が済まん!」
「丈さん、せめて話くらいは聞きましょう!」
その後、暴れる俺と止めるカヤ、震える狼と庇う赤ずきんの少女、いつまでもニコニコと笑っている婆さんというよくわからん図が5分ほど続いた。
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