002・柚姫視点
適当に服を脱ぎ捨てながら、相手は子どもだと自分に言い聞かせる。
僕にはもうそんな感覚はないし、かと言って自分は大人だと思うこともない。
まぁ、こうして体を洗い流せるのだから文句は言わないが、「風呂に入ったら何をするのか」、せめてそのくらいは知っててもおかしくないはずなのに。
『…どうやって洗うかだと?』
体の洗い方すら知らなかったのだ。
説明するのは面倒だし、やってあげたほうが早い。
案の定、1回では臭いも汚れも落ちなかったが。
何度も何度も体を洗いようやく見えてきた鷸亀の素肌は、太陽の光を知らないかの如く真っ白で痩せ細っていた。
さらには、湯に浸かるとすぐに遊び始めその姿は3歳児そのもの。
「温かい…」
『お湯だからな…』
そんな姿を見ながら掃除していた時のことを思い出す。
動物の死骸やゴミを広い集めていた時、何着か服を見つけたのだが、その服は部屋の中で最も汚れていない場所に置いてあった。
違和感を感じ、試しに服を持たせ片付けるように言ってみると、結果は持ったまま立ち尽くしていた。
どこに直せばいいのか、この服をどうしたらいいのかわからなかったのだ。
ならば、あの服は他者が持ってきたと考えるのが妥当と言える。
しかし、この扱いを目の当たりにしたばかりで、こいつの周りにそんな奴がいるなんてとても想像できない。
『…お前、知り合いはいるのか?よく話してくれる人とか…』
聞いたところで無駄かもしれないが、こいつはこうして生きている。
まったく誰も助けてくれなかったわけではないのだろう。
「タモン様がいる…」
『家族か??』
「ううん…、一番偉い人…」
『国帝のことか!?』
黙って頷いた鷸亀は、そのまま背中を向けてしまった。
洗っている時は気づかなかったが、背中全体に大きなアザのようなものがある。
いや、アザじゃない。
これは刺青だ。
一瞬、半獣人か半妖人なのかと思った。
『誰にやられた…』
「え?」
『その背中の絵のことだ』
「…どこにあるの?」
『もう一度見せてみろ』
首を傾げながら背中を見せるが、何もない。
『消えている…』
こんなにも真っ白な体に見えたものが、本当に見間違いだったのだろうか。
「何かあるの?」
『いや、気のせいだったみたいだ。…話は戻るが、そのタモンとやらに会うことはできるのか?』
こいつの身の回りを見てもらわないと、いつまでたっても虎雨とやらを探しに行けない。
そう思い聞いたのだが、突然大声をあげた鷸亀は行くことを嫌がった。
『行かなくいいって…。このままではどうにもならないだろう?』
口をモゴモゴとさせるのは、何かを言おうと頑張っている証拠。
だが、言葉が見つからないのだろう。
会話をするのも一苦労だ。
『タモンに何かされたのか?』
「されてないよ…」
『何かを言われた?』
「ううん…」
『…誰かから何かを聞いたのか?』
「ーーっ、うん…」
どうやら、嫌なことを思い出させてしまったらしく表情は暗くなっていった。
「おじさん達が言ってた…。タモン様はどうしてオレを生かしているのかって…」
『それで?』
「化け物のこと聞いても…何も教えてくれなかったのに…」
『ーーっ、そういうことか…』
周りの口からタモンの名が出た上にあんな言い方をされれば、何かを隠しているのは明らかだ。
そしてそいつは、化け物が何であるかを知っている。
しかし、だからと言って身を守ってくれているわけでもない。
周りが「生かしておくべきではない」と判断している者を、タモンはなぜ「生かしている」のか。
それが怒りとなり、こいつはこの様だ。
『やはり会いに行こう』
「イヤだ…」
『怖がっていても仕方ないだろう。いつまでもモヤモヤしていたいのか?』
「モヤモヤ?」
そう言って振り返った鷸亀は、心臓に手を当てていた。
『そこが苦しいんだろう?』
「うん…」
『これを治したいのなら、僕をタモンのもとへ連れていけ。代わりに聞いてやる』
ついでに、虎雨のことも聞ければ一石二鳥だ。
後はこいつの身の回りを見てもらって、返答によっては僕はあいつを呼び出しこの国を出る。
半獣人だか半妖人だか知らんが、そんなものを気にしている場合じゃない。
僕をこの世界に連れてきた奴を探し出して、話を聞かなければならないのだ。