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ー獣妖人と僕ー  作者: ひとみ
第1章・北闇の国編・出会い
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004

『(家族はいるのに、独りで住んでいるのか…)』


見た感じでは、今の彼女と同じ年くらいだろう。


壊れかけている引き戸を無理矢理開き鷸亀(イツキ)を家の中に押し込んだ彼女は、絶対に外に出るなと念をおそうと口を開きかけた。


しかしそれは、どこからか吹いてきた風によって叶わなかった。


胸焼けがするほどの嫌な臭いが鼻の奥を突けば、そこに何かがあるのは誰だってわかるだろう。


それだけではない。


目を凝らさなければわからないが、何か見てはいけないものを見たような、そんな気がしたのだ。


『…入ってもいいか?』


「うん!!」


息を大きく吸い、手で口と鼻を隠し一歩中へと踏み込む。


すると、足の裏を何かが刺激した。


ヌルヌルしていて、決して気持ちがいいものではない。


『……ーーっ!?』


それは、腐敗した動物の死骸だった。


それも1匹ではない。


そこらじゅうに死骸やゴミが転がっており臭いの原因はコレにあるとわかったが、なに食わぬ顔でそこに立つ鷸亀(イツキ)はこれが当たり前ですと言わんばかりだ。


この様子だと、近所の人が見に来ているとも思えない。


部屋を見て回れば腐敗臭とはまた別の臭いがした。


『(血の臭いだ…)』


ともかく、どう考えてもとても住めるような場所ではなかった。


『これじゃ寝られないだろう…。片付けるぞ、手伝え…』


こんなことをするために声をかけたわけではないが、見て見ぬ振りは出来ない。


床に散らばる死骸を集め、それを小屋の裏に埋めながらなぜこうなったのかを聞いてみた。


「ご飯だって」


貰えた返事はたった一言だが、状況を理解するには十分な言葉。


表情を変えることもなくそう言ったのは、鷸亀(イツキ)にとってこれが「普通」だからだ。


そして、会話をするなかで引き戸が壊れてかけている理由もわかった。


昨晩のあの男達が無理矢理入ってきたらしい。


化け物と呼ばれていることに関係していそうだが、ここまでやる理由がわからなかった。


死骸を無理矢理口に押し込まれたとなれば余計にだ。


それは毎晩のように繰り返されたらしいが、聞けばまだ7才だと言われた。


『(こんな家には帰りたくないだろうな…)』


帰ることを嫌がった理由がわかった今、置いていって大丈夫なのだろうかと不安になってくる。


『こんなものか…』


片付けが終わった瞬間疲れに襲われた少女は、脱力感と共に布団に腰を下ろした。


「ごめんなさいっ!!」


『…嬉しいと感じたなら、「ありがとう」と言うんだ。お礼の言葉だから覚えておけ…』


「あり…がとう…」


『そうだ…』


言い慣れないのか何度も繰り返しながら口にしているが、彼は部屋の隅っこにいる。


手招きをしても、動こうとはしなかった。


「そこは…危ないよ…」


その目は、布団に染みついた血痕に向けられている。


『ここで…何をされたんだ…』


彼女の頭には過去の映像が流れ、無意識に下唇を噛み締めていた。


そしてそれはやはり虐待であり、すべて見知らぬ者がやったもの。


生きていてはいけないと、生きていると皆が不幸になると、自分が化け物だから皆が嫌っているのだと。


そう言った鷸亀(イツキ)は、とうとう泣いてしまった。


謝れば皆が笑い、この家から出ていく。


そうすることで、初めて笑顔が見られるのだ。


化け物と呼ばれる鷸亀(イツキ)は自分の名前すら忘れていた。


まるで化け物が名前であるかのように、誰も鷸亀(イツキ)と呼んでくれなかったからだ。


鷸亀(イツキ)は、引き戸のように壊れてかけていた。


悲しいことに、壊れずにいられたのは皆の笑顔があったから。


それが良いものではないとも知らず、救われていたのだ。


『寝るぞ…』


震えながら布団に転がった鷸亀(イツキ)は、彼女の手を強く握った。


『今日はここにいてやるから、ゆっくり休め…』


鷸亀(イツキ)の言葉一つ一つに重みを感じている今、よく生きていられたものだと胸が締めつけられる。


しばらくして、体の震えが治まった鷸亀(イツキ)はまた「ごめんなさい」と謝ってきた。


『謝るのは僕の方だ…。何も知らないのに、帰れだなんて言ってすまなかったな…』


「明日になったら公園に帰るの?」


『やる事があるから、そうなる…』


「ーーっ、ここにいればいい!!どこにも行かないでっ…」


また泣いてしまい、さらに強く手を握ってくる。


その瞬間彼女の顔は歪んだ。


骨が軋み、折られてしまいそうになったからだ。


そして、目つきがおかしい事に気づく。


弱々しい目をしていたのにつり上がっていて、黒い瞳は赤く染まり怒っているかのよう。


まるで別人だし、殺気すら感じる。


『わかった!!わかったから!!手を離してくれ!!』


「あっ…、ごめんなさいっ…」


手を握られただけなのに、殺されるのではないかと思った。


先程のような痛みはないものの、それでも強く握られる手に困ってしまった彼女は頭を掻きながらため息をつく。


突き飛ばしてでも出て行くことは出来るがどうも放っておけず、そんな自分に嫌気すら感じているのだ。


『…化け物と呼ばれるのは嫌か?』


「イヤだっ…」


『別にいいじゃないか…』


「また殴られる!!みんなと同じがいいっ…」


『みんなと同じなら、お前は幸せなのか?』


「遊んでくれる!!」


『あんな人間になりたいのか?みんなと同じになるとは、お前を傷つける者達と同じになるということだ。それでもお前は幸せなのか?』


「違う!!アレはイヤだ!!」


『ならば、化け物でもいいじゃないか。お前はこんなにも優しい。見ず知らずの僕に「ここにいてもいい」と言ってくれた…。僕が知っている化け物は、優しい男の子だ』


「ほんとに…?」


『あぁ、本当だ。まぁ、なんだ…。僕も化け物みたいなものだからな。お前と同じということになる。僕達は「特別」だな。みんなと違うのだから…』


顔をクシャリとさせた鷸亀(イツキ)は、大声で泣き叫んだ。


そして、「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」と何度も口にする。


『(まさか、こんな所で出会うとはな…)』


飛ばされた先で自分と似たような者に出会うとは思ってもいなかった彼女は、化け物が何を意味するのかその理由はわからずとも何か大きな事情があることは察している。


『どこの世界も変わらないな…』


「え…?」


そう言った彼女の目は冷たく、笑みを浮かべているものの顔は笑っていなかった。


柚姫(ユズキ)…』


「ゆず…き…?」


『僕の名だ。教えてなかっただろう?』


黙って頷いた鷸亀(イツキ)は、鼻をすすりながらモソモソと体を起こす。


「もう一回、名前を呼んで…」


『一度といわず、何度でも呼んでやる。鷸亀(イツキ)…』


その日の夜、2人は眠ることなく話していた。


言葉をあまり知らない鷸亀(イツキ)との会話は苦労ばかりだが、この世界の仕組みについてなんとなくわかってきた彼女は頭を抱えている。


とんでもない世界に飛ばされてしまったと、その後の会話が耳に入らないほどに顔には焦りが見られていた。

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