002
『ーーっ、そこを退けぇ!!』
「え……??」
「「……ーーっ!?」」
胃が持ち上げられ、吐き気すら感じるそれを無視し、出来るだけ大きな声を出した。
つもりだった。
男の子1人と中年男性が2人いたのだが、巻き込みながら落下してしまい男達は白目を向いている。
そのおかげで彼女は右足首を捻る程度ですんだようだが、この場所に何か違和感を覚え周りを観察し始めた。
嫌な予感しかしない。
とりあえず、意識がある男の子に声をかけようと振り返る。
だが、目があったとたん急に走り出してしまったではないか。
それも、あり得ない速さで。
怪我をしていないようで胸を撫で下ろしたものの、燃える松明の明かりで見えた程度だが、男の子の後ろ姿を見て彼女は驚きを隠せないでいた。
『緑色…だと…?』
髪色が深緑色だったのだ。
それだけではない。
よく見れば、男達が着ている服装も変だった。
鳶職人にしては靴はブーツっぽくて、かと思いきやどこか古風を感じる気もする。
どちらにせよ、あんな髪色をした子どもなんて見たことがないし、こんな服を着て現場で働く男もまた見たことがない。
痛む右足首に視線を向けた彼女は、深いため息をついた。
すると、男達が目を覚ました。
辺りを見渡し舌打ちをすると、彼女を見て目を細める。
「見ねぇ顔だな…。立てるか?」
『あ、あぁ…。すまない…』
「こんな時間帯に何してやがる。…喰われてもしらねぇぞ?」
『え?』
「ガキを脅してどぉすんだよ。それよりも、逃げられちまった…。あの化け物め…」
『化け物…?』
話の内容についていけず、謝るタイミングも逃してしまった彼女だが、「今日見たことは他言するな」とだけ言った男達はその場を去っていった。
ポツンと暗い夜道を1人残されてしまい、とりあえず歩き始め、「友」を呼ぶ。
彼女の体を冷気が包み込み、そして誰かが現れた。
[…どうしたんだ、その姿は…]
『まったく状況が把握できないが、僕は何かに巻き込まれたらしい…』
[俺がいない間に何があった…]
いつものように「両親」に小言を言われ、部屋に戻りベッドに横になった。
気がついたら眠っていて、そして。
[声だと?]
『あぁ…。話の内容もよく聞こえなかった…。ただ…』
ずっと気になっている言葉がある。
最後に言った、あの言葉。
『こちらの都合だが、「帰ってきてもらうぞ」と言っていた…』
あれはどういう意味なのだろうか。
[…恐らく、ここはあの世界ではなく別の世界だ。空気もニオイも何もかもが違う…]
『そのようだな…』
なんとなくそう思ってはいたが、それは決まって「死んだ後」に起こるものであって「生きている間」に起こることは一度もなかった。
『今回ばかりは先が読めん…』
[それで、これからどうするつもりだ?]
『化け物と呼ばれていたあの男の子を探す。目立つ髪色をしていたから、多分すぐ見つかるだろう…』
見つけたとして、何から聞けばいいかわからないが。
そう言いため息をついた彼女は、ふと友との視線の距離に違和感を感じた。
『身長…伸びたのか??』
[逆だ。お前が縮んでいる]
『またそんな冗談を…』
[なんだ、気づいていなかったのか…。若返っているぞ]
『ーーっ!?』
[それだけじゃないみたいだが…]
色々なことが起きすぎて気づかなかったが、友の言う通り彼女の姿はとても20歳前には見えない。
黒い髪は紫混じりの白い髪になり、目の色素は紫そのもの。
履いていたズボンの裾は足首のところで無駄にあまり、地面を引きずっていた。
『い、いくつに見える?』
[7つ…くらいじゃないか?]
『どどどどどうしよう…』
[もとに戻るとは思えんしな…。まぁ、いいじゃないか。また赤子から始まるよりマシだ…]
『そういう問題じゃない!!』
腹を抱えて笑う友は、一息ついて彼女の頭にソッと手を置いた。
[そう怒るな。とりあえず、俺は周囲を見てくる。歩くのに限界がきたらまた呼べ。いいな?…それと、もう1つ…]
先程とは一変して、真剣な顔でこう口にする。
出来るだけ明るい場所を行け、と。
それに黙って頷いた彼女だったが、消えた友を見送った後も意味がわからないでいた。
そして、今までの出来事を思い出す。
「虎雨」という名に、「帰ってきてもらう」という言葉の意味、そしてよく聞こえなかったが名前の最後に「月」とつく者の正体。
それ以前に、ここはどこなのか。
『(……帰ってきてもらう、か。こんな場所に住んでいた記憶はないが…)』
散策するのは日が昇ってからでいいだろう。
『(考えるのはそれからだ…)』
足を止め、草原に寝転がり目を閉じる。
そんな彼女が目を覚ましたのは昼間時だった。