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ー獣妖人と僕ー  作者: ひとみ
第1章・北闇の国編・出会い
2/37

001

浮遊感、それは突然やってきた。


『ーーっ、そこを退けぇ!!』


彼女は思ったに違いない。


もっとマシなやり方があっただろう、と。




遡ること、…恐らく数時間前。


毎日のように繰り返される「当たり前」と化してしまった「普通」を生きていた彼女は、嫌われるとわかっていながらも、両親に冷ややかな視線を向けていた。


そんな彼女は、どこにでもあるような構造をした一軒家に住んでいて、今時珍しくもない父と母と娘の三人家族だが、この一家には「ある噂」があった。


そしてその噂の原因は彼女にあり、何年も我慢してきた両親はついに我慢の限界がきた。


「もうやめなさい!!どうして私達を困らせるのっ…」


そう言って、まるでドラマのワンシーンのように泣き崩れてしまった母親は、気が狂いそうだと頭を抱える。


そんな愛する妻を見て、父親は娘の肩を強く掴んだ。


「これ以上、外で意味のわからない言葉を口にするな!!近所や親戚にどんな目で見られているかわかっているだろう!?」


その言葉に、不愉快だと言わんばかりに眉間にシワを寄せた彼女は、まるで汚い物を払うかのように肩に置かれていた手を叩き落とした。


その瞬間漆黒の長い髪は小さく横に揺れ、それすらも両親にとっては不気味に思えてしまい、思わず目をそらしてしまう。


もう会話にならないだろうと判断した彼女は、何も言わずに二階にある自室へと戻っていった。


そして、部屋に入ると、異質な者を見ているかのような両親の目を記憶から消し去るように頭を横に振りながら、先程の会話を思い出す。


『(意味がわからない、か…)』


無理もない。


彼女の言葉は、動物にしか通用しない言葉なのだから。


いつからだろうか。


気がつけば、彼女は動物と会話が出来ていた。


それが「獣語(ジュウゴ)」だということも、なんとなくわかっていた。


しかし、どこでそんな言葉を知ったのかは記憶にない。


思い出したくもない過去を何度振り返っても、自然と口にしていたという結果にしかならなかった。


でも、それはおかしな事だった。


『(全部覚えているし、欠けている部分なんてどこにもないのに…)』


この世界には、優れた電子機器とあらゆる情報を簡単に検索できるネットワークが存在する。


それを使い、獣語(ジュウゴ)について検索してみたが納得がいく情報を得ることは出来なかった。


本人にとっては「普通」のことだったし、話すのをやめろと言われてもよく使う言葉だったため両親の気持ちがまったくわからない。


どの「両親」も皆そうだった。


そんなことを考えていると、ふとカレンダーに目がいった。


明日の日付に何重にも赤丸がされているが、その日は18歳の誕生日であり人生の最終日を示すものでもある。


小さく息を吐きベッドに腰かけると、あのやり取りを忘れさせるような笑みを浮かべた。


神様はなんて意地悪なんだと、そう思ったのだ。


『いつまでこんなゲームをやらせるつもりだ…』


それは、彼女が「生きる事に疲れた時」に口にするお決まりのセリフだった。


同じ言葉を話せる者が存在しないなら、もう二度と「産まれたくない」のに。


何度も何度も、まるで罰を与えるかのように気がつくと産声をあげている。


また息を吐いた彼女は、下から聞こえてくる母親の泣き声を子守唄に眠りについた。


◆◆◆◆◆


突然、体に妙な違和感を覚え、それが汗のせいだとすぐにわかり、さらにはその体がピクリとも動かないことに気がついた。


焦った彼女が「友」の名を口にしようとしても言葉は出ず、この状況を見ているはずなのに現れないということは、この場にいないのだと考えつく。


独りだとわかり、冷や汗を追加させた彼女の呼吸は荒々しくなっていった。


『(幽霊なんて…存在するはずがないっ…)』


そう、彼女は幽霊が嫌いなのだ。


ホラー物を見ることもなければ、そういった場所には絶対に近寄らない。


しかし、こんな経験は初めてだ。


だんだんと痛みさえ感じるそれは、ついには激痛となる。


その瞬間、見上げていたはずの天井はボヤけ、23時59分をさした時計を横目にとうとう意識を手放してしまった。


どれくらいたっただろうか。


突然どこからか声が聞こえてきた。


ということは、彼女の意識が戻ってきたわけだが、どれほど気を失っていたのかは本人にもわからない。


どこを見ても黒一色で、日付も時間も天気も何もわからないのだ。


しかも、その声はあまりにも小さくて、途切れていて。


それだけでも独りではないとわかるに十分なものだったが、先程も言った通り彼女は幽霊が嫌いである。


だが、意識を手放す前のような焦りは見られなかった。


なぜなら、その声が獣語(ジュウゴ)だからだ。


[虎雨(コウ)を…せ…]》


『[だ、誰だ…。まずは名乗るべきじゃないのか?]』


《[やはり記憶…って…のだな…。我の名は…月…。時間がない…。こちらの都合……]》


聞こえにくく、何を伝えたいのかもわからず、詳細を求めようとした彼女だったがそれは最後の言葉で口には出せなかった。


『[なっ!?ちょっと待て!!どういう意味ーーっ!?]』


声が聞こえなくなったのと同時に、まるで突然床が抜けたかのようなそんな感覚が襲ってきた。


驚きはしたが、まったく声が出ない。


感じたことのない浮遊感の方が優先されてしまい、本人の意思に反して体はどんどん下へと落ちていく。


そして、急に視界が明るくなった。


真下には人の姿がある。

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