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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第一話 亡き王女のための舞曲
6/60

 茶会から帰宅したセシルは、忙しく次の支度をしている最中、部下から婚約者(予定)を連れていけと言われて眉をひそめた。

「……よりによって、今夜かね?」

「今夜だから、ですよ」

 一見、屈託のない笑顔でフェビアンは言う。その下の黒さを知っている主は、ため息をついた。

「君ね、あんな子供に何を見せようというの」

「団長のお気遣いはわかりますが、何も知らせないのが正しいとは思いませんね。彼女にも判断材料を与えてあげないと、不公平でしょう」

 正論である。気は進まなかったが、セシルは反論をあきらめた。彼らはメロディの支度が済むのを待つことになった。

「なんでこんなに時間がかかるんだよ」

「それが女の子というものだよ。男はひたすら待つのみさ」

 ぼやきながらもなぜかエチエンヌも付き合っている。興味があるのだろう。

 かなり待たされて、ようやく女中が知らせにきた。

 もう出かける時間だ。セシルは立ち上がる。随従するジンとナサニエルが後に続く。

 廊下に出たところで、彼らはメロディと鉢合わせた。

 薔薇屋敷の住人たちが初めて目にする、伯爵令嬢のドレス姿だった。ちなみに令嬢自身も、久々に目にしていた。

 青と白の、爽やかなドレスだった。無理に大人ぶらず可愛らしさを強調した装いが、メロディによく似合っている。幼げな雰囲気が、かえって独特の魅力となっていた。

「うわぁ……ちょ、団長、僕冗談抜きで本気でうらやましいです。いいですね、この犯罪者!」

「なら代わるかね。あのおじさんも引き受けてくれるなら、よろこんでお譲りするよ」

 くだらない言い合いをする主従など気にする余裕もなく、メロディはよろよろと歩く。足元がおそろしく不安定だった。ただでさえ女物の靴には慣れていないのに、なぜこんなに踵が細くて高いのだろう。さあ転べと言わんばかりだ。

「うつむくな、顔上げろ。って、何変な顔してんだ」

 エチエンヌに言われて、メロディは息も絶え絶えに答えた。

「苦しくて……コルセットとかいうの、すごくきつく締められた……」

「あー、どうりで胸ができてるな」

「大丈夫かね」

 セシルが心配そうに訊く。メロディはかろうじて頷いた。

「なんとか……呼吸は確保できてます……けど、もっと大丈夫じゃない問題が」

「何かね」

 よろめくメロディに腕を差し出してくれる。恥じらう余裕もないので、メロディはありがたくその腕にすがらせてもらった。

 かなり身長差のある組み合わせが出来上がる。

 婚約者(予定)と舞踏会へ(・・・・)向かいながら、メロディは告白した。

「わたし……踊れません」

 ――全員の足が止まった。



 カムデンの外れに建つマクミラン離宮が、王弟チェスターの住まいであり、今夜王都でもっとも華やいでいる場所だ。

 二階建ての白亜の建物は、夜とは思えないほど明るく照らしだされていた。広い前庭には次々と馬車がやってきて大混雑だ。召使たちが玄関を走り回り、招待客を確認しては中へ通している。セシルとともに馬車を降りたメロディは、初めて見る光景に呆気に取られた。

 なにごとかと思う。この大騒ぎが、舞踏会というものなのか。

 歩き出すセシルにつられて、メロディも前へ進んだ。が、気が重かった。

 社交界へ出るのはまだ先だと思っていたから、何ひとつ教わっていなかった。己の怠惰を深く後悔する。せめてダンスくらいは習っておくべきだった。

「そんなに心配しなくていいよ。これだけ人が多いんだ、君がちょっと失敗したり転んだりしても、すぐ近くの人くらいしか気づかないさ」

 励ましているつもりなのか、あまりなぐさめにならないことをセシルは言う。

 しかたない、なるべくセシルにくっついているか、さもなくば目立たない端っこにいようとメロディは思った。そうすれば踊りに誘われることもないだろう。

 ジンとナサニエルとは馬車を降りたところで別れた。彼らは二人が戻ってくるまで、従者の控室で待つらしい。行き帰りの道中を護衛するための随従なのだ。

 ざわめきと音楽が流れる会場へ足を踏み入れると、さらにまぶしい光があふれた。

 広いホールの壁に、たくさんの鏡がはめ込まれている。あちこちに金や銀の装飾が使われている。それらが明かりを反射して、昼よりも明るい空間を作り出しているのだ。天井には巨大なシャンデリアと、一面の絵。呆れるほどの贅沢に、メロディは言葉もなかった。

 これが宮殿という場所か。

 見とれるより、むしろ居心地が悪かった。実用一点張りな田舎の城で育ったメロディには、ここまで贅沢をする意味がわからなかった。きれいだとは思うが、どうにも派手すぎて落ち着かない。

 セシルは気にするようすもなく進む。たちまち周囲から視線が集まった。

 長身と珍しい肌の色で、ただでさえ目立つ人なのだ。さらに、男性にしては長すぎるほどの髪や、端正な顔だちなど、人目を引く材料には事欠かない。もちろん彼の素性に対する興味も大いにあるのだろう。慣れているのかセシルは堂々としているが、とばっちりで注目を浴びたメロディはたまったものではなかった。

「これはシャノン公、今夜は可愛らしい方をお連れですな」

「まあ本当に。公爵様がお連れを伴って来られるのは初めてですわよね。どちらのご令嬢ですの?」

 人々が声をかけてくる。あらかじめ取り決めておいた答えを、セシルとメロディは返した。

「知り合いから預かったお嬢さんですよ。保護者代理を引き受けました」

「まだ正式に出られる身ではありませんので、家名はご容赦くださいませ。公爵様には無理をお願いして連れてきていただきました」

 未婚の男女が連れ立って出席すると、即婚約発表として受け取られてしまうらしい。現段階でそれはまずいので、適当にお茶を濁すことにした二人である。名前を伏せればただの付き添いで通せるとのことだった。

 それでも父や兄の知り合いに出くわしたら、このそっくりな顔でわかってしまうのではないだろうかと心配したメロディに、そういう時には知らんぷりをするものなのだとセシルは教えてくれた。それがこうした場での作法なのだと。

 指摘されるおそれはないと知って、少し安心したメロディである。

 セシルはまず、招待主の元へまっすぐに向かった。

 大勢の来客に囲まれて、ひっきりなしに挨拶を受けている人物は、見た目だけならまだ三十前にも見えた。少し神経質そうな雰囲気はあるものの、王族らしい立派な姿だ。

 硝子玉のような薄青い目が、近づいてくるセシルをとらえた。

 その瞬間浮かんだ表情は、笑いの形をとってはいても、友好とは程遠いものだった。

「やあ、来たのか」

「ごきげんよう、殿下。お招きありがとうございます」

 セシルは常と変わらない穏やかさで挨拶する。メロディも膝を折ってお辞儀した。ちらりと向けられた視線は、すぐに外された。

 王弟チェスターは、大げさな身振りで甥を迎えた。

「これはこれは、ごきげんうるわしゅう、南の元王子殿。このような粗末な宴にようこそ足をお運びくださった。かの国で至高の座につき、どんな贅沢もかなえられていたであろうお方にはさぞ物足りないことだろうが、楽しんでいってくれるとうれしいよ」

 あてつけがましいことこのうえない物言いに、メロディはつい眉をひそめてしまった。

 自分で招いておきながら、なんという態度かと思う。

「どういたしまして、とても華やかな楽しい夜ですよ。さすがに、このマクミラン離宮は美しい所ですね」

 厭味に動じることもなく、セシルはおっとりと返す。

「殿下におかれては、先頃ご長男がお生まれになったそうで。おめでとうございます」

 丁重な祝辞に対しては、チェスターは鼻を鳴らすだけで応えた。

 そうして、セシルの脇に控えたメロディに目を移す。

「君の方は宗旨変えかい? 母親のような歳のご婦人にばかりなついていたかと思ったら、今度はこんな子供を連れ歩くとは。つくづく、おかしな趣味をしている。それがシュルク風というわけか?」

「大切な知人から預かったお嬢さんですよ。今夜は社会勉強といったところです」

「ふん、まあ顔だけは美しいな。誰かと一緒で。……そう、あの女も取り柄は美貌だけだった。中身は浅薄で高慢な、ひどいものだったが。幼心にも覚えている。それなのに姉上はやたらと可愛がって、ますます調子に乗らせていたな。よかったな、母親そっくりの顔に生まれついて。その顔でうまく陛下に取り入って、まんまと公爵を名乗って、あつかましく宮廷に出入りして。王位には就きそこねても、立ち回りはなかなかお上手だ」

 ――この人は、どうしてこうも悪意ばかりを向けてくるのだろう。メロディは腹立ちを通り越して疑問でいっぱいになった。

 セシルと喧嘩でもしたのだろうか。それにしては、セシルの方はいたって普通の態度で、彼ばかりが意地悪な態度を取り続けている。そんなにセシルが嫌いなら招待しなければよかったのに――と考えて、はたと気がついた。

 周囲を取り巻く人々には、当然二人のやりとりは聞こえている。王弟をいさめるまでは無理としても、無礼な態度に感心しないという顔くらいしてもおかしくない状況だ。

 ところが。こちらを見る人々の目には、チェスターに似た冷やかな笑いが見え隠れしていた。

 みんながセシルをあざ笑っている。

 気づいた時、身体の奥が凍りつくように感じた。

 チェスターはこうして、衆人の前でわざわざ貶めるためにセシルを招いたのだ。わざと聞こえるように大きな声で、セシルが国を追われた身であることをあてこすり、笑い物にしている。そして人々もそれを面白そうに見物している。

 なんなのだ、これは。

 なぜ、セシルがこんな悪意にさらされなければならないのだろう。

 理解できなかった。これまで見てきた人たちはみんな、セシルに好意的に接していた。薔薇屋敷の使用人たちは、単なる雇用主という以上に彼のことを慕っている。フェビアンとエチエンヌは、およそ主に対するものとは思えない好き勝手な態度だが、そこに悪意は感じられなかった。むしろ仲がいいからこその悪態で、ただのふざけ合いとわかるからメロディも気にしていなかった。

 誰かが誰かを、こんなにひどく貶めるところなど、見たことがなかった。

 わからない。なぜ彼らは、セシルを笑うのだろう。

 王位争いに破れ、国を追われたという過去は、そうまで馬鹿にされることなのだろうか。

 ただ気の毒と思うだけではすまされないのか。単純に考えるメロディの方が間違っているのだろうか。

 冷たいと感じたものが、実はおそろしく熱いのだと気づく。メロディの中から沸々とわきあがってくるものの正体は、怒りだ。

 メロディは拳を握りしめた。いつの間にかうつむいていた顔を上げる。

 その時、頭に大きく暖かいものが乗せられた。

 セシルが、やんわりとメロディの頭を押さえている。

 メロディは唇を噛んでこらえた。ここで怒りを爆発させても、何もいいことはない。余計に彼の立場を悪くするだけだ。

「そういえば、近頃妙な噂がある。亡き王女の亡霊が現れるそうだ。息子をさがしているのかもしれんぞ。会いに行ってやったらどうだ?」

 言いたいだけ言った後、チェスターは急に飽きたようにセシルから顔を背けた。その後は露骨なほどに彼を無視して、他の客としゃべり出す。セシルがそっとメロディの背中を押した。二人は黙ってその場を離れた。

「すまなかったね、嫌な思いをさせて」

 セシルが言った。

 メロディは首を振り、彼を見上げた。

「あの方は……どうして……」

「さあ?」

 セシルはいつもの笑顔で首をひねった。

「人にはそれぞれの価値観や思いがあるからね。私も他人のことまでは、わからない」

「他の方々もです。みんな……」

「気にしなくていいよ」

 きれいに結った髪を崩さないように、セシルは優しくメロディの頭を撫でた。

「人間というのは、あんなものだ。どこの国にもある、珍しくもない風景だよ」

 ――シュルクでも、彼は同じような経験をしたのだろうか。

 怒りがおさまってくると、今度は悲しくなった。

 馬鹿にされたのは自分ではない。ひどい扱いに耐えたのも自分ではない。だからメロディに泣く権利なんてないのに、そんな気分になってくる。

 着飾った人々の笑いさざめく華やかな会場が、寒々しくて居心地悪かった。

「せっかく来たんだ、踊ろうか」

 気を紛らわそうとしてくれるのだろう。セシルが言って、ホールの中央へメロディを引いていく。

「いえ踊れませんから……」

「教えてあげるよ。そんなに難しくない。君は運動神経がいいんだから、すぐに覚えられるさ」

「でも」

「なに、多少おかしなステップを踏んでいても、子供だからみんな微笑ましく見守ってくれるよ」

 そう言われてもあまり喜べない。

 むくれるメロディに、セシルは笑いながら基本の型を教えてくれた。

「そうそう、上手だ。できるじゃないか。あとは下ばかり見てないで、ちゃんと顔を上げて」

「あ、足を踏みそうなんですけど」

「君の体重で踏まれても、痛くはなかろう。……食事はちゃんと採ってるよね。なら運動しすぎで、成長の方に栄養が回らないのかな」

「えっ」

「そういう話を聞いたことがある。まあ、私はこのとおり人並み以上に育ったし、個人差というものかもしれないが」

「何か、背を伸ばす秘訣とかないでしょうか」

「意識して伸ばしたわけじゃないからな。シュルクには大柄な者が多いし、単なる遺伝かな」

 セシルの口からシュルクと、かの国の名を聞いたのは初めてだった。ふとそのことに気づく。

 メロディの目の前には、細身ながらもしっかりとした身体がそびえている。うんと上を向いて、ようやく視線が交わる。南の日差しと海を思わせる容貌が、優しくメロディを見下ろしている。

「……セシル様は、ダンスも言葉もお上手ですよね。シュルクでは言語も文化もまったく異なると聞いていましたが」

「母から教わったんだ」

 他の人々とぶつからないように、セシルは巧みにメロディをリードする。周りに目を向ける余裕が出てくると、やはり彼は注目されていた。

 すべてがさっきのような、冷たく意地悪な視線ばかりではないと思いたい。

 彼に見とれる女性だっている。当然だ。セシルはこの場の誰よりも優雅で、美しい。贔屓を抜きにしても、恨みを抜いても、チェスターよりずっと王子様らしかった。

「あまりシュルクには馴染まなかった人でね。私にも熱心にイーズデイルの流儀を教え込んだんだ。セシルという名も母がつけたものだよ。シュルク名では呼ばず、かたくなにセシルと呼び続けていた」

「別のお名前があるんですか? そちらは何と?」

「ん……君には、教えたくないな」

 顔を曇らせるメロディに、セシルは急いで付け足した。

「いや、今後はセシルで通すつもりだからね。あの名は、もう必要ない。だから、セシルと呼んでくれるかね」

「……はい」

 表には見せなくても、セシルにも辛い記憶があるのだろう。メロディは追求せず頷いた。

 一曲だけで終わりにして、二人は踊りの輪から外れた。そろそろメロディの方が限界だった。慣れない靴で足も痛いし、締めつけられた胴体がやはり苦しい。人いきれの中にいると気分が悪くなってくる。

 人の少ない壁際へ連れていってもらい、メロディは休憩用の椅子に腰を下ろした。

「大丈夫かね。あまり辛いようなら、先に帰っても構わないが」

「いえ、しばらく休んでいれば平気ですから。申し訳ありません、ご迷惑を……」

 セシルが冷たい飲み物を渡してくれる。ありがたく受け取って、口をつける。

「気にしなくていい。ただ、無理はしないようにね」

「はい」

 チェスターへの挨拶は済ませたものの、さすがに来たばかりでもう帰るというわけにはいかない。他にも挨拶すべき人がいるだろう。メロディはセシルに言った。

「わたしのことは、どうぞお構いなく。ここで待ってますから、行ってきて下さい」

「ん……」

 頷きながらも、セシルは気がかりそうな顔だ。

 しかしゆっくり考える暇もなく、また声をかけられた。

「ごきげんよう、公爵閣下」

「ん――やあ、こんばんは」

 薄茶の髪をした、風采のよい男性が親しげに笑いかけながら来るところだった。

 つい最近見たばかりの顔だ。あまり思い出したくはない出来事とともに、メロディの記憶に残っている人だった。

「いつにも増して、今夜は目立っておいでですな。ご婦人方が、しきりと噂しておられましたぞ」

 近衛騎士団長ロナルド・ファラーは、チェスターとは正反対に友好的だった。メロディにも礼儀正しく挨拶してくれる。先日公爵を巻き添えにして池に落ちた子供だとは、気づいていないようだ。

 さらにそこへ、王都騎士団長アルフレッド・キンバリーが通りがかった。似合わない派手な衣装を着たキンバリーは、二人に気づくとあからさまに嫌そうな顔をした。

「こんばんは、キンバリー殿」

「ごきげんよう、閣下。ファラー殿。お楽しみのようですな」

 美男子二人を前に、髭の騎士団長はつんと澄まして返した。気の毒なほどの見劣り具合が、いっそなんだか可愛らしい。

「夜遊びもよろしいが、ほどほどでお帰りくださいよ、閣下。夜道は物騒ですからな。我々の仕事を増やさんでいただきたい」

 つんけんと言って、彼はさっさと立ち去ってしまった。セシルとファラーは顔を見合せ、笑いながら肩をすくめる。

 連れ立って歩き出す際、セシルはちょっと振り返って手を振ってくれた。茶目っ気のあるしぐさに、メロディも手を振って返す。目立つ長身も、大勢の人込みにまぎれてあっという間に見えなくなった。

 一人になって、メロディは力を抜く。手持ち無沙汰にはなるが、これでしばらくのんびりできる――と思ったのは、間違いだった。

「ごきげんよう、初めて見るお顔ですね。どちらの令嬢で?」

「お名前を教えていただけませんか」

「ぜひ一曲、お相手を」

 次々と男の人がやってきては、声をかけてくる。驚いてまともに返事もできないでいる間に、視界をふさがれてしまった。

「え、いえ、あの」

 メロディは困って、あたふたと周りを見回す。みんな若いけれど、大人の男性ばかりだ。なんでこんな隅っこの子供に声をかけてくるのだろう。他へ行けばいいのに。

「す、すみません、ちょっと休んでおりまして……」

「ご気分でもお悪いのですか? でしたら、あちらの休憩室へお連れしましょう」

 今にも手を取ろうとする男に、たじろいで身を引く。こんな時、いったいどう対処すればいいのだろう。それもセシルに聞いておくべきだった。

「あら、ここにいたのね」

 困っていると、メロディと男たちの間に、するりと割り込んでくる人があった。

 黒いドレスが男たちからかばうように、メロディの前に立つ。

「探したわよ」

「え……」

 親しげに話しかけられて、メロディは目を丸くする。当然、誰なのかメロディにはさっぱりわからない――はずなのに、妙によく知っているような気もした。

「ごめんなさい、女同士で話がありますの。殿方は遠慮してくださいな」

 形のよい唇から甘い声がこぼれる。妖艶な美しさだった。白い肌と赤い髪が漆黒のドレスに映えている。長いまつげに縁取られた瞳は、きれいな菫色だった。

「――エ」

 叫びそうになったメロディの口を、レースの扇がびしりと押さえた。


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