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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第三話 きみがほしい
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14 真なる危険人物

 つかまえようと伸ばされる腕を、捕らえては投げ飛ばし、すり抜けては拳をお見舞いし、かわしては蹴りを叩き込みと、メロディは思う存分に暴れ回っていた。

 次々向こうからやってきてくれるので、さがす手間もない。訓練された軍人や傭兵と違い、荒っぽいだけで動きに連係はなく隙も多い連中をあしらうことは、さして難しくなかった。

 めったにない美少女ということで、売り飛ばすなり自分たちで楽しむなり、利用することを考えてとにかく捕らえようとしていた男たちだったが、さすがにそんな生易しい相手ではないとわかってきた。顔つきが変わり、各々刃物を取り出す。

 が、彼らはメロディに到達する前に、悲鳴を上げてその場に転げた。脚に細い小柄が突き刺さっている。風のようにすり抜けざま、エチエンヌはしっかり小柄を回収し、ついでに利き腕にも切りつけてやった。

「この猪女! ひとりで暴走すんな!」

「向こうからきたの! 押し込まれないうちに外へ出たんだよ!」

 言い返しながらメロディは一瞬も止まらない。繰り出された刃物を避けて民家の前の樽に飛び乗り、庇に手をかけていとも身軽に屋根に躍り上がった。

「くそ! なんだあのガキ!」

「回り込め! いっぺんにかかってやれ!」

 頭に血を昇らせた男たちが地上から追いかける。そばの木に飛び移ろうと屋根の上を走るメロディに、いきなり窓から腕が伸ばされた。

 驚くこともなく、メロディはすかさず関節技をかけて、つかんできた腕を逆に捕らえた。アラディン卿が教えたのは派手な蹴りや投げ技ばかりではない。静かに相手を封じる技もたっぷり仕込まれている。がっちり固められた男はメロディの動きに逆らえない。そのまま窓から引きずり出され、地面へ蹴落とされてしまった。

「手伝うまでもねえかな……」

 少し離れた場所から見上げていたエチエンヌは、呆れて頭をかいた。そんな彼にも時々飛びかかってくる者がいるが、即座に返り討ちをくらって地面に伸びる。多少数が多いだけで、まるで戦力が違った。二人を脅かすような力を持った者はいない。剣を取り戻す必要もなく、メロディは無敵の戦いぶりを見せた。足場の悪さをものともせず、屋根にあがってきた連中を次々叩き落とす。

 突然、その身体ががくりと傾いた。木造の質素な民家は、こんな荒事を想定して作られていない。思い切り屋根板を踏み抜いて、メロディは体勢を崩してしまった。

 立て直すより早く、その周辺の屋根がバキバキと音を立てて崩れる。メロディの身体を支えるものがなくなり、そのまま下へ落ちてしまった。

 せめて衝撃を和らげようとメロディは受け身体勢を取る。次の瞬間、どさりと重い音があがった。

「……あれ?」

 思ったほど衝撃はなく、妙に柔らかいものに受け止められて、メロディは目を開けた。すぐ目の前に青い瞳があった。

「やれやれ、間に合った」

 はずみで尻餅をついたセシルが、メロディを抱えたまま息を吐き出した。

「セシル様」

 主の無事な姿にぱっと笑顔になったメロディとは反対に、セシルはむっとしかつめらしい顔を作ってにらんだ。

「もう少し待つことはできなかったのかね? 大勢いる相手にエチと二人だけで向かうなど――いや、余裕で勝っていたようだが、それにしても無茶な――というほどでもないかもしれないが、しかしどんな相手かもよくわからないうちから手を出して、危険があったらどうするね。エチ一人では援護にも限度があるし」

「えと、ごめんなさい。人数や動きを見ていて、これなら問題ないと判断したんですけど」

「む……たしかに君の敵ではなかったようだが……いやそれでもね、何があるかわからないのだし。もう少し用心深くなるべきではないかと」

「そうですね、屋根壊しちゃったし。家主に弁償しないと」

「いやそういうことを言っているのではなく。それもたしかに必要だが」

 叱ろうにも締まらない。最後はともかく、どう見てもメロディ側の圧勝だったので、セシルの小言にはあまり説得力がなかった。

「そういう時は素直に心配だって言えばいいんですよ、団長」

 笑いを含んだ声にメロディが振り向けば、フェビアンとナサニエルの姿もあった。ジンが抜けているが、代わりになぜかヘクターがいる。彼はひどく疲れた顔で、ナサニエルに背負われていた。

 領主たちの姿を見て、まだどうにか動けた連中があわてて逃げ出した。倒れた仲間を見捨てて村から飛び出そうとする。当然それが許されるはずもなく、フェビアンとエチエンヌによってあっさり阻止された。井戸の周りのちょっとした広場に集められたならず者は、全部で二十二人だった。メロディの話を聞いて、家の中からも縛られた三人が連れ出されてくる。これで二十五人になった。

「ちょっと数が多いから、全員縛り上げておいた方がいいな。きみたち、縄を持ってきてくれるかい。たくさんね」

 今頃になってこわごわと寄ってきた村人に、フェビアンが声をかける。すると男性がひとり進み出た。軽く足を引いた初老の男は、この村に来て最初に顔を合わせた人物だった。

「領主様、そいつらをつかまえてくださって、ありがとうございます。わしらはもうずっと、そいつらに脅されてまして。食べ物は勝手に奪われて、なければ家畜にまで手を出され、若い女は家の中に隠れていなければならず、それでもいるとわかると押し込まれ、もう大変な思いをしておりまして……これでようやく、安心して暮らせます」

「安心するのは早いんじゃないかなあ。ただの被害者で通せるとは思ってないよね? きみらもれっきとした共犯、ついでに言うと領主への反逆者でもある。それはわかってるよね」

 涙ぐんで礼を言う男に、フェビアンが明るい声で釘を刺した。ヘクターがナサニエルに、あれはこの村の村長だと教える。それを伝えられたセシルは、軽くうなずいてフェビアンを制した。

 言い逃れできる状況ではないと悟っているのだろう。村長はうなだれて領主の言葉を待っている。周りで見ている村人も、一様に不安と怯えを浮かべていた。

「働き盛りの男は、みんな山に入っているのかね? ここには老人と女子供しかいないね」

「は、はい……そちらにも、監視役の連中が残っているはずです」

「ん、そちらにはジンが行ったから大丈夫だ。お前たちからも、のちほど改めて話を聞かせてもらうよ。変に嘘をついたりごまかしたりせず、正直に話すなら、むごい刑罰は与えない。だが懲りずに悪いことを考えるようなら、あまり優しくはできないよ」

 領内での出来事に対する裁量は、領主に一任されている。他の領地にまで関わる大事件でもないかぎり、国が口出しすることはない。ジモン村へどういう罰をくだすかは、セシルが独断で決められるのだ。仮に全員死刑と言われても、村人たちには逆らえないし、止める者もいない。せいぜい残酷な領主だと他の領民から反感を抱かれるくらいだ。幼い子供でも承知している常識なので、セシルの言葉は十分に寛大なものと受け止められた。ざっと見回したところでは、不満は出ていないようだ。村長もしきりにうなずいていた。

「はい、はい――なんでもお話しいたします。本当に、申し訳ないことをしまして……もうちょっと暮らしが楽になればと欲を出したばかりに、こんな連中を引き込む羽目になり、どんだけ後悔したことか……本当に、馬鹿な真似をしたと思っております。わしはお咎めを受けてもしかたありませんが、子供や年寄りにはどうかお慈悲を……」

 すすり泣きながらくどくどと訴える村長に、セシルは手を振って黙らせる。この場で長く話し込むつもりはなかった。ちゃんと調べてからでないと、許すことも罰することもできない。彼らが不正に手を出すほど暮らしが苦しかったなら、こちらも見直すべきことがあるだろう。そのあたりはヘクターと相談してから決めるつもりだった。

 まずは、捕らえた男たちを拘束させる。村人たちは競うように縄を取りに走り、十分な数を用意してくれた。特に女がよく働くかたわら、囚人たちには憎悪の目を向けていた。どういう被害が出ていたのかは聞くまでもない。これは調べて明らかにすべきことだろうかと、少しばかりセシルは悩んだ。当事者の気持ちを配慮すると、判断が難しい。その点についてもヘクターの意見が聞きたかった。

 出口まで彼らを案内した家令は、外の空気を吸ったとたん力尽きてしまって、今はあまり話もできない。彼のためにも、早いところこの場を片付けてしまいたい。

 全員を縛り上げてひと息ついたところで、フェビアンがメロディに尋ねた。

「ところでハニー、ダイアナはどうしてるの? 留守番させてきたのかい」

「ううん」

 そこで思い出して、メロディは元の家を振り返った。

「ここまで一緒に来たの。危ないから、ダイアナ様にはあの家で隠れてもらってて」

「そういやもう迎えに行ってやらねえとな。あとあの兄妹、どうしてっかな。どさくさで逃げちまったかな」

 同じくエチエンヌも思い出して言う。

「兄妹?」

「プラウズ家の馬鹿兄妹だよ。お嬢たちをおびき出したのはあいつらの差し金だ。さっき残りの連中捕まえに行った時に見かけなかったか?」

「あの家に? いいや、そんな姿は……」

 言いかけて、途中でフェビアンは顔色を変えて走り出した。メロディもいやな予感がして、元の家へ向かう。ジェラルドたちがただ逃げただけならかまわない。ダイアナが無事に残っていればいいのだが。

「ダイアナ様!」

 家に飛び込んで、まっすぐ貯蔵庫へ向かえば、床の扉が開かれたままになっていた。のぞき込んだ地下にダイアナの姿はない。メロディはあわてて周囲をさがした。

「ダイアナ様! どちらですか、ダイアナ様!」

 家の外にも飛び出して、ダイアナの姿をさがす。それほど時間は経っていない。まだ遠くには行っていないはずだ。メロディは村の中を走った。

「ねえっ、黒髪の女の人を見なかった? 水色のドレスを着た若い人!」

 かたまっている子供の一団を見つけて、メロディは走り寄る。怯えて泣きそうになる子供たちに、あわてて笑顔をとりつくろい、精一杯優しい声を出した。

「おどかしてごめんね? 人をさがしてるの。貴族の、若い女の人が通らなかった? もしかしたら、男の人も一緒かもしれない」

「……見たよ」

 小さな妹をかばいながら、十歳くらいの男の子が口を開いた。

「男の人が、すごい勢いで引っ張ってった。もう一人女の人いたけど、その人は自分で走ってた」

「どっちに行った!?」

 子供が指差す方を見れば、民家が途切れ雑木林が広がっている。村の中心で騒ぎが起きている間に、遠回りして脱出するつもりか。

 そうはさせるかとメロディは走った。向こうは抵抗する女を連れている。逃げきれるはずがない。

「そっちは池だよ――」

 子供の声が背中にかけられたが、振り向いている余裕はなかった。近付けば、木々の向こうにたしかに池があるのが見えた。農業用のため池だろうか。その手前に派手な薔薇色のドレスがあるのも見えた。目をこらせばジェラルドとダイアナの姿も確認できた。

 倒木だの藪だのが邪魔をして、ドレスでは進めず立ち往生しているらしい。ジェラルドはと見れば、ダイアナが逃げられないよう抱きすくめた上で口まで押さえている。完全な誘拐の現行犯だ。メロディの怒りにますます火がついた。

「いい加減にしろ、このろくでなし!」

 怒声に気付いて、あわててジェラルドが横へ逃げようとした。ダイアナの髪やドレスが藪に引っかかろうと、お構いなしに引きずる。往生際の悪さとしつこさに怒りながらも呆れ、さらにメロディが突進しようとした時だ。

 メロディとは別の方向から追っていたフェビアンが、先に彼らに追いついた。端整な顔から表情を消したフェビアンは、何を言うこともなくいきなりジェラルドを殴り飛ばした。

 容赦のない一撃だった。殴られた勢いでジェラルドの身体が藪に突っ込む。巻き添えで倒れそうになったダイアナを、フェビアンはすかさずつかまえて引き寄せた。

 度重なる衝撃に、ダイアナはもうろくに声も出せずに涙を流している。乱れた黒髪をなでつけてやった後、フェビアンは彼女を追いついたエチエンヌにあずけた。

「おいフェン?」

「フェン、なにを……」

 声をかけるメロディたちを無視して、フェビアンは倒れたジェラルドに歩み寄る。態度は大きいが暴力には滅法弱い若様が、起き上がることもできずうめいているのを、無造作に掴んで引きずり立たせた。

「なっ……何をするっ」

 さきほどの拳で歯でも折れたか、ジェラルドの声はやや不明瞭だった。鼻血も出ていた。それを見てリリアンが息を呑む。ジェラルドの胸ぐらをつかみ上げたまま、フェビアンは酷薄な笑みを浮かべた。

「言ってわからないなら、身体に教えるしかないよね? 豚よりは賢いか、それは豚に失礼なのか、たしかめようじゃないか」

 ぞっとするような冷たい声で言うなり、池に向かってジェラルドを突き飛ばす。今度は水に頭から突っ込んだジェラルドは、さすがにそのままでは溺れるのであわてて起き上がった。

 が、その頭にフェビアンの足が乗る。一度起こした頭をまた水に突っ込んで、足の下でジェラルドがもがいた。

 溺れない程度の時間を見計らって、フェビアンは足をのけてやる。咳き込みながらなんとか身を起こしたジェラルドが少し息を整えたと思ったら、髪をつかんでまた水に突っ込んだ。

「フェン、もうやめなよ、やりすぎだよ!」

「お前、そいつはちっと……いやまあ、別に可哀相とは思わねえが、そんなんでも一応伯爵家の若様だろ。あんまりやりすぎっとまずいんでねえの」

 止める仲間の声に、ちらりと青灰色の瞳が振り返る。

「別に? うっかり殺したって、決闘したとでも言えばいい。そうされても仕方ないくらいの罪は犯してるんだからね」

「決闘は禁止されてるよ! それに決闘で溺死はしないでしょ!」

 笑いながらフェビアンはふたたび水からジェラルドを引き起こす。もはや抵抗する力もなく、ジェラルドはひたすらあえぐばかりだ。

「ややや、やめてよやめなさいこの野蛮人! お兄様を放しなさいよ!」

 すっかりおびえながらもリリアンが甲高い声を響かせる。それにも冷たい一瞥が向けられると、ひっと喉に声をからませて彼女はすくみ上がった。

「こんな……真似をして……ただで済むと……」

 苦しい息を継ぎながらジェラルドが声を搾り出すと、フェビアンは三たび彼を水に突っ込んだ。

「豚が人の言葉をしゃべるんじゃないよ、耳障りだ」

 激昂するわけでもなく、ただ静かな怒りをみなぎらせてジェラルドを拷問する。見かねてメロディは踏み出した。これは腕ずくでも止めないといけない。

 けれど先に止めた人がいた。ふらつきそうな足で懸命に進み出たダイアナが、フェビアンの腕に取りすがった。

「もうやめて……もう十分だから。お願い、おそろしいことをしないで」

 必死の願いを受けて、ふっとフェビアンが力を抜く。ようやく解放されたジェラルドは、その場から動くこともできず這いつくばったまま水を吐き、せわしない呼吸をくり返した。

 足音が近付いてくる。ナサニエルがこちらへ来ていた。

「……セシル様の元へ戻るぞ」

 見ただけで大体の状況を察したナサニエルは、叱責などは後回しにして短く指示した。ジェラルドはナサニエルとエチエンヌが引き起し、リリアンへはメロディが向かった。

「なによ、さわらないで野蛮人!」

「ご同行ねがいます。それとも、ここからご自分の館まで、お一人で歩いて帰られますか?」

 メロディの言葉にリリアンはぐっと唇を噛んだ。勝気な青い瞳が憎々しげに睨み返してくるが、今さらメロディも動じない。彼女を誘導しようと手を伸ばしたら、力一杯払いのけられた。

 ツンと顎をそびやかして、リリアンは一人で歩く。メロディはだまってその後ろに続いた。彼女が逃げ出せるわけもないので、自分で歩いてくれるならかまわない。ナサニエルとエチエンヌでジェラルドを両脇から拘束して歩かせ、そのあとにリリアンとメロディが続く。ダイアナはフェビアンが抱き上げようとしたが、彼女は大丈夫と言い張り、精一杯背筋を伸ばして自力でメロディたちを追った。

 村の中心地へ戻れば、集まった人々の中に新しい顔ぶれが増えていた。

「若様! お嬢様も」

 プラウズ家の執事がセシルの近くにいる。家僕なのか、なかなか体格のよい男を二人従えていた。

「なんという狼藉ですか! 伯爵家のお子様たちに、このような仕打ちをなさるとは!」

 無惨に腫れ上がり血を流すジェラルドの顔を見て、執事が非難の声を上げた。それに勇気づけられたか、リリアンが駆け寄った。

「マーカス、お兄様を助けて! この野蛮人たちがひどいことを! 殺されそうになったのよ!」

 家僕がジェラルドを取り戻そうと進み出た。その前にフェビアンが立ちふさがった。

「勝手な真似をしないでもらおうかな。彼は誘拐の現行犯だ。そこの連中だって、伯爵家が送り込んだんだろう。モンティースの領主たる公爵の目の前で、これ以上なにをするつもりだい」

 ただの家僕ではないようで、二人は騎士に止められても怯むようすを見せない。剣呑な目つきを向けてくる。執事がセシルに言い訳をした。

「色々誤解と行き違いがあるようです。どうか、若様を解放してください。話し合いもせぬうちに、あのような扱いはあまりにひどうございます。ご身分のある方のなさることではありますまい」

「別に痛めつけろと命じたわけではない。そうする必要があったということだろう」

 素っ気なく言い返すセシルにリリアンがすがりついた。

「一方的な暴力ですわ! お兄様が抵抗もできないのをいいことに、殴りつけたり水に押し込んだり――本当に殺される寸前でしたのよ! 公爵様が見ていらっしゃらないところで、彼らは好き勝手しているのです。どうか罰してくださいまし」

「――事実かね?」

 セシルに問われて、メロディは仲間と顔を見合わせる。たしかにできごとだけを端的に語るなら、リリアンの言葉は嘘ではない。しかしまともに認める気にはなれない。こちらにはこちらの言い分がある。

 主に答えたのはナサニエルだった。

「リリアン嬢のおっしゃるとおりのことはございました。多少行き過ぎがあったのは事実です。しかしながら、ジェラルド殿がダイアナ嬢を拉致せんとされていたのを止めた結果ですので、単純な狼藉扱いされるのは筋違いかと」

「狼藉者はそっちじゃない! わたしたちは何もしていないのに、いきなり襲いかかってきて!」

「あんた頭大丈夫かよ」

 かみつくリリアンに、エチエンヌが脱力気味に言った。

「何もしてなくねえだろ。ダイアナを誘拐しようとしてたっつっただろうが。そのために嘘でお嬢とダイアナを村までおびき出したのも、あんたらの差し金だ。でもって使われてたそこのクズどもは、あんたの親父さんが雇って村の連中を脅してた。あんたら家族ぐるみで立派な犯罪者じゃねえか。今さら言い逃れができると思ってんのかよ」

「そんなの――」

「ですから、そこに誤解があると」

 言い返そうとするリリアンを遮って執事が口を挟んだ。

「とにかく公爵様、若様を放すようお命じください。無法者のように拘束するなど、大変な侮辱にございます」

「…………」

 セシルは無言で執事を見返す。リリアンは彼にさらに身を寄せて、甘えた声で訴えた。

「わたしたち、ひどいことをするつもりなんて全くありませんでしたわ。彼らがおかしいのです。最初からこちらを目の敵にしていて、ちょっとしたことでも何かされたみたいに騒ぎ立てて。公爵様は私たちが悪者みたいに聞かされておいでなのでしょう? マーカスの言ったとおり誤解ですわ。みんな、彼らがそう思わせるように仕向けた嘘なんです。公爵様がわたしたちを敵視するように、彼らが誘導しているんですわ」

 後方でメロディは呆れて眺めていた。次々と嘘が出てくるのには感心するが、言っている内容に全く筋が通っていない。それならばなぜリリアンたちはこの村にいるのか、招かれてもいないよその領内にいるのか。そこからして矛盾だと、言っていて思わないのだろうか。それについても何か言い訳を考えているのだろうか。

 自分はとてもこんなとっさにあれこれ言い訳できないなと思っていたら、セシルがため息をついた。

「まあ、取り押さえておく必要はないだろう。ナサニエル君、エチ、放しておやり」

 主の命令にナサニエルは無言で従い、エチエンヌも少し肩をすくめただけでジェラルドから手を離した。解放されたジェラルドは執事と妹のいる方へ向かう――かと思いきや、何を血迷ったかいきなりフェビアンに殴りかかった。

 さきほどの仕返しがしたかったのか。自尊心だけは高い彼には、とうてい我慢できなかったのだろう。フェビアンが背を向けているのを隙と見て、組んだ両手で頭を殴ろうとした。当然フェビアンに通用するはずはなく、ひょいとかわされた。

「なに、まだ痛めつけてほしいわけ?」

 顔だけ振り向いた彼に一瞬怯んだジェラルドは、近くに立つ家僕たちに大声で命じた。

「何をぼさっと見ている、その男を叩きのめせ!」

「若様!」

 執事が止める声にもかまわない。

「平民の血を引く雑種のくせに、私に狼藉を働いたんだ! 見ろ、この傷を! 平民が貴族を傷つけるなど大罪だ、殺してもかまわん、やれ!」

 ジェラルドの醜態にリリアンまでもが顔をしかめたが、家僕たちはこうした命令に慣れているようで、ためらうようすもなく従った。二人同時にフェビアンに飛びかかる。大男二人の攻撃を、フェビアンは身軽にかわした。メロディもエチエンヌも加勢せず傍観する。どうやら荒事専門の使用人らしいが、とうていフェビアンに対抗できる腕ではなかった。

「ぎゃあっ!」

「うぁっ」

 悲鳴を上げたのは彼らの方で、あっさり撃退される。一撃をお見舞いしただけでは許さず、フェビアンはさらに攻撃を加えた。骨の折れる鈍い音が響いて、さきほど以上の悲鳴が上がった。

「いやっ」

 リリアンがセシルの胸に顔を伏せた。メロディも顔をしかめる。どうもフェビアンは、怒ると加減というものを放棄するようだ。すでに抵抗もできない家僕たちにまだ何かしようとする。動きは飄々としているが、目つきはこのうえなく冷たい。プラウズ家の執事も気押されて言葉を失う中、ダイアナが勇気ある声を張り上げた。

「やめなさい、フェビアン! 悪いくせが出ているわよ!」

「何を言われても聞く耳はないし、反省する頭もないからね。そういう馬鹿は二度と歯向かってこられないように、徹底的に痛めつけてやるしかないよ」

「それがだめだと言っているのよ! そこまでする権限は、あなたにはないわ。貴族の犯罪は議会や国王陛下にお任せする事案よ。必要以上の暴力をふるえば、あなたも罪に問われることになるわよ!」

「やりたきゃ、やればいいさ」

 ダイアナの説得にも耳を貸さず、フェビアンはつかみ上げた男をジェラルドへ向かって突き飛ばした。彼らはもつれ合ってひっくり返る。もう一人の家僕は頭に強烈な蹴りをくらって、その場で昏倒した。

 大きな身体の下敷きになってうめくジェラルドへ、フェビアンはさらに歩み寄る。その手がするりと腰から剣を抜いた。あわててメロディはフェビアンに飛びついた。

「フェン、だめ! それはもう犯罪だよ!」

「知らないね」

 見たこともない冷たい顔で、無造作にフェビアンはメロディを振り払う。突き飛ばされたメロディは尻餅をついてしまった。これにはさすがにエチエンヌも目を丸くして踏み出した。

「なにやってんだよ、お前……」

 止めようとした彼もまた、フェビアンに振り払われる。ナサニエルにも止められない。もちろんフェビアンが強いことは全員承知していたが、容赦というものを捨てた本気の彼が、これほど厄介だったとは思わなかった。

 相変わらず静かな顔のまま、冷たくジェラルドを見下ろしてフェビアンが剣を振り上げる。その手首を後ろから掴んで止めた人がいた。

 苛立たしげな目が振り返り、邪魔を排除しようとする。しかし相手は簡単にはあしらわれず、逆にフェビアンの動きをうまくあしらい、頭にゴツンと拳骨を落とした。

「そこまで。これ以上言うことを聞かないなら、私も本気で君をこらしめるよ。骨をへし折られる痛みを、自分で体験してみるかね。腕がいいか? 脚にしようか?」

「…………」

 殴られた頭を押さえていたフェビアンは、不意に大きく息を吐き出した。

「遠慮しときます。団長に本気出されたんじゃ、逆立ちしたって勝てっこないや」

 答えた声には、いつもの軽さと明るさが戻っていた。知らず息を詰めていたメロディは、ほっと肩から力を抜いた。見ればダイアナも同じような顔をしていた。

「ダイアナ様……フェンって、昔からああなんですか?」

 ダイアナに近寄ってこそっと尋ねる。まだ少し青い顔でダイアナはうなずいた。

「滅多にないのですけど……本気で怒ると自制が利かなくなるというか、加虐的になるくせがありまして。士官学校を退学になった本当の理由は、そのせいです」

 人格的に近衛騎士としてふさわしくない――そう判定されたのが真相だという。血筋を問題視されたのでもなければ、教官の婚約者に手を出したのが原因でもなかった。

 メロディはエチエンヌやナサニエルと顔を見合わせ、そしてフェビアンに目を戻し――つくづくと、ため息をついたのだった。



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