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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第三話 きみがほしい
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13 囚われの少女たち

 男たちの努力もむなしく、メロディとダイアナは早くもジモン村へ入り、そして囚われていた。

 事がならず者たちの独断によるものであったなら、メロディたちにまで手出しされることはなかっただろう。こうなった原因は言うまでもなくジェラルドだ。

 しかしもう一人、ある意味真の黒幕と呼ぶべき人がいた。

「リリアン様……」

 民家のひとつに連れ込まれたメロディたちが顔を合わせたのは、昨夜の舞踏会で出会ったばかりの伯爵令嬢だった。

 質素な村人の家に、薔薇色の派手なドレスが異様な存在感を放っている。後ろ手に縄をかけられ、部屋に押し込まれたメロディを見たリリアンは、実にはっきりと嘲笑を浮かべた。

「あら、まあ。今日はずいぶんとひどいお姿だこと。ゆうべの方がまだましでしたわね。なあに、その男のようななりは? エイヴォリー家では女性がそんな姿になることを許しているの? 信じられない、とても貴族のすることとは思えませんわね」

「あなたまでいらっしゃるとは、どういうことです?」

 悪意に満ちた言葉は無視した。それよりもリリアンがこの場に現れたことの方が気になった。ジェラルドはまだわかる。だが、なぜ彼女が?

「あなたは、ダイアナ様をプラウズ家に迎えることに、あまりいい気がしてらっしゃらなかったように思えましたが」

 嘲笑されても怯まず、縛られたままで堂々と構えるメロディに、リリアンはふんと鼻を鳴らした。

「そうね、正妻としてなんて絶対に認められないけれど、お兄様がことのほかお望みなのだもの。妾くらいは仕方がないでしょう」

 ダイアナが唇をかむ。彼女は縛られてはいなかったが、ジェラルドに腕を取られ、無理やり椅子に座らされていた。メロディは戸口の前に立たされたままだ。いかつい体格の男が、すぐそばで見張っている。

「そのお考えは承知しています。正妻も妾も望んでいらっしゃらないダイアナ様にとっては、迷惑きわまりない身勝手な言い分ですが、それはひとまず置いて、なぜあなたがここにいらっしゃるのかとお聞きしているのです。ジェラルド様がダイアナ様をおびき出して捕らえようと企むのはわかりますけど、それにあなたが加担しているのが不思議です」

 ここにいたって遠慮をする気もないので、はっきり言ってやる。ジェラルドが不快げに顔を歪めるのが視界の端に映った。

 リリアンは、そんな兄にも冷やかな一瞥を向けた。内心メロディは首をかしげる。兄のために協力している妹、という雰囲気ではない。

「わたしがお兄様に教えてさしあげたのよ。お父様が配下の者たちと話してらっしゃるのを偶然聞いて、今なら邪魔が入らないと思ってね。ああ、ご心配なく。もちろん公爵様はお助けしてさしあげるわ。悪事を働いたのは村に住み着いたならず者で、わたしたちは関係ないの。公爵様の危機を知って、お助けするために駆けつけただけよ」

 メロディは眉をひそめ、考える。ジェラルドの話からも、セシルたちが閉じ込められていることはたしかなようだ。それを救出して恩を売ろうということか? 犯人は無関係なならず者――メロディを捕らえた、この男たちのことか。

 そばに立つ男をちらりと見る。村人にしてはやけに目つきの悪い、荒んだ雰囲気の男だ。他の連中も似たようなものだった。もともとモンティースに住む領民ではなく、プラウズ伯爵が送り込んだ配下ということなのだろうか。

 メロディにすら穴だらけとしか思えない、ずさんな計画だった。セシルがそんな芝居にだまされるわけがない。恩人どころか、疑われるだけだとわからないのだろうか。

 だいたい他にも目撃者が山ほどいる。メロディはまだしも、この村の人々はどうするのだ。まさか全員捕らえてどこかへ連れ去るわけにもいかないだろうに。

 多分これは伯爵の指図ではないなと、メロディは考えた。伯爵が何かしら仕掛けており、それに兄妹が便乗したというところだろう。

 伯爵はここで何をしていたのだろう。

 ヘクターの報告を聞いていないメロディには、事件の裏がわからなかった。この場で見聞きした情報だけでは、村人も加担した不正の話など知りようもない。わからないことは今考えても仕方がないと頭を切り替えた。

 そのあたりは、いずれきっちり締め上げて聞き出せばいい。とりあえず、今近くにいる伯爵の配下は数名。外には十人以上いた。他にもいるとしたら、さすがに一人では厳しいか。逃げるだけならなんとでもできるが、ダイアナを連れてとなると難しい。

 どうしようか、と作戦を考えるメロディを、怯えて黙り込んだものと誤解して、リリアンは満足げに微笑んだ。

 そこへ、そばの男が口を挟んだ。

「悠長に話し込んでる暇はねえぜ。入り口は塞いだが、あの坑道は他の坑道にもつながってて、時間をかけてさがしゃ出口にたどりつける。もう二時間は経ってるんだ、連中が出てくる前に早いとこトンズラしてえんだがな」

「どうぞ、さっさとお行きなさいよ」

 無礼なもの言いをされて、リリアンは不快げに答えた。男へ向ける目はメロディに対して以上に侮蔑に満ちている。汚いものを見るような顔をされて、男は鼻を鳴らした。

「用済みは追い払っておしまい、なんて考えてんじゃねえだろうな? さんざん働かされた上に、悪事は全部俺たちのせいってことにされるんだ。その分の報酬はしっかり払ってもらわねえと、割に合わねえよ」

「お父様が十分に渡しているでしょう」

「はっ、あのケチ臭ぇ親父がどれだけくれたと思ってんだよ。前金にしても足りやしねえよ」

「その子も連れていけばいいわ。できるだけ遠くで売るなり何なりしてちょうだい。二度と戻ってこられないようにね」

 底意地の悪い笑みを見せられて、ようやくメロディは納得した。なるほど、それで彼女が関与していたのか。セシルとの縁談を進めるために邪魔なメロディを排除しようと、父親が雇った男たちや兄の執着心を利用したというわけか。

 怒るよりも脱力した。まったくもって、とんでもないことを考える令嬢だ。こんな悪質な真似をする方が、よほどに貴族の令嬢としてふさわしくないだろう。

 そしてあまりに愚かすぎる。身分の低い者を見下し、自分の意志を通すのが当たり前という意識だけで動いている。男が頭を下げて素直に従うと思い込んでいるのだろう。こんな交渉が通るはずがないと、わかっていない。ある意味、実に令嬢らしい世間知らずな傲慢さでもあった。

「ふざけんなよ、金をよこせって言ってんだ。まあ、オツムの軽いあんたらじゃ話になんねえとは思ってたがな。親父さんから搾れるだけ搾り取らせてもらうさ」

 案の定男は、リリアンの言葉を鼻息で吹き飛ばした。

「こっちの嬢ちゃんだけでなく、あんたらにも付き合ってもらうぜ。親父さんにお願いしに行かねえとならんのでな」

「無礼者、誰に向かって口を利いている。貴様らごときが偉そうに何を要求するつもりだ」

 やはり何もわかっていないジェラルドが、傲然とふんぞりかえって言った。腕が自由なら、メロディは頭を抱えていたところだ。

「野良犬の分際で伯爵家を敵にまわすつもりか? 身の程知らずが。我が身が可愛ければ下手な欲など出さず、野良犬らしくさっさと逃げることだな」

 言われた男は怒ったりしなかった。軽く笑ったあと、おもむろにジェラルドへ歩み寄る。顔をしかめたジェラルドが下がれと命じるより早く、無造作な蹴りが彼の腹に叩き込まれた。

「きゃあ!」

 リリアンの悲鳴が上がる。蹴られたジェラルドは腹を抱えて椅子から転げ落ちた。驚いたダイアナが立ち上がるが、それにはかまわず男は二度三度とジェラルドを蹴りつけた。

「なっ、何をするの!? おやめなさい、この狼藉者!」

 リリアンの金切り声が響く。男は攻撃を止めず、容赦なくジェラルドを痛めつける。リリアンが恐怖と混乱で大騒ぎし、ダイアナも真っ青になって立ちすくむ中、メロディは冷静に観察していた。

 男は十分に加減しているようだ。危険な場所は蹴られていないし、力もそう強くはない。痛めつけることよりも、派手に暴力をふるってみせて恐怖を与えることが目的なのだろう。この場で力を持っているのは誰なのか、わからせるためにやっている。

 命にかかわるほどではなさそうだから、助けるまでもない。自業自得だと放っておいた。少しは痛い思いをするといい。身分や権威を振りかざしても通用しない相手がいることを、彼らは知る必要がある。

「お兄様!」

 床に転がってうめくジェラルドに半泣きでリリアンがすがりつく。ようやく攻撃を止めた男は、兄妹を冷たく見下ろした。

「これでちったぁその軽いオツムにも理解できたかね? てめえらはそこのちびと同じ立場なんだよ。殺されたくなきゃ、おとなしくしてな。妙な真似をしやがったら、指を一本ずつ切り落としてやるぜ。そいつを親父に届けてやりゃ、いくら出してくれるかねえ」

「……あ、悪魔!」

「はっ、何を寝言ぬかしてやがる。悪魔になってほしいなら、もっとやってやるぜ? 指の次は目玉でもいただこうかね」

 震え上がる少女にげらげらと笑い声をたて、男はメロディを引き寄せた。素朴な木製の机の前に座らせ、縛られた腕をさらに机の脚に縛りつける。どっしりとした机は、全力で立ち上がれば少女の力でも動かせそうだが、引きずって逃げるのは無理だ。これで完全にメロディは動きを封じられたと、男も他の三人も思った。この点に関しては彼らが愚かなのではない。普通ならそれで間違いない。

「ほどいてやろうなんて考えるなよ? さっきも言ったが、妙な真似をしたら容赦しねえからな」

 歯を剥いて威嚇したあと、男は部屋を出ていった。鍵もかからない田舎の民家ではあるが、貴族の令嬢や若様には到底逃げられまいとたかをくくっている。たしかにそのとおりではある。普通なら。

「メロディ様」

 足音が遠ざかると、ダイアナがメロディの前に膝をついた。縛られた腕を見て痛ましそうに顔をゆがめる。二重の戒めは小さな少女にはあまりに酷に見えた。

「ひどいことを……痛みますか? 今ほどいてさしあげます。ご辛抱を」

「何をしているの!? ほどくなと言われたではないの! 殺されたらどうするのよ!?」

 たちまちリリアンがかみついてくるが、それには冷たい目を向けただけだった。

「このままおとなしくしていたところで、どうなるかわかったものではありません。あの者は金銭を手に入れたとしても、わたしたちを解放する気などないでしょう」

「やめて! 勝手な真似をしないで! わたしたちを巻き添えにしないでよ!」

「ダイアナ、やめるんだ。そんな女のために我々まで危険を冒す必要はない」

 怒りに自分も怒鳴りたくなるのを、ダイアナは懸命にこらえた。顔だけは厳しく兄妹をにらむ。

「ご自分たちのなさったことを棚に上げて、よくもおっしゃるものです。巻き添えになったのはこちらの方です。この状況はあなた方のせいでしょう。どの口がそんなことを言えるのですか」

「わたしのせいじゃないわよ! あの男が勝手にやったんじゃない。わたしはその子だけ連れて行くように言ったのよ!」

「よくも恥ずかしげもなく、そのような……」

「ダイアナ様」

 メロディが割って入って言い合いを止めた。振り向くダイアナに首を振ってみせる。

「リリアン様たちもお静かに。あまり騒ぐと、またさっきの男が戻ってきますよ」

「メロディ様……なにを、なさっているのです?」

 兄妹への怒りも忘れて、ダイアナは戸惑いの声を上げた。縛られた手元が小刻みに動いている。よく見ると小さな刃物が握られていた。

「そんなもの、どこから……」

 いつぞやも活躍した秘密兵器だ。三人が言い合っている間に靴から抜き出して、縄をしこしこ切っていたのだった。

「以前の傭兵といい、さっきの連中といい、剣を取り上げただけで安心してしまうのはなぜなんでしょうね? もっと完璧に身体検査をするのが常識でしょうに――されたら困りますけど」

 まず手首を戒める縄を切り、それから机に縛りつけた縄にとりかかる。さして時間をかけず自由を取り戻したメロディは、手首をさすりながら立ち上がった。

「……なっ、何勝手に切ってるのよ!? 知らないわよ、あなたが自分でやったことだって言うからね! 一人で殺されてよ!」

 騒ぐリリアンにため息をつき、黙れとしぐさで伝える。ジェラルドはまだ痛そうに腹を抱え、立ち上がれないようすだった。

「逃げるより、隠れた方がいいかな。三人が隠れられそうな場所をまずさがしますか」

「あの、メロディ様……」

 立ち上がったダイアナに微笑みかけ、どうしようかと周囲を見回した時だ。

 窓からコツコツと小さな音が聞こえた。全員がそちらを振り返る。窓の、質の悪い硝子の向こうに、赤いものが見えた。

「あれ、エチ?」

 驚いてメロディとダイアナは窓に駆け寄る。小さな掛け金があるだけで、窓は簡単に開いた。

「閉じ込められたんじゃなかったの? もう出てきたの?」

 するりと細い身体が滑り込んでくる。ダイアナは目を丸くして窓の下をのぞき込んだ。ここは二階だ。梯子もなしに、どうやって昇ってきたのだろう。

「閉じ込められたのはセシルたち。オレはセシルに言われて、途中で抜け出したんだよ」

「セシル様たち、大丈夫?」

「心配ねえ、ぴんぴんしてるよ。別の出口をさがすってさ。オレは村を調べろって言われたんだけど、なんでこうなってんのかね」

 室内を見回してため息を漏らすエチエンヌだ。リリアンがいることにも、ジェラルドが痣をつくっていることにも驚かない。さきほどのやりとりを、彼は窓からしっかり見ていた。

「エチエンヌ様、公爵様たちがご無事なのは、たしかな話ですか? 怪我人はいないのでしょうか」

「フェンなら殺したって死なねえさ。あんな連中にどうこうできるもんか。じきに腹立つくらいけろっと笑って出てくるよ」

 ダイアナが何を心配しているのか、聞かなくてもわかる。率直に答えると、ダイアナは安堵と少しばかり恥ずかしそうな表情を浮かべた。

「ねえ、ここで一体何が起きてるの? あの男たちはプラウズ伯爵が雇ったらしいんだけど、伯爵が何をしているのかエチはわかる?」

 いつ男たちが戻ってくるかわからない。無駄な会話をしている暇はないと、メロディは尋ねた。

「簡単に言うと盗人だ。そこの山から掘り出した蛍石を、伯爵がかすめ取ってんのさ」

 目を丸くしたメロディは、思わず兄妹を見る。リリアンはふてくされた顔でそっぽを向き、ジェラルドは胸を張って言い返した。

「失礼な。もともとこの辺りはプラウズ伯爵領だったのだ。百二十年ほど前に混乱のどさくさで奪われた。本来、蛍石の採掘権もこちらのものだ。盗人はそちらだろう」

「百二十年て……」

 そんな昔の所有権を今頃主張されても。紛争によって土地の所有者が変わるなど、珍しくもない話だ。

 メロディもダイアナも呆れて言葉が出てこない。エチエンヌは脱力気味に笑っただけでジェラルドを無視し、話を続けた。

「村の連中も共犯だけど、今となっちゃ脅されて使われてるって状況だな。あのやばそうな連中は、村人を監視するための人員だ。近隣のクズを集めてきたみてえで、ここで仕事をするかたわら、時々出張もしてるみてえだな」

「出張?」

「オレらも出くわしただろ。人気のない場所で追いはぎだの何だのやらかしてる」

 あ、と声を上げてメロディはダイアナと顔を見合わせた。モンティースへ向かう道中でのできごとだ。ダイアナの馬車を襲った強盗は、ここから出張していたのか。

「ああ……道理で、今まで治安がよかったはずの街道に強盗が出没したのかあ」

 つまり、あの一件もプラウズ伯爵家から受けた被害になるわけだ。つくづく迷惑な人々である。

 うんざりとした視線が兄妹へ向けられる。わかっているのかいないのか、彼らはまるで理不尽な責めを受けているかのように、にらみ返してきた。言っても無駄と、メロディも相手をしないことにした。

「セシル様たちが自力で出てこられそうなら、そっちはいいんだけど。あの連中を取り押さえるにしても、まずダイアナ様たちをどこかに隠さないとね」

「おい、オレとあんたの二人でやる気か? セシルが出てくるまで待てよ」

「待てるなら待つけど、あの男たちすぐ逃げるつもりだよ。ぐずぐずしていられない」

「つったって……ざっと見たかぎりでも、二十人はいたぞ」

「ひとり十人か。余裕だね」

 メロディは平然とうなずく。処置なしと、エチエンヌは天井を見上げた。

 その顔が、ふと引き締まる。

 どうしたと聞く前にメロディも気付いた。足音が近付いてくる。話し声を不審に思って、ようすを見にきたのか。

 ダイアナに壁際へさがっているよう指示し、メロディは注意深く位置を選ぶ。逆にエチエンヌは扉の正面に堂々と立って待った。

 扉を開いた男は、すぐ目の前に見覚えのない少年の姿があって、一瞬どういうことか理解できなかった。やけになまめかしい笑顔で「よう」と軽く挨拶されて、とっさに反応できない。その顔が、領主の供の中にあったものだと思い出した時には、扉の陰から飛び出してきた少女の蹴りをくらっていた。

「きゃあっ」

 またリリアンの悲鳴が響き、ダイアナも息を呑んだ。吹っ飛んだ身体は棚にぶつかり、派手な音を立てて床にひっくり返った。巻き添えになった置物が床に落ち、陶磁器が割れて飛び散る。しまった、とメロディは後悔した。もっと角度を考えるべきだった。あとでこの家の住人に謝らないと。

「なんだ!?」

「何をやってる!?」

 仲間の男たちが駆けつけてきた。彼らが部屋に踏み込むより早く飛び出したエチエンヌが、状況を把握する暇など与えず襲いかかった。

 殺してしまえば楽なのだが、ダイアナたちの目の前でもあるし、セシルの許可も得ていない。面倒くさいと思いながらみぞおちに肘を叩き込み、もう一人には蹴りをお見舞いしてやった。こちらもあっという間に叩きのめして、床に伸びた身体が三つになった。

「おい、そこの縄で縛っとけ」

 さきほどメロディが切り落とした縄を指す。協力して二人まではなんとか縛れたが、もう一人分が足りなかった。どうしよう、と悩むメロディに、ダイアナが細い紐を差し出した。

「これでできませんか」

 よく見れば、彼女のドレスについていたリボンだ。強度も不安だし、あまり長さもない。使えるだろうかと首をひねると、横からエチエンヌが取り上げた。

「親父さんから習ってねえのか? こうすりゃいいんだよ」

 エチエンヌは後ろに回した両手の甲を合わせ、親指同士を縛った。余った分で同様に小指も縛る。なるほど、指ならそれほど長さは必要ない。太い縄よりリボンの方が隙なく締めつけて、こうして指を封じられてはほどきようがなかった。

「へえ、いいね。覚えとこ」

 感心してメロディはうなずいた。見ていたダイアナは、内心ひそかに悩んだ。こういう状況には役に立つ知識だが、はたして伯爵令嬢が覚えておくべきことだろうか。

 そんな彼女をうながしてエチエンヌは廊下に出た。こうなってはメロディの希望に従うしかない。いきあたりばったり感がぬぐえないが、ここでぐずぐずしていたらまた仲間がやってきて、袋小路に追い込まれるだけだ。

「リリアン様たちはどうするの?」

「ああ? んなもんほっとけよ。面倒見てやる義理はねえだろ」

 面倒見のいい彼でも元凶の兄妹にまで情けをかける気はないようだ。冷たく言い放ち、振り返りもしない。そこまで割り切れないメロディは束の間ためらったが、家の中にいた曲者は縛り上げたのだ。あとは外で派手に暴れれば、残りの連中もみんなそちらへ集まってくるだろう。彼らがここでおとなしくしていたら、多分巻き込まれることはない。そう考え、身を固くしている二人を置いて、エチエンヌのあとを追った。

 先に屋内を調べていたエチエンヌは、迷わず地下の貯蔵庫へダイアナを連れて行った。

「あんたはここに隠れてろ。暗くて気持ち悪ぃだろうが、ちっとの辛抱だ。呼びに来るまで出るなよ」

「お二人はどうなさるのです?」

「お嬢が張り切ってっからな。一人で暴走しねえよう、ついてくしかねえだろ」

 疲れたようにエチエンヌは笑う。聞きたいのはそういうことではないのだが、とダイアナがさらに口を開きかけた時、表の方から男の悲鳴が聞こえてきた。

「もう始めてやがる……ったく。じゃあな、隅っこの樽の陰にでも入ってろ」

 エチエンヌは素早く梯子を昇り、持ち上げ式の扉を閉ざしてしまった。暗闇の中に取り残されて、ダイアナは身動きも取れずに立ち尽くした。隠れろと言われても、この闇の中では動けない。

 しかししばらくすると目が慣れて、扉の隙間からわずかに入ってくる明かりで周囲が見えるようになった。言われたとおり樽を少し動かして、その陰にうずくまる。こんな暗い地下に一人でいるのは本来怖いと感じることだが、今は危険な者たちから隠れることしか考えられなかった。

 気がかりなのはメロディとエチエンヌの方だ。二人とも気負いのないようすだったが、大人数を相手に大丈夫なのだろうか。彼らが戦えることは知っていても、見た目はいかにも可愛らしい少女と少年で、大きな男たちを相手にどれだけ対抗できるのか心配でならなかった。

 ここにフェビアンがいたなら、心配する相手が逆だと言っているところだが、そんなことはダイアナにはわからない。時折かすかに聞こえてくる物音や人の声に怯えながら、闇の中で震えていた。

 神よ、どうかあの方たちをお守りください――

 何もできない女の身を情けなく思いながら、おそろしいことが早く終わるよう祈る。いつ迎えは来るだろうか。ふたたび光が差し込んできた時、そこに見えるのが幼なじみの笑顔だったらいいのに。

 彼は、今どうしているだろうか。

 助けて、と願い、彼にこそ助けが必要だと思い出す。無事に外へ出てこられるだろうか。坑道の中で迷ってしまったりしないだろうか。

 何もかもが不安でおそろしく、ひとときも安らげない。どうか、どうか、すべてが無事に終わりますように――ひたすら祈っていると、床を踏みしめる足音が間近に響いた。

 びくりと身をすくめ、ダイアナは入り口を見た。足音は明らかにここへ近付いてくる。扉がぎしぎしと音を立てて持ち上げられる。ダイアナは精一杯身を縮めて樽の陰に隠れた。

 エチエンヌが戻ってきたのか。ならず者たちがやってきたのか。それとも……。

「ダイアナ」

 男性の声が呼ぶ。信じられない思いで、ダイアナは光の中にいる人を見た。



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