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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第三話 きみがほしい
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12 穴の中の人々

 隙間からわずかに見える、山の緑とまぶしい光が実に虚しい。

 試しに崩せそうな辺りに手をかけてみたものの、やはり脱出できそうにはなかった。出口に陣取った大岩は、大人の男が十人がかりでないと動かせそうにない。

「ふむ、どうやらここは、最初から罠として作られていたようだな。この岩をどうやって上に乗せたのだろうね。さぞ大仕事だったろうに、大したものだ」

 のんびりと感心の声を上げる主に、フェビアンが苦笑した。

「団長、誉めてる場合じゃないでしょう。僕らは生き埋めになったんですよ」

「ん。色々経験してきたが、生き埋めというのは初めてだな。といっても自由に身動きできるし、窒息の心配もないのはありがたい」

「でもこのままじゃ飢え死にですよ」

「それは困るな」

 緊張感のないやりとりを、ナサニエルとジンも黙って聞いていた。彼らの顔にも特に焦りはない。焦らなければならない危機には、いまだ陥っていなかった。

 その理由がひそかな足音を立ててやってきた。

「おい、そこに全員いるのか?」

 穴の外からエチエンヌの声がする。セシルは驚かずに答えた。

「ああ、怪我人もいないよ。お前も無事に脱出できたようだね」

「危なかったけどな。仲間の連中が外にいてさ、すぐに出たんじゃ見つかるしどうすっかと思ったよ。全員で岩を落としに上にあがったから、その隙に何とか飛び出したんだが、あやうくぺしゃんこになるとこだったぜ」

 気配を読むことにも消すことにも長け、猫のように素早く動けるエチエンヌならではだろう。よくやったと、セシルは誉めた。

「今は誰もいないのだね?」

「ああ、ご機嫌で引き上げていきやがった。ありゃあ、ただの村人じゃねえな。人殺しに慣れた連中だ」

 穴の中でセシルはうなずく。村に入った時から感じていた違和感が、これで証明された。彼らは己の領民ではない。こそこそと不正を働いていただけの村人にしては、まとう雰囲気が剣呑すぎた。

 案内人を信用して全員でぞろぞろついていくのは危険だ。セシルはすぐ、ひそかに脱出するようエチエンヌに指示した。仲間が外にも残っていれば、ここで何かあっても城へ知らせに行ける。ジンとエチエンヌ、どちらに行かせるかと考えた時、セシルは迷わずエチエンヌを選んだ。気付かれないようひそかに抜け出すなら彼の方が上手い。ジンは一緒に行動してくれた方が心強い。

 案内人に気付かれないようシュルク語で指示したので、フェビアンとナサニエルはすぐには意図がつかめなかっただろう。それでも勘のよさと主への信頼で、そつなく対応してくれた。フェビアンがおしゃべりで案内人の気を引き、ナサニエルは大きな身体で後方を隠した。無言の連係が成功し、エチエンヌは生き埋めをまぬがれたのだった。

 部下たちの優秀さにセシルは満足を覚える。状況はそう気楽なものではないはずだが、不安や危機感はまったくなかった。

「んで、どうすんだ? ヘクターを呼びに行くか?」

 エチエンヌの問いにはいいや、と首を振る。

「あわてる必要はない。まずは、村のようすを調べてくれないか? 彼らが村人ではないとして、では村人たちはどうしているのか、ここで何が行われているのか、お前ならこっそり調べられるだろう? こちらは別の出口をさがしてみるよ」

「あるのか?」

「あるはずだ。案内の男が逃げた以上はね」

 いくつかある横道のどこかが、出口へ通じているのだろう。不慣れな坑道でそれをさがすのは危険な行いだが、不可能ではないと思っていた。墓荒らし対策の罠がいくつも張り巡らされた陵墓に放り込まれ、奥の石室に置かれた目印を取ってくるという、罰当たりにして無茶な訓練が思い出される。初めてそれをやらされたのが十の時なのだから、あの師匠は本当に自分を殺すつもりだったのかもしれない。あわや落ちかけた穴の底で串刺しになった白骨死体を見た時には、外へ戻ったら真っ先に師匠を殺すと誓ったものだ。

 もちろん、素直に殺されてくれるような人ではなかったが。

 さすがにそこまで危険な罠は、ここにはないだろう。ここが坑道だったのは事実で、それを利用した罠は、単に閉じ込めることが目的と思われる。もっとも危険な予想としては、閉じ込めたあと火をかけられることだが、油の臭いもしないし曲者どもは帰ってしまったしで、その心配はなさそうだった。

「明日の朝になっても私たちが出てこなければ、もう一度ここへ来てくれ。食糧持参でね」

「へーへー、気ぃつけろよ」

「そちらもね」

 軽いやりとりでエチエンヌと別れ、セシルたちはふたたび穴の奥へ進んだ。持久戦になりそうなので、一つを残して他のランタンの火は消しておく。

「横道がいくつかあるって言ってましたよね。一つずつ調べていくしかないかなあ」

「そうだね。だがまずは、もう少し奥まで進んでみようか。ここの構造をある程度把握しておきたい」

 セシルの言葉にナサニエルが首をかしげた。

「奥を調べてどうなさるのです? さきほどの男は横道へ逃げたのでしょう?」

 ジンへ視線を向ければ、うなずきが返ってくる。まっすぐ逃げたのであれば、彼が追いつけないはずがなかった。

「ただ逃げただけならいいのだがね、我々が追いかけてくることを予測して、何か仕掛けて待ち構えているという可能性もある。退却する必要が出た時のために、奥の状況を調べておきたい」

「連中が暗殺者なら、確実にそうなりますよね。でもあれは違うんじゃないかなあ。明らかに、我々の訪問は予定外って態度でしたよ」

 常に命を狙われているセシルらしい用心深さに、フェビアンはうなずきつつも反論する。それを認めながらも、セシルは譲らなかった。

「すまないが、逃げ場を確保しておかないと不安でね。まだ焦る必要はないのだから、ゆっくり行きたい」

 主の指示に、それ以上反論は出なかった。セシルの言うことにも一理あると、男たちは奥へ進む。頭をぶつけそうな天井が高くなり、楽に歩けるようになった。

 道幅も少し広くなったようだ。大きな男が三人並んでも歩ける程度はある。先頭をジンが進み、その次にセシル、最後尾をフェビアンとナサニエルが並んで進んだ。ここで襲撃を受けるとしたら前か後ろしかない。横に気を配らなくて済むのはありがたい。

 代わりばえのしない景色が続く。このまま行き止まりまで進むだけかと思い始めた頃、ふとジンが足を止めた。

 後続の三人も立ち止まる。罠でもあるのか、それとも人がいるのか――周囲の気配に耳を澄ますと、前方でかすかに人の気配がした。

 顔を見合わせた男たちは、また歩き出して気配の元へ向かった。どうも、待ち伏せがあるという感じではない。それならば息を殺して闇に身をひそめているだろうが、これはむしろしきりに動いているような、隠れるようすもないものだった。

 近付くにつれてはっきりしてくる。向こうも足音に気付いて動きを止めたようだ。だが誰かいるのは間違いない。おそらく一人――少し曲がった場所を抜けると、ランタンの明かりに人の姿が照らし出された。

「……だ、旦那様!?」

 驚いた声があがり、セシルも眉を上げた。あらためて部下たちと顔を見合わせ、縛られて地面に座り込んだ人を見下ろす。エチエンヌに城へ戻れと言わなくてよかった。

「ヘクター、なぜお前がここにいる? ……そんな格好で」

 いざとなれば頼るつもりだった家令が、両手両脚を縛られて穴の奥に転がっているとは、さしものセシルにも予想外のことだった。

「旦那様こそ、なぜここに……も、もしや、悪党どもをすでに捕縛なさいましたので?」

 期待の混じる問いを向けられて、セシルは肩をすくめた。

「すまない、我々も閉じ込められたんだ」

「なっ……なんという……」

 常に冷静な顔を崩さなかった家令が、目に見えてがっくりとうなだれる。可哀相なので、急いでセシルは言葉を足した。

「いや、こうなることを予想して、外にエチを残しておいたから心配はない。いざとなれば人を呼んでもらえる。とりあえず先に村を調べさせて、こちらは出口をさがすつもりだったんだ」

「団長、話の前に縄をほどいてあげましょうよ」

 苦笑しながらフェビアンが止める。ジンが進み出て、ヘクターをいましめる縄を切ってやった。

 解放されたヘクターは、しかしすぐには立ち上がれないありさまだった。相当長い間縛られていたらしい。ジンがこわばった身体をほぐしてやった。

「大丈夫かね」

「はい。申し訳ございません、お見苦しいさまを」

 大分疲れているようでもある。なんとか縄をほどこうともがいたのだろう、手首は真っ赤になっていた。

「いったいいつからここに囚われていたのかね?」

「今が何時かわかりませんが……おそらく夜は明けているのでしょうね。わたくしは、旦那様がたがお出かけになられたあと、ジモン村へ向かいました」

 ジモン村というのが、通ってきた鉱夫たちの村だ。

「以前ご報告いたしましたとおり、蛍石の採掘について不審な点がございましたので。夕方になれば鉱夫たちも仕事を終えて戻ってきます。話を聞くつもりで村長を訪ねました」

「村には妙な連中がいた。おそらくよそからやってきた、なにやら怪しげな連中だったが」

「そのとおりにございます。あれは村人ではございません。村長のようすがどうもおかしかったので、すでに調べがついて領主様も対策を考えておられると、はったりを言ってみたところ、奴らが現れまして。そのまま捕らえられ、ここに連れてこられたのです」

「では、ひと晩以上縛られていたのか」

 それは辛かっただろうと男たちは同情した。訓練を受けた者であっても辛い仕打ちだ。鼻先すら見えない暗闇の中、飲まず食わずで翌日の昼まで縛られるなど、師匠の訓練に耐えてきたセシルでも、しょっちゅう営倉入りしていたフェビアンでも、遠慮したい話だった。荒事には無縁そうなこの男が、よく今まで持ちこたえたものだ。

「何か食べさせてやりたいところだが、あいにく水しかなくてね。すまない」

 夏場のことなので、各々水筒を携帯している。ナサニエルが自分の水をヘクターに飲ませてやった。渇きを癒した家令は、ようやくほっとした顔になった。

「ありがとうございます……おかげさまでずいぶんと楽になりました」

 手首の傷はもがいたことによる擦過傷なので、深刻なものではない。殴られたとおぼしき痣も顔にあるが、他にこれといって怪我をしていないのが幸いだった。いちばん深刻なのは、疲労と衰弱だろう。だが動けるようになるや、ヘクターは立ち上がった。

「無理をしない方がいい。もう少し休んだら、背負ってやるから」

「いいえ、そのようなお手間はかけられません。旦那様がたも閉じ込められたということでしたが、それは入り口をふさがれたということですか? あの大岩は、以前にはなかったものです。おそらく入り口をふさぐためのものだったのでは」

「ああ。だが他の出口がありそうだから、さがそうとしていたところだ。お前一人くらい、背負って歩けるよ。四人いるのだから、交代で背負えば大した負担ではない」

 ナサニエルがヘクターを止めようと手を伸ばすが、彼は丁重にそれを退けた。

「いいえ、どうかお構いなく。わたくしの不用意な挑発がこの事態を招いたのです。だというのに、旦那様がたのお手をわずらわせるわけにはまいりません。それに、他の出口でしたらわたくしがご案内できます」

「知っているのかね?」

「領内のことはすべて把握いたしております。鉱山も何度も視察を重ねてまいりました。どこがどうつながっているのか、完璧に記憶しておりますので、ご心配なく。こうして自由になれた以上は問題なく外へ出られます」

 頼もしい家令の言葉に、一同は感心した。手さぐりで出口をさがす覚悟だったのに、これで一気に楽になった。

「それはありがたいけど、だったらなおさら途中で倒れられちゃ困る。やせ我慢しないで素直に背負われたら?」

 フェビアンが言った。セシルたちもうなずく。しかしヘクターは強情に首を振った。

「この程度で倒れてなどいられるものですか。あの不埒者どもをこらしめてやるまでは、死んでも倒れません。長年領主不在の土地を、我が一族が懸命に守ってきたものを……祖父は失意の中で亡くなり、父は仕えるべき主のないままに生涯を過ごし、わたくしの代でようやく新たなご主人様をお迎えし、全力でお仕えしようと決意しておりましたものを! 代々伝えられてきた知識とこれまでの人生で培ってきた経験を、ようやく役に立てられる時が来ましたのに! よきご領主をお迎えできたと領民たちも喜んでおりましたのに、こんなことになるとは――まして旦那様まで危険にさらしてしまうとは、己の不甲斐なさと悪党どもへの怒りで(はらわた)がねじ切れそうです。悠長に倒れてなどいられる場合ですか! 死んでも外へ出てあやつらに天誅を下してやります!」

 鉄面皮だったはずの家令が、話すうちにどんどん顔つきを変えていく。言葉どおり爛々と怒りに目を燃やし、鼻息も荒く拳を振り上げる。こんな熱い男だったのかと、全員が驚いていた。

「きみ、もしかしてオークウッドに親戚いない?」

 仲間の少女に通じるものを感じ、腰の引けるフェビアンである。セシルたちも同様だ。

 今は何を言っても聞きそうにないし、弱り切った身体を怒りと使命感だけが支えているのだとわかる。好きなようにさせてやった方がいいと判断し、セシルはヘクターに先導させることにした。持病はないということだから、多少無理をしてもいきなり昇天するようなことにはならないだろう。

 宣言どおり自信に満ちた足取りで、ヘクターは複雑な進路を迷わず選んだ。当たり前だが陵墓のような罠はなく、頭上と足元に気をつけるだけで淡々と進むことができた。

「あの悪党どもは、どうやらプラウズ伯爵が雇った無頼漢のようです」

 主たちを案内しながら、ヘクターは知り得た情報を報告した。

「よそで盗みや強請(ゆすり)たかりを働いていたような連中を集め、ジモン村へ連れてきたのです。村人たちを監視しながら、採掘した蛍石を伯爵へと流していたようです」

 ここでプラウズ伯爵の名前が出てきたことに、セシルも部下たちも大きく驚きはしなかった。村へ入った時に聞かされた伯爵という言葉から、多少の予想はしていた。ヘクターの言う監視役がすぐにごまかしたが、それで忘れるような彼らではない。伯爵位を持つ貴族は山ほどいるが、いちばん可能性が高いのはお隣さんだ。この一件の裏にプラウズ伯爵がいるのではないかと、薄々察してはいた。

「ふむ、不正にはプラウズ伯爵が噛んでいたのか」

「むしろ首謀者と言うべきかと。はじめは村長をそそのかし、少しずつ横流しをさせていたようです。そしてそれを盾にして村人たちを脅し、どんどん要求を増やしていったのです。いまや採掘する蛍石のほとんどは伯爵の元へと……村人たちが裏切らないよう無頼漢どもに監視させ、女子供や老人を人質にして男たちに働かせ、すっかり己の奴隷のように扱っていたのです」

「ただの被害者ってわけでもなく、自分たちも共犯ではあるから、村人も訴えられませんよねえ。自業自得ではあるかな」

 呆れた調子で笑うのはフェビアンだ。たしかに欲を出した村人たちにも罪はある。真面目に働けばけっして困窮することのないよう、セシルもヘクターも配慮しているのに、たやすく誘惑に負けて不正に手を出したのだ。その報いは受けるべきだが、それはそれとして悪事を放置しておくわけにはいかない。まずは村からならず者たちを一掃する必要がある。

「こうなると、伯爵がやたらと団長に自分の娘を薦めてきたのも、あやしいですね。舅と婿の関係になれば、事が露顕しても大目に見てもらえると踏んだのか、あるいはさらに利が得られるとでも計算したのか」

「……実は、土地の売買を持ちかけられたこともある。領地の境界線付近の山を、買い取らせてもらえないかと言ってきてね」

 考えてみればその話を断った後から、娘との縁談を薦められるようになったのだ。縁続きになれば、売買にも乗ってもらえると思ったのだろうか。

「山を、ですか」

「いくらお隣だからって、いきなり山を売ってくれなんて言いますかね」

「なんでも、昔は伯爵領に含まれる土地だったというのが彼の言い分だ。今現在の所有権をどうこう言う気はないが、できることなら元通りにしたい、ということだった。一応調べてみたら、今の境界が定められたのが百二十年ほど前だ。その頃は国内での紛争が多く、モンティースと隣のコールフィールドでももめていたらしい。どさくさで奪われた領地という認識が伯爵家の側にはあったのだろう。利害ではなく土地に対するこだわりという雰囲気で話を聞かされたが……はたしてどこまで本当だったのやら」

 セシルは笑いながら肩をすくめた。不正の話を知った今では、そちらが建前で山から得られる利益の方を重視していたのだろうと考えるしかない。

「……もしや、この数年採掘量が減ったと見せかけていたのは、そのためでもあったのでしょうか」

「さて、どちらが先なのやら。たしかに資産価値の落ちた山ならば、手放す気になると踏んだのかもしれない。しかしそうまでして手に入れたいものかね、蛍石というものは? 紅玉や金剛石などに比べれば、宝石としての値打ちは劣るはずだが」

 工業用の需要もあって、それなりの財産にはちがいない。しかし貴族が目の色を変えて飛びつくほどの山ではない。伯爵の思惑がいまひとつ掴みきれないとセシルは首をひねった。

 考えながらも一行は足を止めずに暗い坑道を進む。ヘクターは驚くべき気力でもって先導を続けた。倒れそうになったらすぐさま支えるつもりでジンとナサニエルがそばについているが、必要ないとばかり背筋を伸ばして歩く。あとどのくらいかと問われ、そう長くはかからないと答えた。

「あとはもう、このまままっすぐ登るだけです。じきに外の明かりが見えてきますでしょう」

「なら、お前は後ろに下がりなさい。待ち伏せがあってはいけないから、ジンが前に出て」

「かしこまりました」

 ヘクターの返事を待たずにジンが彼を追い越す。ナサニエルがヘクターの腕を引き、セシルのそばまで下がらせた。

「外へ出たら、まず何をします?」

 後ろからフェビアンが尋ねる。

「村へ行って監視役とやらを取り押さえる。入り口をふさいだところで、他にも出口があるのだから、時間が経てば我々が出てくることは承知しているだろう。閉じ込めたというより、単なる時間稼ぎのつもりだろうね。今頃大急ぎで逃げる用意をしているはずだ。エチが見張ってくれているだろうが、できれば村を出る前に捕まえたい。大切な生き証人だから、くれぐれも殺さないようにね」

 釘を刺されてフェビアンが肩をすくめる。本気なのか冗談なのか、面倒なとぼやいてみせた。

「ま、急ごうって意見には賛成ですよ。あんまりのんびりしてると、僕らが帰って来ないことに痺れを切らして、ハニーが乗り込んで来そうですからね」

「……私も、ちょうどそれを考えていた」

 あの火の玉みたいな娘が、帰らない仲間たちを心配しながらひたすら待っているとは思えない。ダイアナという(おもり)があってもどこまでもつものか――メロディの腕前は承知しているが、何も知らずに悪党どもの巣に飛び込んでくるのはいかにも危険だ。考えると不安だった。

「いや、そっちじゃなくて、ハニーが生き証人を皆殺しにしてしまわないかと、僕は心配してるんですが」

「いくらなんでも、それはないだろう。メロディ君は無闇に命を奪うような真似はしない」

「でもいざとなったらためらいませんよ。もうすっかり吹っ切れちゃって、殺すつもりで武器を向けてくる以上は、己が殺される覚悟も持ってしかるべきだ――って、実に(おとこ)らしく考えていますから」

「…………」

 返す言葉のないセシルである。ナサニエルも、先頭を歩くジンも、フェビアンの言葉に大いに同感だった。

 ひとり、ヘクターだけが不可解な顔をしていたが、主たちの話に割ってはいるような真似はせず、慎ましく黙って聞いていた。

「……とにかく、急ごう。いろんな意味で時間がない」

 明確な返事を避け、セシルは無理やり話をまとめる。家令の体調を気にかけつつも、男たちは出口へ急いだ。



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