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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第三話 きみがほしい
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7 華やかなる開戦

 ちょうど日が暮れるよい頃合いに、プラウズ伯爵の館に到着した。

 こちらも新しい時代の建物らしく、戦備えはない。門をくぐった先に広がるのは自然風の庭園だった。森のような木立ちや草花の群生があり、小さな川まで流れている。時折リスやウサギが姿を見せる道を走り、ずいぶん時間をかけて到着した母屋の玄関前には、すでに多くの馬車が停められていた。

 そこで風景が一変する。これまでとは反対に、華やかな都会風の眺めだった。広い車回しの中央には噴水があり、その周囲には背の高い外灯が設置されて、いくつものランプが水に光を映している。どうやら近年になって整備しなおしたようで、他の風景から少々浮いていた。

 先に降りたセシルが手を貸してくれて、メロディも馬車を降りる。後続の馬車からダイアナも降りていた。彼女をエスコートしているのはエチエンヌだ。他の三名は騎士の身なりで護衛として同行していた。

 この取り決めには、出発前に少しだけもめた。貴族の子弟として動くことをエチエンヌが嫌がったからだ。

「お前がやればいいだろ、本職なんだからよ」

 フェビアンに押しつけようとするのを、笑ってかわされる。

「あいにく、衣装の持ち合わせがない。舞踏会なんて考えてなかったから、普段着しか持ってこなかったよ。ドナたちが用意してくれたのも団の正装だけだしねえ。団長のもエチのも寸法が合わなくて着られないし、しょうがないよねえ」

 エチエンヌにはしっかりテイルコートが用意されており、フェビアンたちにも真紅の制服が用意されている。たまたまとはとても言えない、どう考えても意図的に仕組まれたことだが、そしらぬ顔でフェビアンは抗議を受け流した。

「それに、こっちでないと帯剣できないからね。君は上着の下に小柄を仕込めるんだから、それでも困らないだろう?」

「つったって、こんな窮屈な服……動きにくいぜ」

 光沢のある絹のテイルコートにレースのタイ、足元はぴかぴかするエナメルの短靴と、一分の隙もなく着飾らされて、エチエンヌは出発前からうんざりしていた。普段無造作に流されている赤毛も、きれいに整えてある。彼の身支度を手伝ったのはヘクターの妻である家政婦だが、田舎暮らしの割に都会の流行もきちんと把握していた。

「その気になればらしく(・・・)ふるまえるくせに、泣きごと言わない。元旅芸人の技を見せてよ。芝居はお手の物だろう?」

「オレはいつも女役だったんだよ」

 エチエンヌを笑ってはいられない。メロディもこうした場で求められる優雅なふるまいというものには、およそ自信がなかった。

「わたしも制服の方がよかったです……これじゃ護衛のお仕事ができないし」

「たまにはいいじゃないか。せっかくの機会だ、こういう場に出る時くらい、可愛く装って周りの目を楽しませておくれ」

 メロディはちょっとむくれて隣を歩くセシルをにらむ。そんな調子のいいことを口にしても、彼が十代の少女になど魅力を感じていないことは知っている。

 彼の望みどおり、蛍石の装飾品を身につけていったメロディを見た時にも、特にこれといって反応していなかった。いちおう誉めてはくれたけれど、形式的なお愛想だった気がしてならない。

 少しくらい驚くとか、見とれるとか、してくれたらいいのにと思う反面、そんな光景はとても想像できなかった。だいいちそれは騎士には必要ないものだし、気にしている自分もおかしい。なんだかすっきりしない不愉快な気分だ。

 玄関へ向かった一行は大歓迎でもって迎えられた。すぐさま伯爵夫妻が飛び出してきてセシルに挨拶をする。プラウズ伯爵は四十代の、息子とはあまり似ないずんぐりとした身体つきをしていた。腹の辺りにだいぶ余計な肉がついている。

「公爵、ようこそおいでくださいました。当家の宴に足をお運びくださいまして、心よりお礼を申し上げます」

「お招きありがとう。大人数でおしかけて申し訳ないね」

「いやいや、公の御身をお守りする護衛ですからな、どうぞお気になさらず。……こちらの令嬢は?」

 鷹揚に答える伯爵の視線が、セシルにエスコートされたメロディへ向かう。メロディは膝を折っておじぎした。

「アラディン卿の息女、メロディ嬢だよ。子細あって、私が預かっている」

 セシルの紹介に内心でちょっとひっかかる。どうして部下と言ってくれないのだろう。ドレス姿だから? 今の姿では護衛の一人と紹介しても不審がられるからだろうか。

「おお、そういえばその髪に顔立ち……いや、これは初めまして、メロディ嬢」

「お初にお目にかかります、プラウズ伯爵、ヘロイーズ夫人。アラディン・エイヴォリーの娘、メロディです」

 薔薇の騎士として胸を張りたいところを抑え、無難な挨拶で済ませる。伯爵も夫人も愛想のいい笑顔で応じたが、どこか歓迎されていない雰囲気を感じてまたも内心首をかしげるメロディだった。

 招待されてもいないのに図々しいと思われたのだろうか。でもセシルが連れてきたのだから、礼儀上の問題はないはずだ。

「こちらも子供たちを紹介させてくださいな」

 夫と対照的にほっそりとした夫人が言って、うしろに立つふたりを手招きした。一人はすでに承知のジェラルドだ。彼はこの場では常識的に、先日の非礼を詫び、今日の来訪に礼を述べるだけで終わった。だが、その目がぬかりなく後ろのダイアナをとらえている。身を固くするダイアナをさりげなくエチエンヌが引き寄せ、セシルの背後を守るふりしてナサニエルの大きな身体が割り込んだ。ジェラルドはわずかに不快そうな表情を浮かべたが、両親と公爵の手前おとなしく黙っていた。

 自分の順番が回ってくるのを待ちかねたというようすで乗り出したのは、メロディとさほど歳が違わない少女だ。一つ二つほど上だろうか。陶器の人形のように整った、愛らしい顔立ちをしていた。どうやら兄妹はともに母親似らしい。勝気そうな青い瞳は、まっすぐセシルへ向けられていた。

「ごきげんよう、公爵様。リリアンですわ」

 ミルク色の頬を上気させて、伯爵令嬢は可憐におじぎした。

「まるで夢のよう、シャノン公爵様が我が家へお越しくださるなんて。よその舞踏会では気後れしてしまって、とてもおそばへは寄れませんでしたもの。遠目にお姿を見るのがやっとでしたのに、こんなに間近でご挨拶できるだなんて、まだ信じられない気分ですわ。ねえ公爵様、最初の曲は踊ってくださいますでしょう?」

 気後れしていたという割に積極的なおねだりだ。セシルは苦笑を隠して答えた。

「ごきげんよう、リリアン嬢。一曲目はパートナーと踊るものだから、その次にお相手いただこうか」

「あら……」

 そこでようやくリリアン嬢の目がメロディへ向けられる。会釈するメロディを瞬時に上から下まで見るや、整った顔に冷やかな笑いが浮かんだ。驚くメロディに挨拶も会釈もせず、またリリアンの目はセシルへ向かう。

「しかたありませんわ、では二曲目と、それから最後の曲をお願いしますね」

 これにははっきり苦笑して、セシルは答を返さなかった。儀礼的には最後のダンスもパートナーと踊るものである。納得したふりをして、リリアンの要求はやはり身勝手なものだった。

 彼の横でメロディはとにかく驚いていた。名前を告げての挨拶の場で、これほど無礼な態度を取られたのは初めてだ。腹を立てるよりも呆気にとられてしまった。伯爵夫妻からもなんとなく歓迎されない空気は感じたが、リリアンはそんな可愛らしいものではない。メロディを見る目には明らかに敵意が存在していたし、その後はきれいさっぱり無視されていた。

 なんだろう、そんなにセシルと最初のダンスを踊りたかったのだろうか。だからメロディが気に食わないのか?

 それなら譲ってあげるべきかと考えるも、メロディは別にセシルと約束していたわけではない。ドレスを着せられて、その流れでなんとなくエスコートされてきただけだ。パートナーという意識もなかった。セシルは誰と踊ってもいいはずなのに、わざわざああ言って断ったということは、彼女の願いを聞き入れたくなかったのではないだろうか。と、そこまで考えて、ようやく裏に隠れた事情が見えてきた。

 カムデンにいる頃からしきりに誘われていたため、こうした誘いを予想していたとセシルは言っていた。そのうえで、メロディの荷物にドレスを用意させ、パートナーよろしくエスコートしてきた。以前舞踏会へ同行した時には、独身の男女が連れ立って出席すると婚約発表と受け取られるため、名前と身元を伏せるよう言われたのに、今回は彼の方からメロディを紹介した。それらの理由が、リリアンの態度に表れていないだろうか。

 ――どうやら、縁談が持ち上がっていたのはダイアナだけではなかったらしい。伯爵からしきりに娘をお勧めされて困っていたセシルは、メロディを盾に使おうと考えたわけだ。

 遅まきながらむっと腹を立てたメロディは、セシルをリリアンへ向かって蹴り出してやりたくなった。たしかに自分は護衛だが、そんな目的に使われたくはない。女性問題は自分で片付けてほしい。

 今すぐ彼の手をふりほどき、回れ右して帰りたいところだが、じっさいにそうするわけにもいかず、メロディはむくれながらもおとなしく会場へ入った。思ったよりたくさんの人が集まっている。セシルと顔見知りの人も多いらしく、あちこちから声をかけられ、しばらくは挨拶にふりまわされることになった。ようやく落ちついたかと思ったら音楽が始まる。メロディとセシルは組んだまま、人々と一緒になって踊り始めた。

「……機嫌が悪そうだね」

「ご自分の胸にお聞きになってください」

 挨拶の時には我慢して笑顔を作っていたが、セシル相手に愛想をふりまく気はない。メロディはぶすっとして彼と目を合わさなかった。もっとも合わせようと思ったらうんと上を向かなければならないので、普通にしているだけとも言える。

「あー……プラウズ伯爵は、けっこう押しの強い人物でね」

「セシル様は押しの強い人が苦手ですものね。うちの父にもお弱いですし。わたしを嫁に勧められた時同様、お困りになったわけですね」

「……すまなかったよ」

 ふん、とメロディは顎をそびやかす。メロディのことなんて女のうちにも数えていないくせに、こんな時だけ利用してくるのが腹立たしい。

「いっそヘロイーズ夫人を口説かれればよろしいのではありませんか? そちらならばっちり好みでしょう」

「夫君の前でかい? できるわけなかろう。それに私の付き合いは社交の一環で、そういう不純なものではないと言っただろう」

「知りません」

 不純と言うなら勝手にメロディを利用することだって不純ではないか。ぷんぷんと腹を立てながらも、メロディの足取りに危なげなところはない。特訓のおかげで今回は足を踏むおそれはなかった。わざと踏まなかったのは、人のよさの表れだ。

 つんとそむけた顔が、偶然近くで踊る組に向く。未婚の令嬢らしく兄と踊っていたリリアンもまた、こちらを見ていた。

 一瞬ぶつかった視線が怖くて、あわててメロディは顔を戻した。

「……セシル様、リリアン様とはこれまでにもお付き合いが?」

 向こうに聞こえないよう、声を落として尋ねる。

「ないよ。挨拶の時に彼女もそう言っていただろう」

 セシルもリリアンを気にしてか、小声で答えてきた。

「その割に、ずいぶんはっきりした態度を見せていらっしゃいますけど」

「我が強いのは兄妹共通みたいだね。……そんなに公爵の肩書は魅力的かねえ。ぽっと出の、まだ基盤も弱い名前だけの公爵なのに」

 ため息まじりの愚痴がなんだか哀れで、メロディを上を見た。たしかに公爵夫人の座は魅力的だろう。ぽっと出とは言っても女王の甥なのだから、そう馬鹿にしたものでもない。人脈づくりには余念がないし、財産を増やす努力もしている。今後ますます、セシルの力は増えていくはずだ。立派にお買い得物件だろう。

 けれど、それだけが女性の心を惹きつけているわけではないと思う。この人は自分の姿をちゃんと見ていないのかと、メロディは少し呆れた。

「セシル様はおきれいですもの、若い女性が憧れるのは当然だと思いますよ」

「君の父君や兄君たちの方が、よほどに美しいと思うが」

「ええ、父や兄たちも女性に人気があるようですね。騎士としても立派な人たちですから……でもセシル様には、優雅という武器があります。優雅さにおいては誰にもひけを取りません」

「……それは、ありがとう」

 力説すると、笑いをこらえるような声が返ってくる。あれ、とメロディは首をかしげた。彼に怒っていたはずなのに、いつの間に励ます側に回っているのだろう。

 そんなふたりとやはり近い場所で、エチエンヌとダイアナも踊っていた。さんざん愚図っていた割に若君らしい姿をうまくとりつくろって、エチエンヌは上手に踊っている。ダイアナのおかげもあるだろう。なかなかに似合いの一対だった。地味な装いで隠そうとしても、ダイアナの若々しく凛とした美しさは人の目を惹きつける。そして話してみれば、彼女の知性と愛嬌を知ることができる。ジェラルドと親しくした覚えもないのに一方的な好意を持たれてしまったのも、わからないではなかった。

 そのジェラルドは、妹と踊りながら粘着質な視線をダイアナへ向けていた。一曲目が終わればすかさず誘いに来るだろう。相手が主催者の息子である以上、誘われれば一度は踊るのが礼儀だ。次だけは我慢しろとセシルからも言われていた。曲が終わればメロディとエチエンヌですぐに助け出す予定になっている。

「貴族ってのは大変だな。気に入らねえ奴は殴って追い払うってわけにはいかねえのか」

 エチエンヌの言葉に、ダイアナはくすりと笑いをこぼした。

「そうできればと、わたしも何度も思いました。昔よくフェビアンと喧嘩したように、彼にも遠慮なく攻撃できればよかったのですけど」

 菫の瞳を軽く瞠り、エチエンヌは唇の端を吊り上げた。

「へえ、いかにも貴族のお姫様って感じなのに、そんな派手なケンカしてたのか」

「こ、子供の頃の話ですわ」

 あわてて言い返すダイアナの頬が少しだけ赤くなる。

「あんた本当はけっこうじゃじゃ馬なんじゃねえ? うちの筋肉お嬢と気が合いそうだよな」

「そんな……」

「ちなみに、どんなふうに攻撃してたんだ? あのフェンもガキの頃はやられて泣いて帰ってたとか言ったら、すげー面白ぇんだけど。ぜひ教えてくれよ、あいつをからかういいネタになる」

「…………」

 聞いたとたん、それまで恥ずかしそうにうろたえていたダイアナが顔色を変えた。急に元気をなくして視線を落とす。

 何事かと驚くうちに曲が終わった。足を止めたもののパートナーに礼をするという作法を忘れ、エチエンヌはそのままダイアナを見つめていた。このようすからして、フェビアンとの間に流れる妙にぎこちない雰囲気の理由かもしれない。彼女を問い詰めるべきか知らん顔で流すべきか――迷っている間に、ジェラルドが押しかけてきてしまった。

「ダイアナ嬢、次は私と踊っていただけますね」

 断られるなどと微塵も思っていない、自信に満ちた笑顔だ。当然の権利と言わんばかり、エチエンヌを押し退ける勢いでずかずかと近寄ってくる。このまま好きなようにさせてやるのは気分が悪いので、エチエンヌは少しばかり嫌がらせをしてやることにした。

「おやおや、せっかちな方だ。まだこちらは礼も終わっていないというのに」

 セシルやフェビアンの口調を真似て、わざとダイアナの肩を抱き寄せてみせる。案の定、ジェラルドの顔が不快げに歪んだ。

「それはまた、とうに曲が終わっているというのに不作法なことだ。うわべはとりつくろえても、まだ貴族らしいふるまいは身についていないようですね」

 あからさまな嘲笑に反応したのはダイアナの方だった。表情を固くして口を開く。

「ジェラルド様、お言葉がすぎるのではありませんか。今のは公爵家の若君に対する態度ではありませんわ」

「ああ、さすがあなたは優しく礼儀を忘れないお方だ。そう、名前だけでも公爵の息子なのですから、作法もわきまえていらっしゃるはずですね。曲が終わったあとも次に譲ろうとせず独占するなど、見苦しいことはなさいますまい」

 あてつけがましい言い方に、エチエンヌは鼻で笑った。いいことを言ってくれるものだ。曲が終わったあとダイアナを救出するのがやりやすくなった。

「しかたありませんね、名残惜しいがしばしのお別れです」

 肩から下ろした手でダイアナの手をすくいとり、唇を寄せる。そのまま至近距離で視線を流すと、ダイアナの頬に朱がさした。

 男女を問わず誘惑する美貌と色香だ。若い令嬢には刺激が強すぎたらしい。

「またあとで、お相手願いますよ、ダイアナ」

「え、ええ、もちろん。またのちほど」

 どぎまぎとうなずくダイアナをジェラルドが強引に引き寄せる。にらんでくる目に肩をすくめて返し、エチエンヌは彼らが離れていくのを見送った。

 振り返れば、壁際でフェビアンがなりゆきを眺めていた。エチエンヌの視線に気付いて手を振ってよこす。とりあえず殴ってやるかと、エチエンヌはそちらへ歩いていった。




 案の定踊り終わったあともジェラルドはダイアナを放すまいとねばったが、自身の発言が仇となって最終的には引き下がらざるを得なかった。顔中に不満を浮かべた男とにらみ合うのはエチエンヌにまかせ、メロディはダイアナを連れてさっさとその場から逃げ出す。またジェラルドが近寄ってこないよう、できればセシルのそばに行きたかったのだが、彼はどこぞの夫人と談笑中だ。なんだか無性に腹が立つのを我慢して、ひとまず隅のテーブルへ向かった。ジンとフェビアンが近い場所にいる。なにかあればすぐに来てもらえる距離だ。

「ありがとうございます」

 ダイアナが頭を下げる。メロディは笑ってテーブルから飲み物を取り上げた。

「お礼ならエチに言ってあげてください。普段は文句ばかり言ってますけど、いざという時にはすごく頼りになるでしょう? ああ見えてとっても世話焼きの優しい人なんです。今日ここまでおとなしくついてきたのだって、ダイアナ様のためですよ。セシル様の息子だからって言われただけなら、絶対に動きませんでした」

 差し出されたグラスを受け取り、ダイアナは微笑む。エチエンヌの方を振り返り、セシルやナサニエル、ジンにフェビアン……と視線をめぐらせ、ゆっくりメロディに目を戻した。

「本当に、皆様には感謝してもしきれません。とてもよくしていただいて……フェビアンの知人だからというだけで、どうしてこんなにも助けていただけるのか、驚くほどですわ」

「どうしてって、それはダイアナ様が望まれたからですよ」

 自分も飲み物に口をつけて、メロディは快活に言う。

「違法性のない両親も認めた縁談に、無関係な他人が口出しはできません。たとえ友人であってもね。それはおわかりでしょう?」

「……ええ」

「ダイアナ様がご両親に従うことを選ばれるなら、わたしたちは何もできませんでした。でも嫌だとはっきりおっしゃって、助けを望まれたでしょう? ご本人がそうして意志を明確にされたなら、いくらでもお助けします。すべては、ダイアナ様次第ですよ」

 年下の少女のたのもしい言葉に、ダイアナはそっと目を伏せてにじんだ涙を隠した。ずっとひとりで悩み、戦ってきた中で、ようやく得られた救いだった。両親をどう納得させるか、そもそもジェラルドがあきらめてくれるのか、不安は消えないが心はずいぶんと軽くなっている。ひとりではないということが、このうえなくうれしかった。

 あの時、盗賊に襲われたことは不運としか言いようがなかったが、しかしそのおかげで大きな幸運とめぐり会えた。巡り合わせとは本当に数奇なものだ。盗賊から助けてくれたのが他の誰であっても、今のこの状況はなかっただろう。フェビアンとの再会、その仲間たちとの出会いは、奇跡のような幸運だった。

 落ち着いた目を上げれば、金色の少女が変わらず微笑んでいる。天使かと思う愛らしさなのに、妙にたくましさと頼もしさを感じさせる娘だ。父親似の美貌のせいか、幼さの中にも力強い迫力を秘めた、不思議な存在だった。

 彼はこの人をどう思っているのだろう。つい、そんな方へ意識が向いてしまい、視線がフェビアンをさがす。すると視界に、こちらへ歩いてくる人影が映った。

 声をかけるまでもなく、メロディもすぐに気付いた。ふたりしてやってくる人を見る。勝気そうな青い瞳はまっすぐメロディに向けられていた。

「ごきげんよう、お楽しみいただけているかしら?」

 挑戦的な視線を隠すことなく、口先だけは親しげに、プラウズ伯爵令嬢リリアンは話しかけてきた。



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