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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第三話 きみがほしい
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6 不穏な招待状

 ふたたびジェラルドが接触してきたのは、それから二日後のことだった。ヘクターが知らせを持ってきた時、薔薇の騎士たちは総出で野菜の収穫に精を出しているところだった。

「旦那様、プラウズ伯爵家より招待状が届きました」

「招待状?」

 シャツの袖をまくり上げて畑に立つ、土に汚れた主の姿に表情を変えることもなく、畦道にかしこまってヘクターは伝えた。

「明後日、近在の友人知人を集めて舞踏会を開くので、ぜひご出席を賜りたいとのことです。ダイアナ様にもご一緒いただけますようにと、特に一言添えられております」

 彼の周りで同じような姿で働いていた部下たちも、手を止めて聞いていた。メロディはたちまちむっと眉間にしわを寄せ、フェビアンは皮肉な笑いをひらめかせて肩をすくめた。

「遣いの者が本日お返事をいただいて帰りたいと、城でお待ちしております」

「お前が代理で返事をしておいてくれ。今、こんな状態だからね」

 収穫したばかりのカボチャをジンに渡し、セシルは言った。

「部下たちも全員一緒でよければ、伺わせていただこうと」

「かしこまりました、そのように伝えてまいります。ところで旦那様、そちらのカボチャはまだ収穫には早いと存じます」

 止められて、セシルは次の戦利品と定めたカボチャを見つめ直した。

「……そうなのかね?」

「ヘタに(ひび)が入った頃が採り頃にございます。もう五日ばかり置いてからがよいでしょう」

 淡々と言ってヘクターは引き返していった。相変わらずにこりともしないが、セシルたちとの会話を厭うようすはなく、自分からも話しかけてくれる。そのうちあの顔のままで冗談を言い出しそうだ。

「全員でって、オレも行くのかよ」

 舞踏会と聞いて、エチエンヌが嫌そうに顔をしかめた。

「父が行くのに自分は断ると? 我が息子よ」

 エチエンヌは無言でカボチャを投げつける。難なくそれを受け止め、セシルは笑った。

「今夜から至急ダンスのレッスンだね。必要があるのはエチとメロディ君――ナサニエル君はどうなのかね?」

 カボチャの詰まった重い籠を持ち上げながら、ナサニエルは少々情けない顔になった。

「まったく踊れないとは申しませんが……」

「よろしい、エチとメロディ君とナサニエル君の三名は特訓だ。フェビアン君は教師役を手伝ってくれたまえ」

「はーい」

「ダンスなんかやらねえぞ、オレは」

「そういうわけにはいかない。公爵家の息子として出れば、必ず申し込まれるだろうからね。王宮舞踏会ならいざしらず、個人主催の小さな宴で全員お断りするのはあまりにも不作法だよ。せめて主催者の奥方や令嬢くらいとは踊らないと。お前が元は貴族の生まれではない養子と知って、相手はわざと恥をかかせようとするかもしれない。期待どおりに無様な姿ををさらしてやるかね?」

 行儀悪く舌打ちをしてエチエンヌは顔をそむけた。先日若君を演じてみせたあとでは、今さら一部下として行くわけにはいかない。失敗すれば、エチエンヌだけでなくセシルにも恥をかかせ、あるいはダイアナにまで被害が及ぶかもしれないことを、彼はちゃんと理解していた。舞踏会など、どう考えても自分の出る場所ではないのだが、あきらめて従うしかなさそうだ。

「あの……セシル様、わたしドレスなんて持ってきてないんですけど……」

 困った口調で言ったのはメロディだった。男装のままで出席するにしても、舞踏会に着ていけるような衣装は持っていない。

「心配ない、どうせこうなるだろうと思ってドナに言っておいたから。荷物の中に一式入っているよ」

 なんでもない調子で言われて目を丸くする。いつの間に、と呆れた。

「どうりで荷物が多いと思ったら。団長には予想済みの展開でしたか」

「プラウズ伯爵にはカムデンにいる時から声をかけられていたのでね。ぜひうちの館にも遊びに来てほしいとしきりに誘われたよ」

「ああ、それで……」

 フェビアンはメロディを見て、なにやら意味ありげに笑う。メロディが首をかしげる前で、セシルは千切った葉をフェビアンに突きつけた。

「うわ! ちょっとこれ虫がついてるじゃないですか! やめてくださいよ!」

「余計なおしゃべりをやめないと、その口に突っ込むよ」

「まだ何も言ってないじゃないですか。やめて、本当に虫はやめて」

「可愛いてんとう虫じゃないか」

「あ、あの、領主様……」

 畑の隅で見守っていた若い農夫が、遠慮がちに口を挟んできた。

「ご用がおありでしたら、どうぞお戻りになってください。こんなに手伝っていただいて、本当に助かりました、ありがとうございます。お手をわずらわせて申し訳ありませんでした」

 礼と詫びを口にする畑の主は、両手両膝をついて四つん這いになっている。半端に平伏しているのではなく、それ以上起き上がることができないのだ。

「いや、全部運びきってしまわないと、この状態で中断はできないだろう」

 まだカボチャは全部荷車まで運ばれていないし、さらに荷車を家まで引いて行く必要がある。屋根の修理中にうっかり落ちて腰を痛めてしまった農夫一人では、とても無理な作業だった。

「で、ですが、大事なご用がおありで……」

「さほど大事ではないし急ぎでもない。手伝うと言ったからには、きりのいい所までやっていくよ。時に、このカボチャは採り頃かね?」

「は、はあ……ありがとうございます……ちょっと早いです」

 生まれて初めての農業体験を、けっこう楽しんでいる公爵である。

「明日には手伝いの人が来てくれるんだよね?」

 フェビアンに聞かれて、農夫はうなずいた。

「はい、女房のおっかさんと兄さんが。どのみち近いうちに来ることになってましたんで」

「それなら安心だ。収穫しただけじゃ意味ないもんねえ。早く出荷しないと腐っちゃうし」

 もともとそう言って仲間と主を畑に引っ張り出したのはメロディだ。先日同様、困っている村人から話を聞いてきたのだった。

 夏の野菜は一日収穫が遅れただけでだいなしになる。自宅で食べるならともかく出荷はできなくなるので、たくさん捨てる羽目になる。それはもったいないと息巻いて手伝いを申し出た。男の身なりをした珍妙な少女が大急ぎで帰っていくのを呆気にとられて見送った農夫は、やがて彼女が連れてきた面子に痛めた腰をさらに抜かしそうになった。公爵様に畑仕事なんてさせたら打ち首になると青ざめ、全力で固辞する彼に領主は笑って、

「今領内で、いちばん暇で力が余っているのは我々だと言われては否定のしようがなくてね。まあ、自分の領地のことを知るいい機会だ。手伝わせてくれないかね」

 と、おっとりと言った。

 見た目は実に立派な貴族なのに、なんとものんびりした人である。

 六人で取りかかれば急ぐ収穫はすぐに片づいた。せっかくだから重たいものも運んでしまえとカボチャに手をつけたところへの知らせだった。

「なんで、こいつは急がなくてもよかったんだ?」

 エチエンヌが不思議そうに尋ねた。はじめ、農夫はナスとキュウリだけ採ってくれればいい、カボチャは放っておいてかまわないと言っていたのだ。

「キュウリみたいに足が早くないもの。それにカボチャは収穫してから何ヶ月も寝かさないとだめなの。すぐ食べても美味しくないんだよ」

 答えるメロディは、実に生き生きしている。いちいち指示を受けなくても、どれをどう採ればいいか心得ていて、てきぱき働いていた。

「いやあ、お嬢様はよくご存じで。未来の奥方様がこんなに理解のあるお優しい方とは、ありがたいことです」

 感極まる農夫の言葉に、セシルはなんとも言えない顔になった。

「未来の奥方って……」

「領主様の婚約者様でいらっしゃるんでしょう? 貴族のお嬢様は、こんな畑になんて近寄ったりなさるもんじゃないと思っておりましたが、気さくでお優しくていい方ですねえ。あの方なら村の連中もみんな大喜びでお迎えしますよ」

「いや……その話を、どこから」

「どこって、みんな知ってますが?」

 きょとんとされて、セシルは額を押さえた。どうやらジェロームあたりからヘクターに知らされ、それが使用人を通じて村中に広まったようだ。

「あれ? ダイアナ様だ」

 メロディの声に全員が顔を上げた。ドレスの裾を蹴立てて、あわてたようすで駆けてくる令嬢の姿が見えた。

「どうしたんだい、ダイアナ。レディはそんなに走るものじゃないよ。脚が見えそうだ」

 からかい混じりのフェビアンの声に、彼女は血相を変えて返した。

「奥さんが産気づいたのよ! 産まれるって言ってるわ! どうしよう!?」

全員もれなく驚いたが、いちばん驚いたのは農夫である。四つん這いのままあわてて畦道へ上がった。

「う、産まれるんですか!?」

「そうみたい……でも、どうしたらいいの。お腹を押さえてうんうん唸っているの。すごく苦しそうで、もしかしたら大変な難産なのではないかしら。お医者様を呼んだ方がいいのかも」

 ダイアナもおろおろしている。男たちは顔を見合わせた。旦那は腰を痛め、女房は臨月でいつ産まれるかわからない。だから手伝いに来ていたのだが、まさか今日のうちにその時が来るとは思わなかった。対処法を聞かれても誰もわからない。

「どどどど、どうしよう、どうしたら。おっかさんが来るのは明日なのに。いや、とにかく早く帰らないと――いでーっ」

 若い夫もうろたえて無理に立ち上がろうとしては悲鳴を上げている。役に立たない男たちに呆れ、冷静に言ったのはメロディだった。

「あわてる必要はないよ。産気づいてからじっさいに産まれるまで早くても数時間、初産なら半日以上かかるんだから。まず産婆さんに知らせに行って、それからご近所の奥さんとかにもお願いしたら? 多分みんなすぐ動いてくれるでしょ」

 臨月の妊婦がいるなら、村の人々はすでに心得ているはずだ。慣れた奥さん方が準備も後始末もしてくれる。

 メロディの言葉を聞いてエチエンヌが馬に乗った。

「産婆はオレが呼んできてやるよ。どこの家だ?」

「か、川向こうのエマ婆さんです。赤い屋根で、庭に杏の木がある」

「わかった、あんたは家に帰ってろよ。その腰じゃ、どうせ何もできねえんだ。せめて女房をはげましてやれ」

 颯爽と馬を走らせていくエチエンヌを頼もしく見送り、ジンとナサニエルで農夫を荷台に乗せてやる。大急ぎで辺りを片付けながら、フェビアンがメロディに感心の目を向けた。

「ハニー、君ずいぶん慣れてるんだね」

「そりゃ、オークウッドにも赤ちゃんは生まれるし」

 メロディも重たい籠を平然と持ち上げる。

「もしかして、赤ん坊を取り上げたことがあるとか?」

 さすがにそこまでは、とは言いきれないのがこの令嬢である。もしやエイヴォリー家では出産の手伝いも日常茶飯事かと男たちは注目した。

「人間のはないけど、馬のお産なら経験あるよ。この子はわたしが取り上げたの」

 愛馬の鼻筋を優しくなでながら答えた彼女に、納得してうなずく一同だった。

 無事に元気な男の子が生まれたとの知らせは、夜に届いた。折り返し領主館から新鮮な猪肉が祝いに届けられた。メロディに触発されたのか男の意地を見せたくなったのか、狩りにちょっとはまっているエチエンヌとフェビアンの獲物だった。




 さほどの時間をかける必要もなく、すぐに全員が問題なくダンスを踊れるようになった。なにせ勘と運動神経は抜群に優れた顔ぶれだ。一日みっちりしごかれれば、ひとまず格好がつく程度には慣れた。あとはどれだけ優雅に踊れるかだが、これは経験を重ねるしかない。

「つか、なんでジンが女の踊りをできるんだよ」

「セシル様が習得される時に、わたくしもお手伝いいたしましたので」

 双剣を提げた最強の戦士が男側も女側も器用に踊りこなし、練習相手になってくれるものだから、エチエンヌだけでなくみんな複雑な表情だった。

 そして舞踏会当日、メロディはファニーの手を借りて、ダイアナと一緒に身支度をした。

「ファニー、そんなにきつく締めないで。息ができないよ」

 全力でコルセットの紐を引っ張る侍女に、メロディはなかば喘ぎながら訴える。

「このくらいは締めませんと」

「お願い、もうちょっと緩めて。前に締めすぎで倒れたことがあるの。けっこう長いこと馬車に乗るのに、こんなじゃ絶対もたないから」

 ドナたちは場所や状況に応じて選べるよう、衣装だけでなく飾りも複数用意してくれていた。髪飾りなどを選んでいたダイアナは、その見事さにため息をついた。

「どれも素晴らしい品ばかりですのね……これは、すべて公爵様からの贈り物ですか?」

「ええ? いえ、違います。父がわたしも知らない間に用意していたもので」

「まあ、そうでしたか、失礼いたしました。飾りはこれでいかがでしょう?」

 ダイアナが選んだのは、紅玉を使って可愛らしい花を形作った髪飾りだった。揃いの首飾りや耳飾りもある。宝石も細工も一級品だが、可憐な印象なのでまだ幼げな少女にふさわしい。淡い黄色のドレスも軽やかで、なんとも愛らしい仕上がりだった。

「お人形みたいですね」

 ファニーも楽しそうに目を細める。メロディは少し不思議になった。

「ダイアナ様は、本当にそれで行かれるんですか? 飾りをお持ちでないのなら、お好きなのを使ってくださいませ。この真珠なんてすごくよく似合うと思うんですけど」

 メロディのことは嬉々として飾りつけておきながら、ダイアナ自身の装いは素っ気ないものだった。飾り気の少ない緑のドレスに、非常におとなしい髪型で、申し訳程度の小さな飾りを最低限つけただけである。きれいな黒髪なのだから、白いレースのリボンや真珠で飾れば清楚な美しさが出せるし、ドレスに合わせて緑柱石でもいい。紅玉でも何でも似合いそうなのに、と少し残念だった。

 しかしダイアナは首を横に振った。

「いいんです――プラウズ家の舞踏会に、おしゃれして出かけたいとは思いませんので」

 若い娘があえて地味にしたがる、その理由を悟り、メロディは黙った。めかし込んで出かければジェラルドの誘いを喜んでいると思われそうで嫌なのだろう。その気持ちはもっともだった。

 招待を知らされて以来、ダイアナは憂鬱そうにしていることが多かった。行けばジェラルドがそばに張り付いてくるのは間違いない。いっそ仮病でも使って残ろうかとまで考えるほどだった。

「だいじょうぶですよ、けっしてダイアナ様をおひとりにはしませんから。フェンやエチと踊って見せつけてあげましょうよ」

 それであきらめてくれる相手でもなかろうが、とにかく彼の好きなようにはさせまいと決心しているメロディだった。

「ダイアナ様をお助けしようと、いちばん頑張っているのはフェンなんですから。きっと何かいい方法を考えてくれていますよ」

「……ええ」

 メロディのはげましに一応笑顔を見せつつも、ダイアナはまだ気がかりそうだった。

「あの……メロディ様は、フェビアンと、その……」

「はい?」

「いえ……その、ずいぶんと親しいごようすだと思いまして……もしかして、お付き合いとかなさっているのかと……」

 一瞬きょとんとしたメロディは、あわてて首を振った。

「いえ、全然ですよ! まだ知り合ってから数ヶ月ですし。それは、仲間ですから親しいといえば親しいですけど、特別な関係じゃないです」

「……ですが、フェビアンはあなたのことを『ハニー』などと呼んでいますし、メロディ様も愛称で呼ばれていらっしゃいますので」

 指摘されてますます焦る。たしかに、知らない人が聞けばただならぬ関係と思われてもしかたがない。

「それはただのあだ名ですよ。わたしの髪や瞳がこんな色なので、そう呼ばれているんです。ふざけてわざと言っているんですよ。フェビアン流の冗談です」

 誤解されてはいけないので、メロディは真剣に説明した。

「ダイアナ様の方がずっと親しいでしょう? 生まれた時から知っている、幼なじみなんですから」

「どうなんでしょう……最近の彼のことは、よく知りませんから」

 寂しそうにダイアナは笑った。

「彼がいろんな女性と付き合っていることは知っています。昔から女の子に愛想はよかったけれど、士官学校に入る少し前くらいから急に遊び好きになって。それと同時にわたしとの縁は切れていったんです」

「切れたわけではないと思いますけど……」

 ダイアナを助けようとしたフェビアンが、彼女の存在を切り捨てていたはずがない。嫌われているというダイアナの言葉も、どうしてもうなずけなかった。

「ダイアナ様は何か誤解されているのかもしれませんよ? フェビアンと、ちゃんと話し合われてはいかがです。わたしには、彼がダイアナ様を嫌っているようには見えません」

「いいえ、そうなのです。優しい人ですから助けてはくれますけど、きっと内心ではわたしを疎ましく思っていますわ……そう思われてもしかたのないことを、わたしがしてしまったんです」

 何をしたというのだろう。メロディはファニーの顔を見、彼女も困っているようすなのをたしかめて、ダイアナに問い直そうとした。そこへ、ノックの音が割って入った。

「失礼いたします。お支度の件で、旦那様よりご協力の要請を(ことづ)かってまいりました」

 来たのはヘクターだった。許可を受けて室内へ入ってきた彼は、ワゴンを押していた。その上には何かのケースがたくさん乗っている。形状から、おそらく装飾品を入れたものだろうとわかった。

「協力?」

「はい、本日お使いになる装飾品はこちらから選んでいただきたいとのことにございます」

 ヘクターは次々とケースを開いて見せる。中に収められていたのは、どれも同じ種類の石を使った品ばかりだった。

「まあ、蛍石ですね。この土地で採れるのでしたわね。きれいだこと」

 ダイアナが感心した声を上げる。今日の装いはともかく、女性としてきれいな宝石を見るのは楽しいようだ。

 故郷では宝石なんて目にすることもあまりなかったので、これが蛍石かとメロディは別な興味を持ってたくさんの飾りを眺めた。半分透き通った石で、緑や濃い紫のものが多いが、淡い薔薇色のものも混じっていた。

「この中から選ぶとしたらこれですね。他はドレスの色に合いませんわ」

 ダイアナとファニーが選んだのも薔薇色の蛍石だった。細い銀細工の宝冠と、揃いの首飾りと耳飾り、それに指輪もあった。もともと女物として作られたらしく細いので、中指では入らない。メロディはそれを右手の薬指にはめた。幼さを強調したような装いから、少しだけ落ち着いた印象に変わった。

「さっきの飾りもお似合いでしたけど、これはこれでいいですね」

「とても上品なデザインですから、何歳(いくつ)になっても使えますね」

 ファニーとダイアナの評にうなずきつつ、メロディは少し首をかしげる。これを使って何に協力するというのだろう。

「ヘクター、この蛍石の装飾品って、セシル様が持ち込まれたもの?」

「いえ、シャノン公爵家の宝として、代々伝えられてきたものにございます。先代が亡くなられて以来、次の持ち主を待ってずっと城の宝物室で眠っておりました」

 租税だけ徴収して、公爵家の財宝に王家は手をつけなかったらしい。ヘクターたち家令の一族も、それを着服することなく主のいない城でずっと守り続けてきたわけだ。

「蛍石はあまり強度が高くありませんので、ぶつけたり落としたりなど、強い衝撃を与えないようご注意くださいませ」

 ヘクターの注意を受けてダイアナとともに部屋を出る。とうに身支度を終えた男性陣が待っていた。

 空はまだ青い。隣の領地まで移動するので、日の高いうちに一行は出発した。



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