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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第二話 威風堂々
38/60

18 胸を張って

 セシルの言葉どおり、翌日早くから彼らは身支度をさせられ、新しい礼装に身を包んで屋敷を出た。向かった先は王宮で、今度は庭園でもなければ牢獄でもない、以前一度だけ足を踏み入れたことのある謁見室だった。

 当然その前にはすでに今日の予定を知らされており、緊張せずにいられないメロディである。だから昨日いくら聞いても教えてくれなかったのかと理解した。もし昨日のうちに知っていたなら、緊張と興奮のあまり眠れなくなっていただろうから。

 エチエンヌにも知らされなかったのは、面倒がった彼が逃げることを心配したのかもしれない。

「別に固くならなくても。ようは、女王陛下からじきじきにお誉めの言葉をいただけるってことでしょ。うれしいじゃない、喜んでお伺いしようよ」

 まるで動じることのない仲間を、尊敬すべきか不謹慎とたしなめるべきか、少し悩んでしまう。

「なんでそんな顔するかな。うれしくないの?」

「そりゃ、うれしいけど……でも勲章なんて、分不相応なんじゃ」

 暗殺計画を察知し、懸命にくい止めた騎士たちに、女王が感謝とねぎらいをこめて勲章を授与すると決まったのは、メロディたちがまだ王宮内にとどめ置かれていた時らしい。正式に公表されたのはもっと後だが、セシルには内々に伝えられていた。

「お言葉だけで十分なんだけどな……」

 メロディとしては事情をちゃんと理解してもらえ、よろこんでもらえたなら満足だ。それ以上を望む気はない。だがセシルもナサニエルも、辞退などするべきではないと彼女を説得した。

 功績を立てたと世間に知らしめる、絶好の機会なのだ。日頃何かと馬鹿にされがちな部下たちのために、少し誉めてやってほしいと女王に願い出たのはセシルである。そこで気前よく勲章まで授与されるとは思わなかったが、別におかしな措置ではない。それだけの手柄は立てたのだ。

 王宮へは行かなかったものの、ジンも活躍したということで数に入っている。そうなるとナサニエルだけが勲章をもらえず可哀相なので、いっそ騎士団全体への表彰にしてもらおうかと考えたが、実直な騎士はその必要はないときっぱり断った。

 評価されようとされまいと働きぶりが変わることのない彼だ。きっと今後も真面目に働いてくれるだろうし、そうなれば表彰の機会もまたあるだろう。

 かくして、赤い絨毯の上に立ち、名を呼ばれるのを待つ面々だった。近衛からも一人、ヴィンセントが表彰されている。牢の中ではさんざん文句を言っていじけていた彼だが、これで報われたことだろう。

 順番に名前が呼ばれ、メロディの番が回ってくる。

 緊張しながら女王の御前へ進み出て、ひざまずいたメロディに、温かく威厳のある声がかけられた。

「彼が自慢にする子供たちのいちばん末っ子も、エイヴォリーの血を立派に受け継いでいると見せてもらいました。セシルのこと、これからも頼みます」

「恐れ入ります。身命を賭して、務める所存です」

 どきどきしながら返答し、勲章を受け取る。あがって粗相しないかと、最後まで緊張した。

「ジン・ラシッド」

 次にジンが呼ばれ、おやとメロディは目を向ける。彼の家名を聞いたのははじめてだ。叙勲の時にはジンとしか呼ばれていなかったので、エチエンヌ同様持っていないのだと思っていた。

 セシルから少し聞いた話では、彼はシュルクにいた頃は人として扱われることのない、奴隷だったらしい。北方諸国ではすでに禁止されていることだが、南の方ではまだ多くの国がそうした制度を残している。

 ごく幼いうちに買われてきて、はじめは遊び相手として、のちに世話係にするため、ジンはセシルのそばにつけられた。ジンという名前も元々彼が持っていたものではなく、シュルクで名付けられたものだという。

 さらわれたのか、親に売られたのか、それはわからない。ジンも何も覚えていないらしい。シュルクを出た今でもセシルに仕えているのは彼自身の望みだというから、きっとジンにとってもセシルが大切な家族なのだろう。

 緊張を見せるようすもなく淡々と勲章を受け取り、戻ってきた彼を、こっそり盗み見る。ジンのことも、もっと知りたい。聞いてもいいだろうか。答えてくれるだろうか。

「エチエンヌ・シャノン」

 最後に呼ばれた名前に全員が驚いて視線を集中させた。呼ばれた当人がいちばん驚いていた。自分ではなく他の誰かかと、視線をさまよわせてしまう。

「エチエンヌ・シャノン、前へ」

 もう一度呼ばれ、さっさと来いとにらまれる。セシルに目線でうながされ、おっかなびっくりエチエンヌは進み出た。

 教えられたとおりにひざまずくが、まだ怪訝そうな顔のままだ。

 そんな彼に、女王が言葉をかけた。

「エチエンヌ、あなたのことはセシルからすべて聞きました」

 思わず作法を忘れて、顔を上げてしまう。女王は不作法に眉をひそめることもなく、威厳をもって続ける。

「認めてもらえるか、受け入れてもらえるかと問われ、わたくしは当人次第だと答えました。騎士として叙勲はしましたが、ふさわしくないと判断すればいつでも取り上げるつもりです」

「…………」

「過去は消せません。如何なる理由があろうとも、未来を断たれた人々にとってはけして赦せないことでしょう。ですが、あなたもまた哀れな人です。あなたに悔いる気持ちがあるのなら、これからの生は人を助けるため、人を生かすために尽くしなさい。そのための騎士位と心得るように。今回わたくしを救ってくれたように、あなたの力によって救われる人が増えることを、願います」

 甥とよく似た、青い瞳をエチエンヌは見つめる。あまりに不躾な態度に侍従が苛々し、とがめようと口を開きかけた時、ようやく彼は深く頭を垂れた。

「……謹んで、拝命いたします」

 叙勲の時に教えられた言葉だ。ただそのまま口にしたあの時とは違う、心からの言葉だとわかる声に女王が微笑み、メロディたちも顔をほころばせた。女王の後ろに控えた王太子も、不満は見せずうなずいていた。

 その後はちゃんとしきたり通りに礼をして戻ってきたエチエンヌだが、最後で地を出してしまった。

「なあ、なんでオレがセシルと同じ名前で呼ばれんだ?」

 まだ女王も王太子も退席していないのに、いつもの口調で聞いてしまう。あちゃあとフェビアンが頭を押さえ、メロディもため息をついた。思わず叱りつけそうになったナサニエルが、場を考えあわてて口をつぐむ。

「なぜって、親子だからね」

「……だれが?」

 平然と答えるセシルに、ますますエチエンヌは不可解な顔になる。

「私と、お前がだよ」

「寝ぼけてんのか?」

 メロディはエチエンヌに飛びついて口を封じたい衝動にかられた。焦って玉座の方を見るが、女王も王太子も動じるようすはない。苦い顔をしているのは侍従や警護の騎士たちだけだ。ちなみにサリヴァンはこんな時にも無表情である。

「寝ぼけてなどいない。ちゃんとお前にも話しただろう? 養子縁組をするよと」

「えーっ!?」

 大声を出したのはメロディだった。エチエンヌの不作法を忘れて、みずからも騒いでしまう。

「養子縁組? エチがセシル様の息子になったんですか?」

「おやー、それはまた思いきりましたねえ。ま、いいんじゃない? エチは団長が大好きだもんね」

「ふざけんなフェン! 誰がこんなヘタレの年増好きなんぞ! だからなんでオレがセシルの息子だよ、意味わかんねえっつの」

「お前たち……」

 ナサニエルが止めようとあわてるが、こうなると三人は止まらない。

「なんでも何も、養子縁組をしたんだろ? それなら親子だと、法律上もちゃんと認められてるよ」

「そのヨウシエングミって何なんだよ、わっかんねえよ」

「何って……えええ、そこから?」

「知らないの? エチ」

 驚く仲間たちにたじろぎ、エチエンヌはセシルを見る。

「私はちゃんと説明しようとした。お前が聞かずに途中で飛び出して行ってしまったんだ。その後にも、もう一度話そうとしたのに、やはり聞かなかっただろう? 勝手にすればいいと、私に全部まかせたじゃないか」

 澄ました顔で言われて、ますます彼は混乱する。

 そういえばそんなやりとりを聞いた覚えがあると、メロディは思い出した。エチエンヌがひどく荒れていた頃で、セシルの言うとおりまともに話を聞こうとしなかったのだ。

「ああ……あったね」

「うん、じゃあ悪いのはエチだね。といっても、別に悪い話じゃないんだからそんなに騒ぐ必要ないじゃない? 団長の息子ってことは、エチ、きみ公爵家の若君だよ? すごいなあ、僕らより身分が上だよ」

「はあ? なんだそりゃ、ふざけんな」

「ふざけてなんかいない、真面目な話だ」

「だからヨウシなんとかっての、どういう意味なんだよ。教えろよ」

 なぜわからないのだろうとメロディは疑問に思ったが、エチエンヌにとっては当然なのかもしれないと考え直した。国籍を持たず流れ続ける暮らしに生まれついて、法律も宗教も知らずに生きていた彼だ。養子縁組などあまりに縁がなさすぎて、耳に入ることもなかったのだろう。

「えと、養子縁組っていうのはね、血縁的には赤の他人同士だけど、親子になりますって約束を交わすことだよ。口だけの約束じゃなくて、ちゃんと手続きして公的に認めてもらうの。それによって相続権とかが発生するんだよ。相続権って、わかる?」

「あー……なんか、死んだ奴の財産を子供の誰が取るかで、もめてるのは見たことあるけどよ」

 詳しく聞くのはやめておこう。その子供たちの誰かが、邪魔な人間を殺してくれと依頼してきたなんて話までこの場でされては困る。

「そうそう、それ。いえ、みんながもめるわけじゃないけどね。むしろ、もめないための手続きなんだけど。だから財産や、貴族だったら領地や爵位が相続権のある人に受け継がれるの」

 一生懸命説明するものの、エチエンヌはなかなか理解できない顔だ。言葉はわかっても、自分とつなげることができないらしい。どう言えばとメロディが困っていると、意外なところから助け船が出た。

「エチエンヌが爵位を継ぐことまでは、認められない。貴族の中でも公爵位は特別だからな」

 王太子がこちらへ歩いてくる。王宮で見る彼は、態度も話しぶりも堂々としていて、立派な王子様に思える。

「王家の血を引いていないエチエンヌでは、公爵にはなれない。相続権といっても、限定的なものになるな」

「……?」

 首をかしげるエチエンヌに、さらに彼は言う。

「そのあたりはおそらく、そなたには必要のない話だろう。おいおい理解していけばいい。養子縁組についてだが――義兄弟、という言葉は知っているだろう?」

「あ? ああ」

「血縁のない者同士で固く契りを交わし、絆を結ぶのだろう? それと同じだ。少しばかり堅苦しい形式がともなうだけで、義理の兄弟ではなく義理の親子になったと考えればよい」

「あー……」

 ようやく腑に落ちた顔になり、何度もエチエンヌはうなずいた。うなずいて、はて、とまた首をかしげる。

「……親子?」

 さっきからさんざん言われているのに、今頃頭に届いたらしい。

 恐ろしいものでも見るかのように、ゆっくりとセシルを見、おもいきり目を剥く。

「はあぁっ!? なんでオレとセシルがっ!? 冗談じゃねえぞ、こんな親父を持った覚えはねえ!」

「すでに手続きは完了している。そなたはシャノン公爵家の長男として登録済みで、不本意ながら私と又従兄弟の関係になったわけだな」

「勝手に決めんな、オレは認めてねえ!」

「勝手にしろと言ったじゃないか。お前の言葉どおり、私の一存で進めさせてもらったよ」

 勝ち誇るセシルをにらみつけ、彼は糾弾する。

「てめえセシルっ、オレがわかってねえのを承知でやりやがったな! わざとだろう! 騙りやがったな!」

「お前が話を聞かないのがいけない。大切な話は面倒でも聞くべきだと、これで覚えたね?」

「馬鹿野郎っ! オレは、ぜってえ認めねえからなっ!」

「認めようと認めまいと、もう決まってしまったことだからなあ」

「なんでそんなに嫌がるかなあ? 爵位は継げなくたって、公爵家の息子になれるんだよ? 一生安泰、身分で馬鹿にされることもなし。万々歳じゃないか」

「んなもんいらねえよっ」

「ずっと団長のそばにいられるんだよ? この人が出て行ってしまいそうになった時、きみ泣きべそかいて置いてかないでって頼んでたじゃないか」

「してねえっ」

「きみが団長大好きっ子だってことなんか、とっくにみんな知ってる。今さらだ」

「ちがーうっ!」

 真っ赤な顔で怒鳴るエチエンヌに、ナサニエルも周囲の騎士や侍従たちも、もうあきらめ顔だ。いくら注意しようと、今の彼には聞こえないだろう。

 女王がセシルのそばを通り抜ける際、苦笑とともに言った。

「まずは、作法の教育が急務ですね。今のままでは、公爵家の息子として外に出せませんよ」

「努力いたします。御前を騒がせ、申し訳ございませんでした」

 退席する彼女に礼をして見送り、その後メロディはそっとジンに訊ねた。

「ねえ、ラシッドって、ジンのお家の名前? はじめて聞いた」

 いえ、と黒い瞳が見下ろし、静かに答える。

「ジンという以外、わたくしに名はございません。生みの親がつけた名はなんであったのか、そもそもつけられていたのかも存じませんし、必要とも思っておりません。ですが、こちらの国で暮らす以上、それでは不都合があるということで、師の名をいただきました」

「ジンとセシル様の、お師匠様のお名前なの?」

「はい」

 うなずいた彼の顔に、厳しかったという師へのうらみは見えない。

「どんな人だった?」

 だからつい聞いてしまったのは、単なる好奇心だ。

 ジンは少し言葉に迷い、非常に複雑そうに言った。

「……強い、方でした」

 なにやらいろんな意味と、万感のこもった声に聞こえた。

 それでも名前をもらおうと思ったのだから、嫌ってはいないのだろう。

「ジンが強いと言うなんて、すごい人だったんだね」

「はい……色々と」

 彼が嫌がらないなら、師匠との思い出話をもっと聞かせてもらいたい。命の危機を覚えるほどの訓練だなんて、いったい何をやらされたのだろう。参考にすれば自分ももっと強くなれるだろうか。

 セシルの子供の頃の話とか、ジンしか知らないことがたくさんある。そういうことを、気軽に話せる関係になっていきたい。

「さあさ、そういつまでもわめいてないで。せっかく表彰してもらったのにだいなしだよ。やっぱり寄せ集めのごろつき集団かって言われそうだ。王宮を出るまでは、礼儀を忘れずいい子にしていようね」

 おさまらないエチエンヌをフェビアンがたしなめる。不満よりも困惑と照れの部分が大半であることなどわかりきっているので、誰もエチエンヌの癇癪に取り合わなかった。

 セシルに軽く頭を叩かれ、ナサニエルが横につき、エチエンヌも不承不承口を閉じる。謁見室内の人にはすでに呆れられていたが、扉が開いて外へ出れば、王国の危機を救った英雄たちへ称賛のまなざしが降り注いだ。

 すべての人が祝福してくれるわけではなく、皮肉な目や不満の目を向けてくる者もいる。主に、近衛騎士たちから。それでも彼らの功績はまぎれもない本物で、けちなどつけられない。

 そして団長以下、見栄えのする人物ばかりがそろっているので、ご婦人方の視線に熱が増す。ナサニエルは顔だちよりも騎士らしい堂々たる体躯が魅力的に映り、ジンには遠い東国の神秘に想像をかきたてられる。揃いの真紅の制服に身を包む彼らは、実に華やかだった。

 そこへ少女が混じっていることに、好奇の目を向ける人もいるが、輝く蜂蜜色の巻き毛と一族特有の美貌に、あれがかの家の末っ子かと納得する方が多い。彼らの視線をたどれば、いちおう目立たない場所に、似たような顔をした人たちがいることもわかるだろう。どこでどうしていようと目障りなほどにまぶしい人たちなので、すみっこにいてもあまり意味はなかった。

 こっそり覗きにきて、教育係に叱られている小さな姫君もいた。従兄を見に来たつもりだったのに、彼女の目は赤い髪のきれいな少年に釘付けだった。

 とっても素敵。理想の王子様だわ。

 幼い胸を高鳴らせた彼女が王子様の本性を知るのは、さらに何年も後の話だ。ふたりの物語が始まるのは、まだずっと先のこと。

 堂々と胸を張ってメロディたちは歩く。型破りでお騒がせな、薔薇の騎士たち。いろんな意味で普通でない彼らへの評価も、少しずつ変わっていくだろう。

 聖杯を守る剣とつる薔薇は、強さと勇気の象徴として、後世にも広く語り継がれた。


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