14 緊急事態発生
入ってきたメロディたちを、グレアム・ガーティンは感情のうかがえない目で見回した。
視線がメロディとエチエンヌのところで少し止まったのは、二人がすでにマントを脱いでいたからだろう。薄い唇の端を吊り上げ、ギルバートに座れとも勧めないまま言った。
「わざわざのお越しは、なんのご用かね。新しい取引なら喜んで――と、言いたいところだが、しばらくあんたのとことは距離を置かせてもらうぜ。王都騎士団の連中が、やけにしつこく嗅ぎ回ってるんでね。あんたも疑われてるだろうし、ほとぼりが冷めるまでは互いに近付かない方がいい。そうだろう? 若様」
気持ち悪いほどの猫なで声でなだめるように言うのは、ギルバートを揶揄する意図だろう。そこに親しみや敬意など微塵も存在せず、上から見下す気配が濃厚だった。
不安と恐怖に混乱する頭でもそこに腹を立てたのか、ギルバートは顔を怒らせて一歩踏み出した。
「父を殺しておきながら、よくもぬけぬけと! このままで引き下がると思っているのか!?」
「そう言われてもねえ。ありゃあ、不幸な事故だ。言っとくが殺したのは俺たちじゃねえぜ。お客さんを怒らせた、あんたの親父さんが悪いんだよ」
「お前たちの仲間だろうが!」
「仲間というなら親父さんだって仲間さ。一蓮托生の身だってのに、お上に知らせるなんぞと血迷ったことをぬかすから、あんなことになるのさ。恨むなら間抜けな親父を恨むんだな」
「よくもそんなことを……!」
頭に血を上らせさらに踏み出そうとするギルバートを、後ろからフェビアンが引き止めた。このまま彼に話をまかせていてはだめだと判断し、かわって前に出る。
「まあ、その点についてはあとでゆっくり話そう。時間がないので、本題を進めたい。きみの指図で女王の食事に毒が仕込まれたというのは本当かい? 正直、ちょっと信じられないんだよね。王宮の警備や検査は、そう甘いものじゃないけれど」
視線をフェビアンに移し、グレアムはフンと鼻を鳴らした。
「運び込んだのは、そこの若様の親父だ。信用があるんだろう? 問題なかったみたいだぜ。いい取引相手だったんだけどなあ、惜しい相手を亡くしたよ」
からかいを込めた言葉にまたギルバートが激昂しかけるが、メロディも引っ張って止めた。どこに毒があるのか、聞き出さなければならないのだ。挑発に乗って騒いではいけない。
「ふうん、ずいぶんうまくやったんだな。けど、ひとつ大事なことを見落としているよ。女王の口に入るものには、必ず毒味がされる。知ってる? 王宮の敷地内には死刑囚を収容した牢獄があるんだ。彼らの待遇は悪くない。とてもいいものを食べている。でもたまに、刑の執行前に死んでしまうことがあるらしい」
フェビアンは、焦りも緊張も感じさせない軽い口調で話す。
「そこで発覚したんじゃ、きみらの望む大きな騒ぎは起きないな。そして、経路から何から徹底的に調べられる。食材を手配したのがヘニング男爵だからって、彼ひとりの犯行だなんて安易な結論は出されないだろう。かならずここにも捜査の手は伸びるよ。あまり楽観的に見ない方がいいね」
「あれを用意してくれたお客さんは、すぐには効かない毒だって言ってたけどな。しばらくしてから効いてくるらしいぜ? 仮にここがやばくなりそうなら、ちょっとの間雲隠れすりゃいいだけだ。心配してくれるのはありがたいが、かくまってくれる友達はいくらでもいるんでね」
せせら笑うグレアムに、フェビアンも肩をすくめて笑いを返す。
「へえ、そりゃあ用意周到でけっこうだ。でもさあ、式典に集まる人間がどれだけいるだろうね? 何百人分もの料理を用意するのに、その中に混ぜた毒が確実に女王の口に入ると思う? 誰が死んでもそれなりの騒ぎにはなるだろうけど、場合によっちゃただの食あたりって思われてしまうかも」
これには無言の笑みだけが返ってくる。動じないグレアムの態度に、その対策もしてあるのだと悟る。
聞いていてメロディは、少しばかり疑問を覚えた。まがりなりにも女王の暗殺などをたくらむなら、周到に計画を練るのは当然だが、王宮の仕組みなど知らない下層のギャングがどこまで計画できるだろうか。王宮で働く人間はどんな下働きでも厳しい身元調査をされ、彼らの仲間がもぐり込めると思えない。なのに、確実に女王の口に毒を届ける方法を、どうやって考えたのだろう。
――まさか、上層部に共犯者がいるのだろうか。
だとしたら、暗殺計画はそちらが主導したことなのではないか。そもそものはじめから違和感があったのだ。女王暗殺など街のギャングが思いつくことではない。
同じことをフェビアンも考え、作戦を変更した。
「……きみ、気付いていないのかな? うまくやったつもりで、実は利用されているってことに。毒で暗殺なんて、きみが考えたことじゃないんだろう? 誰に教えてもらったのか知らないが、そいつは裏で糸を引いて、罪はきみに押しつけ知らん顔するつもりだよ」
ぴくりとグレアムの片眉が動く。だが反応はそれだけだ。
「普通に考えてね、騒ぎを起こす、やばくなったら逃げる、じきにほとぼりが冷めるから平気――そんな簡単な話じゃないんだよ。たとえ未遂に終わっても、女王の暗殺をたくらんだ者がいる以上、国をあげての大捕り物になる。港も街道もすぐに封鎖されて、逃げ出すことなんてできないさ」
メロディは大きくうなずいた。ギルバートの話では官憲の目をそらし取り締まりを緩めるためということだったが、逆効果だろう。そんな大事件が起きたなら、彼ら犯罪者はみな息をひそめ、巣穴から引きずり出されないようびくびくと隠れるはめになる。どう考えても自分で自分の首を締める計画だ。
「真っ先に調べられるのは、このロス街だ。これまでの犯罪捜査と同じに考えちゃいけないよ。軍が投入されて街ごと叩きつぶす勢いで攻めてくる。商売どころじゃなくなるよ? 親切な誰かさんは、きみがそういったことまで予測できないのを見越して利用したんだろう。このままだと身の破滅はきみも一緒だよ。防ぐ方法はひとつだけ、計画の中断だ」
いつしか笑みを消したグレアムに、フェビアンは慎重に説得の言葉を選ぶ。
「こっちもこんな状況になって困ってる。利用されたのはお互いさまだ。どう考えても破滅の未来しか予想できないから、まだ間に合ううちになんとかしたい。騒ぎになる前に毒を回収できれば、お互い首を失うのだけはまぬがれる」
「…………」
「教えてくれ。どこに、毒を仕込んだ? 確実に女王の口に入れるなら、ありふれた食材なんかじゃないんだろう? 何か、特別なもののはずだ」
顎傷の男が、静かに場所を移動した。視線はグレアムに向けたまま、メロディは周囲の気配をさぐる。室内にいる手下の数は五人。それぞれが、瞬時に襲いかかれる位置にさりげなく移動してくる。
いつでも飛び掛かれるよう身構えつつ、彼らはボスの指示を待っている。無表情のままグレアムはおそらく迷っていたのだろう。長い沈黙が続いた。
急かしたくなるのをこらえ、彼が結論を出すのを待つ。穏便に聞き出せるならそれに越したことはない。じりじりする内心を抑えて待っていると、ずいぶん長く考え込んだあと、ようやくグレアムは口を開いた。
「……回収なんて、今さらできるのか」
さきほどのような、頭から馬鹿にした雰囲気ではない。これはいける、とメロディたちは期待を高めた。
「できるとも」
力強くフェビアンはうなずいた。
「在り処さえわかっていれば、回収は難しくない。こっちは王宮にも入れるし、もともと手配した担当者なんだから、手違いがありましたとでも言って引き取るなり交換なりすればいい。あやしまれずに回収できる」
「…………」
さらに考えたグレアムが、やがて息を吐く。舌打ちをし、口を開こうとした時だった。
「ボス、ちょっといいですかね」
ノックもなしに扉が開き、若い手下が入ってきた。中の状況をまったく知らなかったらしく、仲間たちから一斉ににらまれて、びくりと身をすくめる。
「なんだテッド、邪魔すんじゃねえ」
顎傷の男がすごむ。首をすくめながら、テッドは言い訳した。
「す、すんません……いやその、アズリーの奴がですね、変な連中が街に入り込んだって知らせてきて……」
言いかけて、その「変な連中」が目の前にいることに気付く。ボスの客だったのかと納得して引き下がろうとしたが、フェビアンの姿を目にした瞬間「あっ」と声を上げた。
「てっ、てめえっ!」
「ん?」
指差されたフェビアンが首をかしげる。
「僕がなにか?」
「な、何じゃねえこの野郎! 忘れもしねえぞその面!」
「……どこかで会ったっけ?」
「ボス、そいつは近衛騎士だ! お上の回し者だぜ!」
テッドの叫びに、周りのギャングたちが一気に殺気立った。メロディとエチエンヌは頭を抱えた。どうやら、士官学校時代に喧嘩でもした相手らしい。うかつだった。彼がこの街で悪さをしていたと聞いた時に、こういう可能性も考えておくべきだった。
当のフェビアンはとぼけた顔で言い返した。
「ちがうよ、元・近衛騎士候補だ。あいにく士官学校を追い出されて、青の制服は着られなかったよ」
「ふざけんなこの野郎! 何たくらんで入り込みやがった!」
「……そういうことか」
グレアムが低い声を出した。説得に傾いていた彼が、すでに敵意しか抱いていないのを悟る。
「口のうまい騎士もいたもんだ。あやうく乗せられるところだったぜ。テッド、お手柄だ」
周りの手下たちが、手に手にナイフを取り出し飛び掛かってきた。メロディたちは即座に身構え、応戦する。ひとり満足に身動きもできないギルバートを、フェビアンが人のいない壁際へ突き飛ばした。
狭い室内で長剣を使うのはかえって不利だ。メロディは抜かないまま、襲いかかるナイフをかわし蹴りを放つ。フェビアンには顎傷の男が襲いかかった。鍛えられた身体から繰り出される攻撃は、重く速い。さしもの彼も、軽くあしらうことはできず慎重にかわす。隙を突いて腕をとらえ、投げ落とす。建物を震わす音が響き、どやどやと駆けつける足音が聞こえた。
三人目を倒したメロディは、グレアムがギルバートへ向かおうとしているのに気付いた。彼を人質に取られ、さらに手下が集まってきたのではお手上げだ。阻止しなければと向かうそばを、何かが追い越していった。
それはグレアムの鼻先をかすめて、壁に突き立った。
グレアムの動きを止めておいて、一瞬の間も置かずエチエンヌが飛び掛かる。鮮やかにグレアムの背後を取ったエチエンヌは、首筋にぴたりと細い刃を突きつけた。
「動くなよ。ここが切れたらどうなるかくらい、知ってるよな?」
「…………」
グレアムはいまいましげな顔になって、その場に縫い止められる。扉が開き新たに手下たちが踏み込んでこようとしたが、フェビアンが抜いた剣で前を遮った。
「てめえらっ」
「少し静かにしていてもらおうか。こちらは話し合いがしたいだけだ」
メロディも剣を抜き、彼らの前に立つ。ボスを押さえられ、剣で威嚇されて、手下たちは歯噛みして立ち止まった。
エチエンヌは婀娜な笑みを浮かべた。
「躾のいい子分たちだな。あいつらのためにも、さっきの話をちゃんと思い出せよ。フェンの言ったことは全部事実で、嘘は何もねえ。このままだと男爵家もてめえもまとめて縛り首さ。どうせ死ぬ身なら、ここでオレに殺されても変わりねえな。ちっと早まるだけだ。それを選ぶか?」
「…………」
「てめえにゃそれしかねえが、こっちにゃ最後の手段が残ってる。あらいざらい全部ぶちまけて式典を中止させるさ。あとのことを考えると死ぬほど面倒くせえが、マジに死ぬよりゃましだからな」
吐息に笑いが混じった。グレアムは嘲笑半分、あきらめ半分で答えた。
「もう間に合わねえよ。毒が入ってんのはワインだ。ラビアから取り寄せた最高級のな。なんでも今夜の夜会とやらで、乾杯の時に出される特別な一本らしいぜ」
思わずメロディは窓に目をやった。今何時だろう。昼を過ぎてから、かなり経ってしまった。ここから王宮まで行き事情を説明する時間も考えると、間に合うか――
「そいつを用意したのは誰だ」
「さあな、名前を言っても意味はねえ。どうせ偽名だろ。外国人なのはたしかだが」
「どこの……」
「エチ!」
ギルバートを引っ張りながらフェビアンが声をかけた。これ以上尋問している時間はない。剣を一振りし、戸口にたむろする障害物を追い払った。
エチエンヌが小柄を引く。途端にグレアムが腕を振ったが難なくかわし、踵を返した。メロディも剣を収め、フェビアンのあとに続く。行く手を遮ろうとする邪魔者たちを、片っ端から殴り倒した。
出口に向かって全力で走りたいところだが、あちこちからギャングたちが現れては襲いかかってくる。狭い廊下や階段でやり合うのが面倒で、いっそ窓から飛び下りようかと思ったが、ギルバートがいるのでその手が使えない。焦りながらメロディたちは戦い、一階を目指した。
どうにか建物から出て、やっと思いきり走れるかと思ったら、今度もギルバートが足枷になった。いくらも走らないうちに、彼は息を切らせて悲鳴を上げたのだ。
「こ、これ以上走れない……!」
「死ぬか走るか、どっちだ!」
エチエンヌに怒鳴られて懸命に足を動かすが、ぜいぜいと苦しげにあえぎ、今にも倒れそうだ。馬を預けた場所まで、とうていたどりつけそうになかった。
置いて行くわけにはいかず、といって背負うには重すぎる荷物だ。焦りながらどうすればとメロディは悩む。そうこうするうちに、またギャングたちが追いかけてきた。
街の仲間に招集をかけたのか、次から次から出てくる。ギルバートをかばいながら戦うのが厳しくなってきた。
「ぎゃあっ!」
通りに血飛沫が上がる。エチエンヌの小柄が敵の喉を切り裂いていた。フェビアンもすでに剣を抜き払い、容赦なく振るっている。この状況で手控えなどする余裕はなかった。確実に追手を撃退し、戦意喪失させるには、冷酷になるしかない。
メロディも腹を決めて抜いた。文字通り血路を開き、街の外をめざす。百人は下らないとエチエンヌの言ったとおり、敵の数は多い。仲間が殺されても簡単に怯まず、執拗に襲いかかってくる。完全に足を止められてメロディが歯噛みした時、黒い影が彼らの間に飛び込んできた。
立て続けに血が飛び散り、恐ろしい速さで死体が増えていく。眼前にせまっていた追手をわずかな間で片付けた童顔の青年が、メロディたちに一礼した。
「セシル様のご命令により、お手伝いにまいりました」
「ジン!」
たのもしい仲間の登場に、メロディは歓声を上げた。
「うわあ、助かった。かなり本気で焦ってたよ」
「いいとこで来るな、あんたは」
喜ぶ三人に笑顔のひとつも見せることなく、両手に剣を提げてジンはまた身を翻した。彼が駆け抜けたあとに死体が折り重なる。そのすさまじい強さに、さすがにギャングたちがたじろいで身を引いた。
「ジン、ここで立ち止まってる時間はないの。急いで王宮へ行かないと!」
「では、どうぞそのままお行きください」
メロディの声に顔だけ振り向いて彼は言った。
「ここはわたくしが引き受けます」
「え、でも……」
「あんた一人じゃさすがにきついだろう。オレも残る。全員で行く必要もねえだろ」
エチエンヌが戻ろうとしたが、ジンがそれを止めた。
「いえ、おかまいなく。彼らを足止めしておけばよろしいのですね? それとも全滅させますか?」
しろと命じれば平然と従いそうな彼に、あわててメロディは首を振った。
「足止めだけでいい!」
「承知しました。では、皆様が離脱される時間をかせぎ、適当なところでわたくしも戻りますのでご心配なく」
まるで今日の予定を述べるような口調で淡々と言う。彼にとってはさして難しくない仕事なのだろう。薔薇の騎士団最強の戦士を信用することにして、メロディたちは踵を返した。
「じゃあ、たのむよジン」
「無理しなくていいからね!」
フェビアンとメロディ、そしてひいひい言いながらもギルバートが走り出す。エチエンヌだけはその場でためらった。
「……行きなさい」
黒い瞳が静かにうながす。一瞬息を呑んだエチエンヌは、黙って身を翻しメロディたちのあとを追った。
逃がすまいと踏み出すギャングたちの前に、ジンは立ちはだかる。
のちに駆けつけた王都騎士団によると、街のいたる所に死体が散乱していたという。生き残ったガーティン一味は逃亡しており、一部始終を目撃した街の住人は口をそろえて「黒い悪魔が出た」と言ったらしい。
このことで後日またキンバリーに嫌味を聞かされるはめになるのだが、ひとまずは別の話だ。
ジンの援護を得てどうにかロス街を脱出したメロディたちは、馬を預けた店へ駆け込み、そこへギルバートを残していった。彼を連れていたのではとうてい間に合わない。途中で聞こえた鐘は四回鳴った。夜会は六時から始まる。あと二時間弱。王宮まで全速力で行って、どうにか間に合いそうといったところだ。
「順調にいけばの話だけどねえ」
「夜会にはセシルも行ってんだろ。呼び出せばいいじゃねえか」
馬を駆けさせながらフェビアンとエチエンヌが声を張り上げる。先導するメロディはどうだろうと内心首をひねった。
「正規の手続きをしていたらおそろしく時間がかかるよ。待たされてる間に手遅れになる」
「んじゃあ、オレらが直接乗り込んで……」
「そこが問題なんだよねえ。多分入れてもらえない気がするなあ」
フェビアンの危惧は的中した。事故をおこしかねない無茶な速さで街を駆け抜け、汗だくになってやっと駆けつけた王宮の門前で、彼らは足止めをくらってしまったのだった。
「緊急事態だ! 至急主にお知らせせねばならないことがある、通していただきたい!」
氏名を名乗り、シャノン公配下の薔薇の騎士であることを告げるメロディに、門を守る衛兵は厳しい顔で手にした槍を突きつけた。
「招待状を持たない者を手続きなしに通すことはできない。ここは女王陛下のご居城である。勝手はまかりとおらん」
「承知の上だ! 時間があるなら手続きでも何でもしている。だが時間がない。女王陛下の御身に関わることなのだ!」
「そのような言葉だけで通せるとでも思うか。そもそもシャノン公の配下と言うが、口先だけでなくまともな身分証明くらいできないのか。そのように、どこのごろつきかという姿で王宮に押し入ろうなどと不敬きわまりない。この場で逮捕されたくなくば、即刻立ち去れ!」
固く閉ざされた門の向こうにも衛兵がいて、一歩も通さぬとにらんでくる。強行突破は無理だと早々にあきらめ、フェビアンはメロディを止めた。
「しかたない、行こう」
「フェン!? そんな……」
抵抗しようとするメロディに首を振り、視線で黙らせる。衛兵たちの警戒に満ちた視線を受けながら門から離れ、人目につかない場所で馬を止めた。
「どうするの。あきらめて引き返したんじゃ、大変なことになるよ」
「もちろんあきらめたりなんかしない。あそこで延々もめる時間を惜しんだだけだ」
あわてるメロディをなだめる横で、エチエンヌが視線をめぐらせる。
「どこから行く?」
「裏手へ回ろう。こっちは衛兵が多い」
王宮を囲む柵に沿って馬を進める。どこか入れる場所があるのだろうかと、逸る気持ちをこらえてついていったメロディだが、このあたりでいいかとフェビアンが馬を止めたのは、門も何もないただ柵が続くだけの場所だった。
「どうするの。ここから入るって、まさか……」
「そりゃあ、入れてもらえないなら勝手に入るしかないでしょ」
悪い笑顔でフェビアンが答える。高い柵を見上げてエチエンヌが言った。
「あんたなら、このくらい越えられるよな。オレもいける。フェンは……」
「見くびらないでね? 当然余裕だよ」
さっさと馬を降り、適当な場所につなぐ仲間たちをあぜんとメロディは眺める。いくらなんでも、王宮へ無断侵入するなんて……貴族として幼い頃から叩き込まれた意識では、抵抗が大きすぎて恐怖すら感じる話だ。
――だが、他に方法はない。
夕暮れの迫った空を見上げ、覚悟を決めると、メロディは馬から降りた。