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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第二話 威風堂々
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11 行き止まり

 イーズデイルの王都カムデンは、広い幅を持つシーグローヴ河で二分されている。北から南西にかけて広がる地域には王宮があり、貴族をはじめとした富裕層の邸宅が集まっている。大教会や商業組合の本部などもこちら側だ。

 対して北東から南側は、庶民の住む下町区域になる。下町でも南へ下るにつれて住民の生活水準は低くなり、港よりやや東側にあるロス街は、最下層の貧民や移民が暮らすカムデンでもっとも治安の悪い危険な地域だった。

 ノーラはこのロス街の近くで、ヘニング男爵の下男を見かけたと証言した。港方面から来たようすで、こそこそと周囲を気にしながらロス街へ入っていったらしい。

「あのあたりは後ろ暗い連中ばかりだから別に珍しくもないけどさ。そいつが男爵の下男だったもんだから、おやおやと思ってね」

 世間話のような調子で彼女は言う。王都騎士団にしらせようとは思わなかったのかと問えば、

「なんの義理があってそんなことしなきゃなんないのさ。顔を知ってるだけで、男爵とは何も関係ないんだよ」

 当たり前のことを聞くなと言わんばかりに返され、メロディは認識の違いを思い知った。

「別に犯人がつかまらなくても、あたしにゃどうでもいい話だしね。それにロス街にゃガーティン一家だのマロリー一家だの、おっかない連中がいるんだ。そいつらが下男の後ろについてたらどうすんのさ。下手な真似して恨みを買っちゃ、命がいくつあっても足りないよ」

 通報したことが知られれば、報復のおそれがある。後ろ楯も力もない下町の住人が、名うてのギャング団を敵に回すような真似はできないと言われれば、いたしかたのないことと認めるしかなかった。

 だがメロディにそういう恐れはない。ロス街に手がかりがあるなら、さがしに行くまでだ。

 ――と、勢い込んだところで、エチエンヌにまた頭をはたかれた。

「アホか。ロス街のどこにいるかもわかんねえのに、どうやってさがすんだよ。そもそもあんたはそいつの顔も知らねえだろうが」

「人に聞いて回るとか……」

「本気で言ってるか筋肉お嬢様よ? 追手が来たぞと大声でふれ回りながら歩くのかよ。そいつぁありがてえ話だ、標的(マト)はとっとと逃げ出すだろうよ」

「…………」

 ぐうの音も出ない。このままメロディがロス街へ乗り込んだところで、完全な徒労に終わるのは明らかだ。どうしたものかと、メロディは考え込んだ。

「……そうなると、やっぱりキンバリー団長にお願いして調べてもらうしかないのかな。わたしが知らせるなら、ノーラさんたちには迷惑かからないよね?」

「オレらの話なんぞ、どこまで聞いてもらえるかね。てめえの容疑をそらそうとしてデタラメ言ってるって思われんじゃねえの」

「キンバリー団長はそういう人じゃないよ。お小言はうるさいけど、とても職務熱心な人だもの。決めつけで手がかりを無視しないと思う」

 エチエンヌは白けた顔で肉と野菜を挟んだ黒パンを頬張っている。動き回ってお腹がすいてきたので、メロディも同じものを出してもらった。

 固くてぱさついたパンだ。中の具はやけに塩気がきつく、よけいに食べにくい。何度も水を飲みながら、なかば流し込むようにして胃に収めた。

「へえ、貴族のお姫様がこんなもの食べるとは思わなかったよ」

 自分で出しておきながら、ノーラがそんなことを言って笑う。メロディは首をかしげた。

「もう少し塩気を減らしていただければとは思いますけど、それ以外に問題はありませんよ? 狩った熊をその場でさばいて食べた時より、ずっとおいしいです」

「……何をさばいたって?」

「またその話かよ」

 向かいでエチエンヌがげんなりと肩を落とした。

「あの時はとにかくお腹が空いてたし、山の中でまともな調理もできないから、火をおこして焼いただけだったの。その火もなかなかつけられなくて苦労したよ。なにせ雨の後だから、乾いた木や草が手に入りにくくて。でも生は絶対だめだって父様がね」

「いやそういう問題じゃなくてよ……つか、だめじゃなければ生でも食うのかよ」

「最悪他にどうしようもなければそれしかないでしょ。人間飢えればなんでも食べるって、エチも言ってたじゃない」

「言ったけどよ。そこまで開き直れるのがさすがだよな」

「でも、前に行商人から聞いたんだけど、東の方の国では魚や肉を生で食べる習慣があるらしいよ。意外とおいしいのかもね。今度サミーに頼んでみようか」

「無理だな。生で食えるのはごく新鮮なものだけだ。ここじゃ手に入らねえよ。カムデンの港じゃ漁はしてねえんだろ? 塩がきついのも肉が古いせい。あと生で食える肉はかぎられてる。なんでもいけるわけじゃねえ」

「……くわしいんだね」

 感心して目を丸くするメロディに、エチエンヌは我に返った顔で口をつぐんだ。そのままぷいとそっぽを向いてしまう。これ以上ふれられたくない話題なのを察し、メロディはまたパンを口に運んだ。

「話を戻すけど、ちゃんと話せばキンバリー団長は調べてくれると思う。相談しに行かない?」

 エチエンヌも残りのパンをかじりながら、気乗りしない返事をかえした。

「ああいう場所に集まる連中には、それなりの雰囲気ってもんがあってよ、騎士さんがいくら頑張って変装したところですぐにバレるよ。あんたが訪ね歩くのと変わらねえ」

「でも……」

「下男の顔を知ってる奴もいねえだろ。うしろめたい事情抱えた男爵家の人間が協力するとも思えねえし、見つけられるわけがねえ」

「じゃあどうするの。あきらめるって言うの? せっかくの手がかりなのに」

「……しょうがねえだろ」

 エチエンヌはため息混じりにこぼした。

「簡単に見つからないから、下男もロス街に逃げ込んだんだ。あそこはそんな連中ばかりだよ。もういいだろ、疑われただけで犯人にされたわけじゃねえんだ。どうせセシルが手を回すだろうし、そのうちほとぼりも冷めんだろうよ」

 なげやりな言葉に、メロディは唇をかんだ。状況はたしかに厳しい。エチエンヌの言葉にもうなずける部分は多い。しかしそれであっさりあきらめてしまっていいのだろうか。結局何もできず、周りの目も変えられず、うやむやにごまかすだけで終わるのか。

 何かを得るためにここまでやってきて、せっかくノーラが手がかりを教えてくれた。それを全部無駄にして、すごすごと引き上げるなんてしたくない。

「……やる前から無理だと決め付けてしまいたくない。たとえ本当に無理だったとしても、あきらめるのはこれ以上は何もできないってくらい精一杯努力してからだよ。何もしないであきらめられない」

「あんたもたいがい強情だな」

 菫の瞳が苛立ちを浮かべてメロディに戻される。それをメロディはまっすぐに受け止めた。

「妥協していいことと、絶対にゆずれないことがある。わたしにとって仲間の潔白を証明するのは、簡単に妥協できない大事な話だよ」

「じゃあどうするってんだ。まさかロス街へ乗り込む気かよ」

「王都騎士団が乗り込んでもすぐに気付かれるなら、まだわたしが行った方がましだと思う。小娘一人なら、それほど警戒されないかもしれない」

「……どこまで馬鹿なんだてめえは! ただでさえすぐに目をつけられて狙われるくせに、無事に人探しなんぞできると思ってんのか。あんたみてえな娘がのこのこ入り込んだら、ろくに歩かねえうちにとっつかまって、さんざん慰み物にされたあげく売り飛ばされるだけだ。返り討ちにしてやるなんぞと言うなよ? 十や二十を相手にするわけじゃねえんだからな!」

「だったら変装していくよ! 髪を隠して顔を汚して、男のふりして行けば」

「無駄だ!」

 いつしかふたりは立ち上がり、顔を突き合わせてにらみ合う。互いに一歩も退こうとしないのを見かねて、横からノーラが口を挟んだ。

「エチエンヌの言うとおりだよ、お嬢様。あんたが行ったんじゃ、飢えた獣の前にご馳走を投げてやるようなもんだ。やめときな」

「それなら、どうして教えてくださったんですか」

 こらえきれずに彼女へと非難の目を向けてしまう。手がかりを与えておきながら何もせずあきらめろなどと、ではなんのために教えたのかとなじりたくなる。彼女に当たるのは筋違いだとわかっていても、もてあました感情を抑えることができなかった。

 ノーラは腰に手を当てて息を吐いた。

「がむしゃらに突撃するのがあんたの言う精一杯の努力かい? 気持ちだけで突っ走っても無駄だって、認めな」

「でも!」

「下男の顔を知らないあんたがいきなり飛び込むより、顔を知ってて下町になじんだ人間が行くほうがいい。警戒されずにさがすにゃ、それしかないだろ」

「下町になじんだ人間って……」

 止められるだけかと思ったら、意外な提案が出てきた。虚を衝かれ勢いの止まったメロディに口の端を吊り上げ、ノーラは周りの野次馬たちに声をかけた。

「あんたたちも見覚えくらいはあるだろ? さがせないとは言わないよね?」

 お鉢を回された男たちは目をぱちくりし、とまどった顔を互いに見交わした。いい年をしたむさい男どもに、息子を叱る母親のような調子でノーラは言う。

「こんな子供が必死に身体張ろうとしてんだよ。いい大人がだまって見てられるのかい? 一肌脱いでやろうってくらい、思わないのかね。グレッグ、あんたの弟がシーモアの手下に因縁つけられて袋叩きにあいかけてたのを、エチエンヌに助けられたんだろ? バリーは知らずに運び屋にされそうになってたところを、エチエンヌが教えてくれて助かったって言ってたじゃないか。ピートだってイカサマで巻き上げられた金全部取り戻してもらったんだろ。あんたらみんなエチエンヌに恩があるんだから、返せる機会を逃すんじゃないよ」

 名指しされた男たちはばつの悪い顔で首をすくめる。エチエンヌがそんなにあちこちで人助けをしていたのかと、メロディは驚いて目を丸くした。当の本人は嫌そうな顔になってノーラに抗議する。

「よけいなこと言うなよ。別に助けてやろうと思ってやったんじゃねえ。目の前で騒がれて邪魔だったのと、あんまり間抜けで苛ついたのと、オレが稼ぐついでに元手を返してやっただけだ」

「ああそうだねえ、あたしの時も似たようなことを言ってたね」

「ノーラさんは何をしてもらったんですか?」

 好奇心に負けて訊ねるメロディを止めようと、エチエンヌが口を開きかけたが、ノーラにまた抱え込まれて口をふさがれた。

「別れた元旦那がしつこくてね。金をせびろうとつきまとって、言うこと聞かなきゃ殴る蹴るだよ。それをエチエンヌがこてんぱんに叩きのめして、二度と寄りつかないようにしてくれたのさ。おかげさまで平和な毎日だよ」

 ノーラの腕の中で、エチエンヌがもがいている。みずからの武勇伝を披露されてものすごく不本意そうだ。まともに誉められるのが苦手な、素直に自分を誇れない少年に、メロディの口元にも笑いが浮かんだ。

 メロディの知っている彼と同じだ。ノーラたちにとっても、エチエンヌは面倒見のいい優しい少年なのだ。口が素直でないだけで。

 次第に男たちの顔にも笑いが浮かんだ。メロディにつられて、はじめは苦笑いから、しだいに大きな笑顔になっていく。

「そうだな、ここで男を見せなきゃみっともねえ」

「借りを返せる機会だ、やってやるか」

 口々に協力を申し出る。ボリスも遅れじと名乗りを上げた。

「お、俺もっ、俺もさがすよメロディちゃん!」

「ありがとうございます。でも、みなさんは大丈夫なんですか? お願いしてしまっていいんでしょうか」

「俺たちゃ、元々下町の人間だ。心配はいらねえよ。若い娘じゃねえんだから襲われることもねえしよ」

「こんな髭面襲うやつがいたら、天地がひっくり返らあ。ああ、気持ち悪ぃ」

「人のことが言えるツラじゃねえだろ!」

 陽気な人々にメロディも声を立てて笑う。エチエンヌだけが困惑した顔で、落ちつかなげに周りを見回していた。

「待ってな、かならず見つけてきてやっからよ」

 メロディは肘でエチエンヌを小突いた。みんなが協力を申し出てくれるのに、だまっていてはいけないだろう。無言のまま視線だけでやりとりし、エチエンヌをせっついた。

 さんざんためらった後、ひどく言いにくそうにエチエンヌは口を開いた。

「……悪ぃな」

「ちがうでしょ、こういう時は『ありがとう』だよ」

「っせーな……」

 すかさず指摘するメロディに嫌な顔をし、ため息をつく。それからようやくエチエンヌは頭を下げた。

「ありがとうよっ」

 かなりやけくそじみた声だったが、誰も気にしなかった。照れ屋な少年にからかい混じりの笑いを向けて、「まかしとけ」と請け負う。メロディももう一度お礼を言いながら、ここへ来てよかったと満足していた。努力をすることはけっして無駄ではない。ほしいものはみずからつかみ取りに行かないと。

 屋敷を出る前には、メロディの手の中に何もなかった。でも今は希望がある。一歩も二歩も前へ進めた。

 この勢いで、かならず犯人にたどりついてみせる。エチエンヌは無実だと、誰もが納得するよう事件を解決するのだ。

 下男の居場所をつきとめたら屋敷へ知らせに来てくれるよう頼み、店をあとにする。高揚した気分でエチエンヌとともに帰宅したメロディを待っていたのは、ナサニエルの厳しい顔とフェビアンの呆れ顔、そしてセシルの困った顔だった。




「メロディ君もしばらく外出禁止だ。私がいいと言うまで、屋敷から出ないように」

 ろくに説明もしないうちから命じられて、承服できないメロディはセシルにくってかかった。

「なぜですか? 私は罰を受けるようなことはしていません」

「ここにアラディン卿がいたら、君を叱るはずだがね。ハロルドにも止められたのに、ひとりで飛び出して下町まで行って、本当に自分は悪くないと思うのかね?」

「もともと外出禁止なのを無視して出かけたなら罰されて当然ですが、私に行動制限はかけられていませんでした。どこへ行こうと自由なはずです」

「ちゃんと供を連れているならね。それでも下町まで行くのは感心しないが、せめてひとりじゃなかったなら許せるよ。だがきみはひとりで飛び出した。エチが追いかけて行かなければどうなっていたか、わかったものではない」

「どうもなりません。たしかに、最初はちょっと理解が得られずもめましたけど、みなさんいい方でした。話をした後では、協力を約束してくださったんです」

 手がかりが得られたこと、彼らが居場所をつきとめてくれることを伝えようとするが、話を聞く前にセシルは首を振ってさえぎった。

「結果論だ。それも、エチの口添えがあったからではないのかい」

 それはちがう。たしかに喧嘩になりかけたところは止めてくれたけれども、その後はさっさと帰れの一点張りだった。貴族に義理などない、巻き込まれたくないという下町の住人たちから情報と協力を得られたのは、メロディの粘り勝ちだ。

 なのに、セシルはまるで相手にしてくれない。メロディはくやしいのか悲しいのかわからなくなってきた。

「……父は、こんなことで私を叱ったりしません。オークウッドでは毎日ひとりで野山を駆け回っていたんです。エイヴォリー家の者にとっては当たり前の日常です」

「領内限定の話だろう? カムデンに出てくるまで、領外へひとりで出かけたことはないと言っていたじゃないか。住民がみんな知り合い同士なんていう田舎の村と、大都会を同じに考えるんじゃない。ここにはオークウッドの何十倍も人がいるし、外国との出入りも多い。きみが想像もつかないような犯罪が日常的に起こっているんだ」

「私は自分の身を守ることくらいできます」

 ため息をつき、セシルはまた首を振った。

「いつでも相手が少数の、きみより弱い連中ばかりとはかぎらない。そもそも、貴族の女性はひとりで出歩いたりしないものだ。そのくらいはきみだって知っているだろう。近くの公園にすら供を連れていくのが常識なのに、下町までひとりで出向くなどありえない話だよ。誰だって聞けば眉をひそめるだろう。私はアラディン卿からきみを預かった責任がある。そういう非常識なふるまいを看過するわけにはいかない」

「…………」

 言い返す言葉を見失い、メロディは愕然とセシルを見つめた。全身から力が抜けていき、崩れてしまいそうになる。喉の奥から熱いものがこみあげてくるのを、歯をくいしばり拳を握ることでこらえた。

 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、セシルはくりかえす。

「謹慎して、自分のしたことについてよく考えなさい。エイヴォリー家が少々世間とは異なるといっても、わきまえるべき基準はある。アラディン卿だってそう言うはずだ。何をしても許されるのは幼い子供だけだ。一人前の大人になりたいのなら、どう行動するのが正しいのか考えなさい」

「…………」

 返事をうながされても、メロディは答えられなかった。今口を開けば、こらえていたものがあふれ出してしまう。無言でセシルに背を向けて、足早にサロンを飛び出した。まっすぐに自分の部屋へ向かい、着替えもせず寝台に飛び込む。

 突っ伏した枕が、こぼれたもので湿った。

 くやしくて、悲しかった。セシルに認められていないと察してはいたものの、はっきり突きつけられたことが辛くてたまらない。次々こぼれる涙を止められなかった。

 メロディは騎士のつもりでここにいる。特例措置で、本来は認められないもので、世間から嘲笑されていても、位に足る力をそなえていなくても、それでも騎士として勤めをまっとうするつもりで努力してきた。今はまだ未熟でも、修行を続ければもっと強くなれる。経験を重ねて、一人前の騎士になってみせる。そう信じ、目標をめざして頑張ってきた。

 ――けれどセシルにとっては、メロディはどこまでも「貴族の娘」でしかないのだ。

 貴族女性としての常識を説いたセシルは、メロディを騎士としてなど見ていなかった。信を置き、守りをまかせる仲間ではなく、庇護するだけの対象だ。

 いつかのサリヴァンの言葉がよみがえる。彼の言葉は正しかった。セシルはメロディを、認めてくれていない。認める気もない。

 ――これが、現実なのか。いくら努力をしても、女の身で騎士として認められることなどあるはずがない、望むのが間違いなのだろうか。

 問えば、きっと人々はそのとおりとうなずくだろう。でもそんな世間の常識など跳ね返すつもりでいたのに、肝心のセシルにまで否定されると、もう希望を持てなくなってしまう。

 それなら自分は、なんのためにここにいるのだろう。

 父の望みは知っていても、メロディ自身は結婚したくてセシルとともにいるのではなかった。けれどセシルは、結婚相手としてはもとより、部下としても認めてくれていない。ならばメロディの存在理由は何だ? なぜここにいる?

 押しつけられたのを断りきれず、預かっているだけの荷物。彼の言葉から、そんな印象を受けてしまった。

 それが辛い。悔しさと悲しさともどかしさが、身のうちで暴れ回る。

 行き場のない想いを鎮めるすべもなく、メロディは眠れない夜をすごした。


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