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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第一話 亡き王女のための舞曲
3/60

 風呂から上がったメロディを待っていたのは、少女らしい清楚なドレスだった。

「どこから調達してきたの、こんなの」

 寸法もちょうどいい。よくこの短時間でと驚いていると、女中が意外そうに首を振った。

「先程、届いたんです。お嬢様のご実家からとお聞きしましたが」

「ああ、そういえば、別便で荷物を送るって言ってたっけ。いい時に届いたけど……こんなドレスあったっけ」

「他にもたくさんありましたよ。とりあえずこちらをお持ちしたんですが、ご自分で選ばれますか?」

「たくさん?」

「はい」

 ドナという女中は、まだ二十歳前の若い娘だ。これまで男ばかりの屋敷勤めで物足りなさを覚えていたのか、メロディに対して職務以上の熱心さを向けてくれているようだった。

「さすがに伯爵家のお嬢様ですよね。まだちゃんと全部は見てないんですけど、ドレスも装飾品もみんな素敵でした。後でゆっくり見せていただいてもいいですか?」

 ドナの言葉を、メロディは呆気に取られて聞いていた。

「……それ、本当にわたしの荷物? 別のが間違って届いたんじゃないの?」

 尋ねれば、なぜそんなことを聞くのかと不思議そうに頷かれる。

「ええ。間違いなく、オークウッドのエイヴォリー家から、メロディお嬢様へとことづかりました。ジェロームさんも確認してらっしゃいます」

 執事の名前まで出されれば信じるしかない。彼が確認しているのに、単純な取り違えが発生することはないだろう。

 どういうことだと首をひねる。

「わたし、そもそもドレスなんてほとんど持ってなかったんだけどな。おまけに装飾品って、どういうこと。リボンくらいなら、何本かあったけど……」

「そうなんですか? じゃあご実家の方で用意なさったんじゃないでしょうか。これからの生活に必要なものですし」

「いや全然必要じゃないよ。悪いけど、他の服持ってきてくれる? 荷物には普通のシャツやズボンは入ってなかった?」

「ズボン……ですか?」

 ドナは怪訝そうな顔をする。

「うん。ドレスなんかで公爵様の前に出られないよ。ちゃんとした格好で行きたいから、さがしてきて。ごめんね」

「はあ……あの、ちゃんとした格好というのでしたら、ドレスの方がよろしいのでは?」

 言われてようやくメロディは気づいた。世間一般の普通と、メロディの普通は、おおむね逆だった。

「えっと、ここでのお仕事は、ドレスでできることじゃないから。だから、真面目に取り組みますっていう姿勢を見せたいの」

「はあ……」

 よくわからないという顔をしつつも、ドナは言われたとおり男物の服をさがしに行ってくれた。しばらくして現れた見覚えのある服に、メロディは安堵して着替える。ドナは残念そうにため息をついていた。

「せっかくあんなに綺麗なドレスがたくさんあるのに……もったいないですよ」

 そう言われても、そもそもメロディが用意したものではないのだ。

「そのうち、必要になるようなことがあったら着るよ」

 言いわけめいたことを口にして、食堂へ向かう。セシルと数名の男性が、既に席についていた。

「あれー? なんでそんな格好なの? さっき荷物が山ほど届いてたじゃないか。てっきりドレスのお嬢様が登場すると思って期待してたのにー」

 メロディを見るなり声を上げたのは、二十歳くらいの若者だった。池から引き上げられた時に、そばへ駆け寄ってくれた人だ。亜麻色の髪が優しげな印象を与える、なかなか見栄えのよい好青年だった。惜しむらくは、ちょっと口調が軽い所だなと、メロディは思う。

「わたしはいつも、この格好です」

「えーもったいないー。そんな色気も愛想もない格好してちゃ、つまんないよ」

「…………」

 辛抱、忍耐、と己に言い聞かせる。彼らとは初対面なのだ。普通の女の子扱いされるのは、仕方がない。

「座りなさい」

 セシルに指示されて、メロディは空いている席に腰を下ろした。

 晩餐の用意がされているのは、大きな円卓だった。普通は長方形のテーブルの、席の配置によって上下関係が厳密に決められているものだが、この円卓ではどこが上座だか下座だかわからない。メロディに用意されていたのは、セシルの左隣の席だった。

 右隣には体格のよい男が座っている。三十歳くらいだろうか。栗色の髪をきっちり短く整え、姿勢よく堂々としているようすは、見るからに生真面目そうな騎士といったようすだ。

 彼はナサニエルと名乗った。この場で唯一、正騎士の位を持つのだとセシルが補足する。では他の者は見習いなのかと、メロディは意外な思いで先程の青年に目を戻した。

 メロディの左に座る青年は、フェビアンと名乗った。歳はやはり二十歳だそうで、それならとうに叙勲されているはずである。なぜいまだに見習いなのだろうと不思議に思っていると、

「初めは近衛騎士を目指して士官学校に入ったんだけどね、教官の婚約者に手を出して退学になっちゃった。あはは」

 と、さわやかに説明してくれた。

 メロディは黙って視線を次へ移す。

 フェビアンとナサニエルの間には、メロディと同年代の少年が座っていた。

「エチ、お前もちゃんと挨拶しなさい」

 行儀悪く頬杖をついていた少年は、セシルに言われて面倒くさそうに口を開いた。

「挨拶って、どうやるんだ? つーか、あんた髪傷んでんな。肌もろくに手入れしてねえだろ。今はよくても十年後に泣きを見るぜ」

 いきなり胸に突き刺さることを言われてしまった。

「その髪、切れ。おもいきってばっさりやれ。んなに傷んだまま伸ばしてたんじゃ、かえって見苦しい。それに長いからもつれるんだろ。そのすげー癖っ毛じゃ、あんまり伸ばさねえ方がいいぞ」

「…………」

 容赦なく追い討ちをかけられて、メロディは返す言葉もない。

「エチエンヌ、言葉を慎まんか」

 ナサニエルがたしなめた。

「事実じゃん。言ってやった方がこいつのためだろ。オレ、こういう自分を磨く努力しない奴って、見ててイライラすんだよな」

 さらにこれにも、何も言えなかった。

 エチエンヌというらしい少年は、言うだけあってたいそう美しかった。顔だちそのものも少女と見まがうほどに美しいが、肌の白さなめらかさといったら、メロディなど逆立ちしてもかなわない。透ける炎のような赤毛もうらやましいほどに艶を放ち、さらさらと肩にかかっている。メロディより彼の方が、よほどにドレスが似合うだろう。

 これで粗雑さがなければ、王族を名乗っても違和感がないくらいだ。

「ごめんねー、エチは口が悪くってさあ。でも美に対する執着心は並大抵じゃないから、参考にはなると思うよ」

 フェビアンが弁護した。

「エチもさ、駄目出しするんだったら君が教えてあげなよ。手入れの仕方とか。あと髪も切ってあげたら?」

「なんでオレが」

「教えてあげないと、彼女ずっとこのままかもよ? 君の目の前で、団長の隣で、ずーっとこのままだよ。それって我慢できる?」

 ――そんなに自分はひどい有り様なのだろうか。ますます落ち込むメロディである。

「ふん……まーいーけど。じゃあ、後で断髪式だ。気持ちよくばっさりいってやる。覚悟しときな」

「い、いえ、あの」

「心配すんな、罪人に間違われるほど短くはしねえよ。女装する時のこと考えると、結える程度の長さは必要だしな。まあ、肩くらいまでか?」

「…………」

 メロディはもう反論する気力もなく、黙って頷いた。まあ、口は粗雑きわまるものの、悪い人物ではなさそうだ。あれこれ言われてしまったが馬鹿にする響きはない。純粋に意見を述べてくれただけなのだろうと、納得しておくことにする。

 食卓に着いているのは、これで全員だった。

 つまりこの三人がメロディの先輩ということになる。ずいぶん少ない。

「あの、他の方は今日はいらっしゃらないんですか?」

 右隣を見上げて尋ねる、若き公爵は軽く眉を上げた。

「他? ああ、そういえばジンの紹介がまだだった」

 ちょうど食堂に入ってきた従者に、彼は目を向ける。盆に飲み物を乗せて運んできた少年は、セシルに呼ばれてすぐ傍に立った。

「ジンだよ。私が幼い頃から、ずっと仕えてくれている。ちなみに、こう見えても二十三歳だから」

「え」

 メロディは目を丸くして、思わずまじまじと見つめてしまった。

 黒い髪に黒い瞳、黄色味がかった肌の色は、メロディたち北方系ともセシルのような南方系とも異なる。おそらく大陸東部の血を引いているのだろう。どちらかというと小柄で、どう見ても十代後半程度の少年にしか見えないが、これでセシルと二つしか違わないとは。

 メロディの視線を受けて、ジンは黙って一礼した。相手を立たせたままで挨拶するわけにはいかない。メロディも椅子から立ち上がった。

「メロディ・エイヴォリーです。よろしくお願いいたします」

 彼にならって頭を下げる。するとジンは、盆を円卓に下ろしたかと思うと、いきなり跪いた。

「ご丁寧なお言葉、恐縮の限りにございます。わたくしごときにそのようなお気遣いは無用です。どうぞ、お楽になさってくださいませ」

「え、えええ!?」

 ものすごくうやうやしく答えられてしまった。先程のエチエンヌと完全に反対である。何事かと、これはこれで驚いてしまった。

「い、いえ、あの、大先輩なわけですし、歳も八つも上ですし」

「わたくしは身分も持たない卑しき身にございます。お気にかけていただく必要はございません」

「…………」

 礼を取るというより、ほとんど平伏に近いジンの姿を、メロディは呆気にとられて見下ろした。身分が低いのだということはわかった。貴族のメロディに対してへりくだるのは、当然といえば当然だ。だがここまでする必要があるだろうか。礼儀を通り越して卑屈なほどだ。

 それにメロディは、彼の腰にあるものを見過ごせなかった。

「……ジン殿は、ただの使用人じゃないですよね? その剣で公爵様をお守りしてるんですよね」

「どうぞ、ジンと。わたくしに丁寧なお言葉は不要です。お食事の場に無粋な姿で申し訳ございません。わたくしは如何なる時にもセシル様をお守りできるよう、これを手放すわけにはまいりませんので、ご容赦願います」

 刀身が短く、軽く反りの入った剣を、彼は二本も差していた。右と左に一本ずつ。双剣の使い手というわけだ。物腰も明らかに武術の心得を持つ人のものである。メロディとて幼い頃から武術に親しんできたのだ。そのくらいは見てわかった。

「じゃあ、ジンと呼ばせてもらう。そのかわり、立って」

 言うと、ジンがようやく顔を上げた。あまり表情のない顔に、少しだけ困惑が浮かんでいるように見えた。

「ジンがわたしと同じ仕事をしているなら、へりくだる必要はないでしょ。立場は対等だよ」

「……とんでもないことにございます。わたくしごときが、対等などと」

「本当言うと逆の意味で対等じゃないけどね! ジンの方が上だけどね! でもそれが受け入れられないなら、せめて対等ってことにしといて! 早く立ってよ」

「…………」

 無表情の下で、彼がとても悩んでいるらしいことはわかった。しかしメロディも譲れなかった。

 何の実績もない新参者の自分が、ただ貴族であるというだけで敬われても虚しいだけだ。そんなものは、メロディの実力や人格とは関係がない。言い換えれば、実力や人格で判断してもらえないということでもある。それは悔しい。ちゃんと自分自身を見てほしかった。

 みんな、メロディをただの女の子扱いする。ドレスを着ろと言ったり、髪や肌の手入れをしろと言ったり――それはそれで参考になる意見だけれど――これから共に働く仲間だという意識を、まるで感じない。今は仕方がないと自分に言い聞かせても、本音を言えば悔しかったし寂しかった。

 ――こんなの、一人で空回りしているだけだ。

 メロディは唇を噛んだ。

 救いを求めるように、ジンがセシルを見上げた。そこでようやく、主は仲裁に入った。

「こう言っているのだから、立ちなさい。お前も少しずつ慣れていくようにと言ったはずだよ。それからメロディ君も、あまりきつく言わないでやって。ジンはね、常にへりくだりひれ伏すようにと教え込まれて育ったんだよ。幼い頃から植えつけられた意識は、そう簡単には変えられない。君に対する悪意ではなく、彼なりの精一杯の誠意でやってることだから、理解してやってくれないかな」

「……ごめんなさい」

 口調は優しげながら、明らかに叱責だ。メロディは我に返り、己の傲慢に気づいた。

 身分を絶対視する封建社会において、下位の者が上位の者にへりくだるのは当然のことだ。誰もが生まれた時から当たり前になじんできた慣習である。

 メロディの言い分は、上位の者だからこそ言えるわがままだった。下位の者が同じことを言えば、普通は厳しく罰せられる。メロディだって、相手が王族だったらとても対等になどふるまえない。

 メロディはただ、ジンにやつあたりしただけだった。一人前の武人として認められず、女の子扱いされてばかりなことに苛立って、その気持ちを彼にぶつけたのだ。一人前どころの話ではない。まるきり子供の癇癪だ。

 情けなさと恥ずかしさで、いたたまれなかった。

「さあもう、二人ともそこまでにしなさい。いつまでもやってると、林檎酒(シードル)が飲めなくなってしまう」

 炭酸入りの食前酒は、円卓に置かれたままだ。メロディのせいでみんなお預けをくらっている。そのことにも気づいて、メロディは底辺まで落ち込みながら席に戻った。

 ジンが急ぎ林檎酒を配膳する。

 乾杯が行われたがメロディは顔も上げられなかった。

「んー、そんなに落ち込まなくてもいいと思うけど」

 フェビアンが陽気になぐさめた。

「少なくとも、私をうやまって従うのが当然よって高飛車にふるまうお嬢様より、僕は好きだよ。どんな子が来るのかなーって思ってたけど、いい子でよかったじゃないですか、団長」

「……そうだね」

 セシルはあまり熱意のない返事を返す。

「いい子も悪い子も、子供なのは一緒だけどね……」

「贅沢言わないでくださいよ。こんなに可愛くて、性格もよさそうで、おまけに有力貴族の令嬢ですよ。歳くらい大目に見てもいいじゃないですか。そもそも、あなたの好みに合う人なんてみんな既婚者ですよ」

「未亡人もいる」

「そんな難しい条件挙げないでくださいよ」

 落ち込みつつも、何か違和感を覚えてメロディは顔を上げた。

 フェビアンとセシルの会話からは、メロディを新しい仲間として見る意識は感じられない。それはメロディが女の子だから、そのせいでまともに相手されていないのだとばかり思い込んでいた。一人で腹を立てたり疎外感を感じたりしていたが、何かちょっと違うのではないかと、ここにいたってようやく気がついた。

 そもそも、なぜいちいちセシルの好みが問われるのだろうか。

 浴室での会話も思い出し、首をひねる。

 いくらメロディが女だからといって、彼の好みは関係ないだろうに。

 おもいきって聞いてみようか。どう聞けばいいだろうかと考えた時、先にエチエンヌがメロディに話しかけてきた。

「なんかさあ、よくわかんねえんだけど。あんた、ジンと同じ仕事するって言ったよな。どういう意味だ?」

「え……どう、って」

 エチエンヌは頬杖をついたまま、水のように林檎酒を飲み干してメロディを眺めている。菫色のきれいな瞳に浮かぶのは、からかいや意地悪ではないただの疑問だ。

「対等とかわけわかんねえし。あんたが上でジンが下。別にそれでいいだろ。何が問題なんだ?」

「それは……身分を言うなら、そうかもしれないけど。でもここでのお勤めに、身分なんて関係ないし……」

「勤めって何だ? あんた、妾奉公でもしに来たのか?」

「め……っ」

 メロディは絶句した。

「エチエンヌ!」

 またナサニエルが彼を叱る。エチエンヌは小さく肩をすくめた。

 こればかりは聞き捨てならないと、メロディは断固否定した。

「違います! め、妾だなんて、そんな……! いくらなんでも失礼です!」

「あんたが勤めとか言うからだろ。違うならそんな言い方するなよ」

「…………」

 そう言って、何がいけないというのか。メロディは困惑して、他の面々を見回す。しかし彼らもまた怪訝そうな顔をして、エチエンヌではなくメロディの方を見ていた。

 ――何かがおかしい。

 メロディは不安になった。

 自分は何か、とんでもない間違いをしているのではないだろうか。

 同じことを感じたようで、ナサニエルがセシルに話しかけた。

「セシル様、どうも、話がかみ合っていないように思えるのですが」

「ん、私もそう思っていた」

 のんびりと応じて、セシルは腕を組んだ。

「どうもね、最初から妙な気はしていたんだが……君は、お父上にどう言われてここへ来たのかね?」

 メロディは父とのやりとりを思い出し、慎重に答えた。

「公爵様に、お仕えするようにと……」

「ん。で、具体的には?」

「ぐ、具体的?」

「そうだよ。私に仕えて、何をするのかね」

 言うまでもないと思いつつ、すぐには答えられなかった。

 そこが問題の根本なのは、もはや明らかだ。

「こ、公爵様は、その、お命を狙われていらっしゃると聞いて……だから、お守りするのだと」

「そうせよと、アラディン卿が言った?」

「はい……いえ」

 よくよく思い返してみれば、彼を守れとはっきり言われたわけではない。

 セシルの状況を説明されて、てっきりそうなのだと思い、自分で言ったのだ。父もそれを否定はしなかったから、今まで疑っていなかった。しかし考えてみれば、父自身の口からそうした指示を聞いたわけではない。

「……それっぽいことは聞きましたが……先輩たちと協力して、わたしなりの働きでお仕えせよと。支えとなって差し上げろ、とか……」

「うーん」

 セシルは苦笑していた。

「アラディン卿も人が悪いね。君が誤解していることを百も承知で――いや、わざと誤解させたのかな? やりそうなことだ」

「ご、誤解……」

 地面だと信じていたものが、実は薄い氷だった。

 そんな気分だった。メロディの中で、あらゆるものが大きく音を立てて崩れていく。

 あんなに気合を入れてここまでやって来たのに、すべてが勘違いだったなんて。

 セシルは困ったように息をつきながら、メロディから目をそらした。

 フェビアンも、あらーとかふざけた声を上げながら、やはり視線を合わせない。

 ジンはもともと感情の読めない顔で、ただ黙って立っている。

 真面目なナサニエルまで、咳払いをしてごまかした。

 気の毒な少女にとどめを刺す役目を、互いに押しつけ合い、誰もその先を言わない。

 唯一、エチエンヌだけが、遠慮という言葉とは無縁だった。

「あんた、親父にだまされたな。ていうか気づけよな。オレらが聞いたのは、セシルの嫁が来るって話だぜ」

 メロディの手から、グラスが滑り落ちる。床に落ちて砕ける寸前、すかさず駆け寄ったジンが見事に受け止めたが、それどころではなかった。中身もこぼさず何事もなかったかのように円卓に戻されたグラスを、メロディの目は見ていなかった。

 頭の中を、ただひとつの単語だけが駆けめぐっていた。

「……嫁――――――――!?」


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