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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第二話 威風堂々
23/60

3 喧嘩の後は

 重い音を立てて鉄格子が閉ざされる。

 続いて鍵がかけられた。「そこで頭を冷やせ」と言い捨てた騎士が去っていく。メロディは冷たい石の床に力なく崩れ落ちた。

「どうしよう……まさか牢獄に入っちゃうなんて……父様母様兄様たちごめんなさい、わたしは一族の恥さらしです……ああもうご先祖様に顔向けできない……」

「いや、これ牢獄じゃないから。ただのトラ箱だから」

 明るい声がつっこむ。

「うぜえよ。ぶつぶつ唸ってねえでこっちこい、その髪直してやる」

 そっけない声が身も蓋もなく言う。仲間ふたりはこの状況にまるで動じるようすもなく、堂々と牢内の壁にもたれて座っていた。

「ト、トラ箱ってなに」

 涙ぐみながらメロディは尋ねる。いつもとまったく変わらない笑顔でフェビアンは答えてくれた。

「一時的な拘留施設だよ。酔っぱらいとか、僕らみたいな喧嘩した連中を放り込むためのね。心配しなくても明日の朝には出られるよ。嫌だって言っても放り出されるね。いつまでも居座られちゃ彼らの方が困るから」

「そうなの……?」

 エチエンヌが腕を伸ばしてメロディを引っ張った。自分のそばに座らせ、さきほどの乱闘でくしゃくしゃになった髪を手櫛で直してくれる。口では悪く言うが、どうやら彼はこの蜂蜜色の巻き毛がお気に入りらしい。態度の粗雑さとは裏腹に丁寧な手つきで、乱れた髪を整え美しい房を作ってくれた。

 メロディたちが連行されたのは、王都騎士団の詰め所だった。警邏隊が踏み込んだ時、すでに喧嘩はほぼ収束していた。騎士たちが死屍累々と床に転がる中、メロディたちだけが無傷で立っていて、問答無用で取り押さえられてしまったのだった。

「まー無実だって言う気はねえけどよ。つかまえるんなら全員つかまえろって言いたいよな。なんでオレらだけ牢に入れられんだよ」

 髪を落ち着かせたエチエンヌがふたたび壁にもたれてくつろぐ。メロディもそれにならった。主に精神的な打撃のせいだろうが、疲労感が強かった。

「そりゃ、あの場の全員を入れるほど収容力がないからだよ。気にしなくても、今頃それぞれの営倉にぶち込まれてるさ」

「なんだ、営倉って」

「騎士団内の牢だよ。軍規違反をした者が放り込まれる。ちなみに士官学校にもあった」

「なるほど、てめえはその常連だったってわけか」

「まあトラ箱も営倉も平たく言えば反省部屋ってところかな。だからハニー、そんな悲壮な顔しなくていいよ。静かな場所で休めてよかったってくらいに思えばいいさ」

「……でもご飯は食べられないよね……」

「あ、そこは思い出させないでほしかったな」

 三人同時にため息をつく。食事の中断を余儀なくされたため、十分な腹ごしらえができていなかった。しかもふたたび運動したものだから、むしろ余計に空腹が増していた。

「ちくしょう、あいつらもどうせなら食った後に絡んでくれりゃよかったのによ」

 床を汚しまくっていた料理をメロディは思い出す。なんてもったいないことをしてしまったのか。父が知ったらさぞ叱られるに違いない。

「士官学校時代を思い出すなあ。営倉入り自体は全然平気だけど、食事抜きが辛かったんだよねえ」

「……士官学校でも喧嘩したの」

「時々ね。一人殴れば次は三人で来て、三人殴れば次は十人って具合にキリがなくてさあ」

「なんだよ、気取ってるくせに近衛の連中もやってることはヤクザと一緒だな」

「しょせん同じ人間だからね」

「そんなひと言で片づけないで。許しがたい話だよ。いったい士官学校では何を教えてるの。そんな卑怯な真似をよしとする教育なの」

 気色ばむメロディを、フェビアンはまあまあと笑ってなだめた。

「どう教育したところで、結局は個々の人間性の問題だから。世の中の騎士がみんな、君のお父上みたいだったらいいんだけど……いや、よくはないか」

「やめろ。想像しちまったじゃねえか」

「さすがにみんながアレってのは嫌だねえ」

「え、どういう意味。みんなが父様みたいだったら最高じゃない」

「ごめんハニーちゃん、そこだけは同意できない」

「まあ、あんたんちじゃ日常の光景だろうな。あの親父と兄貴どもが雁首揃えて、無駄にきらきらまぶしくも暑苦しく幅利かせてんだろうな」

「父様の配下だって、みんな立派な騎士たちだよ!」

「……オレ、ぜってえオークウッドにゃ近寄らねえ」

「同感だね」

「なんでよーっ」

 狭い牢の中ではできることもなく、長々と話し込んでいては空腹が増すばかりだ。しかたがないので、メロディたちは寝ることにした。敷物もない床にごろりと転がって目を閉じる。暖かい季節でよかった。冬にこれは、いささかきつかっただろう。

 よく身体を動かした後だから、眠るのに苦労はしなかった。空腹のつらさからしばし解放される。心地よいまどろみから引き上げられたのは、おそらく一時間ほど後だろう。わざとらしい咳払いが何度も聞こえ、メロディは目を開けた。

「さっさと起きんか、この不良騎士ども!」

 聞き覚えのある甲高い声がする。嫌な予感とともに身体を起こせば、鉄格子の向こうに知った姿があった。

「あー、キンバリー団長……おはようございます」

 フェビアンが欠伸混じりに挨拶する。黒い口髭をぴんと尖らせた中年の騎士が、怖い顔でこちらをにらんでいた。

「何がおはようだ、馬鹿者が! まったく貴様らは、なにゆえここへ放り込まれたか理解しておらんのか。そのようにぐうたら寝くたれおって、反省のかけらも見えん!」

「せーなー……キイキイわめくなよ。頭と腹に響く」

「だまらっしゃい!!」

 王都騎士団長アルフレッド・キンバリー三十九歳。メロディたち薔薇の騎士団とは、なにかと縁深い人である。

 見た目は痩せて小柄で貧相のひと言で、ついでに黒い頭髪は懸命に隠しているものの危機的状況にある。知らずに見ればこれが騎士団の長とはとても思えない。自身の部下たちからもひそかに「ハゲザル」と呼ばれている冴えない人物だが、一応の敬意を持ってメロディたちは接していた。本人には伝わっていないようだが、本当に一応は尊敬しているのである。

「あの、えと、すみませんでした、キンバリー団長」

 起き上がって居住まいを正し、メロディは頭を下げた。じろりと見下ろしたキンバリーは、脇に控えた部下を振り返った。

「マレット! なぜ男女を同じ房に入れている! 分ける決まりであろうが!」

「え、いえ、見た目はこうでも男だと……」

「赤毛は男だが金髪は女だ!」

「えええーっ!?」

 部下が目を剥いてメロディを見る。あまりな反応にさしものメロディもちょっと傷ついた。

「なんでそんなに驚くの……」

「悔しきゃもっと胸育てろ。色気出せ」

「いや、胸の問題でも色気の問題でもないよ。ないよりあった方がいいけどね。あれだけ暴れた後じゃ、しょうがないって」

 エチエンヌとフェビアンにまで追い討ちをかけられて、メロディは一人へこんだ。

「ええい、ごちゃごちゃとよけいな話はよい! マレット、出してやれ」

「は」

 扉が開かれ、ようやくメロディたちは外へ出る。にらむキンバリーを気にもせず、フェビアンとエチエンヌは伸びをした。

 取り上げられていた武器も返却された。メロディとフェビアンの剣はいいとして、ずらりと並んだエチエンヌの小柄に周りの騎士たちが物言いたげな顔をする。胡散臭そうな視線を無視して、エチエンヌはそれらを服の下へしまい込んだ。

 そっくり返るキンバリーに連れられて、メロディたちは廊下を歩いた。どうやら外へ向かっているわけではないようだから、取り調べでも行われるのだろうか。だったら先に何か食べさせてもらえないかなあ、などと考えながらたどり着いたのは、奥まった一室だった。

 おそらく詰め所でいちばんいい部屋なのだろう。広く調度も上等な室内に、先客の姿があった。

 来客用の椅子にゆったりとくつろぐ人を見た瞬間、メロディは思わず声を上げてしまった。

「セシル様!?」

「ん」

 短いいらえとうなずきが返ってくる。

 素敵な熟女とデート中のはずの主がそこにいた。背後にジンとナサニエルが控えている。フェビアンとエチエンヌも驚いた顔をした。

「あれれ、団長?」

「なんだよ、おばさんとのデートはどうしたんだよ」

 セシルはお茶を飲み干して、静かに茶器を下ろした。

「知らせを受けてこちらへ向かっていたナサニエル君と偶然行き合わせてね。ブルック夫人には申し訳ないが、そこで別れることにした」

「うわあ、それはすみませんでした。いや団長のお邪魔をするつもりはこれっぽっちもなかったんですけどね」

 言い訳するフェビアンを、セシルは軽く手を上げて制した。視線をキンバリーに移す。

「うちの子たちがすまなかったね。ご面倒をおかけした」

 キンバリーはふんと鼻を鳴らした。

「まったくですな。ご自分の部下はきちんと躾けていただきたい。……まあ、こちらもあまり言えた立場ではありませんが」

 三騎士団入り乱れての乱闘騒ぎだったのである。さすがにキンバリーも、一方的に非難することはできないらしい。

 メロディたちはセシルの前へ進み出た。

 ナサニエルは苦い顔をしていた。ジンはいつもの無表情だ。そしてセシルはというと、こちらも普段と変わりない、穏やかな顔だった。

「怪我はないのかね」

 訊かれてメロディはうなずいた。

「はい」

「ふむ――何人とやり合ったって?」

 これに答えたのはフェビアンだった。

「いやー、正確な数はわかりませんねえ。とりあえず立ってる奴は殴っとけって状態だったんで……まあ、ざっと三十人くらいかな?」

「もっといただろ。オレらが店に入った時、軽く五十人以上はいたぞ」

「全部を僕たちだけでのしたわけじゃないからさ。とりあえず一人十人として、掛ける三で三十人くらいかなーって」

「オレもっと殴った気がするけど」

「わたしも……」

 キンバリーが顔をひきつらせ、ナサニエルが深いため息をつく。セシルはやれやれと笑いをこぼした。

「やんちゃもほどほどにね」

「……閣下、やんちゃで済まさないでいただきたいのですが」

 キンバリーの額に青筋が浮かんだ時だった。扉がノックされ、キンバリーの部下が誰かを案内してきた。

「失礼、お邪魔します」

 現れたのもまた騎士だった。だが王都騎士団の団員ではない。近衛の制服に身を包んだ、怜悧な雰囲気の青年だった。

 メロディの知らない顔だ。歳の頃は三十過ぎといったところか。ナサニエルより少し上に見える。すらりとした見栄えのよい姿はいかにも近衛騎士らしい。セシルほどではないが背が高く、全体的に色が薄い。髪は銀色に近く、肌もずいぶん白かった。

 薄青い瞳がいっさいの感情をうかがわせず、室内の人間をさっと一瞥した。

「……サリヴァン殿か。何かご用ですかな」

 キンバリーがむっつりと出迎える。彼が友好的に微笑んでいるところなど見たことはないが、普段以上に愛想がない。サリヴァンという名前に、メロディはその理由を理解した。

「五番街区の『マシューの店』にて起きた乱闘事件についてです」

 近衛騎士団長キース・サリヴァンは、冷やかと言ってもいい事務的な声で答えた。

 前団長ロナルド・ファラーの後を継いで就任した人物である。もともと副団長としてファラーの補佐をしていたのが、彼の退任を受けて繰り上がったのだ。名前だけは聞いていたものの、メロディが本人を目にしたのはこれが初めてだった。ついまじまじと見て、ナサニエルに視線で注意されてしまう。

 セシルとナサニエルは知っていたようで、軽く会釈した。ジンは知っていようがいまいが無反応だ。ぴくりとも動かない姿はまるで置物である。

「その件で、何か?」

 つっけんどんにキンバリーが言い返した。サリヴァンは特に気を悪くしたようすもなく――さりとて笑顔を見せるでもなく、冷やかな顔のまま言った。

「調べましたところ、そもそものきっかけは当方の団員がそちらのリスター君にいいがかりをつけたことが原因と判明しました。それで、謝罪に参りました。お騒がせして申し訳ありません」

「…………」

 キンバリーが鼻白んで口を閉ざす。あっさり頭を下げられて、どう答えるか悩むようすだった。

 サリヴァンはセシルにも頭を下げた。

「閣下にもお詫び申し上げます」

「ん、まあただの喧嘩だ。誰も剣は抜かなかったのだから、いいじゃないか。それにどうやら、真っ先に手を出したのはうちの子らしいからね」

 いつの間に調べたのか、セシルもおおよその事情を承知しているらしかった。

 メロディとフェビアンはそっとエチエンヌを見る。赤毛の少年は口をとがらせた。

「手じゃねえ、出したのは足だ」

「いやそんなつっこみいらないから」

「あっ、あのっ、エチはわたしをかばってくれただけで、多分あのままだと最初に暴れたのはわたしですっ」

「ハニー、それ意味ない。どっちにしろうちが一番手ってのは同じだから」

「お前たちは黙っていろ」

 騒ぎだす三人をナサニエルが叱りつける。セシルは笑い半分の息をこぼした。

「と、いうことだから。こちらこそすまなかったね」

「いえ」

 公爵からの謝罪をサリヴァンは短く受け流した。

 感情の読みにくい人物だ、とメロディは思う。ジン以上に無表情でそっけなく、事務的な態度からは善意も悪意も感じられない。いつでも不機嫌で厭味ばかり言っているキンバリーの方が、まだしも付き合いやすいように思えた。

 セシルが優雅に立ち上がった。メロディたちに頭を下げさせた後、辞去の言葉を告げて扉へ向かう。まだ用があるらしいサリヴァンを残して、薔薇の騎士団一行はぞろぞろと退出した。

 詰め所の前には馬車と馬が預けられていた。馬にはナサニエルが乗り、馭者台にジンが、他は馬車の中に乗り込んだ。

 セシルと並んで座り、メロディは気まずく隣を見上げる。セシルはのんびりと窓の外を眺めていた。

「あの……セシル様」

「ん?」

 呼びかければ、青の瞳が振り返る。

「も、申し訳ありませんでした……」

「ん」

 うなずくだけで、それ以上セシルは何も言わない。機嫌を悪くするでもなく、いつも通りに泰然としている。

 ほっとするより、複雑な気分だった。今回はさすがに叱られるかと思ったのに。いったいセシルはどういう状況なら怒るのだろう。あまりに無反応だと、かえって気になる。関心を持たれていないのだろうかと不安になる。

 同じことを感じたのだろうか。エチエンヌが、聞かれもしないのにぼそぼそと言い訳した。

「先に手を出したのはたしかにこっちだけどよ、あのなんとかっておっさんも言ってたじゃねえか。絡んできたのは近衛の連中なんだ。フェンによっぽど恨みがあったのか知らねえけど、しつこくしやがって……すげえやな連中だったんだぜ」

「ほう」

「まあ……なんて言いますか、昔彼らが憧れてた女の子が僕になびいちゃいましてね。もともと嫌われてたんですけど、以来さらに目の敵にされるようになりまして」

 明かされた経緯にメロディは脱力する。エチエンヌにも白い目を向けられて、フェビアンはすみませんと謝る。セシルは笑っただけで、やはりそれ以上何も言わなかった。

 あまり会話もはずまず馬車は静かに道を行く。それが思いがけず早く停車した。まだ街中だ。なんだろうと窓へ目をやると、扉が外から開かれた。

「着きました」

 ジンが告げる。うながされてメロディたちは馬車を降りた。

「あれ?」

 目の前に見覚えのある風景が広がる。

 二階建ての煉瓦造りの建物があった。

「さっきのお店?」

「ん」

 うなずいたセシルは、すたすたと店へ向かう。顔を見合わせたメロディたちは、よくわからないまま彼の後を追った。

 庶民の店にとまどうようすもなく、セシルは一階の大食堂へ入っていく。乱闘の後始末がまだ終わっていない店内から、従業員の女性が急いで飛び出してきた。

「すみません、今日は臨時休業……で……」

 言いかけた彼女はセシルを見上げてぽかんと立ち尽くす。セシルは優しく微笑みかけた。

「忙しい時にすまないね、店主殿に会えるかね」

「え……あ、はい……」

 頬を薔薇色に染めて彼女はうなずく。エチエンヌが口の端を吊り上げた。

「てめえのお友達、セシルに取られたぜ」

「ずるいよねえ。あんな、いかにも王子様な姿で現れたんじゃ、女の子の目は釘付けだよねえ。存在そのものが卑怯だよ」

 わざとらしくフェビアンが嘆く。それをメロディは冷えた目で見守ってやった。少しはあの騎士たちの気持ちがわかったことだろう。

 呼ばれた店主が奥から出てきた。恰幅のよい中年の男性は、やはりセシルの姿に目を丸くした。驚かずにはいられないだろう。いかにも高位の貴族らしい身なりのセシルは、庶民的なたたずまいの店の中でおそろしく浮いていた。

「ど、どちら様で……いえ、ご無礼を。ええと、うちに何かご用でしょうか、旦那様」

 とまどいながらも店主は尋ねる。セシルは普段と変わりない鷹揚な態度で答えた。

「お邪魔をして申し訳ない。私はセシル・シャノンと言う者だ。今日うちの子たちが大変なご迷惑をおかけしたと聞いてね、お詫びに来たのだよ」

「あ、ああ、さようで……えっ、シャ、シャノン……公爵様っ!?」

「ん? 知っているのかね」

 あらためて上から下までセシルを見た後、一気に青ざめて店主は飛びずさった。床に頭突きする勢いで深々と頭を下げる。

「ももも申し訳ありません、公爵様にとんだご無礼を! お赦しをっ」

「……私はずいぶん有名らしいね」

 セシルは首をかしげる。

「そりゃそうですよ。団長が亡命していらした時、国中の噂になったんですから」

 フェビアンの言葉にメロディもうなずいた。オークウッドのような田舎にまで伝わっていたのだ。ましてこのカムデンで、噂を聞かなかった者などほとんどいないだろう。

 南の生まれを主張する金褐色の肌が、本人であるとの何よりの証明になる。こんな場所に気軽に現れるべき人ではないのだ。

 来てもいいけど名乗らないでほしい。

 女王の甥にして元王子様を前に、店主は気の毒なほどに恐縮しまくっていた。

「別に謝らなくていいよ。きみは何も悪いことなどしていない。謝るのはこちらの方なのだから。そうだね? きみたち」

 店主をなだめたセシルが、最後はこちらを振り返って言う。主の命令を正しく理解して、メロディたちはそろって頭を下げた。

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

「悪かったな……飯美味かったぜ」

「やー本当ごめんねー。まあ近衛騎士と王都騎士の喧嘩はしょっちゅうだから慣れっこだろうけど。もちろんこの後、ちゃんと両団に請求書回すんだよね?」

「……フェビアン君」

 悪びれないフェビアンを呆れ顔でたしなめ、セシルは店主に向き直った。

「請求書というのは、損害に対する弁償かね?」

「は、はあ……はい」

「ふむ。ではそれを、こちらへ提出してもらえるかね。そもそもの原因はうちの子だ。私が弁償しよう」

「え、いえそんな」

「あのー団長、もしや僕の給料から天引きとかいうオチだったりします?」

「そうしてもいいけど」

 含みのある笑顔をセシルは見せた。

「きみたちがこの店の片づけを手伝い、罪滅ぼしするなら免除しよう」

「あ、そうきますか」

「また罪滅ぼしかよ」

 エチエンヌがうんざりとうめく。メロディは荒れた店内を見回した。

 汚れの残った床と壁。足の折れた椅子が転がり、通りに面した窓硝子のいくつかはひび割れている。割れた食器の中に、天井から落ちたとおぼしきランプの残骸も見えた。

 この状況を引き起こした者として、たしかに知らん顔はできない。

「やるしかないかも……」

 力なく呟けば、左右から盛大なため息が返ってきた。


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