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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第二話 威風堂々
22/60

2 本日のお買い物

 ひとしきり汗を流した後、メロディは女中たちの姿をさがして一階の裏方へ向かった。

 いつもならこの時間は掃除や洗濯に忙しく立ち働いている彼女たちだが、今日は裁縫部屋に集まって何やら相談しているようすだった。

「やっぱり赤でしょう。薔薇と聞いて真っ先に思い浮かべるのは赤よ」

「華やかでいいわよね。他で使ってないからちょうどいいんじゃない」

「でも難しい色よ? 一歩間違えれば道化だわ」

「工夫が必要ね」

 ずいぶん熱心に話し合っていて、戸口に立つメロディに誰も気が付かない。仕事の邪魔だろうかと遠慮しつつ、メロディはそっと声をかけた。

「ドナ?」

 女中たちが顔を上げて振り向く。ドナが急いでやってきた。

「まあお嬢様、こんなところへ。何かご用でしたか」

「うん、あのね、これからフェンたちと街へお買い物に行くの。だから、ついでに要るものないかなと思って」

「……まあ」

 目を丸くした後、ドナは優しく微笑んだ。

「わざわざありがとうございます。でも大丈夫ですわ。買い物には交代で出ておりますから、今の所足りない物はありません」

「うん、わかった」

「それよりも」

 急に表情を引き締めて、ドナはメロディの手を取った。

「フェビアン様とエチエンヌ様がご一緒なら大丈夫とは思いますけど、くれぐれもご用心なさってくださいね。絶対に、知らない人についていってはいけませんよ」

「う、うん」

 他の女中たちもやってきた。

「足元に気を付けて、ちゃんと前を向いて歩くんですよ」

「よくわからないものを口にしちゃだめですよ。勧められても、うかつに受け取らないこと」

「フェビアン様たちとはぐれないようにね」

 口々に言われてメロディはちょっと引きつった。

 シャノン邸の女中たちはみんな親切だ。年も近いから、メロディのことを妹のように可愛がってくれる。彼女たちの心遣いはうれしかったが……もう十五歳なのに、ここまで言われるのもどうなのだろう。

 たしかに自分はよくおかしな人間に引っかかる。カムデンへ出てくる時にも三度誘拐されかけて、屋敷に着いてからも一度さらわれた。どうもあれで心配させてしまったらしい。

(わたしが誘拐されるのなんて昔からしょっちゅうだから、うちの使用人は誰も気にしないんだけどな……ここの人たちはまだ慣れてないからしかたないか)

 そう思うことにして、細々とした注意におとなしくうなずいておいた。

 玄関で待っていたフェビアンとエチエンヌに合流する。そこでも執事から似たような注意を受けた後、メロディは屋敷を出た。

 王都見物に出かけようと言い出したのはフェビアンだ。セシルがいない以上、彼らに仕事はない。といって、まだ昼にもならないうちから暇を持て余すのももったいない話だ。メロディとしては一日中訓練に費やしてもよかったのだが、それはフェビアンとエチエンヌによって却下された。

「訓練も大事だけどそればっかりじゃね。ハニー、きみ王都へ出てきてからろくに街を歩いてないだろう。地理を覚えておく必要もあると思うんだよね」

「まあ……そうだね」

 たしかに、案内なしではどこへも行けないという今の状態は問題だ。

 メロディはうなずいた。

「都は広いからね。とても一日じゃ見て回れないけど、少しずつ覚えればいいよ。どこか行きたいところはある?」

「ううん……あ、じいやとばあやとアリッサとジョニーに何か送ってあげたいから、お買い物がしたいかな」

「とりあえず、最後の男名が気になるかな。どういうご関係?」

「うちで飼ってる犬」

「……そうだねえ、素敵な首輪でもさがそうか」

「ちなみにアリッサは親戚のお姉さん。こないだお嫁に行ったばかりなの。お祝いはしたけど、せっかく都にいるんだから何か流行の物を買ってあげたいなって」

「いいよ、まかせて」

 そんなわけで、訓練後の予定は都見物ということになった三人である。

「くっそ、痛ぇ……ここぞと打ち込みまくりやがって」

 今日もにぎやかな街を連れ立って歩きながら、エチエンヌが腕をさする。

 花の都カムデンは、メロディの目には毎日お祭りをしているかのように見える。大通りにはひっきりなしに馬車が行き交い、うかうかしていると轢かれそうだ。

 もうじき女王の在位二十周年という記念行事を控えているため、地方や外国からやって来る者も多く、街はいっそうのにぎわいを見せていた。

「きみのは我流だから、けっこう無駄な動作も隙も多いんだよ。よくわかっただろ。これからは基礎の型からしっかり学び直すんだね。副長もそう言ってたじゃない」

 危なげなメロディを道の端へ引き寄せて、フェビアンが言った。彼は朝の訓練で、それはそれは楽しそうにエチエンヌを苛めていた。長剣に不慣れなエチエンヌが防御もままならないのをいいことに、見ていて気の毒になるほど打ち込んだのだ。今頃服の下は、自慢の美しい肌も痣だらけになっているだろう。

「てめー……覚えてろよ。戦い方は真正面からぶつかる騎士の剣だけじゃないんだからな」

「ふふん、闇討ちする気? いいよ、受けて立とうじゃない。言っとくけど僕はそっち方面にだって慣れてるからね。だてに素行不良で士官学校追い出されたわけじゃない」

「自慢にもならねーこと堂々と言うな!」

 まったくだ、とメロディは苦笑しながらうなずいた。

「フェンって普段は優しいのに、剣を持つと意地悪になるよね」

「そんな可愛いもんか。こいつのは意地悪じゃねえ、変質的嗜好ってやつだ」

「おお、難しい言葉知ってるじゃない。大丈夫だよハニー、女の子を苛めたりしないから」

 口説くような甘い口調をメロディは笑って聞き流す。つくづく癖の強い連中だ。

 薔薇屋敷の仲間は誰もが一流の武人であるが、その性質はばらばらだった。

 とりわけエチエンヌはいちばんの変り種だ。

 我流とフェビアンは言ったが、単純に喧嘩慣れしているだけのごろつきとは一線を画する。たしかに長剣を持っての戦い方には不慣れなものの、だからといって彼が弱いなどということは決してなかった。

 エチエンヌが得意とするのは小柄(こづか)だ。短剣を使うこともあるが、たいていは服の下に忍ばせた極細の小柄を使っている。投げれば百発百中の精度を誇り、手にして戦っても巧みに致命傷を与える。見ていて感じるのは、戦い慣れているというより殺し慣れているという印象だ。気配を忍ばせることにも逆に読むことにも長けていて、猫のように音もなくしなやかに動く。

 彼がどこでどんな訓練を受けたのか、詳しいことは知らない。他の仲間もそういった追及はしない。でも今は同じ主に仕える仲間だ。知らない過去のことよりも、今目の前にあるものの方が大切だ。

 口ではさんざんに悪態をつきながらも、実は面倒見がよく世話焼きな少年が、メロディは好きだった。

「おら、ぼさっと歩いてっとはぐれんぞ」

 今も人ごみに呑まれそうなメロディに手を伸ばし、しっかりつないでくれる。格好をつけるでも気を遣うでもなく、自然にこういうことをする。指摘すればきっと不機嫌になってしまうから、優しい人だという感想はこっそりしまっておくことにする。

「なあ、腹減らねえ?」

 メロディの手を引きながら、エチエンヌはフェビアンに問いかけた。

「買い物より先に飯食おうぜ」

「そうだねえ」

 たしかに時刻は(ひる)近い。たっぷり運動した後でもあるので、空腹はメロディたちも同様だった。

「なじみの店が近くにあるんだけど、そこでいい?」

「美味いのか?」

「それなりにお勧めだよ」

「お貴族様御用達の高級料理店とか言うんじゃねえだろうな」

 エチエンヌが釘を刺したのにはわけがある。口調も物腰も実にくだけたものだが、フェビアンはれっきとした子爵家の嫡男だ。貴族生まれの貴族育ちなのである。

 しかし彼は貴公子ではない。では何かと言えば、遊び人と評するのがいちばんふさわしいだろう。

「あはは、そういう店はもっと別の区域にあるよ。この辺は庶民御用達。僕が言ってる店は騎士達がよく利用するところでね。まあ、だから貴族も混じってはいるけど、そう堅苦しい雰囲気じゃないさ」

「ふーん。ならいいけどよ」

 もとよりメロディに否はない。三人はフェビアンの勧める店へ向かうことにした。

 彼の案内で路地を進み、大通りから少し外れた道に出る。目的地は二階建ての煉瓦造りの店だった。

 入り口を入ってすぐ正面に階段がある。二階は少し上等の客用で、個室になっているのだとフェビアンが説明してくれた。彼はそちらへは向かわず、階段脇の扉を開けて大食堂にメロディたちを連れて行った。

 たくさんのテーブルが並ぶ食堂は、すでに満席近かった。慣れたようすで進むフェビアンについていき、メロディたちは空いている席を見つける。給仕の女性はフェビアンが声をかけるとすぐに来てくれた。なじみの店だというから彼女とも知り合いなのだろう。メロディより少し年上の娘はうれしそうに頬を染めてフェビアンと言葉を交わし、メロディとエチエンヌにはいぶかしげな、どこか敵意を感じさせる視線を向けてきた。

 注文を受けた彼女が立ち去ると、エチエンヌは皮肉げな視線を連れに送った。

「てめえの女か?」

「口が悪いねえ。そういう時は、お友達かいって聞くんだよ」

「ただのオトモダチじゃねえんだろ」

「ただのお友達じゃないってことは……親友?」

「筋肉お嬢様は黙ってろ」

 フェビアンは楽しげに笑う。

「それほど深い付き合いじゃないよ。まあ、デートくらいはするけどね」

 ああ、そういうことかとメロディも理解する。つまりさっきの視線は、嫉妬というものなのだろう。

 その対象にエチエンヌも含まれていることに不思議はない。黙って座っていれば、どこのお嬢様かという美貌だ。ただ、メロディもそうだが、服装が男のものなので妙に思われたのだろう。

「フェンもセシル様のこと言えないよね。こないだデートしてたのは別の女の人だったじゃない」

「付き合ってる女の数なら、こいつの方が上だぞ。セシルが年増好みでよかったよな。かぶる心配がねえ」

「ああ、そこにはたしかに感謝している。ちなみに今も両手に花の状態なんだけどね。実は片方男っていうのが、まったくもってむなしいねえ」

「オレは気にしねえが、てめえの相手ってのはごめんだな」

「だからハニー、今日だけは団長のことを忘れて僕を見つめておくれ」

「あの料理美味しそうじゃない? 追加注文しようかな」

「見るとこ違うハニーちゃん。こっち、こっちを見て」

 友人たちとだけで食事に来るという経験は、メロディにとって初めてのものだった。オークウッドにいた頃は、遠出をする時には家族か使用人か父の配下か、とにかく誰か保護者が同行していたものだし、そもそも外食の機会自体滅多になかった。歳の近い者同士でこうやって軽口を叩き合いながら食事をするのは、実に楽しいものだ。にぎわう店のようすも珍しく面白い。

 今日は不在だったからしかたないが、ジンも誘ってまた来たいものだ。こういう場所でなら彼も一緒に食事してくれないだろうか。寡黙な彼と、もっと話がしたかった。美味しいものを食べながらだったら、うちとけて話もはずむに違いない。

 次はぜったいに誘おうと思いながら鶏肉と野菜の煮込みを頬張っていたら、誰かがそばで立ち止まった。

 三人同時に顔を上げる。若い騎士がこちらも三人で、メロディたちを見下ろしていた。

「どこかで見た顔だと思ったら、フェビアンじゃないか」

 降ってきた声は、友好とは程遠い響きだった。

「久しぶりだな。そろそろ女に刺されてくたばってるんじゃないかと思ったが、まだ生きてたか」

「相変わらず女連れでちゃらちゃらしてるんだな。よくもまあ、とっかえひっかえ……成金の息子らしく、品のないことだ」

 あからさまな嘲笑をつまらなそうに見た後、エチエンヌはフェビアンに視線を移した。

「お友達か?」

「そうだねえ、熊と狼よりは仲良しかな。一応机を並べて学んだ仲ではあるからね」

 なるほど、士官学校時代の同期生というわけか。

 たしかに、騎士たちはフェビアンと同年代の若者だった。青を基調とした揃いの服は、近衛騎士団の制服だ。

 以前ある人から、フェビアンは士官学校で疎外され敵意にさらされていたと聞いたことがある。彼の父親が庶民出身の婿養子だからというのがその理由で、成金と馬鹿にされていたらしい。つい今し方もその言葉が飛び出した。商売で成功することがなぜそんなに見下されねばならないのか、メロディにはよくわからない。

 だいたい、たまたま同じ店にいたからといって、わざわざ近寄ってきて意地悪を言わなくてもいいではないか。放っておいてくれれば、こちらは何もしないで食事だけ済ませて出て行くのに。

 腹立ちを隠せずにらめば、一人と目が合った。相手は一瞬ひるんだ顔をしたが、すぐに顎をそびやかす。その後もちらちらとこちらを見てくる目に、敵意だけでない別の粘ついたものがあるように感じて、ますます不快感がつのった。

「机を並べて、か。ああまったく、あれは屈辱だったな。人生の汚点だ」

 まだ言い足りないのか、騎士たちはしつこく厭味を浴びせてくる。

「訓練や勉学より女の気を引くことにばかり熱心で、しょっちゅう寮を抜け出してはいかがわしい遊びにふけって、なんだってこんなやつが入学できたのかと腹立たしくてならなかったよ。ま、ご自慢の財力にものを言わせたんだろうけどな」

「でも結局、女癖の悪さが原因で退学になってるんだから、無駄に金をばらまいただけだったよな。もぐり込むのは金でどうにかなっても、近衛騎士の位までは買えなかったってわけだ」

「当たり前だ。お守りすべき王族の方々に、逆に悪さをしかねない男だぞ。そんなものを近衛騎士にだなんて、考えるのもおぞましい。もし不祥事も金の力で握りつぶしてまんまと卒業しようものなら、たとえ罪に問われ身分を剥奪されるようなことになっても、俺はこいつを殺していたぞ。どんな誹りを受けようとも、むざむざ女王陛下やその姫君たちに、こんな危険きわまりない男を近づけるわけにはいかん。断固阻止するのが正しき騎士の努めだと信じている」

 いい加減黙って聞いていられなくて、メロディは口を開きかけた。それを制するように、寸前で伸びてきた手がメロディの顎をとらえる。優しいしぐさで振り向かせて、フェビアンは甘く聞いてきた。

「ハニー、僕と彼らと、どっちが好き?」

「…………」

 何を言うのかと思った。今はそんな話をしている場合ではないだろうに。

「どっちも何も、この人たちのことは嫌いだよ。フェンしか好きじゃない」

「んー、ありがとう」

 にっこり笑って頬に口づけまでする。だからそんな場合ではないとにらめば、彼は笑顔のまま騎士たちを見上げた。

「と、いうわけで、残念だったね。可愛い子連れてるのが気に入らなくて、僕の悪口並べ立てて株を落としてやろうって腹だったんだろうけど、あまり上手くはなかったよ。落ちたのは、きみたちの株だ。元々さして高くもなかったけどね」

「な……っ」

「あとさあ、きみ、ずいぶん威勢のいいこと言ってたけど、僕を殺せるほどの腕だっけ? 記憶に間違いがなければ、下から数えた方が早いんじゃなかったかなあ。僕が退学になった後で急成長したのかな。だったら大したものだ。ぜひ見せてもらたいよ」

「……っ」

 指摘された騎士の顔が、みるみる朱に染まる。メロディは思わずため息をついた。そんな程度の腕前であの台詞を言ったのか。刺客の群れと戦い、無傷で勝ち残るような男を相手に。

「……調子に乗るなよ、成金の雑種が」

 取り澄ましていた顔を歪めて、騎士は言い返した。

「結局騎士にもなれなかった落伍者のくせにえらそうな口を利くんじゃない。――ああ、そういえば最近叙勲されたんだったか? 今度は金ではなく、公爵閣下の特権にすがってな。よかったなあ、ようやく騎士を名乗れるわけか。陛下が甥君に与えたおもちゃの飾りとしてな!」

「たしかに、見た目だけなら飾りの役目は果たせそうだ。せいぜい、騎士ごっこを楽しむといいさ」

 どっと笑いが上がる。メロディは拳をにぎりしめた。

「名前を聞いて笑ったぞ。何が『薔薇の騎士団』だ。どこの演目だ? よくも恥ずかしげもなく、そんな名前を名乗れるものだよ。まあ、あの公爵様にはお似合いかもしれんがな」

「ああ、あの優男っぷりは、たしかにそこらの役者も顔負けだ。あっちも女遊びに忙しそうだし、似合いの主従だよ」

「そりゃあ国も追い出されるってわけだ。シュルクの連中だって、あんなのを王にしたくはなかったろうさ」

「……っ」

 もう限界だ。メロディが椅子を蹴って立ち上がろうとした瞬間、どすっと音を立てて騎士たちのすぐ足元に肉切りナイフが突き立った。

 ぴたりと笑いが止まる。メロディも立ちそこねて、奥に座る連れを振り返った。

「しつけーよ、てめえら」

 つまらなそうな表情のまま、目だけを底光りさせてエチエンヌが低い声で言った。

「いつまでそこで吠えてんだ。人が飯食ってるそばでうるせーんだよ。やりたきゃよそ行ってやれ」

 静かな声が、逆に凄味がある。メロディら仲間ですら怖いと感じる、彼の本気の怒りに騎士たちはたじろいだ。

「な……こ、こいつ……」

 驚きを隠せない声が上がる。

「男か!?」

「うそだろ……っ」

「え、じゃあこっちも!?」

 視線が一斉にメロディを向く。違う、と否定する暇もなかった。

「なんだよーっ、ものすごい美少女たちだと思ったのに!」

「まぎらわしいっ! 男ならもっと男らしい顔してろっ」

「そういやたしかに男の服着てるけどさっ。ありえないだろこれ! あああ信じられん、危うく男を誘うところだった」

 絶句するメロディの横でフェビアンが肩をすくめる。つまり彼らは、フェビアンに嫌がらせをするついでに連れの女の子を横取りしてやろうとでも考えていたわけか。それでよくも人のことを女癖が悪いなどと言えたものだ。

「は……ははっ、さすがだな、フェビアン。とうとう女だけでは飽き足らず男にまで手を出すようになったのか。どこまで節操がないんだか」

「いい加減にしろ!」

 メロディはテーブルを叩いて、今度こそ立ち上がった。

「いつまで見苦しい真似を続けるつもりだ! 騎士であることを誇るなら、それにふさわしいふるまいをしたらどうだ!」

「な……っ」

 自分よりはるかに大柄な男三人と向かい合っても、メロディに気後れはなかった。怒りで瞳を金に輝かせ、胸を張って怒鳴りつける。

「よってたかって悪口雑言を投げつけるのが騎士のふるまいか! 他者を罵る前に己が身を振り返るがいい! いやしくも近衛の騎士ならば、血筋や身分を誇るだけでなく日々の心がけと行動にも気を配るものであろう。その胸の徽章はただひけらかすためのものか? 女王陛下のご威信と王国の品位を守っているのではないのか。人を蔑み聞くに耐えぬ悪態を垂れ流すばかりで何が騎士か、恥を知れ!」

 しん、と沈黙が落ちた。

 メロディの怒声に、目の前の騎士たちだけでなく店内にいた誰もが口をつぐみ、息をひそめてこちらに注目していた。食器の触れ合う音だけが、遠慮がちに小さく響く。

「暑っ苦しい正論全開だな」

「わーあ、小さなアラディン卿がいる」

 エチエンヌとフェビアンだけが、常の調子を崩すことなく笑っていた。

 呆気にとられていた騎士たちが、やがて怒りに身を震わせて顔を険しくする。メロディに向かって踏み出してきた。

「このちび、生意気な……っ」

 その足元へ、エチエンヌが空いた椅子を蹴り込んだ。直撃を受けた騎士がつんのめってひっくり返る。仲間の二人がたちまち殺気立つ。身構えるメロディを押し退けてフェビアンが前に出た。繰り出された攻撃を難なくかわし、お返しの拳を顔面へ叩き込む。殴られた騎士は見事に吹っ飛んで、後ろのテーブルに背中から落ちた。食器が耳障りな音を立てて床にぶちまけられた。

 もちろんそこにも他の客がいた。彼らは呪いの声を上げて立ち上がった。

「なんてことしてくれる!」

「こんなところで暴れるな、馬鹿野郎!」

 まったくもって正しい抗議である。が、殴られた上に責められて、騎士が大人しく謝るはずもなかった。

「うるさい、文句なら奴に言え!」

「お前も同罪だろうが! おい弁償しろ!」

「ふざけるな、なぜ俺が……貴様ら王都騎士団か?」

 巻き添えをくった客も腰に剣を提げた騎士の身なりだった。服装はばらばらだが、腕には揃いの腕章をつけている。

「なにを間抜け面で見物している! 王都騎士団なら、ならず者の取り締まりをしたらどうだ! そこの連中を逮捕しろ!」

「はあ? なんで俺らがてめえの喧嘩の始末をしてやらなきゃなんねーんだよ。寝言いってないで弁償しろってんだ!」

「だからなぜ俺が……っ」

 もめているのは向こうだけではない。

 一人が殴られたからといって、当然それでは終わらない。他の騎士たちが怒り狂ってフェビアンに襲いかかってきた。しかしまるで相手にならない。呆れた笑みを浮かべながら、フェビアンはひょいひょいとかわし一人に足払いをかけ一人は投げ飛ばす。投げられた男は不運にもエチエンヌの目の前へ落ちてきて、床にたどり着く前に蹴られてふたたび宙を飛んだ。

「おいお前ら……っ」

 こっちにも苦情を言おうとしていた王都騎士団の団員が、床から跳ね起きた騎士とぶつかってひっくり返る。たちまちそこでも言い争いが、続いて殴り合いが始まった。椅子とテーブルがひっくり返され食器が割れ、床はぶちまけられた料理でべちゃべちゃになっていく。足を滑らせて転倒する者が続出した。

 あっという間に騒ぎは周囲へ伝染していき、店中で大乱闘になった。仲間に加勢しようとした近衛騎士団、王都騎士団それぞれの団員たちがそこかしこで殴り合う。実は客の大半が騎士だった。貴族御用達ならぬ騎士御用達の店だったのだ。そういえばフェビアンがそんなことを言っていたかもしれない。もともと仲のよくない両騎士団だからして、ひとたび喧嘩が始まれば過熱するのは早かった。

 店中ひっくり返したような大騒ぎに、さきほどの怒りも忘れてメロディはちょっと呆然となった。

「え、これって……もしかして、わたしたちのせい?」

 もしかしなくても、そうである。

 まずいことになったとは思ったが、のんびり反省している余裕はなかった。頭に血を昇らせた男たちが、見境をなくして手当たり次第に襲いかかってくる。あちこちから繰り出される拳や飛んでくる皿をよけなければならなかった。なんとかこの場を収めねばと思いつつ、メロディはちぎっては投げちぎっては投げ、床を蹴ってテーブルに飛び乗りさらに飛び上がって天井の梁に取り付き、振り子のように大きく身体を振って数人まとめて蹴り飛ばした。

 収めるどころか拡大させている。

 と、いう事実に気付く余裕もなかった。無我夢中で応戦し何人殴ったかもわからない。さすがに息が切れてきた時、突然甲高い笛の音が耳を貫いた。

 通報を受けた王都騎士団が駆け込んできたのだ。彼らは喧嘩に加勢するのでなく、鎮圧するために来ていた。

「そこまでだ! 馬鹿騒ぎをやめろ!」

 隊長格の騎士が声を張り上げる。しかし彼らの到着は、少しばかり遅かった。

 制止された時、店の中に立っていたのは薔薇の騎士三人だけだった。


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