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薔薇の騎士団  作者: 桃 春花
第二話 威風堂々
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序曲

 悪魔だ。

 目の前で、黒い悪魔が踊っている。

 二匹の悪魔が軽やかに身をひるがえし、くるくると入れ変わる。そのたびに上がる悲鳴と血潮。瞬く間に目の前が赤く染められ、動かない木偶の数が増えていく。

 こんな光景、見たことがない。想像もしなかった。

 人が死ぬところも血が流れるところも嫌というほど見てきた。女が犯されるところも、泣いてすがる老人が蹴り飛ばされ財産を奪われるところも。それらは物心ついた時から常に周りにあった風景で、自分にとって何一つ珍しくないものだった。

 死ぬのは自分たち以外の者だから。犯されるのも、奪われるのも。それらは常に、自分たちの手によってなされることだったから。

 だから今、目の前で起きていることが理解できない。なぜ仲間が倒れるのだ。なぜこちらが死んでいく?

 それをなしているのは、たったの二人。こちらは倍どころか十倍の数で向かったのに。

 見た目はまるで強くなさそうな連中だった。依頼主から腕が立つと聞かされたので念のため全員で向かったが、どうせ大半は見物に回るだけだろうと高をくくっていた。自分は見張り役だ。よけいな邪魔が入らないよう、周囲を警戒するのが役目だった。それだけ、だったのに。

 いったい何が起きている?

 気づけば地上に立っているのは、二匹の悪魔の他には自分一人だけだった。

 いや、そうとは言えない。

 自分はとうに腰を抜かしてへたり込んでいた。仲間をすべて片づけた悪魔が、こちらを振り返りゆっくり近づいてくるのを、逃げることも立ち向かうこともできずに、ただ震えながら見つめるしかない。

 身体が動かない。全力でここから逃げ出したいのに、腕も足も馬鹿みたいに震えてまるで使い物にならない。まして戦うなど論外だった。

 「仕事」に加わるようになってからかなり経ち、もう何人殺したか知れない。十分な能力を身につけたと思っていたが、到底この悪魔たちに対抗できるとは思えなかった。教師でもあった仲間たちが、あんなにあっさりやられたのに、どうやって自分一人で戦えというのか。無理だ。できるはずがない。

 足音がすぐそばで止まる。

 おそろしく背の高い悪魔は、血糊をまとわりつかせた剣を両手にだらりと下げ、黙って自分を見下ろした。

 猛り狂うでもなければ嘲笑するでもない、静かな顔で立っている。悪魔というのは意外に美しいものなのだなと、どうでもよいことを考えた。恐怖が過ぎて、感覚がどこか麻痺してしまったか。

 強く、恐ろしく、美しい悪魔。

 深い青の瞳に魅入られて、逃げ出すこともできない。

 死ぬのか。みじめでちっぽけだった人生が、ここで終わるのか。

 いっそそれは救いなのかもしれない。このまま必死に生きて、そして何が得られるというのだろう。未来に希望など持てたことがなかった。どんなことなら望めるのかもわからない。行き交う人々が当たり前に手にしているものの何一つ、自分には与えられなかった。望んだところで手に入るとも思えなかった。

 ――ただ、生きたかった。死にたくなかった。みじめなままで終わりたくなくて、その思いだけで這いつくばってでも生きてきた。

 そう、救いならば、すべての終わりではなく、希望がほしい。

 光ある未来がほしい。

「――お前、いくつ?」

 悪魔が口を開いた。美しい姿にふさわしい、甘くやわらかな声だ。ああ、だから悪魔は人を惑わせることができるのだろうか。

 優雅に膝を折って、悪魔が目の前にしゃがみ込む。

「ずいぶん可愛らしい顔をしているが、男の子だね? いくつなの」

 何を聞いているのか。

 自分の年齢など、なぜ悪魔が知りたがる?

 そもそも正確な年齢なんて知らない。夏に生まれたということは聞いていたから……多分誕生日は過ぎているはずだが。

「……十四」

 からからになった喉から、かろうじて声を絞り出した。そうか、と悪魔はうなずいた。

「ならば、判断はできるね。選びなさい。ここで死ぬか、私と共に来るか」

 悪魔と一緒に?

 それは地獄へ連れて行かれるということだろうか。

 どんな神の教えとも無縁に生きてきて、一般的な宗教概念など持ち合わせていない。どこかで聞いた言葉だけが脳裡に浮かぶ。地獄とはどれほど恐ろしい場所なのだろうか。

 想像しても、今よりおそろしいことなどないように思えた。これまでの生活だって、十分最低だった。きっとどこへ行ったって変わりない。

 死にたくない。生きていたい。ならば、従うしかない。

 あきらめて目を閉じた。

 どこへでも行く。何でもする。だから、いつか。

 いつか――希望を見いだせるだろうか。



 ――そして、目を開き。

 光を、見た。

 輝きをまといながら、金色の少女が自分を覗き込んでいる。

 蔑みも怯えもなく、ただ愛らしく無垢なまなざしでこちらを見つめている。

 ――ああ。

 知らず、ため息がこぼれた。

 きっと、これが天使というものだ。

 未来を――幸せを、信じられる気がした。



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