16
傭兵がファラーを追い越して前へ出てくる。メロディの方から先に仕掛けた。少女のむだな足掻きと馬鹿にしきっている男へ斬りかかる。
楽々と受け止めて、男はメロディの剣を弾き飛ばそうとした。それより先にメロディは剣を引き、身を沈める。目の前にはがら空きになった胴がある。
身体を跳ね上げながら、横一文字に斬り裂いた。
一瞬で絶命した男が後ろに倒れる。たちまちいきり立って仲間が襲いかかってきた。
彼らの剣と打ち合うことなど、メロディはしなかった。自分にそんな戦い方ができないことはよくわかっている。父から教わったのは、速く動くこと。相手の隙を見つけること。小柄な体格をむしろ最大限に利用し、相手の動きの内側に入り込むことだ。
脇に、腹に、剣を叩き込む。うなりを上げて襲いかかる攻撃をかわし、腕ごと斬り飛ばす。悲鳴を上げてもがく身体を蹴り、首筋にとどめの一撃を突きたてた。
あまり時間もかけず、四人を倒した。
人を斬る恐怖は無視した。今はそれよりもっと大きな恐怖がある。死にたくない。そしてルイスを死なせるわけにはいかない。
恐怖以上に、全身が熱かった。
馬鹿にするのをやめて、男たちが剣呑な顔で踏み出してくる。それをファラーが止めた。
傭兵たちを下がらせ、ファラー自らが剣を手に進み出る。
「なるほど、さすがはエイヴォリーといったところか。小娘のくせによくやる。男ならばよい騎士になっていただろうにな」
予備動作も気負いもなく、流れるように斬り込んできた。メロディは受けた剣をすぐさま返し、叩きつけられる力を流した。
これまでのようにはいかなかった。さすがにファラーは強かった。彼の攻撃をどうにかかわし、受け流しながら、メロディは内心激しく焦った。とても勝てない。力量の差は歴然としている。だがやられるわけにはいかない。どうやって彼の隙を突くか。せめて、ルイスだけでも逃がす手はないものか。
視界の端に王子へ向かおうとする傭兵の姿が見えた。だめだ――と、さらに焦ったのがまずかった。目の前に迫る斬撃をかろうじて剣で受けたが、止めることも流すこともできなかった。そのまま力に負けて弾き飛ばされた。
メロディの手から剣が飛ぶ。軽い身体も勢いに踏みとどまれず後ろへ倒れた。だがそこでファラーもメロディも止まらなかった。メロディはきれいに受け身を取って一回転し、一瞬も止まらずに後方へ跳んでさらなる攻撃から逃れた。
ふたたびルイスを背にかばい立つ。けれど剣はもうない。じりじりと追い詰められる。馬たちが興奮して足踏みし、嘶いていた。激しい物音と足音が入り乱れる。
「終わりだ」
ファラーが剣を突き出す。その瞬間、メロディの目の前に黒い影が飛び込んだ。
金属同士がぶつかり合う、耳障りに甲高い音が響く。
交差した両手の双剣で、ファラーの剣ががっちりと受け止められていた。
「――ジン!?」
驚きにメロディは口を開く。素早く剣を翻しファラーを後退させた童顔の従者は、メロディに向かって生真面目に一礼した。
「遅くなりまして申し訳ございません」
「どうしてここに……」
「あーよかった、間に合ったー」
「つか、なんでアホ王子まで一緒なんだ?」
さらに聞き慣れた声がする。フェビアンとエチエンヌが窓から入ってくる。
入り口の方も騒がしくなっていた。ファラーと傭兵たちがあわてて振り返る。キンバリーが部下を引き連れて現れた。彼とともに、ナサニエルを従えたセシルの姿もあった。
「セシル様……」
青い瞳がまっすぐにメロディを見ていた。
長い髪を一つに結い、腰に剣を提げている。いつもとまるで違う格好だ。前を開けた上着も動きやすさを第一にしたもので、その姿はまるきり騎士と変わらない。ただ剣が、反りの入ったシュルク風のものであることだけが違った。
彼らの登場は、ファラーにとっても予想外だったらしい。
「なぜ……まだ早い。それに、ここへは……」
「フン!」
キンバリーが胸を張った。
「我々の捜査能力を見くびらんでもらいたい! 近頃カムデンに入り込んだブランザの傭兵部隊が、この辺りを根城にしているらしいことはとうに調べがついておったわ!」
「いろいろ手がかりもあったしねえ」
フェビアンがいつもの調子でやってくる。
「六騎も従えたものものしい馬車が凄い勢いで走って行ったら、そりゃあ印象に残るよね。ちょっと聞いてまわれば目撃情報がわんさか出てきて、方角をつかむのには全然苦労しなかったよ。それにあの赤い狼煙、あれは目立つよねえ。近くまで来たら簡単にわかっちゃった」
「狼煙、だと……?」
理解できない顔のファラーを無視して、フェビアンはメロディに笑いかける。
「そういうもの持ち歩いてるってすごいよね。それもお父上の教育なの?」
「えと……わたし、よく迷子になったりさらわれたりするから、持ってなさいって」
「うん、それ後でゆっくり聞かせてね。もう気になってしかたないから」
セシルがやってくる。彼はファラーの前に立った。
「……殿下」
「私はもう王子じゃない」
変わらず静かな、けれど今は冷たい響きをともなう声だった。
「こんなことをしたところで、何にもならない。そもそも君は、一体何がしたかったんだ? 私を王位に就けて、それでどうすると? 違うだろう。君は本当は、私のことなどどうでもいい。君が見ていたのは私ではない」
何を言われてもやわやわと受け流していた、今までの彼とは違った。切りつけるように鋭く、セシルはファラーに指摘した。
「私を王にするのは母への弔いか? それとも報復か? 誰に?」
「……すべてにだ」
地中からわき出るような、低い声でファラーは唸った。
「あの方を奪ったシュルクも、あの方を見捨てたイーズデイルも、何もかもすべてが許せん! そして今また、あの方の残した王子まで……!」
「それほどの忠義と愛情を捧げられて母は幸せだと言うべきかな? しかし君が母と懇意にしていたなど初耳だ。当時の君は叙勲されたばかりの若い騎士で、今のような地位もなかった。王女と親しくする機会があったとは思えないね」
セシルの言葉には一切の容赦がなかった。うっすらと微笑みさえ浮かべて、彼はファラーを追い詰める。
「彼女は何の地位もない一介の騎士になど目を向けなかっただろう。存在にすら気づかなかったかもしれないね。現に私は、母の口から君のことなど一度も聞いた覚えがない」
「……黙れ」
「遠くから眺めて一方的に憧れていただけなんだろう? 彼女がどんな人間か、本当のことなど知りもせずに」
「黙れ」
「あいにく母は、それほど立派な王女ではなかったよ。叔父上が言うほどひどくもないが、わがままで愚かな人だった。彼女は自分を満足させてくれる華やかなものだけを求めて、それ以外には一切の興味を持たなかった。ただ故郷を懐かしみ帰りたいと焦がれるばかりで、周りのものを見ようとはしなかった。父は彼女を冷遇していたわけではなかったし、あの国でだってその気になればいくらでも幸せに暮らせたんだ。だが彼女は何も見ようとせず、受け入れようとせず、故郷の夢ばかりを見続けて、焦がれすぎで心を病み死んだんだ」
「そうさせたのは貴様らではないか!」
叫びながらファラーはセシルに斬りかかった。錯乱したのかと思った。相手があれほど執着していたセシルであることも、わかっていないかのようだった。
――いや、違う、とメロディは悟った。セシルも言ったではないか。ファラーは自分のことなど見ていなかったと。彼はセシルを通して、王女の幻を追っていただけだ。
騎士団長の重い一撃を、セシルは素早く抜き放った剣でしっかり受け止めた。身長では勝っていても、体格はファラーの方ががっしりしているというのに、細身の公爵はびくともしなかった。
「貴様らが……シュルクが、王家が、あの方から希望を奪ったのだろう」
「君にそんな知った口を利かれる筋合いはないよ。母が君に助けてくれと頼んだわけでもないだろう」
「私はあの方をお救いしたかった! 私に力さえあれば! 身分などで端に追いやられることなく、ただ実力で認められる世であったならば、私にもきっと助けられたんだ! そうすればきっと、あの方も私に……」
「ありえないね」
「証明してやる! 戦になれば何がもっとも必要とされるのか、誰がもっとも役に立つのか、この私が証明してやる!」
「くだらん!」
キンバリーが一喝した。彼は部下に傭兵たちをとらえるよう指図していたが、こちらの会話もちゃんと聞いていた。
「己の存在を誇示せんがために争いを起こそうなど、騎士のふるまいではないわ! 我らが剣を取るのは国と民を守るため。それ以外の意義など必要ない!」
「何をきれいごとを!」
セシルの剣を弾き、飛びずさったファラーが言い返す。
「貴様とて同じではないか! どれだけ働こうと、今より上へは進めない。国政も軍事の重要なことも、すべて上の連中に勝手に決められて、ただその命令に従わされるだけだ。じっさいに国を守っているのは誰なのかと、貴様らが常に言っていることではないか!」
「たしかに、気に食わんことは多々ある。だがな、それでも己の願望のために、無用な争いを起こし血を流させようとは思わんのだよ。そこまで落ちぶれて騎士とは名乗れんわ。取り押さえよ!」
キンバリーの指揮で騎士たちが動く。ファラーは身を翻した。フェビアンたちが窓から入ってきたように、そこから逃げようと向かう。だが彼が窓に手をかけた時だった。
「――なっ」
いきなり外から剣が襲いかかった。
急所を狙った突きを、かろうじてかわしたのはさすがだろう。それでもファラーは肩にざっくりと深手を負って、血をまき散らしながらもんどりうって倒れた。
窓という窓から、そして入り口に控えた騎士も押し込みながら、傭兵たちが入ってくる。
どこからこんなに、という数だった。そういえば他にも仲間がいるらしいということをメロディは思い出した。だがなぜ彼らが雇い主であるファラーを襲うのだ。
馬がますます興奮して騒いだ。広かった納屋が、たちまち武装した男たちでいっぱいになる。
「あーらら、いよいよ本隊のお出ましか」
「ちっ、暑苦しいな。どうせなら外でやりたいぜ」
「ほっ、本隊ってなんだ!? いったいいつになったら終わるんだ!?」
ルイスが悲鳴混じりに叫ぶ。それをフェビアンがからかい、
「もうちょっとですよー。すぐ終わりますからねー、辛抱しててくださいねー」
まるで幼児に話しかけるような口調で言うが、怒る余裕もないようだった。すくみ上がる彼にメロディは寄り添う。周りを仲間たちが固めた。
「怯むな! 日々鍛え抜かれた王都騎士団が傭兵ごときに遅れを取るものか! 迎え撃て!」
キンバリーが檄を飛ばしながら、自らも剣を抜いて手近な傭兵に斬りかかった。貧相な体格からは想像もつかない、いい動きだった。撫でつけた黒髪がひるがえり、窓から差し込む光に頭頂部がまぶしく輝いた。
さらに彼は、メロディたちに向かって怒鳴った。
「殿下と公をお守りせよ!」
足元から拾った剣を投げて寄越す。メロディのものだ。急ぎ拾い上げる。
「キンバリー殿……かっこいい……」
「ときめかないで! お願い!」
フェビアンがメロディの襟首を引っ掴んだ。ルイスはエチエンヌとジンに守られて移動する。
誰かが綱を切ったのか、数頭の馬が自由になって暴れていた。人と馬がもみあい、納屋の中はたいへんな騒ぎだ。血と汗の臭いが充満し、息苦しくなる。
メロディはセシルの姿を探した。ナサニエルがいる。セシルはどこに――と焦り、見つけた。
彼は戦っていた。襲いかかってくる剣を、舞うような動きでかわしている。彼の剣がひらめくたびに、周りで血しぶきが上がった。強かった。思わず状況を忘れて見とれてしまいそうなほどに、見事な動きだった。
攻撃を受けて彼が足を止めた瞬間、別の方向からも敵が襲いかかった。メロディは悲鳴を上げて飛び出しそうになる。誰かが腕をつかんで引き止めた。
セシルは動じなかった。空いた左手を素早く背中へ、上着の下へ潜らせる。次の瞬間その手にも剣が握られていた。もう一方の攻撃もその剣が受け止め、はじき返した。
「ご心配なく」
メロディの耳元に落ち着いた声が言った。ジンは常と変わらぬ無表情でメロディをなだめた。
「セシル様とわたくしは、同じ師から共に学びました。あの方はわたくしと同等に戦えます」
「そ、それって、すごく強い?」
「たりめーだろ。最初っから言ってんだろが。オレたちの中でいちばん強いのは、ジンとセシルだって」
エチエンヌが心底呆れたという声で言い、メロディの頭をはたいた。フェビアンも笑いながら続ける。
「おまけに卑怯な手段も平気で使う人だからね。ああやって剣を隠し持ったりしてさ。勝てさえすればなんでもいいって主義だから、心配なんていらないよ」
ジンを見れば、彼もうなずく。だからジンはセシルの元へ行かず、ルイスを守っているのか。その必要がないとわかっているから。
ジンと同じ双剣で、セシルは危なげなく戦っていた。おかげでメロディたちはあわてず、ルイスを守ることと、周囲の敵を倒すことに専念できた。
さらにそこへ、
「メロディーっ、無事かーっ」
「もう辛抱ならん、助太刀するぞっ」
「こんな状況なのだ、父上も手出し無用とは言われまい!」
キンバリー団長の頭にも負けない輝きが三つ飛び込んでくる。
「うわぁ、来た……」
「だーっ! これ以上暑苦しくすんじゃねえぇっ!」
強力無比な援軍の登場に、仲間たちが頭を抱える。
ほどなくして、混乱は終息した。傭兵たちはほとんどが斬り伏せられ、残るわずかな者も捕縛された。こちらには負傷者が出たものの、死者はなかった。薔薇屋敷の仲間と三兄弟にいたっては、完全に無傷だった。
ようやくメロディたちは外へ出る。
緑の香りを含んだ、新鮮な空気が何よりありがたかった。
応急処置を受けたファラーは、移送の準備ができるまで日陰に寝かされていた。
すぐに連れ帰って手当てすれば、命には関わらないだろうという話だった。だが王太子を殺そうとした彼の未来はわかりきっている。諦めなのか、それとももう憤る気力もないのか、彼は激情を失った顔で、浅い息を繰り返していた。
そばにセシルが膝をついた。
「気の毒にね。君は私の兄に利用されたんだよ」
「…………」
「あの傭兵部隊を君に紹介したのは誰だい? 君一人ですべてを準備したわけじゃないんだろう。もちろんシュルクの影など微塵も見せなかっただろうけれど……もう少し、用心するべきだったね。結局、これがいちばんの狙いだったのさ」
数歩さがった場所で、メロディたちは二人を見守っていた。
セシルは静かに続ける。
「今となっては、あまりにあからさまな襲撃はできない。イーズデイルに開戦の口実を与えるだけだ。だから兄は方法を変えた。あくまでも、イーズデイル国内の騒乱によって私が命を落としたと、そういう形にしたかったんだよ」
わざわざ人目につくやり方でメロディをさらい、セシルに居場所を知らせたのもそのためだった。
あれはファラーの指示ではなかったのだ。傭兵たちは、本当の雇い主の指示に従って行動していた。標的を全員、一ヶ所におびき寄せるために。
「長い間封印していた思いを、今になって解き放ったのはなぜだい? 私と出会って母のことを思い出したから、だけではあるまい。きっと君に囁く者があったんだろうね。知らず知らずにそそのかされ、自らの宿願を果たすつもりで、君はシュルクの手駒にされていたんだよ。戦どころではなかろう? 君はそれ以前の勝負で、既に負けていたんだ」
低い笑い声が上がった。痛みにあえぎながらも、ファラーは笑っていた。笑わずにはいられないというようすだった。
「それで……? この愚かな負け犬を、どうすると言われるか。ならばいっそ、打ち捨てればよかろうに。わざわざ手当てなどして……どうせ、死ぬ身ではないか」
「お前にはまだ訊くことがある」
ルイスが進み出た。
「誰がお前をそそのかしたのか――この一件に、誰が関わっていたのか。近衛騎士団の中に他にも造反者がいるのか。この後いろいろと話してもらうぞ」
「私が……そんなことを、馬鹿正直に教えてさしあげると? 今さら……」
「取引だ。王家への反逆は、一族すべてに罪が問われる。だがお前がこの取引に応じれば、他の者には一切の罪を問わないと約束しよう。できるかぎり事を表沙汰にせず、内密に処理することもだ。何も知らないお前の妻子や親族を、守ると誓約してやる」
拳を握りしめて感情をこらえる王子に、ファラーは目を向けた。以前に戻ったかのような、穏やかなまなざしだった。
「少しは……ご立派に、なられましたな」
それきり、彼は目を閉じる。
セシルは立ち上がり、背を向けた。キンバリーの部下に後を任せ、その場を離れる。
誰も口を開かず、馬がつながれた場所まで戻ってきた時だった。
「殿下……!」
人に支えられながら現れる者があった。
ルイスが息を呑んだ。
「……リチャード……?」
灰色の髪の騎士は、肩を貸してくれている騎士から離れ、足をもつれさせながら駆け寄ってきた。身体のあちこちに包帯が巻かれ、その下からはまだ血がにじみ出している。満身創痍の姿で、それでも彼はルイスの前までたどり着き、足元に跪いた。
「申し訳ございません! お守りすることかなわず、このような次第に……心から、お詫び申し上げます」
「…………」
ルイスは呆然と、灰色の頭を見下ろす。
「いかなる叱責も、罰もお受けいたします。ですが……ご無事で、よかった……」
ルイスの足から力が抜けた。彼はその場にぺたんとへたり込んだ。目の前の騎士を見つめる青い瞳から、涙があふれだした。
「リチャード……生きてたのか……生きて……よ、よかったあああぁ」
騎士に抱きついた王子は、人目もはばからずに声を上げて泣きだす。それを笑う者はいなかった。ある者は肩をすくめ、ある者は息を吐きつつも、暖かく見守っていた。
メロディも安堵と喜びの気持ちで二人を見ていた。ほっとしたのはメロディも同じだ。ルイスのようにへたり込んでしまいたいくらい、身体から力が抜けていく。なんだか頭もふわふわしていた。ようやくすべてがおさまって、何かが抜けたか飛んだかしたようだ。
すぐそばに人が立った。ぼんやり見上げれば、セシルが見下ろしていた。
「セシル様」
「すまなかった……結局、巻き込んでしまったね」
メロディは首を振った。優しい笑顔の中の哀しみが辛かった。
「いいえ。わたしがうかつだっただけです。こちらこそ、申し訳ありませんでした。すっかりご迷惑をおかけして……」
頬をぬくもりが包み込んだ。大きな手がメロディの無事をたしかめていた。
「怪我はしていない?」
「は、はい。大丈夫です」
青い瞳に覗き込まれて顔が熱くなる。なんだろう、どうしてこんなに頭がくらくらするんだろう。
セシルがメロディを抱きしめる。昨日のような不安も怖さも感じなかった。大きな胸としっかり抱きしめてくれる腕が、とても心地よい。ここにいれば絶対に大丈夫だという安堵に包まれる。なのにひどく落ち着かない気持ちにもなる。これはいったいなんだろう。
向こうの方で、何やらもめているのが見えた。こちらへ来ようと暴れる兄たちを、なぜか薔薇屋敷の仲間たちが羽交い締めにして止めていた。
何をやってるんだろう、みんな。
セシルも、どうしたのだろう。いつまでたってもメロディを放してくれない。いい加減苦しくなってきた。さっきから顔も頭も熱くて動悸もして立っているのが辛いのだけど。
「メロディ……」
低い囁きが耳朶を打った瞬間、メロディを支えるものがふつりと切れた。
不意に、腕の中の存在が力を失い崩れ落ちて、セシルはぎょっとなった。メロディが真っ赤な顔でぐったりしている。あわてて抱きとめた。
「メロディ君? おい、どうした……メロディ君!」
頬を叩かれても少女は反応しない。意識がないようだ。
異常に気づいた部下たちと三兄弟が駆け寄ってきた。
「団長、何やったんですか。だめですよいきなり濃厚なことしちゃ。初心者なんだから」
「いや……」
「まさか、どっかやられてたのか? やっぱ怪我してんじゃねえのかよ」
「「「メロディィィィィ!!」」」
「いや、怪我じゃない」
セシルはメロディを抱き直し、額に手を当てた。
「熱があるな」
冷静な言葉に、全員が拍子抜けして動きを止める。
「そんな……風邪をひいたこともなければ、腐ったものを食っても平気だったメロディが熱だと!? どんな恐ろしい病気なんだ!?」
「もう、そっち系のネタいいからよ……」
エチエンヌがしみじみ息を吐く。
高熱で目を回して連れ帰られた少女に医者が下した診断は、「知恵熱」だった。