みんなの“思い出し怒り”のレベルが高すぎる
新卒で今の会社に入って三年。久しぶりに同期で集まって飲むことになった。
入社当初は六人いたメンバーも、二人辞めてしまい、今では四人になっている。
居酒屋にて、俺、信二、悟、紅一点の真純で、テーブルを囲む。
ビールやサワーなんかを飲みつつ、近況報告や仕事の愚痴に花を咲かせる。
気を遣う必要がない飲み会ほど楽しいものはない。
すると突然、信二が笑い出した。
「どうしたんだ、いきなり?」
悟が尋ねる。
「あー、悪い悪い。今日会った取引先の人がさ、昔見たアニメのキャラにそっくりで……」
「そういうことあるよねー」
真純が同調する。
しばらく思い出し笑いの話題になるが、ここで俺が言った。
「思い出し笑いもあるけど、“思い出し怒り”もあるよな」
「あるあるー」と真純。
俺はついこの間あった出来事を思い出す。
「こないださ、あるスーパーで買い物したのよ。1000円ぐらい。で、レジが多分大学生ぐらいの奴でさ。それで『そういやここのポイントカード持ってたな』って思い出して、若干後出し気味に出したわけよ。そしたら、そいつ舌打ちしやがってさ」
かなりはっきりとされたので、今でも思い出すとイラついてくる。
「今思い出しても腹立つわ~。お客様は神様なんて言わないけど、サービス業なんだからさ。最低限の愛想は持っとけっての!」
「いるいる、そういうバイト!」
「バイトだからって、仕事は適当でいいと思ってんだよ」
「就職しても絶対同じことしちゃうよね」
みんなに分かってもらえて気分がよくなる。
「学生はこれだから……」のような俺たち社会人です的なトークも楽しい。
なにかと辛い社会人生活だけど、こればかりは社会人の特権だよな。
信二も話題に乗ってきた。
「俺にも思い出し怒りってあるよ」
「へえ、どんなの?」と俺。
「俺はね……時々本能寺の変を思い出すんだ」
「……はい?」
本能寺の変? 歴史? 織田信長? 突然何を言い出すんだ。
「もう周囲が燃えちゃって、逃げようがない。あと少しで天下統一を成し遂げられたのに。おのれ、光秀! ……って感じで無性に怒りが沸くんだ」
おのれ、光秀! ……って。
こんなのどうリアクションしろっていうんだ。
だけど、信二の顔は真剣そのもので、冗談で言っている感じではない。
「へえ、つまりお前の前世は信長だったと?」
悟が言うと、信二はうなずく。
「そういうことだろうな。だから時々前世の記憶がよみがえって、ムカムカってなるんだ」
平然と話が進んでるし。
「じゃあ、信長のドラマとか見れないんじゃない?」
真純の問いに、信二はその通りというリアクションをする。
「無理無理無理! 本能寺の変の怒りがよみがえってまともに見れない!」
「うわ、それは辛いね~」
悟と真純は、『信二=織田信長の生まれ変わり』を完全に受け入れてる。
いやいや、受け入れるなって。こんな思い出し怒りがあってたまるか。
転生なんてフィクションの世界だけだろ。信長は自意識過剰だろ、せめて本能寺にいた雑兵だろ。変なのは本能寺じゃなくお前だ。酔っ払うにはまだ早すぎるって。
――なんて言いたかったが、とても言える雰囲気じゃない。
そのまま話は進んでいく。
「前世ではできなかった分、せめて会社では天下統一したいな……なーんて」
ようやく話にオチがつき、俺はホッとする。
が、ここで悟がこんなことを言い出した。
「俺にも思い出し怒りがあるんだよ」
「どんな怒りだよ?」
さっさと信長の話を終わらせたい俺は先を促す。
「刃物で刺されたんだ。それも大勢に」
「おいおい、そんなことがあったのかよ。よく無事だったな」
悟にそんなハードな過去があったとは知らなかった。
「で、俺は死ぬんだ……。ブルータス、お前もかって怒りを抱きながらな。その時の怒りが今でもこみ上げてくるよ」
悟、お前もか。
「ブルータスってことは、お前の前世はカエサルか?」
「すっごーい!」
信二と真純は受け入れている。いや、受け入れるなって。
カエサルとは古代ローマの支配者で、シーザーという名前でも知られる。まさに権力の絶頂にいる時に、ブルータスを始めとした暗殺者たちに刺されて死んだ……とか、そんな人物だったかな。
で、悟はそんなカエサルの生まれ変わりなんだってよ。ふざけんな。
話を聞くと、やっぱり信長のようにこれからって時に殺された怒りが、転生した今でも沸くとか。
前世が古代ローマ人だから、イタリアの話題が耳に入ると、昔を思い出して気分が落ち込むとか。
だけど、ピザやパスタは大好きらしい。ずいぶん都合のいいトラウマだな。
とはいえ、悟の顔はやはり真剣で、酒の席の冗談で言っている感じではない。ってことは、こいつも本気で言ってるってことか……。
すると、真純も身を乗り出してきた。
「私もそういうのある!」
おいおい、真純もかよ。
信長、カエサルときたから、今度はナポレオン? 劉備? それともファラオ? いや真純は女だからクレオパトラや楊貴妃あたりだろうか。
「私はね、マンモス肉を横取りされた怒りを今でも思い出しちゃうの!」
まさかの原始人だった。
真純の前世は男の原始人だったらしく、苦労して仕留めたマンモスの肉を、他の集落の連中に盗まれて、しかも自分も石斧で頭を殴られて死んでしまったそうだ。
「だから今でも盗みのニュースを見ると、メチャクチャイライラすんのよ。闇バイトとかさ」
皆が生きるのに必死な原始時代の盗みと、現代の闇バイトじゃ、あんまり比較する対象じゃないような気もするが、それでもかつての屈辱を思い出してしまうのだろう。
って、俺もだんだんこいつらの話を受け入れ始めちゃってる。
その後も三人の思い出し怒りのトークはヒートアップ。
「本能寺の変の日にタイムスリップして前世の俺を助けたいよ」
「いつかイタリア行って、『ブルータス、帰ってきたぞ!』って言いたい」
「私がお肉大好きなのは、きっとマンモス肉を食べられなかった恨みのせいね」
信憑性はともかくみんなスケールが大きい怒りなので、レジ店員の舌打ち一つに怒っていた自分がひどくちっぽけに思えてくる。
結局俺は三人のレベルに全くついていけないまま、この同期会とでもいうべき飲み会は幕を閉じた。
***
アパートに帰った俺はシャワーを浴びて、パジャマに着替える。歯磨きをして、布団に寝転がる。
そして、ふとある怒りを覚える。思わず枕に拳をぶつけてしまう。
実は……俺にもあるのだ。
先ほどの飲み会じゃ話さなかったけど、“俺の前世”らしき人物の激しい怒りを感じることが。
といっても、“人物”かどうかも定かじゃないんだけど。
『あんなことしやがるから……オレはムカついて……ビッグバンなんて爆発……起こすはめに……』
これはいったいどこの誰の怒りなのだろうか。
完
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