つむぎのトマトジュース
「ーただいま!!」
12歳の木村つむぎは勢いよく口を開いた。首にタオルを巻き、頭には帽子をかぶっている。体には作業服をまとっていた。
「お帰り、つむぎ」
母親の翔子が出迎えてくれ、つむぎが持つカゴを覗き込む。
「あら、大量ね」
つむぎはにっと笑うと、タオルで額を拭う。夏なので、汗をかいてしょうがなかった。しかも今、自分の家の畑に行ってきたばかりだった。
「そうだろう? トマトが大量に実っていた」
つむぎの後ろから、父親の涼がやって来て、にこやかに笑う。涼も作業服を着ており、足は長靴だった。
「雨が降らないから、ピーマンとナスはあまりできない。こう暑いと、実を作らないのかもしれないな」
今日も朝から快晴で、30℃はあるんじゃないかという状況だった。
ー地球温暖化のせいかな?
授業で習ったことを頭に浮かべると、翔子がカゴを受け取ろうとする。しかしつむぎはさっと逃げる。
「つむぎ? どうしたの?」
「お母さんはいいの。お父さんと料理するから。ね?」
「そうだな。とりあえず着替えて、手洗いとうがいをするか」
暑っと呟きながら、涼が長靴を脱ぐ。つむぎも同じようにし、脱衣場へ向かう。
「はー。蒸し暑かった!!」
全身、びっしょりと汗をかいており、シャワーを浴びたいところだが、料理を始めると、また汗くさくなるので我慢する。
「洗濯するから、脱げるだけ脱いで」
「はーい!!」
作業服を脱いで、洗濯機の中に入れる。涼も同様に作業服を脱ぐと、背中が汗でびっしょりだった。
「いい運動になったね、お父さん」
「そうだな、つむぎ。毎朝、ありがとうな」
頭を撫でられ、つむぎは嬉しくなった。
「お母さん、あとはお願いね。キッチンを使ってもいい?」
「いいわよ。お父さんと何を作るのかしら?」
「内緒!! 行こう、お父さん!!」
「ああ。つむぎと料理するのが楽しみだ」
えへへとつむぎが笑うと、肩に手を置かれた。2人は採りたての野菜、主にトマトをキッチンに運ぶと、テーブルに広げる。
「ーさて、何を作るか、つむぎ?」
「トマト料理だよね。…ということは?」
「ということは…?」
2人は顔を見合わせ、声を合わせて言う。
「トマトジュース!!」
イエーイとハイタッチし、トマトを手に取る。赤く熟した実は市販のものより大きくて、不格好だった。しかし自家製のトマトは味が濃く、つむぎも好きだった。
「じゃあまずは包丁で…。つむぎ、切るか?」
「うん!! やる!! …その前にエプロンをしないと!!」
一旦、キッチンを出、エプロンを取りに行く。涼の分も持って来ると、
「お、サンキュー。助かる」
「あたし、偉い?」
「偉い、偉い。お父さん、感激の涙が出そうだ」
2人はふふふと笑うと、まな板につむぎが向かう。
「まずはへたを落として…」
躊躇することなく、へたを切り落とすと、つむぎは涼に聞く。
「何等分にする、お父さん?」
「そうだな。この大きさだと、8等分か」
「分かった。8等分ね」
包丁を動かすつむぎの後ろで、涼が大きめの鍋を用意する。ガスコンロの上に置くと、何故か中にザルを入れ、その中につむぎが切ったトマトを入れていく。
「ゆっくりでいいぞ。手を切らないようにな」
「大丈夫!! つむぎ、料理を作るのが好きだから!!」
そう言いながら、トマトを綺麗に切っていく。ある程度の量になると、涼がガスをつけた。
「お母さんをびっくりさせてやろうな?」
「うん!! 100%のトマトジュースを作ろうよ」
「おう。じゃあお父さんはマッシャーを用意して…」
マッシャーとは、ポテトサラダなどの料理の時に使う、じゃがいもを潰す道具で、涼はそれを使い、トマトを力強く上から潰していく。
「よし、切れた!! わ、いっぱいある!!」
「大丈夫。トマトをジュースにすれば、すぐなくなるから」
そう言いながら、トマトの果汁を出すように、ザルに押し付けていく。
「つむぎもやる!!」
「そうか? 火に気をつけろよ」
「分かった!! …よし、まずはマッシャーを持つと…」
涼がしたみたいに、勢いよく押す。するとザルから赤い果汁が出てきた。その色はクレヨンのオレンジ色に近く、つむぎは楽しんでトマトを潰していく。
ー飲むのが楽しみだな。
ニコニコしながら、つむぎはジュース作りに没頭していく。その後ろで、涼が冷蔵庫から食パンを取り出す。
「何するの、お父さん?」
「うん? フレンチトーストでも作ろうかと思って…。あとは牛乳と卵と…」
「フレンチトースト!! 大好物!!」
手をあげるど、涼がにやりと笑う。冷蔵庫から材料を出すと、まな板を洗い、食パンを置く。
「これを2等分にして…。つむぎ、やるか?」
「うーんとね、あ! トマトジュースはこれ以上、押しても出てこないかな?」
「どれどれ。…お父さん的には、まだもったいないな。はい、交代」
位置を変わると、つむぎはボウルに卵を割り、牛乳と砂糖を入れていく。
「お父さん、こんな感じ?」
「そうだな…そんな感じだな。えい!! えい!!」
涼は懸命にトマトを潰していく。つむぎは邪魔しないように、ボウルの中に入れた材料を泡だて器で混ぜると、
「バットにパンを入れて。その上から、ボウルの中身を流し込むんだ」
「はーい!! バットはっと…あった!!」
大きめのほうを手に取ると、パンを並べ、流し込んでいく。
「10分、待つんだ。時計をよく見て」
「10分…。今があそこをさしているから、分かった!!」
「分かったか? よし、いい子だ。5分経ったら、裏返すんだぞ」
「うん!! フレンチトースト、楽しみ」
「そうだな。…よし、トマトジュースもこんなものか」
涼はガスを止まると、ザルを持ち上げる。中には皮と種が入っており、鍋の中には美味しそうなジュースができあがっていた。
「早速、飲みたい!!」
「駄ー目。冷蔵庫で冷やさないと。その前にボウルに入れて」
涼はジュースをボウルに流し入れると、余熱をとるために、テーブルの上に置く。その間に、つむぎの元にやって来て、フレンチトースト作りを眺める。
「今、何分だ?」
「えっとね…あ!! いいかも!!」
「じゃあフライパンを用意して…と。バターはないから、マーガリンでいいか」
油の代わりにマーガリンを手に取ると、涼は適量、フライパンの中に入れる。
「はい、つむぎ。バンをフライパンの中に並べて」
「うん!! 形を崩さないように、慎重に入れて…。よし!!」
1つのパンを向かい合うように入れると、まるで半月と半月を向かい合わせたような美しい見た目だった。
「美味しそう!! 火は大丈夫、お父さん?」
「そうだな…。ちょっと弱火にするか」
涼が火を調節している間、つむぎは横でワクワクする。
「フライ返しが必要だよね」
「ああ。あと、お皿も。用意してくれるか?」
「ラジャー!!」
敬礼のポーズをすると、涼が嬉しそうに笑う。
「お父さん、トマトジュースは…?」
「あ、もういいかな。冷蔵庫に入れて。ラップをするんだぞ」
「うん!! ラップは…あった!! これで蓋をして」
冷蔵庫の中にスペースを作り、ゆっくり入れる。ごくりと喉が鳴ったが、まだだった。
ー楽しみ、楽しみ。
拍手するように、手を合わせると、涼の声が飛んでくる。
「おい、つむぎ!! ひっくり返すか?」
「自分でやる!! 見ていて」
腕まくりすると、フライ返しにパンをのせる。「えい」っと言葉をかけてひっくり返すと、いいキツネ色にできあがっていた。
「お、美味そう。もう1枚もひっくり返して」
「うん!! …よし!! 上手くできたよ。あ、お皿!!」
「お父さんが用意するから、いい。つむぎはそこにいて」
涼が手ごろな皿を探すと、つむぎの元に戻って来る。
「これでどうだ? 水玉でかわいい皿だろう?」
「そうだね!! あ、もう焼き加減がいいかも!!」
「よし、ガスを止めて…。皿に乗せるのも、つむぎがやるか?」
「もちろん!! 任せて」
胸をドンと叩くと、つむぎは落とさないように神経を使う。まずは1枚、そして次の1枚と、ゆっくり置いていくと、いい香りが部屋中に広がる。
「美味しそう…。早く食べたーい!!」
「お父さんもだ、お腹が空いた」
「お母さん、呼んできていい?」
「いいぞ。お父さん、その間に、洗い物をしておくから」
「はーい!!」
つむぎは元気よく答えると、翔子を呼びに行ったのだった。




