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女王陛下の竜撃将と憤怒の闇龍  作者: 飴丸


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16/22

◆5-2

 通りを何本か大股で歩ききり、やっとジェラルドは己の心を静めることが出来た。

 凪いだ心の後に残るのは猛省だ。みだりに騒ぎを起こすものではないと考え続けていたのに、あの言葉を聞いた瞬間全ての理性が吹っ飛んだ。

 こともあろうにあの男は、女王陛下を化け物呼ばわりしたのだ。

 決して年老いぬ不死の女王に、そのような噂があることは勿論知っている。しかし根も葉もない噂でしかなく、ジェラルドにとっては「その程度のこと」で女王を忌む者の方が理解しがたい。

 再び沸き起こった苛立ちでぐしゃぐしゃと頭を掻き毟った時、己の腕に巻かれている白い布が目に入り、ほんの僅か、ジェラルドの瞳から険が取れた。これを巻いた相手がもし傍にいれば、間違いなく自分は剣を抜く前に後頭部を叩かれて、あの場から連れ出されていただろうということに気付いたからだ。

 思い込んだら一本気で、決して曲がる事の出来ないジェラルドにとって、柔軟に相手の意見を受け流して世渡りをするポリーの芸当はとても真似できるものではなかった。ああした方が良いのだろうということは解るのだが、どうすればできるのかが解らない。

 彼女がいればもう少し、まともに情報を集めることも出来ただろうか――そこまで考えて、ジェラルドは思考を止める。何を馬鹿なと考え直す。何の当ても無い、終わりも解らぬ厳しい旅路に、彼女を巻き込める筈が無い。

「――駄目だな」

 ぐしゃりと金の髪に掌を埋めて、小さく自戒する。思考する、ということがジェラルドはとても苦手だった。情報や知識を蓄えることは得手だったし、戦いの中でも十二分に頭を回して反応できる。だが、己の思考に没頭すると、色々な考えが沸いて出て纏めることが出来なくなる。思考力が弱いわけではなく、常にひとつの答えを欲しがる心と、色々な事を考えてしまう頭が上手く連動しないのだ。

 今はただ、女王陛下を助ける為の情報収集に専念しよう、と改めて己の方向性を定め、ごちゃごちゃとした思考を胃の腑へ収める。

 そうしなければ、足が止まりそうになったからだ。そんなことをしている暇は、無いのだから、と。

 ――やがて、歩いているうちに広場に出た。

 木造建築の家が多い中、綺麗に漆喰で塗られた大きな建物が広場の真ん中に立っている。恐らくこの町で一番高い鐘楼、その先端には、白色の布を巻いた玉が据えられていた。八柱教の神殿か、とそこで漸くジェラルドは思い至り、自然と足をそちらに向けた。拙い知識でも、始原神を祀る神殿にはその手の飾りがあることを知っている。

 扉の上には、神の姿を象っているのだろうレリーフが何体も彫られている。始めて見る神殿の装いに、素直にジェラルドは感心し、もっと良く見てみることにした。

 八柱の名に違わず、レリーフに彫りこまれた立ち姿は全部で八体。幸い、その下に神の名が記されていたので、ジェラルドでも神々の姿と名前を合わせる事が出来た。

 一番上に立つ、始原神イヴヌス。

 その脇に金陽神アユルス、海洋神ルァヌ。

 更にその下に三体、秩序神タムリィ、鳥獣神スプナ、智慧女神スヴィナ。――女神のレリーフは美しかったが、女王陛下とは似ても似つかないので、ジェラルドには何の感慨も起こらなかった。

 そしてその下に鎧を付けた、戦神ディアラン。最後に――と自然に降ろしていったジェラルドの瞳が、驚愕で見開かれる。

 レリーフの一番下、其処に描かれているのは、まるで卵のように丸く蹲っている女神の姿だった。他の神が皆立ち姿で、まるで人間を睥睨するかのように描かれているのと対称的に、その女神は瞳を閉じて、眠っているようだった。

 しかしジェラルドを驚かせたのは、そんな事が理由ではない。

 その女神のレリーフを囲むように彫られているのは、ご丁寧に黒く塗られ、尾と翼を大きく広げている――竜だったのだ。

 どくり、とジェラルドの心臓が疼く。仇敵の姿が重なるその様を良く見ようと、神殿の前まで歩み寄り、睨みあげる。写実的なものではない筈なのに、何故か見れば見るほど、その彫刻が闇竜を表しているとしか思えなくなってしまう。

 その竜は、女神を食らおうと顎を開いているようにも、また女神を守ろうと外に牙を剥いているようにも見えた。やはりあの女の言ったとおり、闇竜とは――

「銀月女神様に、興味がおありですか?」

「ッ!!」

 不意に後から、とろりとした女の声がかけられ、ジェラルドはすぐさま振り向く。サーベルの柄に手をかけ、抜き放とうとした。しかしその手は、白手袋に包まれた女性のたおやかな手で、思ったよりもしっかりと、押さえ込まれてしまった。眼と鼻の先には、微笑む濃い藍色の瞳が在る。

「貴様……ッ」

 紛れも無く、あの忌まわしき日、港で出会ったカラドリウスの神官――イエイン・ランだった。

「お静かに。街中で騒ぎを起こすのは、貴方も望んではいないでしょう?」

 くすくす、という笑い混じりの声に告げられ、いよいよジェラルドの頭に血が昇るが、ブーツの底が僅かに土を抉っただけで、それ以上は動けなかった。悔しいが、彼女の言うとおりだ。先刻既に酒場で騒ぎを起こしてしまった身、今度何かをやらかしたら間違いなく衛士が飛んでくるだろう。

 僅かな躊躇いが、明確な隙になる。かちりと視線が合わさった瞬間、すうとイエインの瞳が眇められた。

「っぐ……!」

 しまった、と思う間もない。途端にぐらんと視界が歪み、ジェラルドの膝から力が抜けかける。強力な眩暈を堪えようと、咄嗟に唇を破るほどに噛み締めた。僅かに滲んだ血が膨れて顎を伝うが、その感触に集中する事で意識を保つことが出来た。

「まぁ……本当に、意志のお強い方ですこと。気を失わせる心積もりだったのですが」

「術式か……ッ」

「奇跡ですわ」

 油断していた己に対する怒りを込めたジェラルドの声に、イエインは不機嫌をあらわにして眉を顰めて見せた。

「汚らわしい魔操師と、ご一緒にしないで下さいませ。これは私が、銀月女神リチア様から賜った奇跡なのですから」

 誇らしげに胸を張り、うっとりと囁くイエインは、ごく自然な動作でジェラルドを神殿の入り口へと誘う。周りから見れば、具合の悪い旅人が神官に促され、休もうとしているようにしか見えないだろう。

 悔しさを堪えて、ジェラルドは従った。膝から下の足が意思に反して動くのは業腹であるが、敵に従う屈辱よりも、やっと掴んだ敵の尻尾を逃したくない気持ちが勝っる。女王陛下に繋がる糸ならば、それが虎口に続いていても躊躇わずに掴む。震える足を叱咤しながら、ジェラルドは神殿の門を潜った。

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