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ダンジョンの先客は狐の頭部をしていた。
身長は俺と同じくらいだろうが、ヒールとシルクハットで高く見えた。
黒の紳士服を着ており、ボタンは銀色。
そしてその手にはやはりサーベルがあった。
海賊の船長を彷彿とさせるオリンピックで見た「フェンシング」のような武器だ。
四方に燃え上がる篝火。
その中央に先が地面に埋もれている大剣はあった。
そして狐男は明らかに俺を待っていたようだった。
コツコツコツ、とヒールで音を立てながら大剣の周りを徘徊していた彼は、俺達の到着と共に立ち止まった。
「英雄ソーイアロの大剣。幾多の強者が引き抜くことに失敗してきた。この俺を持ってしてでもだ。ならば異世界人はどうか?星の占いでは今日来ると。そして引き抜き次第俺が貰う」
狐男は続ける。
「なに命を奪う訳では無い。引き抜くのに成功したら逃がしてやる。どうだ?」
敵か味方で言えば敵のする行動だった。
だがクレラを危険に晒す事は避けたい。
この大剣には縁がなかっただけだ。
そもそも俺は異世界人だが、大剣を確実に引き抜ける保証など何処にも無かった。
ダンジョンに来たことは失敗だったかもしれない。
「話し合いが通用する相手じゃなさそうだね。ソーイアロの大剣を譲らないなら殺すよ?」
魔女クレラは思いのほか好戦的だった。
いや俺に怖気づかせない為の言葉か。
仮にもし負けたら死が待っている。
「アルテマ」では常に死と隣り合わせーー。
ここで逃げたらこれから先ずっと逃げ続ける事になる。
それじゃあ平和な日本には帰れねぇー!
俺は戦う覚悟を決めた。
だが、俺が大剣を所持してから戦ったほうが勝率は上がる。
クレラもそれを承知だったようで、目で合図を送ってきた。
「大剣ソーイアロ、引き抜かせてくれ」
「お前が引き抜く前に死んでは元も子もないからな。こっちへ来い!」
俺は言われるがまま大剣の傍へと歩いていった。
後ろのクレラは直ぐにでも黒魔法を放つ体勢をとっているはずだ。
中々威圧感のある狐じゃねーか。
亜人っていうのかな。
首元まで狐の姿をしている。
ゴブリンは既に死んでたわけだし、最初に出会う敵がこの亜人とは少々気が重いが、こうなったら大剣を使って倒すしかない。
ダンジョン自体は大した大きさではなかった。
この俺の初めての戦闘。
英雄の剣を使って勝ってみせる。
ズズズ……ズボッ!
俺が大剣を見事引き抜いた時、地響きが起こった。
コレ……俺達の周りに魔法陣!?
魔法陣とは地面に浮かび上がる模様のような光の事で、今回はピンク色だった。
英雄が意図して遺したのかは定かではないが、一種の罠だったのだ。
魔法陣の規模は大きく、クレラの所まで充分及んでいた。
狐男もこれには予想外だったようで、クレラを含む俺達三人は落とし穴にでも嵌ったかのように地底深くへと落ちていったのだった。
「痛って〜何だよやっぱり狭くないじゃんかよダンジョン……」
頭を軽く打った俺はトンネルのような道がまだ続いているのを見た。
「モンスターの匂いがする。外に出られるまで手を組むぞ」
「しょうがないね。アンタ名前は?私はクレラでこの子がソラ」
「フォックスと呼べばいい。出るまでの間、大剣はソラとやらに預けるとしよう」
英雄ソーイアロが遺した俺への試練。
フォックスと手を組めた事は良かったが、俺しか引き抜けなかった大剣を、正直手放したくないなぁ。
まあ、このダンジョンから出る事が第一優先事項だ。
「クレラ、怪我ないか?」
「私は平気。それよりフォックスさん信用できないかも」
強敵を目の前にしたら裏切る可能性もあるわけか。
だが俺達が殺し合うのは明らかナンセンスだ。
ごめんよクレラ、こんな面倒事に巻き込んじまって。
でももしフォックスと打ち解けれたら、強力な後ろ盾を得ることになる。
取り敢えず今現在は大剣ソーイアロは俺の手の中にあるわけだし、フォックスのやつも俺の武器が木の棍棒だと荷が重いと判断したのだろう。
ようし絶対に生き残ってダンジョンを出てみせる!
大剣ソーイアロは金の柄にルビーが装飾してあった。
長さ一点五メートルの両手じゃないと扱えない重さの剣だ。
騎士団を率いていた英雄の遺した大剣。
せっかくだから大事にしないと。
俺達はトンネルの奥に向けて歩き出した。
コウモリが飛んでいる。
不気味さはより一層増す中、フォックスは先頭を歩いていた。
我こそは主人公と言わんばかりだ。
まあ俺はこの世界に来たばかりだし、戦闘にも全然慣れてないわけだけど、これから張り合っていく仲になるのかな。
いや、フォックスとはダンジョンを出ればお別れだ。
それまでの間に俺こそ大剣の持ち主に相応しいと証明しないと。
篝火だけが俺達を照らす中、煉瓦でできたトンネルを進んでいく。
それにしてもフォックス、モンスターの匂いがするって言ってたよな?
狐だから嗅覚も鋭いってか。
まだまだ信用ならねぇ男には違いねーが味方だと安心感がある。
歳は想像だが二十歳くらいだろう。
俺達はトンネルを抜け、壁画のある空間に躍り出た。
金髪の少女の絵が中央に描いてある。
モンスターは一見いないように見えるが、油断大敵だ。
俺は壁画の女性についてクレラに尋ねようとした、その時だった。
ゴゴゴ……と地響き。
これは……上から何か降ってくるのか?
予想は的中した。
パカっと天井が割れ、上の階から降ってきたのは高さ三メートルのゴーレムだった。
直立二足歩行で防御力は高そうだ。
それもそのはずで金色の煉瓦が鎧を纏った姿をしており、手には鉞を所持していたのである。
どう見ても一筋縄ではいかなそうだった。




