20
夜、アニキは東アルテマ砂漠の岩場に降り立った。
火炎弾で火を灯し、ナギサに眠るような促した。
ドラゴンに乗ったハウルに、このまま追いつけるとは思えない。
それでもこの人生に意味を見出したかったし、必要があればソラ達と共闘も考えられた。
「アニキさんはいつも困ったように考え事をされます」
アニキさん、悪い呼び名では無かった。
自分の本名はホワイトロックと似たような理由で秘密となっており「アニキ」はいつしかスラム以外の者にも定着していた。
ナギサの純粋な問いかけ。
アニキはこれまた「フーン」と首を傾げると「そうかな?」とだけ言った。
剣術から魔術、薬の調合にまで手を出したが、その為かそこまで女慣れはしていなかった。
女子にどう対応したらいいか分からない。
弟子としてなら幾らでも話せた。
教える事を教えるまでである。
だが女友達としてなら話は別だった。
二十三年生きてきて天才の名を欲しいままにしたものの、如何せん恋愛には疎かったのだ。
「ソラさんが気になるのですか?」
勘の鋭い子だ。
ひょっとしたら頭の回転も自分より速いのかもしれない。
アニキは一つ咳払いし「まあ、そうだ」と言った。
うーむ会話が続かない。
それにナギサは結構美人だ。
眼鏡を外し括ってある髪を解いたら案外この歳で色気を発したりするかもしれない。
何を言ってるんだ相手はまだ子供だぞ?
アニキは静かに頭の中で自問自答し、やがて火に薪を足した。
薪くらいなら魔術で簡単に生み出せる。
そしてここらの野生のフライングレオは夜行性に近いとされるので、夜の火の番は必須だった。
アニキの召喚したレオはとっくに召喚獣の世界に戻してある。
一面真っ白な世界だそうだ。
行った事はないがな。
死後の世界もそんな所なのだろうか。
人が生まれ年老い死んでいく。
決して身近じゃない訳ではなかった。
自分にも生きた理由があったと証明する道を選んだのだ。
見るとナギサはスースーと寝息を立てながら寝ていた。
「死に急ぐな」不意にそんな言葉をかけたくなった。
ソラにも確か「死なないで」と声を残した。
死ねば終わりなんだよ。
だが終りがあるから美しいのか?
このアルテマの世界は残酷且つ美しい。
例えばこのナギサのような清き心を持った者さえ、淘汰される可能性を含んでいる。
自分はどうか。
ほぼ独りで他国に攻めるなど無謀である。
不意を付けばハウルを殺せるかもしれないが、敵は彼一人とは思えなかった。
自分は考えすぎると悪い方向に行きがちだった。
あのソラだって旅をしているのだ。
この若い少女を護りながら鍛え、最終的にはソラと手を組んでもいい。
その時、焚き火に自ら近づいてくる影が見えた。
オークか?いや、ゴブリンだ。
ゴブリン程度、片手でひねり潰せる。
だが敵対心は無さそうだった。
「なんだい?」
アニキはゴブリンに声をかけた。
彼らは基本人語を操る。
オークにしても同じ事が言え、闘技場で現れるトロールは話せないといった具合だった。
「ア、アノ、ライオンガ、コワイ……」
ゴブリンにしては善の心を持っていそうだった。
夜の砂漠にはフライングレオがウロウロしていたりする。
彼らの生息地域は決して草原だけでは無いのだ。
「君、名前は?」
「ナイ……ナマエナイ……」
「じゃあナナシと呼ぼう。おいで」
パーティに迎えるつもりは微塵もなかった。
ただ一人っきりで震えているゴブリンへの興味が勝ったのだ。
「アナタ、ツヨイ……」
ゴブリンは両腕と共に頭を下げる姿勢をとった。
ここまで平和的なゴブリンも珍しい。
「此処にナギサちゃんという少女がいる。彼女を襲ったりしないかい?」
「モチロンデス、ゴシュジンサマ……」
ご主人様になった憶えはないが、かなり気は小さそうだった。
この世界で排他的扱いを受けている、ゴブリンとオーク。
その殆どが凶悪且つ凶暴なのだが、如何せん人の上に立ててない。
それだけ人の剣術と魔術は独自の進化を遂げてきたと言える。
ナナシを連れて行くか……。
三人目の仲間がここまで非力な存在になるとは予想だにしていなかった。
ナギサちゃんは伸び代がある。
何せこの歳で時魔法を齧っているのだ。
一匹のゴブリンに対しては完全に救命措置だった。
いいさ、これも何かの縁だ。
ナナシは緑色の皮膚を覆う布切れを身に纏っており、武器は所持していなかった。
火炎弾ぐらい教えてみようか?
いや今日はもう遅い……彼と交代で火の番をしよう。
「裏切るなよ?」
もう一度念を押した。
それだけ種族間の壁は確かに存在した。
この世界にはエルフやドワーフといった者たちも存在する。
アーディスに居るような「人間」を頂点としたら、ゴブリンやオークは底辺と言ってもおかしくなかった。
(長い旅になりそうだ……)
明日は獅子を怖がっているフライングレオにナナシを乗せなければならない。
そしてナギサちゃんに時進化を習得させないと……。
時魔法は専門外だったが、彼女の習得を早める事なら今の自分には出来た。
「いつか火炎弾を教えてやろうな」
黄色い目をしたナナシに言った。
ゴブリンが魔法を使えるなど聞いたことがないが、もし習得すればナナシはゴブリン界のヒーローになれる。
野生のフライングレオへの恐怖も半減する。
「火の番、頼んだよ」
「ハ、ハイ!」
三人目の仲間は気の弱いゴブリンに決定した。
黒魔法を習得できるかは一般的には微妙なところだが、火炎弾は自分の専門内だ。
きっと覚えさせてみせる。
眠気に襲われたアニキはそのまま岩場の陰で横になるのだった。




