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スラム街のアニキのもとに、メガネっ子のナギサ以外にも客人が来ていた。
ナギサは今朝此処に来て以来一向に引き下がりそうにない。
弟子にして下さい、の一点張りだ。
キツイ言葉をかけるのもあれなのでタジタジしていた所に王の使いが来たのだった。
「この国で巨竜に跨るハウルと対等に渡り合えるのはセレナ率いる十名以上の騎士団、そして貴方様しかおりませぬ!旅人のハイディス等何処の国にも属さぬ状態。事は早急さを要します!」
アレサンドロの乗っていた巨竜に跨るガゼドの者。
竜は基本百年以上生き、あの銀竜もまだ元気な筈だ。
風の噂であの異世界人の名はソラだと聞いていた。
彼も東へ旅立ったわけか。
王の指令による他国への旅立ち。
スラムに住む慕う者達は置いていくことになるだろう。
ならナギサはどうか。
聞けばソラ達に断られたという。
この年齢で時魔法を齧り、芯も通っていそうだった。
アニキは遂にナギサの熱意に押し負け、彼女と二人で旅立つ事にした。
翼の生えた獅子「フライングレオ」を召喚魔法で召喚し飛び乗る形となる。
フライングレオの体長は三メートル程で、野生のものはブルーバッファロー等を主食としていた。
金色に輝き、中々神秘的な猛獣である。
アニキは地上にその姿を現し、フライングレオを召喚した。
ナギサが尊敬の眼差しで見てくる。
悪い気分ではなかった。
それよりも王の命令で動かざること山の如しの自分が動いた事はこの国とっては衝撃だろう。
それだけあのソラには何か感じるものがあった。
翼の生えた金色の獅子に跨り、ナギサを後ろに乗せた。
「ありがとうございます!」と中々礼儀正しい娘だ。
王の命令にすら滅多に従わない自分があろう事か弟子を持ち、他国へ旅立とうとしている。
人生は一度きりなのだ。
今年二十三歳になっていたアニキはアーディスを飛び立つ前にフーッと息を吐いた。
ソラ達とは別行動になるだろう。
それでいい、元々群れるのは性に合わない。
道中でもう一人くらい男を迎え入れたら、それ以上は旅の仲間を増やすつもりはない。
「アニキ、行っちまうんですかい!」
スラムの者たちが泣きそうな顔で此方を見てくる。
「世話になったね。またいつか会おう!」
如何に自分とて、他国で生き延びられる保証は何処にも無かった。
ここだけの話、腰の肌色のひょうたんには回復薬が入っている。
毒や麻痺にも対応した、独自の調合を経て完成したものだった。
銀竜の裏切りにより「アルテマサーガ」は異様な動きを見せ始めている。
当然だあのアレサンドロの相棒だからな。
自分がアレサンドロの時代に生まれていれば英雄に名を連ねられていた自信はあるが、自分はこの比較的平和な時代に生まれた。
魔王の力が弱まったあたりからこの世界の人口は増加傾向にあった。
若者が多い理由はそこにある。
それでも自分は、名声を得られるだけの器は持っているつもりだった。
まだ冒険を愉しむチャンスはある。
この純粋無垢なナギサを成長させる旅となっていくのか。
師匠なんておこがましい。
彼女には彼女だけの良い所があるだろうし、魔術を教えるならそれの専門をあたったほうが得だ。
剣術にまで手を出し、人はアニキを神と呼んだ。
それでもここ数年間はスラムという日の当たらない所で過ごしている。
飛び立つ、フライングレオ。
スラムで慕っていた者たちが手を振っている。
中には「行かないでくれ」と嘆く者もいた。
夕焼けが赤紫色で綺麗だ。
直ぐにセレナの飛空艇とすれ違った。
彼女はこの自分よりは王への忠誠心も厚いだろう。
草原をスッと飛んでいく。
山々の景色を見たのも数年ぶりだった。
「しっかり捕まってるんだよ」
ナギサが震えていてもおかしくない高さまで舞い上がっていた。
三人目の男。
それ以上は仲間を集うのは止めよう。
この草原にそれらしき人影は見当たりそうにないけど、飛んでいる限りナギサは無駄な戦闘を避けられる。
「レオ」に乗れるのももう一人が限界だった。
アニキのフライングレオは雄だった。
その為立派な鬣が生えている。
召喚獣は基本餌を必要としない、契約を交わした下僕的立ち位置だった。
中には銀竜にも匹敵するバケモノを召喚する者もいる。
伝説の魔導師となっているモリガンもその一人だった。
フライングレオは契約を交わす前は危険な肉食獣だった。
草原に住む人すら喰らうのだ。
途方に暮れていた人々を救う為草原に赴いたのは十五歳の頃だった。
ナギサはその頃の自分以上に若い。
しかも女の子である。
今の自分と一緒とて、他国に赴くのは危険なのに変わりなかった。
「時魔法を極めるつもりなの?」
まだ若いので複数を極める事は可能だが、一応聞いてみる。
時劣化が扱えれば時進化を習得するのも容易い。
「そうですね……剣よりは魔術かと!」
ナギサは長い黒髪を縛ってポニーテールにしていた。
恋愛感情は起きない。
九年年が離れてはソラの方に行けと思ってしまう。
あれ、何故ソラに?
英雄の大剣を所持したとて、身体能力も魔術への適性も何とも言えなかった。
だとしたら最後は器なのか。
若い男の割に何処か引っかかるものがあった。
それが優しさなのか器量なのかアニキにはよく分からなかった。
此処まで成長する中で「自分の中で考えが纏まらない」という場面は度々あった。
その中でソラとの出会いは一際異質だったと言える。
「今頃アレサンドロの装備かー」
「え?」
「何でもないよナギサちゃん」
二人を乗せたフライングレオは悠々と草原を越えた。




